扉の向こうの青い空 35
その幸せ気分は夜も続いていた。
ショートケーキを2つ買って帰った私。
夕食の準備をして待っていると、少し遅れてジャンさんが帰ってきた。
「…ジャンさん…それ…。」
「美味いんだってよ。…って、あれ?」
ジャンさんの手には同じケーキ屋さんの箱。
まさか、まさか、まさか、まさか。
今日が私の誕生日だって知ってたの?
でも、ショートケーキ2つって微妙。今までだって、買ってきてくれたことあるし。
中を覗き込むと…ほっ、かち合ってない。
私のは結局、チーズケーキとチョコレートケーキ。ジャンさんのはカシスのパイとフルーツタルト。
「2つずつですね。」
「う…いや、俺は1つでいい。」
「え?どれ?」
「チーズケーキ。」
「じゃあ、後は私が食べてもいいんですか?」
「3つも食えんのかよ。」
「勿論です。デザートは別腹ですから。」
「あ…そ…。」
少しげんなりとしたようなジャンさんの表情。
夕食の後に、3つもケーキを食べる私を呆れて見つつも。
「美味しい!」
と言ったら。
「良かったな。」
って笑って、頭をポンポンとなぜてくれた。
ジャンさんは結局『誕生日おめでとう』何て言わなかった。
…ほんの少しがっかりした自分と。
ものすごくほっとしている自分がいた…。
次の日。
昨日に輪をかけて良い天気だった。
日なたでちょっと動いたら、きっとすぐに汗ばんでしまうだろうというくらい暖かい。
昨日の約束どおり。
昼食の後少しして、私と大佐はリザさんの目を盗んでこっそりと指令室を抜け出した。
中庭へ行こうとして、あっさりジャンさんに見つかり早速仲間へ引き込む。
ブレダ少尉やジャンさんの隊の人。
大佐に書類を届けに来た人。
それから、食堂のおかあさん。
受付のお姉さん。
資料室を管理している少佐。
その他にも行く先々で出会った人に、次々と声を掛けていったら、物凄い大人数になっちゃって…。
これは中庭ではすぐにリザさんに見つかってしまってダメだということになり、今度は屋上へ。
ずらずらと並んで、でも見つからないように少しだけこっそりと息を潜めて歩く。
そして、そっと階段を上る。
きっと傍から見たら物凄く怪しい集団だっただろうと思う。
屋上の手前で将軍を見つけ、勿論将軍も合流。
バタンと屋上のドアを開ければ、さわやかな風が吹き抜けていた。
「うわあ。」
皆、ぞろぞろと屋上に出て。思い思いの場所で寛ぐ。
大の字になって寝転がる人。
円く輪になって座って笑い会う人たち。
柵に寄りかかって座る人。
2・3人ではしゃぎながら走り回る人たち。
私は、左は大佐。右はジャンさんに挟まれて、柵から街を見下ろした。
「景色いー。」
「良い風っスね〜。」
「ああ、たまには良いな。こんなのも。」
「「たまには?」」
ジャンさんと声がハモる。
「…君達…。」
「い…いやあ。」
「えへへ。」
仕方ないなと溜め息の大佐。
「あ、大佐。あれって、時計台ですよね。」
「そうだ。…で、こっちが中央公園。」
「あっちが駅で…。エドとアル、今頃どこにいるんだろう。」
「この間は、セントラルの中央司令部の資料室で1週間篭っていたらしいぞ。これから北部の街へ行くとか行かないとか…。」
「…どっちなんですか?」
「さあな。予定変更は何時ものことだからな。信憑性の高い情報を掴めばそちらへ先に回る…なんてこともあるしな。」
「…そうなんだ…。…元気にしてるかなあ。」
「うっかり死ぬことだけはないだろう。」
もう、そんないい方して!本当はすっごく心配してるくせに。
ちゃんと情報集めて、行く先々の街で出来るだけ便宜を図ってあげようとしてるの知ってるんですからね。
突然の二人の予定変更で、何時もそれが役に立つわけじゃないみたいだけど。
…と、その時。
バタンと入口の扉が開く。リザさんだ。
『あ゙』とみんなの空気が凍りついた。
キロリ。リザさんの視線が屋上を一舐めする。
う…こわ。
さすがにこの時は、私もぶるっとした。
リザさんは、まず将軍の姿を見つけてピクリと眉と頬が引きつった。そして、私と大佐を見つけて、『はあ』と溜め息をついた。
「後、15分だけですよ。」
ほおっと皆に笑みが戻った。
再びわいわい始まった人たちの間をすり抜けて、リザさんがこちらへと来た。
「全く。」
一言言って、溜め息をついて大佐を睨んだ。
けれど、すぐに視線を市街のほうへ…。
「いい天気ですね。」
「だろう?」
大佐も笑う。
心地よい南風が吹いてきて…、何の香りだろう?…草木の香り?…夏の香り?
いい匂い。
思いっきり深呼吸をする。
隣のジャンさんを見ると、おいしそうに煙草をふかしていた。
「いい風ですね。」
「ああ、気持ち良いな。」
「煙草の煙も気持ち良さそう。」
「はは。本当だ。」
「ね。」
まぶしい日差しの中。吹き抜ける風と一緒に流れていく煙を見送った。
時間の流れ方は分からないけれど。季節がずれていたのは本当。
だから『昨日』であるはずはないけれど。
お母さん。お父さん。お姉ちゃん。
ケーキで私の誕生日を祝っていてくれてたら良いな。
うん。
命日よりも、私の誕生日を覚えていて欲しい。
だってその日に、私は皆の家族になったんだからね。
20060124UP
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のんびり日向ぼっこ。天気の良い暖かい日にうう〜んと伸びをしたらすっごく気持ちよいだろうな。
夕食の後、ケーキ3ついけますか?20歳くらいの女の子なら食べ盛りでいけると思ったんですが…。
私は去年の誕生日の時は、2つ食べました。
ちょっと苦しいと思った自分にショック。…もう、若くない…。
今回すっきりと解明されていない謎(というほどのものじゃありませんが)が幾つか。
それらは今後へ持ち越し…ということで。
(06、01、27)