扉の向こうの青い空 27

 エドワードとアルフォンスが久しぶりにイーストシティへ戻ってきた。

「よう、大将。今回は長かったな。」

「あ…はは…。又、手がかり無くなっちゃったよ。大佐が何か情報を持ってないかな〜と思ってさ。」

「あ。…今、休憩中かなあ。」

「相変わらず、仕事溜めてんの?」

「それがさ。あれ以来ほとんどサボり無し。」

「うへ〜。何。チヒロ効果、まだ続いてんの〜?」

 すっげーと驚くエドワードとアルフォンス。

 決して、残業がなくなった訳ではない。

 大きな事件や事故が起こり、そちらへ対処しているうちに書類が山積みになることはあるし、作成する量がドカンと増える事もある。そんな時はどうしたって残業続きとなる。

 現に今だって、年末へ向けて決算の書類だの街で増えつつある様々なトラブルへの対処だので、泊り込むほどではないものの、定時に帰れる日は少なくなっている。

 けれど、以前のような大佐のサボりが原因の残業はなくなっていた。

「な、少尉。チヒロ、元気?」

「ああ。」

 大総統から正式に、2年間は『技術研修生』として軍に所属するものと定められてからのチヒロは、先の見通しが立ったせいか随分と落ち着いたように見える。

 この頃では、時間の空くようになった大佐と科学や錬金術の話なんかも始めていて、自分の出来るものの可能性を探っているようだ。

「エド!アル!」

 後ろから声がかかる。

「チヒロ。」

「チヒロさん。久しぶり。」

「うわー。お帰りー。」

 たたたっと駆け寄ってきて、二人の腕を抱きしめる。

「チ…チヒロ?」

「うん?」

「お前、…何か綺麗になったんじゃ…?」

「やだ!何言ってんのよ、エドったらー。」

 バチンと肩を叩く。…痛そうだ。

「煽てたって、駄目ですよ。…ああでも、久しぶりに会えて嬉しいからどうでも良いや。指令室、行ってて!お茶入れてくるね!」

 と小走りに行ってしまう。

「ジャンさんはー?」

「おー、頼むー。」

「はーい。」

 走り去りながら、振り返り振り返り言葉が聞こえる。

「わっ、チヒロさんっ。前!見て!」

「へーきー。」

 角を曲がって給湯室のほうへ消えていった。

「…痛エ。」

 エドワードが叩かれた肩をさする。

「元気だね。」

「だから、言ったろ。」

「何時もあんな?」

「や。あれは二人に会えたからだろ。」

「そっか。」

 へへへと嬉しそうに兄弟が顔を見合わせる。

「…にしても。…やっぱり綺麗になったよね。」

「だよな。」

「そうか?毎日見てるからなぁ。」

「駄目だな、少尉。そんなんじゃ、彼女に振られるぞ。」

「もう、とっくに振られた。」

「あれ。…ゴメン。」

「良いけどさ。何でか、元カノとチヒロが仲良くなって時々一緒に買い物したり、お茶したりしてんだよ。…俺の立場は…!?」

 そのお陰で、チヒロは街に出ることに抵抗がなくなったようだから、良いんだけど…。

「あー、複雑だよなあ。」

「…けど、チヒロさん。何かあったんですかね?」

「や、落ち着いたんだろ。」

「そうかなあ。」

「お前らが見たのは、多分一番落ち込んだ時期のチヒロだと思うし。」

「そっか。そうだよな。」

 『イタイ、イタイ』と取り乱した時のチヒロはそうそう忘れられるものじゃない。

「……好きな人でも…出来たのかなあ。」

「アル?」

「だって、女の人が綺麗になるって、そんな理由じゃない?」

「む。」

「…少尉、知りません?」

「さすがに、そんな話はしないからなあ。」

「そっかぁ。中尉とか…ああ、少尉の元カノさんとか知らないでしょうかねえ?」

 

 

「お前さ。好きな奴とか居んの?」

「へ?」

 この頃、遅くなりがちな俺の夕食はチヒロが作ってくれていた。

 料理の勉強になるから…と、俺の部屋のキッチンで作って待っていてくれる。

 後片付けを終えればチヒロは自宅へ戻っていくが、半同棲みたいでくすぐったい。

 彼女と別れるとすぐに次を探してしまう俺だが(だからといって何時もすぐ次が見つかる訳じゃないけど)このところそんな気にならないのは、何となく妹と同居しているみたいなこの毎日に安定を見出してしまっているからなのかも知れなかった。

