扉の向こうの青い空 23
「お疲れ様です。 チヒロ、お疲れさん。」
控えの間で待っていたハボック少尉が手を上げる。
「………っ。」
「っおい。チヒロ?」
後ろを付いてきたチヒロの膝が崩れ、座り込んだ。
「力…抜けちゃった…。」
引きつった表情で、へへへと照れ笑いするチヒロ。
「ハボック少尉。」
「へいへい。」
よいしょ。とチヒロを抱き上げる。
「や、少し休めば…。」
「ああ、ゆっくり休める所まで行こう。長居は無用だ。…行くぞ。」
「アイ・サー。」
嫌味なくらいにふかふかの絨毯の上を足早に歩いた。
大総統府を出、軍の施設を出る。
その頃にはチヒロも歩けるようになり。今度はその歩調に合わせて、ゆっくりと宿泊先のホテルへと戻った。
盗聴器などのチェックは一応したが、部屋を空けている間に変化はないかともう一度ハボック少尉にチェックをさせる。
力が抜け、ソファに沈み込んでいるチヒロの分もハボック少尉がお茶を入れた。
「すいません。」
「いや、いいよ。ご苦労さん。」
頭をガシガシとなぜる。
「最初はどうなる事かと思ったがな。きちんと自分の言葉で話せていて良かったぞ。」
「そう、でしょうか?」
「ああ。余り、こちらを窺うようでは、私が何か企てていてその通り言わされているとも取られかねないからね。」
「あ……す…すいません。」
「いや。だから、大丈夫だろうと言っているんだ。」
「合格。だってさ。」
私とハボック少尉の笑みを見て、チヒロもやっと小さく微笑んだ。
「…にしても。君の国が戦争に負けたとか『戦争をしない』と憲法で定めたとか…そんな話は初耳だったな。つい、科学技術の方へ目が行ってしまっていたが、軍がどうなっているのか、そちらも当然聞いておくべきだった。」
「あの…アレは、その……嘘……なんです。」
「んな!?」
「へへへ。すいません。」
カリカリと頭を掻き、困ったような照れ笑いを浮かべるチヒロ。
「嘘?…嘘だって!?」
大総統との面接で嘘!?それを、あんなにスラスラ言ったのか!?
これっぽっちも嘘なんかついていません。どうか分かって下さいと言わんばかりの表情で?
「あのっあのっ。全部じゃないんです。戦争に負けた事や、憲法で戦争を放棄した事も本当です。」
「…ああ、…その話は、俺も聞きましたよ。」
と、ハボック少尉が言う。
「報告しろ。」
「すんません。夜勤の時の雑談で出た話だったので、忘れてました。」
…って、来たばかりの頃じゃないか。
戦争をしないと誓った国に住んでいたチヒロにとって、私が考えるよりもずっと戦争や軍や軍事国家であること、軍人と接する事は大きな不安だったのかも知れないと改めて思い直す。
それでも、私の元で生活して行こうと決めたチヒロの期待に。私は答えていかなければならないのだろう。
「では、チヒロ。何が本当で、何が嘘だったのか。全て話してもらおうか。」
にっこりと笑った私にチヒロは一瞬怯んだような苦笑を浮かべたが、一つ一つ話していった。
「えーと。一応、軍らしきものはあるんです。ただ、戦争はしないと決めたので外に戦いに行く軍じゃないということで『自衛隊』と言います。つまり自国を守るための軍隊ってことですね。
詳しい事は知りませんけど、軍事訓練とかも普段からしていると思います。
私たちが目にするのは災害時の人命救助が多いでしょうか。」
「なる程。」
「で、武器もあります。警官だって銃を携帯していますし。」
「ふむ。」
「ただ…作り方や実際にどういう性能のものを使っているのかは私は知りません。」
「つまり、『武器を作らず〜』の辺りが嘘だったわけだな。」
「はい。」
一旦口を閉じて、少し考えるように視線がずれる。
「例えば、日本…私の国ですけど。ここで武器が一切作られていなかったとしても、外国から輸入出来ます。…一般人はいけないから密輸ということになりますけど。」
「ふむ。」
「けど、外国で作られた様々な武器や戦闘機、戦車……どれも戦争に使われるものですけど…そういうものの情報って案外入ってくるんです。売る方だって商品が売れなきゃ困るわけだし…。機密中の機密は入ってこないかも知れませんが…。」
「…ほう。」
「この世界は、…他は分かりませんけどアメストリスは…なんか、外国の情報が余り入ってこないようだったから…。」
「………。」
「………。」
思わずハボック少尉と目を見合わせる。
「何だって?」
「ですから。…その、私が難民だっていうと皆そのまま信じるんです。」
「……?」
「もし私の国で同じことを言ったら、色々と聞かれると思うんです。『どこの国から来たのか?』とか人によっては『ああ、その国行ったことあるよ』とか…。…その、全く何も知らない国のほうが少ないくらい…って言うか…。」
「………。」
「なのに、こっちの人って、『難民です』っていうと、もうそれで自分の知らないところから来たんだって感じで、それ以上何か知ろうとか思わないみたいで…。」
「…ち、ちょっと待て。…つまり、君の世界では他国の情報も多く入ってくると?」
「はい。地球の反対側…。ずっと離れた国で地震があって大きな被害が出たとか、大規模な山火事があったとか、大きな事件が起きたとか…多分半日かからずに届きます。」
「何と…。」
