扉の向こうの青い空 28
年の瀬も押し迫ってくると、街への警備が強化される。
そうなると指令室も1日交代で夜勤が入るようになり、かなりきつくなってくる。
そんなローテーションが始まる前の日。
チヒロがみんなの分のマフラーを持ってきた。
それぞれチヒロが選んだ色はとても良く似合っていて、俺のは深いグリーンだった。
「後、大佐。大佐にはミシンも買ってもらっちゃったから。」
そう言って、グレーのベストを差し出した。
エドワード達が再び旅立ってからすぐに、プレゼントは何が良いかと聞かれ『ミシン!』と即答したチヒロの為に。早々に大佐はミシンを贈っていたのだ。
「凄いな、本当に自分で編んだのかね?」
細かい編み目も綺麗な模様も、売っているもののようだ。
「これならジャケットの下でも使えるかなって思って。」
「ああ。使わせてもらうよ。」
実に嬉しそうな大佐。
「それにしても、これだけの数は大変だったのではなくて?」
中尉もベージュのマフラーを貰っていた。(多分、何時も着ているコートの色に合わせたのだろう)
「大丈夫です。実は結構早めに準備していたので…。エドとアルが来た頃には、もう半分位は出来上がってたかな…。」
「まあ、そうだったの。」
「それに…。あんまり大きな声では言えないんですけど。マフラーは結構簡単に出来るので…。」
「聞こえてるぞー。」
ブレダが笑う。
「それでも、この数は大変でしたよね。」
と、フュリーもにっこりする。
「チヒロさんのことだから、他にも作ってるんじゃないですか?」
とファルマン。
「あ…はは。古着屋のおじさんにも…。」
「そりゃ、喜んだだろう。」
俺が言うと、チヒロは嬉しそうに頷いた。
その日は、9時位に仕事を終えて帰宅した。
明日は夜勤だ…。と溜め息を付きつつドアを開ける。
「お帰りなさーい。」
チヒロがパタパタと出迎えに来てくれる。
「おう。ただ今。…何か…いい匂いが…。」
「ちょっと早めだけど、ご苦労様料理を作ってみました。」
「うん?」
「本当に大変なのはこれからなんでしょうけど…。私は居ないから…。」
大晦日はほっぽりっぱなしになってしまうチヒロを心配して、大佐は早々に中央のヒューズ中佐に連絡を取った。
その為チヒロは、年越しは中佐の家ですごすことになっている。(あちらも中佐は仕事で家には帰れないらしいので、奥さんと子供と女3人で和やかに夜を過ごすことになるだろう)
「おっ、豪華じゃん。」
鶏肉の料理にスープにサラダ。オードブルのようなものまでテーブル狭しと並んでいる。
こちらは編み物のようにプロ級とまでは行かなかったけど、ソコソコちゃんと出来ているみたいだった。
定時にすっ飛んで帰ったと思ったら。
「すげえ、頑張ったな。」
ポンポンと頭をなぜると、嬉しそうに笑った。
「食べよ。」
「ああ。」
乾杯のワインも買ってあって、こんなにちゃんとした年末は軍に入って初めてなんじゃないだろうか?と思ったり。
毎年、とにかくただひたすら仕事だった。
彼女が居ても、何でだかカウントダウンの時に一緒に居たいとか言われて、結局仕事で会えずに怒られたり喧嘩したりで…。
初めから仕事を考慮して、早めにやってくれる子なんか居なかったなそういえば。
まあ、チヒロの場合は事情を良く知ってるからっていうのもあるのだろうけど。
一通り食べて飲んで笑って…。
「…あ。そうだ、ちょっと待ってて?」
「何?」
チヒロが席を立つ。奥の部屋に隠しておいたと思われる袋を持ってきて…。
「はい。大感謝特別プレゼント。」
「特別?」
「うん。だって、どう考えたって私、ジャンさんに一番お世話になってるしね。」
袋の中身は…。
「セーター?手編み?」
「勿論。」
「すげ…、上手いなあ。」
「ありがとうございます。ただ、問題はサイズなんですけど…。内緒にしてて驚かせようと思ってたから、ジャンさんじゃなくてジャンさんの服の寸法で作ったから…。」
「着てみるな。」
「うん。」
どうかなあ?と不安そうだが、着てみるとピッタリだった。
「すげえ。暖かい。」
「夜の警備とかで、風邪引いたりするといけませんからね。」
軍服の中に着ても、モコモコしないように工夫しました。と笑うチヒロ。
嬉しくなってぎゅっと抱きしめた。
「きゃあ?」
「すっげ、嬉しい。サンキュ。」
「あ…はは。それは良かったです。頑張った甲斐がありました。」
「あ、やべ。俺、何にも用意してない。」
「いいんですよ〜。私がやりたかったからしただけだし。」
プレゼントを渡すならチヒロが中央へ行く前でなければ間に合わない。警備で街に出た時に、何か買って来ようと思った。
そして、考えることは皆同じだったようで。チヒロは次の日から順番に指令室のメンバーからのプレゼントをもらっていた。
フュリーからはフラワーアレンジメントの花篭。
ファルマンは絵が綺麗で、大人が読んでも良いような絵本。
ブレダは明るい色の写真立て。
中尉からは白いニットスーツ。
大佐は一度食事に連れて行ったようだし。
すでに旅立ったエルリック兄弟からはカードが届いた。
そして、古着屋の親父からは欲しがっていた古着をアレンジしたものを1着。
シリルとも何かプレゼント交換をやったらしい。
そして、俺は。悩みに悩んでシルバーのネックレスにした。
シンプルな形だけど、何を着たときにつけても合うと思った。
「ありがとう。ジャンさん。いっつも付けてるね。」
そう言ってにっこり笑ったチヒロを見て、ドキリと心臓が一つ鳴った。
クリスマスが無いのか…この世界には…。
何だかちょっぴりがっかりだった。
別に、元の世界でもたいしたことはしていない。彼氏が居たわけじゃないし…。
友達や家族とケーキやご馳走を囲んで、わいわいおしゃべりをするくらい。
そうか、サンタも空飛ぶトナカイもツリーの飾りつけも無いのか。
やっぱり何だかがっかりだった。
例えクリスマスがあったって、皆仕事だろうし。やっぱり彼氏は居ないし…。
そうか…クリスマスケーキもプレゼント交換も無いのか…。
やっぱり、残念…。
…え?プレゼントはあるの?
