扉の向こうの青い空 34

 ただの数字の組み合わせよ。

 そう、自分に言い聞かせた。

 だって、この日に生まれた私は。

もう死んでいるのだから。

 

 

 こっちの世界へ来た実際の日付は覚えていない。

 それどころか、はじめの1週間位の記憶はとてもあいまいだ。

 何度思い返してみても、そのたびに順番がぐちゃぐちゃになってしまう。

 だから、元の世界と何日位ずれているのかなんて分からないし、時間の流れが一緒なのかどうかも分からない。

 だから意味のない事なのだと分かっていても…。

 春から夏へ向かうこの季節。

 元の世界とあまり季節の感じが変わらないので(こちらのほうが乾燥していて、風の強い日が多いような気がする位。ああ、聞いたところによると梅雨もないらしい)つい『あ、誕生日だ』と思い出してしまったのだ。

 しかも、記念すべき20回目の誕生日だ。

 家で、じーっとカレンダーを見つめていた私を見て。

「どうした?」

 って、ジャンさんが聞いてきたけど、答えられなくて誤魔化した。

 ジャンさんは知っているのかな。今日が私の誕生日だって。

 最初の頃、事情聴取で何度かあれこれ聞かれて。多分1回位は誕生日を言ったと思う。

 けど、あの頃はそれどころじゃなかったから(中央へどう報告するかと言う方が話題の中心だった)、覚えてなくたって不思議じゃない。

 それに一度死んだってことで、かなりナーバスになっていたと思う。

誕生日とかはあまり言いたくなかった。

 実際、後から見せてもらった私の調書には、違う日付が入っていたように記憶している。

 本当の誕生日とは違う日付が、何でそこに書かれていたのか分からないし。何日だったかも覚えていない。

 …ああ。今見れば、何か気付けたのかな?私が何かで口にした日付なのかな?

 そうかといって、今さら『調書を見せてください』とも言いづらいし…。『私の誕生日っていつでしたっけ?』はあまりにも間抜けだ。

 まあ、いいか。

 いまさら誰かに祝って欲しいとか、プレゼント欲しいとか…。そんな気持ちにもならないし。

 私を生んだお母さんが祝えないのに…。

 けど、誕生日が分からないと困るかなあ?

