扉の向こうの青い空 21、5

 

 

 

ロイ・マスタングの場合 〜10年越し〜

 

 

 

 

『やっほー、ロイ。あんた最近お父さんやってるんだってー?』

「……なんだ。ミリィ、お前か、…。」

『あーら、ご挨拶ねぇ。久しぶりに昔なじみが電話してあげてるって言うのに。』

「私にそれを感謝しろと?」

『…あんたね、言ったでしょ。私の前で自分の事“私”とか言ったら殴るわよって。気持ち悪いのよ。』

「前にいないじゃないか。」

『次会ったとき覚えておきなさいよ!』

 カラリと心地よい軽口の応酬。

ミリアム・ゴードン。

仕官学校時代の同期でヒューズと3人で主席を取り合った仲だ。

国家資格も持たず女性であるという不利な状況にもかかわらず、少佐にまで上り詰めてきた。現在は西方司令部にいる。

「どうなんだ、最近は?」

『あー、まあね。上司が変わったからさ、多少マシ。』

以前は女性蔑視の激しい上司で、大変だと散々電話で愚痴をこぼされたのだ。元々西部は女性蔑視が激しい土地柄だ、押さえつけられ相当苦労していたようだった。

もっとも、その上司をスキャンダルがらみで左遷させるよう画策したのはこのミリアム・ゴードン本人なのだけれど…。

『全くね、常々思うわよ。あんたはさ、欠点ばっかり山ほど有るけど、「部下を性別じゃなく能力で判断する」という、そのただ一点のみにおいては優秀な上司だわよ。』

「褒められた気がせん。」

『うん。あんま、褒めてない。』

「ミリィ、お前なぁ。…そんなにそこが嫌なら移動希望を出せばいいだろ。ここは問題児の掃き溜めの様な所だからな。お前なら一発だ。」

『問題児ってのは否定しないけどさ。良いのよ、私はここで。』

「うん?」

『ヒューズは中央で、私はここで。あんたをフォローするからさ。』

 大総統になるんなら、中央だけで上り詰めたって駄目でしょ。いざというときにあんたを支持する人間が全国に居る方が強いわよ。と、あっさりと言う。

つい中央と上ばかりを見てしまう自分やヒューズと違い、ミリアムはいつだって視野が広い。

そして行動力もある。少ない女性仕官の間で、下手したら軍内で使われる正規の通達網よりよっぽど早いかもしれない情報網と、団結力の物凄く強い一団を築いていた。

「お前が大総統になった方が良いんじゃないか?」

『やあねー。私は裏で糸を引くタイプ。ふふふ。』

「ははっ、怖いな。」

 それから少しお互いの近況を話して。

『あ、そうよ。だから、あんたお父さんやってるんでしょ?』

「せめて、お兄さんにはならんか?」

『いくつの子なの?』

「19歳」

『あ…微妙ねー。あんたが9歳の時の子ね。』

「いくら俺でもムリだ。」

『やー、あんたなら分からないって、ロイ。』

「失礼だな。」

 学生時代、ミリアムに好意を抱いていたのだが。彼女がヒューズを好きだと知ってから何となく他の女性に声をかけるようになった。

元々ヒューズを『マース』と呼んでいた彼女がファミリーネームで呼ぶようになったのはグレイシアと付き合いだしてから。

『ただでさえ馴れ馴れしい女が名前呼んでたら、少なくとも面白くはないでしょ』そう苦笑したミリアム。

グレイシアの為というより自分の気持ちにケリをつける為だったんじゃないかと今では思う。

 その後、ヒューズの結婚式に出席したが、以外とサバサバした表情で。

『好きだったんじゃないのか?』そう聞くと『やあねー、ロイ。一体いつの話をしてるのよ。私、今他に好きな人居るから』とかあっさり言われ、全く女ってのは分からないと溜め息をついたものだった。

「しかし。チヒロの事、誰に聞いたんだ?」

『ヒューズよ、勿論。面白いから指差して笑ってやれって言われたけど、今ちょっと忙しくてさ、東方にまで行ってらんないのよ。』

「そんなことのために来なくていい。…まあ、明日にはセントラルへ行くが。」

『何で?』

「チヒロを大総統に合わせるんだ。」

『あ、ヒューズもそんなこと言ってたわね。言葉濁してたけど、何か訳ありなの?』

「電話で話すのは長くなるかもな。」

『セントラルか、……何日居るの?』

「2・3日といったとこかな。」

『考えとくわ。指差す練習しとかなくっちゃ。』

「せんでいい!」

『あはは。…ああ、そうか。こんな時間に家に居るなんて珍しいと思ったら、明日セントラルだからなのね。』

「普段から遊んでるように言わないでくれないか?」

『ちがうとでも?』

「遅いのは残業のせいだ。」

『自分がサボるから!自業自得でしょ。』

「う…。」

『…てことは最近サボってないんだ。へー、感心感心。』

「俺は何時だって真面目だ。」

『「真面目」の用法を間違ってるわ、ロイ・マスタング。』

「………。」

 ミリアムの発音する『ロイ・マスタング』は何時だって酷く心を落ち着かせてくれる。あまりにもチヒロが緊張しているから、つい自分までつられて緊張していたようだ。

「ミリィ、会えるのを楽しみにしているよ。ヒューズと3人で飲もう。」

『…そう言われたら行かないわけにはいかないわね。適当に用事でっち上げて行くわ。』

「分かった。」

『飲み代は当然あんたの奢りだからね。』

「仕方ないな。」

『キャー、素敵よー。“焔の錬金術師”!』

「こんな時だけそれか。調子のいいやつだな。」

『ふふふ、嘘よ。あんたは何時だって素敵よ?』

 カラリとサラリと、でも少しだけ優しい声音で言われてドキリと心臓が高鳴った。

 明日か明後日か。会った時にはずっと溜め込んでいた気持ちを言ってしまおうか。そんな気分にすらなった。

 …しかし、まあ。実際に会えばそんな艶のある雰囲気にはならないだろう事は、過去の経験で分かっている。

飲んで笑って喋って、それで終わりだ。

「全く。」

『何よ?』

「28歳にもなって男の一人も居ないのか?」

友人との約束が最優先なんて、情けないぞ。と、言うと。

『あんたに言われたくないわね!』

「俺にはお付き合いしている沢山の女性が居る。」

『そんなの“彼女”じゃ無いじゃない。』

 少しむっとした声。良く分かってらっしゃる。

『…それに、私は良いのよ。』

「何で?」

『10年掛かっても告白すらして来ない恋愛音痴の錬金術師を好きになっちゃったからね。長期戦で行くの。』

「…っ、なっ!?」

『じゃ、又ね。』

 ガチャンと電話を切られた。

……やられた。

自分の顔が赤くなるのが分かる。今度会うときは一体どんな顔で…。

 心臓が、痛いくらいに鼓動する。

それでも、やっと落ち着くべき場所を見つけたような安心感があった。

 

 

 まあ、ミリアムのことだから。

会った途端に『私』といった罰だと言って小突きまくり、チヒロの話をしては指を差して笑うんだろうけど。

 彼女の笑顔を思い浮かべながら、小さく笑って受話器を置いた。

 

 

 

 

 

20050529UP
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大佐とミリアム・ゴードン少佐の話。
そんなこんながありつつ、次回はセントラルへ。
(05、11、23)

 

 

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