扉の向こうの青い空 30

「よ、よろしくお願いします。」

 と、最初こそ緊張して挨拶をしていたチヒロちゃんだったけど、すぐに打ち解けた。

 ロイ君からのプレゼントを手渡してくれたり、エリシアの相手をして遊んでくれたり、夕食の準備を手伝ってくれたりして楽しく過ごした。

「凄い、おいしーい。」

「おいしーい。」

 チヒロちゃんの口調を真似て声を上げるエリシア。

「グレイシアさん。お料理上手ですね。さすが、ヒューズ中佐が毎度毎度自慢するだけのことはあります。」

「あら、ふふふ。ありがとう。チヒロちゃんだって、色々慣れない事は多いでしょうに、ちゃんと作れてたわよ。」

「そうですか?良かった。ジャンさんのお陰です。」

「ああ、ハボック少尉ね。確かロイ君の部下の背の大きい金髪の子よね。意外だわ。お料理できるのね。」

「はい。色々、教えてもらいました。帰ったら、褒められたって言っとこう。」

 嬉しそうに、にっこりと笑う。

 なるほどねえ。

マースやロイ君が溺愛するわけだわ。 素直で可愛い。

 そして、多分ハボック少尉も…と言うか、東方司令部の皆も目の中に入れても痛くないくらいに可愛がっているのに違いないわ。

 ほほえましく思いながらも、自分も同じだわと自覚する。

「又、機会が会ったら遊びに来てね。」

「良いんですか?」

「勿論よ。お料理のレシピとかも教えてあげるわ。」

「わー、ありがとうございます。嬉しいです。実は料理の本とかも買ってはみるんですけど…字が読めないので…。」

 あ、と気付く。

 そうか、この子は今文字の勉強中なのだ。

「いつまでもそれじゃいけないのは分かってるんですけど、口頭で言ってもらって自分の所の文字で書くほうが分かりやすくって…。」

「そうね、幾つか口頭で教えてあげるわ。後、料理によく使う単語なんかも教えてあげる。」

「ありがとうございます。」

 今、勉強しているのは日常に必要な簡単な単語と、軍内でよく使う単語が中心だと言うことで、『大匙』『小匙』『千切り』『煮る』『焼く』などはまだ良く分からないらしい。

 夕食後、少々興奮気味だったエリシアをやっとベッドに寝かしつけた。

「チヒロちゃん。お酒、飲める?」

「え?あの、少しなら。」

「よし、飲みましょう。」

「…グレイシアさん…。」

「主人が余り帰らないでしょう?極たまに一人で飲んだりするけど、一人じゃつまらないのよね。」

「は…あ。」

「主人の晩酌の相手をすることもあるけど…。女同士で飲むのは久しぶりだわ。」

「ああ、そういえば。」

 とチヒロちゃんも苦笑する。

「リザさんとか、何かお姉さんって感じの人はいるんですけど、すっごく妹扱いなんですよね。 別にそれが不満って訳じゃないんですけど、夕食を一緒にとってもお酒はナシですね。…飲むって言ったら、ジャンさんが夕食の時にビールを飲むのでそのお相手くらいですか…。」

