扉の向こうの青い空 22

『なんと、まあ。』

 ロイ・マスタングに伴われて現れた少女を見た途端、思ったのがそれだった。

 緊張のせいだろう。顔色は青白いし動きもギクシャクしている。

手足が…いや、全身が小さく震えているのも見て取れる。

 手元の資料では19歳だとか。その年齢よりは幼く見えるが、それにしても…。

 以前、同じくロイ・マスタングに連れてこられた少年は、わずかに12歳であったけれど、もっと堂々としていたぞ?

 思わず大きな溜め息を漏らしそうになり、すんでのところで止める。

 そんなことをしたら、この少女はさらに萎縮してしまうだろう。

こんな小娘のご機嫌を、善人面してとらねばならないのは御免だった。

「君が、チヒロ・ナカハラかね?」

「はい。」

 それからいくつか通り一遍の質問をする私に、彼女はおどおどと自信無さげに、そして時々ロイ・マスタングに助けを求めるかのように視線を彷徨わせながら答えていく。

 話が異世界から来たことや、その科学力に及ぶとその緊張はさらに高まったようだ。

 時折言葉が出なくなる。

 見るに見かねて、と言った様子でロイ・マスタングが言葉を挟んだ。

「彼女の世界の科学で今現在の彼女の知識で説明しうる事は、その書類に書いてあります。」

「うむ。確かに興味深い内容だが、これが偽造ではないと言う証拠は?」

「はっ。その、書類は私が彼女の話を聞きながら書いたものです。書いたものを全て読み上げ、相違ない事も確認済みです。

 お読みいただければ、この世界の人間である私には想像もしえない科学技術であることは、大総統閣下にはお分かりになるはずです。」

「……この『エレベータ』や『エスカレータ』と言うものは、今後研究の余地がありそうだな。

電力の安定供給という課題はあるが…。

そして、提出された『ボールペン』とやらも事務作業効率をアップさせるには中々に使えそうだ。

 確かに、我々には想像しえない物ばかり、なのかも知れぬ。

 君が異世界の住人である可能性は否定できぬと思う。

…しかし…だ。文が読めぬと言うのは本当かな?それをどうやって証明する?」

「あ……え……と。」

 困ったように言いよどむ少女。

「『チヒロのバーカ』って書かれても怒らない…?とか?」

「くっ。」

 ロイ・マスタングの口から、小さく笑いが漏れる。

「わっはっはっ。」

 意表をついてくれる。

「悪かった。出来ることは証明できても、出来ぬことを証明するのは難しいな。」

 私がそういうと、少女は小さく肩の力を抜いたようだった。

「さて、チヒロ君。この国、アメストリスは軍事国家だ。知っているかな?」

「はい。大佐に教えていただきました。」

「この国で、今一番必要としているのは軍事行動に有益な技術なのだよ。君は、それを提供できるかな?」

「………。」

 一瞬口を噤む。

 又、ロイ・マスタングに視線で助けを求めるかと思いきや、少女はじっとこちらを見つめてきた。

「…私の国は、50年程前に戦争に負けました。」

「ほう!?」

 これは、ロイ・マスタングも聞いていなかったらしく、一瞬驚いた気配が伝わってきた。

「国中で死者が出て、食料も無く不衛生で、大変に悲惨であったと聞きました。」

「…それで?」

「アメリカ…勝った国の占領下という状態ではありました。けれども、その時。私の国は『永久に戦争はしない』と憲法で定めたのです。」

「ほう!」

「ですから、それ以来私の国では武器を作らず、戦力は持たず、戦わないと言う姿勢を貫いてきました。」

「なる程。」

「ですから…その、もしかしたら公にならないところで武器はあったのかも知れません。けど、一般の私たちにまではその情報は知らされませんでした。」

「そうか。しかし、武力に頼らないとなると、他の国に攻め込まれる可能性もあるな。」

「…一応、それを阻止する為に私たちの国がつけた力は『経済力』と『外交技術』です。」

「経済力か。」

「はい、多くの国と貿易を行い。こちらと戦争をしたら、相手の国の生活も困るように…。」

「外交技術と言うのは、交渉だな。」

「はい。戦争にならないように。」

「…なる程。…いや、参考になったよ。」

「あ、いえ。…そんな。」

「君の処遇については、早急に検討して近いうちに知らせる。」

 下がってよい、と言うと。

 ロイ・マスタングは敬礼をして、少女はペコリと頭を下げて退出していった。