 今でも、ジャンさんがビールを飲むときにちょっぴりお酒を飲んだりしているけど…正々堂々飲めるのはやっぱり20歳かららしいし。

 成人式とかはないらしいけど。やっぱり20歳からが大人なのだそうで…。

 私はずっと子供のまま? ピーターパンかい…。

 席が窓際なのをいいことに、窓枠に肘をついて外を見ながらつらつらとそんなことを考えていると。

 後ろからコツンと小突かれた。

「いた…。」

「何。ボーっとしてんだ?ん?」

 ジャンさん。痛いよ。

「んー。…緑がきれいになってきたな…って思って。」

「ああ。…そうだなあ。…こんな日に指令室に篭って仕事なんてなぁ〜。」

「あはは。…日向ぼっこしたくなりますね。」

「こーら。お前ら、仕事しろ!特にハボック。」

 ブレダ少尉が後ろから呆れたように声をかけてきた。

「だってね。葉っぱがキラキラしてるんですよ。キレイなんです。」

 そう言うと、『どれどれ』と窓際まで来る。

「何だよ。お前だって、サボりたいんじゃねーか。」

「うるせっ。今、報告書一本上げたところだから、気分転換だ。」

「確かに、良い陽気になりましたよね。室内にいると中々気付きませんが…。」

 ファルマン准尉もやってきた。

 まるで。

…そうまるで、落ち込んだ私を守ってくれようとしているかのように…。

ああ、もう。皆、優しい。

 皆で外を見ていると、眼下の中庭からブラックハヤテ号の声がして、フュリー曹長が餌をやっていた。

 多分、リザさんに頼まれたんだわ。

「大佐。ブラックハヤテ号の餌付け、成功したのかなあ?」

「無理だろ、アレは。」

「…何でですか?」

「大佐に邪念が多すぎる。」

「ああ、かも知れませんねえ。」

「どうでも良いんだ、犬のことは。」

「少尉は、犬苦手ですからねえ。」

「じゃあ、大佐に懐かなくて良かったかも知れませんね。」

「どうしてだよ?」

「懐かれたら、物凄く喜んでここまで連れて来そうじゃないですか?」

「げ。」

「やりかねねーな。」

「ですねえ。」

 そんな、どうでもいい話をしながらのんびりと太陽の光を浴びていると、細胞の一つ一つが暖まっていく感じがする。

 人間も光合成をするのかな…なんて、しようもない事を考えながら皆で一緒にぼ〜っと外を見る。

 優しく頭をポンポンと叩くジャンさんの手が優しくて…。

 あ…、眠くなってきたかも…。

「…何だ、どうかしたのか?」

 大佐の声。…ということは…。

その後ろからリザさんが続いて指令室に入ってきた。

「い…いえ、別に。」

 ジャンさんの声が少し上ずる。集団サボりだもんね。

 それに気付いたのか、リザさんの眉がピクリと上がった。

 その怒りが私に向けられることはないので、ただ他人事のように見ていられる。

 慌てて席へと戻った皆を見て、クスクスと笑っていると、入れ替わりに大佐がこちらへ来た。

「何を見ていたんだい?」

「えーと…。」

 ちょっと考えているうちに、フュリー曹長も戻ってきた。

「…太陽。」

「『太陽』?」

「…葉っぱ。」

「………。」

「風。」

「………。」

 大佐の手が伸びてきて、そっと髪を梳かれる。ジャンさんのポンポンとは違うけど、暖かくて優しい手。

「…後、犬。」

「ブラックハヤテ号か。」

 クスリと笑う。

「なんか、空気の匂いが違うな…って思って。」

「…ああ。」

「暖かくって…。」

「うん。」

「生きてる。…って感じ。」

「そうか。」

 部屋の中は、のんびりとした空気が漂っていて、笑うみんなの顔は穏やかで。

 リザさんも今は口元を緩めながら、自分の席で手元の資料をめくっている。

 こんな時間がいつまでも続けばいい。

 一旦何かの事件が起きれば、みんなの顔は一変する。

軽口を叩きながら。でも、最善の結果を得るために、軍人として動く。

 そういう厳しい顔も、本当言うとキライじゃないけれど。笑った顔のほうがずっと好きだから。

 頭にあった大佐の手が外され、そっと耳元に囁かれる。

「明日も、こんな天気だったら。一緒に日向ぼっこをしよう。」

 リザさんに聞こえないように、小さな声。

 悪戯に煌いた目に笑ってしまう。

指でこっそりOKのサインを出して、クスリと笑い合った。

 大佐は自分の席へと戻って行き、書類を片付け始めた。

仕事が上がらないと私が行かないことを知っているから。

 

 再び、窓の外へ目をやった。

 皆が私に触れてくる手。

 向けられる笑顔。

 さり気ない優しさ。

 それらをちゃんと感じられるから。

 うん、大丈夫。

私は生きてる。

 

 ううーん。と、伸びを一つした。

 輝く太陽は相変わらず、暖かくて。

 青い空は気持ちが良くて。

 この世界が私にくれた、誕生日プレゼントのような気がした。

 今日はケーキを買って帰ろうかな。

 『新しく出来たケーキ屋さんが美味しいのよ』ってシリルさんが、この間教えてくれた。

 甘いものがあまり好きじゃないジャンさんにはチーズケーキで、私はチョコレートケーキ。

…う、フルーツがいっぱい載ったのもいいかなあ。

生クリームたっぷりも良いかも。

 

 さっきまでとは違って、何だか幸せな気分になった。

 

 

 

 

 

20060123UP
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いきなり春です…一応5月くらいの感じで。
日本で言えば梅雨入り直前くらいのあたり。
ぴかぴか光る緑の葉っぱと、暖かい南風の雰囲気が出ているといいなあ。
あ〜、美味しいケーキ食べたい。
(06、01、25)

 

  

 

 

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