「そう。」

「こっちへ来てから、女同士って言いうのはそういえば一度も無かったです。」

「ふふ。あんまり飲ますとみんなに怒られそうだから、少しだけね。」

「はーい。」

 簡単なおつまみも用意して飲み始めた。

 お互いに普段話さないようなことまで話したと思う。

 日常生活の中での小さな愚痴や、近所の変わった人の話。

 私は、セントラルの物価は高いとか育児の話を。チヒロちゃんはヒールの靴だと石畳は歩きづらいとか『ヌーブラ』とか言う下着がこっちには無いとかそんな話を。

 取りとめも無くそんな話をしていると、不意にチヒロちゃんが時計を気にしているのに気が付いた。

「…何かあるの?」

「え゙っ、いえ! 皆、まだお仕事中かなあ…なんて。」

 ここへ着いてすぐに東方司令部には連絡を入れてある。

 その時はホークアイ中尉が出たらしく、『無事に着きました』なんて報告をしていたけれど…。

「電話、してみる?」

「へ?」

「誰か一人位、指令室にいるんじゃない?」

 年末は外へ警備に出ることが多いけど。確か、何かあったときにすぐに連絡が取れるように一人は指令室に詰めているはずだった。

「ね。だから、してみなさいよ。」

「え、けど…邪魔しちゃ悪いし…。」

「邪魔なんかにはならないわよ。」

 誰が出るかは分からないけど、きっとあなたの声が聞けて喜ぶはずだわ。そう言うと。

「じ…じゃあ、ちょっとお借りします。」

 チヒロちゃんは手帳を取り出し、ダイヤルを回し始めた。

「…あ、チヒロ・ナカハラですけど指令室お願いします。 え?ああ、お疲れ様です。…いえ、大した用事じゃ……。…はい。」

 交換手が知っている人だったらしい。

 それから少し待って。

「あ、チヒロですけど。 …ジャンさん? ……いえ、別に。 …皆さん、どうしてるかなあ、と。 ………。」

 そして暫く、楽しそうに話している。

 ふ〜ん。

…見ていて分かってしまった。

「…じゃ、頑張ってくださいね。 …はい。おやすみなさい。」

 満足そうに戻ってきたチヒロちゃん。

「そっかー。チヒロちゃんはハボック少尉の事が好きなんだー。」

「い!?…ん…な……な……?」

 さっき、色々と話していた中でも良く名前が出てきたし…。

「当たり、でしょう?」

「うー、…はい。」

「言わないの?」

「…言わ、ないと思います。」

「どうして?」

「ジャンさん、とっても親切にしてくれるんですよ…でも。

大佐は娘のように可愛がってくれますけど、ジャンさんは『妹』としてすっごく可愛がってくれるんです。…私、思いっきり『妹』なんです。」

「あ、…成る程ね。」

「ジャンさんって、部下の人たちにもとっても優しいんです。街の人にも、子供にも。…皆に優しいから。…ああ、私だけじゃないんだなあ…って。」

「…そう。」

「けど、…頭をポンポンとかされるたびにドキドキしてる自分がいるんです。」

「うん。」

「すっごくドキドキしてるのに…、ジャンさんにとっては『妹』に対する何でも無い行為なのかなあって。」

「そっかー、切ないわね。」

 チヒロちゃんの肩をぎゅっと抱きしめた。

 それから、まるで堰を切ったようにチヒロちゃんはどんな風に好きになったのか…とか、どんな言葉が嬉しかったとか。

ハボック少尉への想いをたくさんたくさん話した。

「…ありがとうございます。グレイシアさん。」

「え?何にもしてないわよ?」

「いいえ。聞いてもらえただけで、すっごくすっきりしましたから。」

「そう?」

「はい。誰にもいえなかったから。」

 ああ、彼女の周りって皆関係者なのね。

「それは辛かったわね。私で良かったら、いつでも電話を頂戴。

勿論主人には内緒にしておくから。…何か、主人経由でロイ君とかに伝わったらものすごいことになりそうだものね。」

 少しおどけてそう付け加えると、『ふふ、本当だわ』とやっとチヒロちゃんに笑顔が戻った。

 それから、又少し話しをして。さすがに、お互いに話し疲れてきた。

 こんなにおしゃべりをしたのって、どれ位振りだろう。

「おやすみなさい。」

 そう言って、用意した部屋へ入っていくチヒロちゃんを見送りながら、『大丈夫よ』と心の中で話しかけた。

 あなたはとってもいい子だし。いつまでも、子供じゃないんだから。

 いつか、ハボック少尉も振り返ってくれるわ。

 

 

 さすがに大人の女性だからなのだろうか?

 兄妹みたいな私たちを見ていないからなのだろうか?

 グレイシアさんはあっさり私の気持ちに気がついた。

 今まで誰にも言えなくて、苦しくて仕方なかったけど。たくさん話を聞いてもらってすっごくすっきりとした。

 今回。

 ジャンさんと離れるのは何となく心細かったけど、どこかほっとしていた。

 毎日ドキドキするのは、結構辛かったから。

 心臓と言うか、もう私の身体が耐え切れないくらいに想いが溢れていて。その気持ちをどこへ持っていったら良いのか分からなかった。

 それが、グレイシアさんに話した途端すっと心の中で落ち着いた。

 そうか。元の世界で、友人たちがこぞって恋愛話をしていたのは、一人では持て余してしまう気持ちをどうにかしようとしていたんだ。それでだったんだ。

 すっきりしたら、早くジャンさんに会いたくなった。…ゲンキンだなあ、私も。

 とっくに慣れてしまった煙草の匂いが傍にないのが寂しくなった。

 『妹』としてしか見てもらえないだとか、そんなのはどうでも良い。

 ドキドキとする気持ちを持て余したって、何でも良い。

一番傍にいたい。

 今は余りにも遠くなってしまったイーストシティに溜め息をつきながら、帰るまで後何時間かしら…なんて思ったりして。

 

 

 そして気が付けば、いつの間にか時計が示す時間は12時を過ぎていて、新しい年になっていた。

 

 

 

 

 

20051227UP
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グレイシアさん登場。
彼女はヒューズ氏からチヒロの事情を聞いて知っています。(ロス少尉は『上司のお客様』としか知らない)
彼女にとってチヒロは二人目の娘って感じ。
今回悩んだのは、グレイシアさんと大佐の関係。
この二人、原作では直接言葉を交わしてないんだよね。
ヒューズ氏と大佐は付き合いが長いようだし…ならグレイシアも結構大佐と付き合い長いんじゃないかなあと、『ロイ君』呼ばわり。
グレイシアさんにとって、ヒューズ氏や大佐の部下って弟、妹感覚。なので『あの子』呼ばわり。
ある意味最強…。
(05,12,30)

 

 

 

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