どういう世界なんだ?けれど、それが当たり前の世界から来たチヒロにとって、こちらの世界の情報の供給され方が奇異に移ったのだろう。
「後、軍の中心……セントラルで何が起こっているのかも中々伝わってこないようなので…。」
「うむ。」
「だから、政府が何かしていても一般人の私たちには知らされませんでした。って言えば、それを疑問には思わないだろうって思ったんです。」
「……うーむ。」
「…まず…かったでしょうか…?」
「いや。…それではあの外交とか経済力とかって言うのはどうなんだね?」
「経済力はありますね。…ただ、外交は下手って言われています。…難しい話は私には分かりませんけど。」
へへと笑うチヒロは、やっと何時ものチヒロに戻ったように見えてほっとする。
「…詳しい話は、又、おいおい聞いていくとしよう。だが、多分、チヒロは良い感じで話せていたと思う。
異世界から来たと言う話は信じていたし、君の嘘を見抜けた様子も無かった。」
安心させるように言うと、ほっとしたように肩の力が抜けた。
「……さて、ハボック少尉。後を頼む。」
「ヒューズ中佐との約束ですね。…言っても無駄かも知れませんが、飲み過ぎないように。」
「一言多いぞ。」
「じゃついでに、帰りは誰かに送ってもらってください。」
「必要ない。」
「大佐。心配掛けちゃいけませんよ?」
チヒロにまで心配そうに言われ、渋々頷く。
してやったりと笑うハボック少尉と『行ってらっしゃい』と手を振るチヒロに見送られ、夜の街へと繰り出した。
夕食はホテル内のレストランで簡単にすませ、チヒロはシャワーを浴びている。
実は部屋割りで、大佐と少しもめた。
ヒューズ中佐が用意してくれた部屋はベッドルームが2つある部屋だった。二人用の寝室が二つ。
チヒロと大佐。チヒロと俺。男二人で同じ部屋。…それではチヒロが一人になる。
…色々ともめて。
「…あの。別に、どちらと一緒でもかまわないんですけど…。」
控えめに笑うチヒロに、あれこれ言い合っていたこっちが馬鹿みたいで…。
結局出かける大佐が一人で一部屋を使う事になった。
つまり、俺が同じ部屋。
どうやら全く男として見られていないようだけど…。男の方としては可愛いと思っている女の子と一緒だってだけでドキドキするんだが…。
「出ました〜。」
ホカホカと湯気を立ててチヒロがシャワールームから出てきた。
続いてシャワーを浴びる。
大して時間はかからない。
程なくして出てくると、緊張しすぎて疲れたのだろうチヒロがソファで居眠りをしていた。
そっと抱き上げてベッドへ運ぼうとして。
「髪、濡れたままじゃねーか。」
乾ききらないうちに眠ってしまったらしい。しょうがねえなと、乾いたタオルで拭いてやる。
そこは、男のやる事。何かの弾みに髪を引っ張ってしまったのかも…。びくっとチヒロが目を覚ました。
「……んあ?…あれ?」
「悪ィ。どっか引っ張ったか?」
「い……いえ。わあ、すいません。」
「濡れたままだと、風邪引くぞ。」
「はい。」
そのまま作業を続ける俺に任せる事にしたのか、気持ち良さそうに目を細めている。
その様子が何だか猫みたいで、思わずクスリと笑みが漏れる。
「何ですか?」
「いや。…こんなもんで良いか?」
「はい。ありがとうございます。」
「眠いなら寝ちまえ。」
「はーい。」
素直に立っていこうとして、ふと足を止める。
「?どうした?」
「ジャンさん、自分の髪濡れたまま。」
「へ?」
はっと手を当てると、滴り落ちるほどではないが、確かに濡れている。
「タオル貨して下さい。」
「え、良いよ。自分でやるから。」
「お返しです。」
肩に掛けてあったタオルをするりと引き抜いて、丁寧に髪を拭いてくれる。
何時も力任せにガシガシとやってしまう俺。
けど、チヒロの手は優しくて、力が足りない分物足りなくて。
その物足りなさが妙にくすぐったくって胸がザワザワした。
大佐は中々戻ってこず、一応待っていた俺だが12時を過ぎた時に寝る事にした。
大佐は目の前にいないわけだし、今はヒューズ中佐に任せてしまおう。それよりも明日のために自分は寝ておくべきだと思ったからだ。
寝室に入るとチヒロの静かな寝息が聞こえてきた。
覗きこむと、穏やかな寝顔で眠っている。
良い夢をみていると良い。そっとその額に唇を押し当てて…。
俺は自分のベッドで横になった。
20051115UP
第1章:完
エエと、一応チヒロなりに一生懸命考えて、
『科学の進んだ世界から来たのに、軍の技術に関してだけは説明できない』理由を考えた結果が、先の発言です。
つまり『一般人には知らされていなかった。』
大総統の方も、一般人には知らせていないことがいっぱいあるのでそれで納得してしまった。…と。
さてさて。やっとここまでやってまいりました。
これをもちまして、『扉の向こうの青い空』第1章が終了いたしました。
甘くなるのを辛抱強く待ってくださった方、まだまだですみません。
おでこにチューが精一杯のハボックでした。
ほんの少し間をおいて、第2章をスタートさせて行きたいと思います。又よろしく。
第1章を終えての感想というかぼやきと言うか…そんなんがありますので、「暇なので読んでやろう」という方はこちらへどうぞ。
(05、11、28)