「今日、エドワードが綺麗になったって言ってたろ?」

「ああ、そういえば。」

「で、アルフォンスが、好きな人でも居るからなんじゃないかって。」

「や…やーね。もう。」

 みるみると赤くなる顔。

「図星か。」

「やっ、違ーう。」

「何だよ。教えろよー。」

「や……やだよー。」

「教えろって。」

「駄目。秘密です。」

「まさか、大佐?」

「何で?」

 呆れたような声。本当に違うらしい。

「じゃ、誰?」

「秘密だってば。」

「好きって言ったのか?」

「………ううん。」

「何で?」

「だって、多分。私は好きなタイプじゃないと思うから。」

「そんなの、分からないだろ?」

「分かるよ。」

 視線を逸らしてそう言って。小さく苦く笑ったチヒロは、今迄で一番大人っぽく見えてドキリと胸が苦しくなった。

 

 

 次の日。

 東方司令部へ向かうチヒロは大きな紙袋を持っていた。

「何だ?それ。」

 訊ねる俺に、ふふふと機嫌よく笑ってはいたが、結局中身は教えてくれなかった。

 昼ごろになって、エドワードとアルフォンスがやってきた。

「…はよー。」

「おはようございます。」

 生あくびを噛み殺しているエドワード。きっと昨夜も資料を読んで夜更かししたのだろう。

「何だ、鋼の。徹夜か?」

「うー。気が付いたら、朝日が昇ってた。」

「やれやれ。」

 そこへ、チヒロが来た。

「あれ、エドにアル。 …又、徹夜?おっきくなれないよ。」

「かんけーねーだろ!!」

「あらやだ、知らないの?夜中眠ってる間に成長ホルモンって分泌されるんだよ。」

「はい?」

「たしかー。1時から3時くらいの間だったかなあ。違ったかなあ。とにかく深夜に眠っていないと、脳から成長ホルモンが分泌されないらしいよ。そうすると、余り成長しないんだって。」

「何だと?」

「エド、夜更かし良くしてるみたいだし…。もしかして、あんまり伸びないのって…。」

「寝るぞ!俺!寝りゃー良いんだな!」

「『寝る子は育つ』って言うじゃない?こっちでは言わないの?ちゃんと科学的に根拠があったのよね。」

 昔の人って凄い。と感心するチヒロ。

 けど、俺たちはチヒロに感心していた。エドワードに『夜、寝る』と言わせたぞ!?

「あ、そうだ。二人にプレゼントがあったんだ。ちょっと待ってて。」

 そう言って、紙袋から出してきたのは毛糸のマフラー。

「はい。エド。…それと、アルにも。」

「な!手編み?」

「うん。へへ。」

「うわー。すごーい、嬉しい!」

 アルフォンスの声が弾む。

 エドワードのが明るいグリーン。アルフォンスのはくすんだ赤だった。

「凄い、上手いな。」

「良かった。結構好きなんだ、こういうのは。ちょっと早いけどね。」

 少し前に。

 こっちでは年越しに家族や大切な人にプレゼントを渡すんだという話になった。

『へー、クリスマスみたい』

『クリスマス?』

そしてあれこれ、こちらの行事やチヒロの世界の行事の話になり、『同じだ』『それは違う』と物凄く話が盛り上がった、ということがあったのだ。

「サンキュ。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

「チヒロ。」

「はい?」

「私にはないのかね?」

 大佐の目が悲しそうに訴える。

「あ、いえあの。もう少ししてから皆さんにはプレゼントするつもりだったんです。」

「皆って…俺らにも?」

「はい。何時もお世話になってるし。ただ、エドとアルはいつ会えるか分からなかったから、一番に作っておいたんです。いつでも渡せるようにって思って。」

 皆さんのはただ今作成中です。と笑う。

 確かにそうだ。エドワードとアルフォンスはいつ来るかわからない。来てから作っていたら間に合わないかも知れない。だから、先に作っておくというのは分かる。

 俺たちに、俺にくれない訳じゃない。今作ってくれているという。なのに、何が面白くないんだろう?

 俺はどこか割り切れない気分をもてあました。

 

 

 

 

 

20051212UP
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あちらにクリスマスは無いそうなので、慌てて焼きなおし。
不自然じゃないと良いんだけどな。けど、チヒロの感覚としてはきっとクリスマスプレゼントのつもり。
えーと。ハボとエドとアルはチヒロが『イタイ イタイ』と叫んだのを見ているから。
他のメンバーとはちょっとチヒロに対する思いが違うのです。
大佐や中尉たちが物質的・環境的に生活基盤を整えようとするのに対して、この3人はとにかく精神的にチヒロが安定すれば良いと。

さて、恋すると女の子は綺麗になると言うし。…何となく微妙な感じに…?
(05、12、23)

 

 

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