『さて、どうするか?』

 暫く考えていると、側近を務める男が戻ってきた。

「…どうだった?」

「はっ、あの娘。控えの間でへたり込みまして。マスタングの護衛官に担ぎ上げられて出て行きました。」

「なんと、まあ!」

 今度は声にして溜め息を漏らすと、側近たちも苦笑する。

「『鋼の錬金術師』エドワード・エルリックの方が、ずっと度胸がありましたな。」

「アレは、アレでひやひやしましたが。」

「しかし、マスタングも色々と面白い拾い物をする。」

「今回はそれによって評価が上がるということも無さそうですな。」

「むしろ、お荷物なのでは?」

 ははははと笑いが広がる。

「まあ、待て。これらの技術が本当に実用化されれば、生活の根底が変わるやも知れんぞ。」

「はっ。」

「では、いかがなさいますか?」

 彼女自身が軍事利用できないと思っていても、こちらの専門家が見れば使えるものも中にはあるかもしれないのだ。彼女の知りえる科学技術とやらを最大限引き出すにはどうすれば良いだろうか。

 あの、おどおどとした様子がもしも演技なのだとしたら、相当なものだがどう見ても違うようだ。

 アレでは、セントラルで一人で置いておくよりは、懐いているマスタングの元に置いておくのが得策か?

 永久にではない。

 日常に慣れ、文字に慣れ、科学に慣れたら私の元に呼べば良い。

 あのタイプには恐怖や脅迫による強制よりも、おだて上げ上手くその気にさせる方が有効そうだ。

その点、ロイ・マスタングは今のところ成功している。

 あの娘が科学を勉強しようと思っているのがその証拠だ。

 それに、セントラルに居て、『戦争をしない憲法』だの、『外交技術』だ『経済力』だと声高に言われるよりは、東部の田舎に居てもらったほうが良いかもしれない。

 それにしても、解せないのはロイ・マスタングの態度だ。

 エドワード・エルリックの時は、『どうだ、見てくれ』と言わんばかりの態度だったのだが。今回は全く違う。

 ただ穏便に終われば良い、と言う感じだった。

彼女が異世界から来た人間であると言うことを主張はしたものの、メインは彼女の知識であるはずだ。なのにそれについてはアピールすらほとんどしなかった。

 …何を考えている?

 監視を付けたら警戒されるか…。

 そうだ。あの少女の勉強の進捗状況を見ると言うことで、定期的に面接官を派遣するようにしよう。こちらの意を酌んだ科学技術員にさせれば、不自然もない。

 面接の中で、ロイ・マスタングの思惑や、もしもこちらを謀っているのならあの少女のボロも出てくるかもしれない。

 ロイ・マスタングは3年の猶予をと言っていたが…無理だな。

 1年半でどうにかしたいが、あの娘では無理か。2年、それが限界だな。

 その間にも、定期的にレポートを提出させるようにすれば良いし。機会があれば、その知識を披露させる場をセッティングしても良い。

 今のところ、どこかへ逃げるあても無いだろうし。逃げた先で生き延びる可能性も0に近い、…あの様子では。

「2年。猶予をやろう。」

「はっ、そのように。」

「肩書きはいかがなされますか?」

「そうだな。『技術研修生』とでもするか。2年間は正規の技術研究員の40%の給与を支給する。

使えるレポートの提出がされた場合。何かの提案・発案があり、それが採用された場合はそれぞれに応じて一時金を出す。

…ああ、定期的にこちらの技術研究員が面接に行くようにも手配を。」

「はっ。」

「2年後、成果を見て本採用をするかどうか決定する。書類の作成と手続きを。」

「はっ、直ちに。」

 側近のうち数名が部屋から出て行った。

 

 『ふふふっ。2年後、この国がどうなっているかは、分からんがな。』

 

 

 

 

 

20051110UP
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大総統です。
エドの年齢などで分かってらっしゃる方も居ると思いますが、チヒロがトリップしたのは
スカーの事件の1年と少し前のこと。
この時点で「2年後」と言うと、現在原作で連載中の時間のちょっと先位。
本当!どうなっているんでしょうか〜?
(05、11、25)

 

 

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