扉の向こうの青い空 19
ヒューズ中佐が来た。
「よう、ロイ。」
大佐に気安く手を上げた。
「ああ、来たのか。」
大佐がチヒロのことを中央へ報告してから5日。異例の早さが中央の関心の高さを窺わせて少しいやな感じがする。
「ご苦労様です。」
「よう、ハボック少尉。久しぶりだなあ。…んで、その子は?」
「まだ、食堂での仕事中です。もうじき戻ると思いますよ。」
「そうか。」
「ヒューズ、中央の反応はどうなんだ?」
「ま、半信半疑ってとこだな。使える使えない…じゃなくて。他の世界から来たってとこがな。」
それで、情報部の中佐が来たということか。
そこへ、ホークアイ中尉が入ってきた。
「ヒューズ中佐。」
「よう。ホークアイ中尉。これのお守りは大変だろう。」
「おい!」
「…クス…。いえ、この頃は彼女のお陰で仕事もスムーズに進んでいて、大変に助かっています。」
「っ!!何だって!!?」
「驚きすぎだ!」
「へーえ、ますます会ってみたいもんだ。…ところで、皆。ありがたく拝見しろ!ウチのエリシアちゃんの最新のお写真だ〜。ほーら、かわいいだろ〜。」
それから始まった中佐の家族自慢に、一同白くなりかけた時。チヒロが指令室へ戻ってきた。
「うおー!!お帰りっ!!」
「良く戻ってきてくれたなあ!!」
「…はあ?」
皆の熱烈歓迎に唖然と立ち尽くすチヒロ。
「今、お茶を入れるわね。」
「あ、私が。」
「良いのよ。今日は、あなたにお客様がいらしてるから。」
「お客様?」
「よう。こんにちは。」
「あ…、えーと。こんにちは。」
「俺はマース・ヒューズ。階級は中佐。中央の情報部に所属している。」
「あ、はい。えと、はじめまして。中原…じゃなかった、チヒロ・ナカハラです。」
ぺこりと頭を下げる。
「何だ。他の世界から来たって言うから、どんなのかと思えば結構普通だね。」
「す…いません。」
「や、責めてないよ。良かったって思ってさ。」
「そうですか?」
「何か、凄い生き物だったらどうしようかと思ってたからさ。」
わっはっはっと笑う。
「…はあ。」
チヒロは困ったように、
「凄い生き物って、どんなんですかね?」
と俺に聞いてくる。
「さあ…。」
相変わらず元気な人だ。
それから、大佐の作成した中央への書類を元にした簡単な事情聴取が行われた。
事前に大佐からどのように報告したかは、知らせてもらっていたのでチヒロも多少事実と違っていても大人しく『はい、そうです』と頷いている。
「で?どれ位本当で、どの位嘘なんだ?」
中佐が大佐とチヒロを見比べつつ、ニヤリと笑った。
「ほぼ、事実だよ。ヒューズ。」
「ほぼって、信じろって?この話を?他の世界から来たなんて…。」
「証拠を見せろ…と?」
「ぶっちゃけ、そういうことだな。」
「…さて。どうしようか。」
大佐がチヒロを見る。チヒロは困ったように中佐を見た。
「あの。…私は何だと疑われているんでしょうか?」
「軍を騙そうとしている詐欺師…かなあ?」
「そんな…。」
「あるいは、ちょっと頭のおかしい子。」
「………。」
ショックを受けたように黙り込む。
これは尋問の常套手段だ。相手を怒らせ、あるいは動揺させて言葉を引き出す。
疑われていると分かれば、大抵の者は言葉を尽くして自分の証言の信憑性をアピールする。嘘があればおのずと辻褄が合わなくなるし、本当なら更なる証拠が増える。
しかし、分かってはいても、面白くない。
「ヒューズ。チヒロをいじめるな。」
憮然と大佐が言った。
「っロイ!」
「良いんです。」
「チヒロ?」
「良いんです。」
そう言ってうつむいてしまった。
「………。」
気まずい沈黙が流れる。
「お…俺が悪いのかよっ!」
中佐が皆の責めるような視線を浴びてうろたえた。
「信じられない話…なんですよね。ここの皆さんがすぐに信じて下さったので…甘えてました。疑えばキリはないってことですよね。」
小さな小さな声でチヒロが言う。
「あー。やー、その。お嬢さん。」
「チヒロだ。」
相変わらず憮然と大佐が言う。
「チヒロちゃん。俺はね。君の事は知らないが、ロイのことは良く知ってる。この世にこいつ程うたぐり深い人間は居ないんじゃないかって位、何でも疑って掛かる。」
何だと! だって、お前俺とまともには話をするようになるまで半年も掛かったじゃないか! それはお前があからさまに胡散臭いからだろ!