そう聞いて、俄然やる気が出た。頑張ってマフラーを沢山編んだ。
どうやら私にとって12月にはクリスマスがあるのが当たり前となっていたらしい。
街のディスプレイや耳に馴染んだクリスマスソング。家々のベランダを飾る電球。赤と緑のコントラスト。
全く同じクリスマスは望むべくも無いけれど…。
『大切な人に贈り物をする』
それが出来るだけで、良しとしよう。
そうやって頑張ったら沢山のプレゼントが返ってきて…。逆に幸せを沢山貰ってしまった。
大佐にはマフラーだけじゃなくてベストも編んだ。
ミシンを買ってくれたから。…でも、それだけじゃない。大佐はこの頃本当にお父さんのようなのだ。
食事も何度かご馳走になったし、『欲しい』といわなくたっていろんなものを買ってくれるし。ヒューズ中佐から電話が来ると、中佐の娘自慢に負けないくらいの『チヒロ自慢』(ジャンさんが名付けた)をやらかすのだ。
私の本当の父は、そんなことする人じゃなかった。それに、私に関してはしたくても出来なかったんだと思う。するべき所が無かった?だって、どんな事柄だって姉には適わなかったし。
だから大佐の『チヒロ溺愛』(ブレダ少尉が名付けた。私のことになると見境が付かなくなることを言うらしい)は、恥ずかしいけど凄く嬉しい。
何か今頃になって、『大佐の養女』ってそれほど悪くなかったんじゃないか…とか思ったりして。
そして、ジャンさんにはセーターを。
はっきり言って、下心見え見えのプレゼントだと思う。
『ご苦労様料理』とか言って、ご馳走を作ったのも24日の『クリスマス・イブ』。次の日から夜勤が入る予定だったとはいえ…我ながらなんとも…。
理由なんて、『好きだから』の一語に尽きる…のに、誰も変だと思わないらしい。…何でだろう?
まあね。明らかにジャンさんには格別にお世話になっている。生活全般に於いて、寄りかかりまくっている。
だから『お世話になっているから』に違和感が無いんだろう。
けど、やっぱり女性として見られていない…って言うか、完璧妹?
この間までは、それが心地よかったはずなのに…。自分の気持ちに気付いてからは、それが物足りなく感じるなんて。人間ってどこまで欲張りなのだろう?
やっぱりシリルさんみたいな色気が無いのがよくないのだろうか?
この間、シリルさんから化粧品をプレゼントしてもらった。
今までの『身だしなみ』程度のじゃなくて、本格的な奴。
一度、ためしにやってみた。……失敗した。
それを報告したら。
『こればっかりは慣れだから。いちいち凹まずに何度もトライしなさいよ。』
と言われた。…慣れるには後どれ位かかるんだろう?
鏡に映る私の胸元には、ジャンさんがくれたシルバーのネックレス。
元の世界では…って、私の周りだけかな?
19歳でシルバーのアクセサリーを貰うと、その人と永遠に結ばれる…。なんてジンクスがあったけど…。
あっさりこれをくれたということは、こっちの世界にはそんなの無いんだよね…。
は〜あ。
つい裏の意味を探ってしまいたくなるけれど、裏の意味なんてこれっぽっちも無いんだよね。
は〜あ〜あ。
20051216UP
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クリスマスの無い12月って想像できます?
何だかんだ言って、あるのが当たり前。自分で積極的に何かしなくても周りが勝手にクリスマスになっていく。
そんな日本から、クリスマスの無い世界へ行ったら12月ってどうなんだろう?
あの世界に年越しに大切な人にプレゼント…なんて風習があるのかどうか分かりませんのでちょっと捏造。
けど、家族や大切な人と静かに過ごす。ってのは有りそうかなあと思ったり。
そして、大分微妙な感じに…。