扉の向こうの青い空 29
ヒューズ中佐のお宅へ行く日になった。
朝、駅までジャンさんが送ってくれる。
そして、セントラルの駅にはヒューズ中佐かその部下の方の誰かが迎えにきてくれて、家まで送ってくれる事になっている。
小さい子供がする初めてのおつかいよりよっぽど過保護に甘やかされてる私って、どうよ?
けど、列車に乗るのはまだ2回目だし。前回は大総統に会うので緊張しててよく覚えてないから、今回は切符の買い方や乗り方を覚えなくちゃ。
「じゃ、気を付けて行って来いよ。」
「はーい。」
列車に乗るまで付いててくれて…。だから、甘やかしすぎだって。
「中佐や皆にもよろしく。」
「はい。大佐からのプレゼントもちゃんと渡します。」
とは言っても物はもう送ってあって、後は『はい』と手渡すだけなんだけど…。
「……心配だ…。」
ぷかーと煙を吐くジャンさん。
「……はは。」
あ…そうか。1日以上ジャンさんと離れるのって、初めてなんだ…。
そう気が付いたら急に心細くなっちゃったりして…。大概私も甘えてるよねえ。
ピリピリピリピリーーと、車掌さんの笛が鳴る。
「これは、乗車の合図な。その後、1・2分位で発車するから。」
「はい。」
成る程。笛なのね。
「個室じゃなくて良かったのか?」
「一人で個室なんてつまらないよ。」
前回の時は個室だった。大佐とジャンさんと一緒で、緊張しっぱなしの私を何とかリラックスさせようとしてくれていた。
「…まあ、そうだけど…。」
「大丈夫、です。」
「荷物と貴重品には気をつけろよ。」
「はーい。」
心細さを誤魔化すために、努めて明るく返事をする。
「…っと、時間だな。…付いたら連絡寄こせよ。」
「分かりました。」
「じゃ…な。」
そう言って、ジャンさんは私の米神にチュッとキスをする。
ん!もう!恥ずかしいよう! 慌てて離れて列車に乗り込んだ。
「自分で閉める。」
「はーい。」
列車のドアは自分で閉めるらしい。
ガタン。大きく揺れて、列車が動き出した。
遠ざかっていくジャンさんに手を振る。
はあ。と溜め息を一つ。
このところジャンさんのスキンシップが激しいような気がするんだけど…。
抱きしめて懐いてきたり、米神やおでこにキスなんて珍しいことじゃなくなりつつある。シリルさんと別れて、欲求不満なのかなあ?
それとも、むしろ本当の家族…って言うか妹になりつつある?…いや、この扱いはペット?
空いた席を探して、荷物を棚に乗せた。
「ふうー。」
…それとも…。すとんと座って再び思いを廻らす。
私が好きって気付いちゃったから、そのたびにドキドキしちゃうから多く感じるだけなのかなあ?
だって、大佐だって結構触ってくる。
この間、食事に連れて行ってもらったときもそっと背中を押して、…エ、エスコートって言うの?してもらっちゃったし! ミシンを買いに行く時は腕を組んで歩いた。
こっちの人って、そういうスキンシップは当たり前なのかなあ?
元の世界でも欧米人は挨拶がハグだったりするし…。日本じゃせいぜい握手だもんね…。
うーん。スキンシップは嬉しくない事も無いんだけど…。心臓が落ち着かないし、一人でドキドキしているのかと思うとちょっと空しいのよね…。
「はあ。」
溜め息が零れる。
ふと窓の外を見ると、広い野原が広がっていた。大きな街以外は、本当に駅周辺にしか民家は無い。時々ポツリポツリと農家だか、酪農家だかの家があるだけで…。
木立の間の道を子供たちが数人走っていた。学校へ行くところかなあ。可愛い。
そういえばジャンさんの実家って田舎の方で、学校まで結構歩いたって言ってたっけ。あんな感じだったのかなあ。
…って。私、又ジャンさんの事考えてるし…。
重症だなあ。 切ないよう。
指令室の人たちにはまさか言えないし、やっぱりシリルさんには言いづらい。古着屋のおじさんに恋愛の話はちょっと…って感じだし…。
誰にも相談できないのが苦しいよう。
だからイヤだったのに…。人を好きになるなんて。
「全く、もう。」
セントラルの駅で溜め息を付いた。
少し前に少尉に昇格し、セントラル勤務になったばかり。新しい上司は真面目なんだか不真面目なんだか良く分からない人で…。
今日も、上司の命令でセントラル駅まで客を迎えに来たところだ。…けど。
「あ〜、悪い。写真持ってくんの忘れちゃった〜。大丈夫。見れば分かるから!」
分かるかい! 心の中でこぶしを握り締める。
『19歳の女の子』それだけで探せってか!家族の写真は決して忘れないくせに!
年末の喧騒の中。セントラルの駅はごった返していた。もしかして、もうすれ違ったんじゃないだろうか?という不安も心をよぎるくらいだというのに。
『見れば分かる』とは言われたけれど…。目立つということかしら?