二人でわいわい始まる。
「あー、っと。やあ、だからだな。そのロイが君の言うことを信用したんだから。俺的には結構信じちゃってるわけよ。」
「え?」
ぱっと顔を上げたチヒロに中佐はにっこりと笑いかけた。
「ただね。お仕事の都合上、君の言っていることの裏を取らなきゃいけなくてさ。分かるかな?」
「…はい。」
再びうつむいてしまう。
「つまり。地図を見ても、地理や地名を知らなかったとか、文字が読めないとかってのは。疑えば演技だとも言えるってことっスよね。」
「まあな。」
「演技だなんて…そんな。」
唇をかみ締めるチヒロ。
「ああ、俺らは疑ってないから。」
安心させるように、ポンポンと頭を叩いた。
そう、あの時震えていた手。世界の全てに恐怖していたチヒロを知っているから。
「つまり、逆にこの世界の人間では知りえないもの。持ってるはずのないものの方が証拠には適当なんだが…。」
中佐はそういうと窺うように大佐を見た。
「…あれだけ面白がってチヒロの話を聞いていたくせに、報告書には何も載せなかったんスか?」
「お、何かあるのか?」
「あえて載せなかったんだ。『異世界から来た人間』それだけで中央は動くと思ったからね。」
現に動いただろう?と中佐を見た。
「それに、ヒューズには直接話したかったし。前もってチヒロに合わせたかったしな。」
つまり、中央とヒューズ中佐を一緒に動かそうとたくらみ、見事的中させたということだ。
「何。隠してやがる。」
「それほど、多くはないよ。」
と大佐は自分の机の引き出しから、数枚の紙を出してきた。それはチヒロが元の世界のものを説明する時に使用したもの。
ところどころ質問をはさみつつ、中佐は真剣にその紙を見ていった。
「ローイ。これがありゃ、俺は何も彼女を責めなくて良かったんだ。悪かったな、チヒロちゃん。」
「……いえ。」
それでも一度怖いと思ってしまった印象は中々拭えないのか、顔が少し引きつっている。
「何で、これを報告書に書かねーんだよ。」
「いや、小出しにしていこうと思ってな。」
「小出しに…って?」
「疑われようがなんだろうが、チヒロがこちらの世界のことも文がわからないのも本当だ。きちんと学ぶ時間は取りたいからな。」
「その間を持たせるために…か。」
それから少し、大佐の考えている今後の方針を話す。
随分とチヒロに都合の良い話で(といっても上手く行けばの話だが)少し驚く。
チヒロが来てすぐの頃は『女性』あるいは『女の子』に対する態度だったのだが、数日たつうちに明らかに自分の保護する者に対しての態度へと変わって行った。
そうなるとチヒロのほうも、苦手意識が消えたのかぎこちない態度を取ることもなくなった。
中尉も大佐とチヒロを二人で置いておくことをためらわなくなったし、俺も…まあ、ほんの少しは心配するけれど、今ならチヒロが一人で大佐の家に泊まるといっても止めないだろう。
そんなふうに変化している二人の関係に、中佐も驚いた様子だった。
「大佐、そういやこの世界がアレだってのは…。」
「言えるわけがなかろう。」
「では、こちらへ来たいきさつについては?」
「偶然来た、知らないうちに来ていた。ということで良いんじゃないか?」
「それじゃあ、勿論錬金術も…。」
「出来ない、と言うことで。」
「実際に今はまだ知らないんですしね。」
「…おいおいおいおい!?ちょっと待て。」
中佐が声を上げた。
「お前、さっき報告書はほぼ事実だって言ってなかったか?」
「言ったな。…ただ、乗せていないことが沢山あるだけだ。」
そして、大佐はチヒロが語ったこちらへ来たいきさつなどを細かく話した。
「………。なるほど…。怖い思いしたね、チヒロちゃん。」
優しく笑いかけられて、やっとチヒロの肩からも力が抜けた。
「後、『この世界がアレ』って言うのは何だ?」
「ああ、それは…。話せばややこしくなるが…。」
と、チヒロの世界の『マンガ』とか言うものの中の世界であるらしいとの話をする。
「……おい、おい。マジかよ…。」
誰か嘘だといってくれ、と目で訴えかけながら皆を見るが、誰一人その期待に答えられるものは居なかった。
チヒロは困ったように小さく笑っている。
「俺も、出てるのかな?」
「………。…多分?」
「………。」
20051104UP
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ヒューズ中佐が来ました。このときは情報部だったってことで…。
いい人なのは分かってるけど、余り好きではなかった頃に初稿を書いたので、チヒロもちょっとおびえている…。
ハボロイとか見てて、ヒューズがたまに絡んでくるのってあるじゃない?
あんた、妻子が居て男に走るなよ!…と現役で妻の私は思うわけだ。
ヒューズ氏にとってはとんだ濡れ衣?良い迷惑?
けどね、うちの旦那がおなじことしてたら…と思うわけよ。ねえ。
(05、11、16)