先程から、仮装をした子や派手な服装の子、化粧の濃いのや…目立つのは色々居るけど、声をかけられずにいるのだ…。
又、新たに列車が到着し、どっと押し寄せる人波にうんざりする。
…と、ふとある少女に目が行った。
格別派手な訳でもない。特別美人な訳でもない。服装のコーディネイトが何となく違うなあと思うが、自然で全く変ではない。
スタイルは大変に良いが、そんなことではなく…。何というのか…。纏う空気が違うのだ。
すれ違う人も振り返る人が多い。
…が、本人は気づいていないようだ。少し、不安気な顔であたりをキョロキョロと見回している。
なるほど、これは上司たちが過保護になるはずだわ。ほおっておいたら物凄〜く悪い奴に、ひょいっと連れて行かれてしまいそうだ。
私は小走りに彼女の元へと走り寄った。
「チヒロ・ナカハラさん、ですね。」
「あ、はい。」
ほっとしたように笑う。
「マリア・ロス少尉です。ヒューズ中佐からお迎えを言い付かりました。」
「始めまして。よろしくお願いします。」
ぺっこりと頭を下げられる。
か…可愛い…。
身長は自分よりも高いのだけれど、90度にならんばかりに頭を下げられ思わず自分の表情が緩むのが分かった。
「荷物をお持ちしましょう。」
「だ…大丈夫です。」
「良いんですよ。…車を付けてありますので。」
「はい。あの、ありがとうございます。ロス少尉。」
「一度、ヒューズ中佐のところへ顔を出すように言われていますので、そちらへ向かいます。」
「はい。」
改札を抜け、駐車場へ向かう。キョロキョロとあたりを見回す様子に。
「セントラルは初めてですか?」
「いえ、2回目なんですけど…前回は大総統にお会いしに来たので、緊張しすぎてあんまり良く覚えていないんです。」
自分自身に苦笑するようにチヒロちゃんは小さく笑った。
「そうですか。仕方無いと思いますよ。私たちでも大総統にお会いする時には、とても緊張いたしますから。」
「私だけじゃないんだ。…良かった。」
「いよう!チヒロちゃん。」
ひょいと手を上げて、ヒューズ中佐はにやりと笑った。その目は『な、写真が無くたって分かっただろう?』と言っているようで、思わずむっとする。
「ヒューズ中佐。お招きありがとうございます。」
「いや、良いよ。俺も帰れないからさ。3人で仲良くやってよ。」
「はい。…エと、中佐。これ。プレゼントなんですけど。」
とチヒロちゃんは綺麗にラッピングされた包みを取り出した。
「うお?マフラー?サンキュ、ありがたく使わせてもらうよ。今夜は冷えそうだしな。」
「良かったです。…後、ロス少尉にも。」
「え?私にも?」
「はい。お迎えの方がいらっしゃると聞いていたので…。あの、無難な色を選んでしまったので、気に入っていただけるかどうか…。」
「そんな…私にまで…。」
「良いじゃん。貰っておけば。」
からし色のマフラーを上機嫌で首に巻いているお気楽な上司がのほほんと言う。
「そ、そうですか?では、頂きます。」
中からは明るい茶色のマフラー。
「綺麗ですね。自分で編んだんですか?ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。お仕事中なのにお手間を取らせてすみません。」
「良いんですよ。では、中佐。もうお宅へ向かっても?」
「ああ。はい、チヒロちゃん。こっちからもプレゼント。」
「え?」
チヒロちゃんが開けてみると、アメストリスの様々な風景を写した写真集だった。
「うわあ。ありがとうございます。」
「いつか実際に、色々と見てまわれると良いな。」
「はい。」
「…では、中佐。」
「おう。楽しんで来い。グレイシアの料理は美味いぞ!」
「はーい。」
再び車に乗り込む。
「ごめんなさい。私、何にも用意して無いわ。」
「え?あ、良いんですよ、ロス少尉。こうして送っていただいてるんですから。すみません。かえってお気を使わせてしまって。」
「あ、いえ、そういう意味じゃないのよ。それに、『マリア』で良いわ。…えーと、そうね。途中店に寄っても良いかしら?」
「やっ、あのっ!」
「ラッピングとかしてもらえる時間はないかも知れないけど。」
「マリアさんっ。本当にっ、あのっ!」
「何が良いかしら?…ああ、髪に飾るものなんて、どう?」
「マリアさーん。」
「ふふ、楽しくなってきたわ。」
「…あ、あのっ。話を聞いて下さーい。」
わいわいと二人で買ったのは、ピンクのヘアーバンドと白いシニヨンだった。
「ありがとうございます。」
「さ、今度こそ本当に中佐のお宅へ行きましょう。心配されてるといけないから。」
「はい。」
20051227UP
NEXT
マリア・ロス少尉登場。
又してもチヒロの『妹的魅力』に取り付かれた被害者が一人…。
そして、ハボック暴挙に出る。
良いのか?そんなことして…。