扉の向こうの青い空 36

「で?あんた達、どうなってんの?」

「は?『あんた達』って?」

「やーねー、なーにとぼけてんのよ。あんたとジャンの仲よ。もうキス位したの?」

「なっ!?」

「え、まさか。もうとっくに…。」

「きゃー、シリルさん!何言ってんですかっ!」

「やだ図星?…ジャンも案外手が早いわね。」

 やるなあ。と呟くシリルさん。

「ちっ、違います!私とジャンさんは何でもありません!変なこと言わないで下さい!」

「やだ…、あんた。…まだ言ってないの?」

「…な、何をですか…?」

「好きなんでしょう?ジャンが。」

「〜〜〜〜〜〜っ。」

「ジャンだって絶対にあんたを好きだと思うんだけどなあ。」

 頬杖を着いてニコリと(ニヤリと?)笑うシリルさん。

 今夜はシリルさんが私の家へ遊びに来ている。

 お料理やお酒をたくさん持ってきてくれたので、それをテーブルに並べ『かんぱーい』とグラスを合わせたところ。

「で?好きなんでしょう?」

「…はい、…まあ。」

「どうして告白しないの?」

「っ!そんなの、ダメに決まってます!」

「何で?」

「だって。」

 だって、シリルさんみたいな美人さんと付き合ってたんですよ!私なんかダメに決まってるじゃないですか!

 ストレートに言うのは気が引けたので、そんなようなことをグチグチ言っていると。

「チヒロ。」

 シリルさんがゆっくりと私の名前を呼んだ。

 この頃随分と仲良くなってきたので、私のこと『ちゃん付け』しないことも増えてきたシリルさん。

「あんたね。時々卑屈になるから、気をつけなさいよ。」

「っ!」

「なっ、何よっ。あんたの悪いところなんだから、直しなさいよね。」

「う…うん。あの、前に友人にも言われたことがある。」

「友人?…自分の国の?」

「う、うん。」

 シリルさんは私を難民だと思っている。

「ふーん?…あのね、謙虚なのはいいことだと思うのよ。けど、度が過ぎれば返って不快なだけだから。」

「…はい。」

「あんたがあんたを貶めるのは勝手だけど、その子は私の友達なの。あんまりバカにしないでくれる? あんたの周りの人間だって、絶対にそう思ってると思うわよ。『自分達はあの子の事を大好きなのに、あの子はどうして好きだって思わないんだろう』って。」

「………。」

 だって私は私自分が何も出来ない大した人間じゃない事を知っている。

「どうやったら、そんな自信なんて持てるんでしょう?」

「…あんたくらいで、持てない方が不思議なんだけど…。」

「だって、美人でもないし。」

「あのね。顔の好みなんて人それぞれなのよ。そりゃ面食いの人もいるだろうけど。…あんたより不細工な人は幸せになれないとでも思ってるの?」

「いえ、そういう訳じゃ…。」

「…何か、時々聞くあんたのお姉さんってのがネックになってる訳?」

「…ん…、まあ…そうですかねぇ。」

「だったら、問題ナシ!」

 びしりと私を指差す。

「この国の人間は、誰一人あんたのお姉さんを知らないから!」

「あ…。」

 …そうか。

「なんか…私、…バカ?」

「あはははは。」

「笑わないでくださいよー。」

 う〜ん、ジャンさんが帰ってきたら聞いてみようかな。本当に皆私のことを好きかしら?

「じゃあそういうことで。ジャンにちゃんと告白しなさいよね。」

「え゙!」

「大丈夫よ。全然、OKだから。」

「何で分かるんですか!」

「女のカン。」

 それはとってもあてになるような、ならないような。

「そんなこと言ってー。シリルさんこそどうなんですか?」

「えええ?私?私は別に…。」

「今日のこのお料理だって、アーサーさんが作ってくださったんでしょう?」

「うっ、まあね。」

「告白しないんですかあ〜?」

「あんた、仕返しね。」

 クスクスと笑うと、シリルさんは溜め息をついてきれいに揚がったフライドポテトにグサリとフォークを突き刺した。

 アーサーさんと言うのは、シリルさんのご実家の宿屋に新しく雇われた住み込みのコックさん。若いのにとっても腕が良いのだそうで(実際凄く美味しい)、そのお料理目当てのお客さんも増えているらしい。

 この間、一度会わせてもらったけどジャニーズ系を思わせる黒髪のすっきりとしたかっこいい人だった。…シリルさん絶対面食い…。

 …で、この人が結構びしびしとシリルさんを叱るらしいのだ。

「まったくさあ、口では『お嬢さん』とか言いながら…。」

 この一言は彼のことを語るときのシリルさんの枕詞になりつつある。

 それでいて、『友人のところへ行くから』と言えば、仕事の合間にこうして美味しいお料理をたっぷり作ってくれる。

「シリルさんこそー。ぜーったいOKだと思うんですけど。」

「どうして分かるのよ?」

「女のカンです。」

 プッと二人で噴出す。結局二人共恋愛に関しては自信なんてこれっぽっちも無いのだ。

 

「ちょっと、チヒロちゃん!聞いてるー?」

「はいはい、聞いてますよー。」

「それで、アーサーがね。たった5分門限に遅刻しただけで、門の前で仁王立ちして待ってんのよ!」

 それからお説教よ。私だってね、破ろうと思って破ったわけじゃないのよ。ただ、一緒にいた友人が急に具合が悪くなったって言うから、家へ送って行った訳。それをさ、『ご両親に心配をかけるな』とか『遅れるなら連絡をしろとか』ああでもないこうでもないってさ。公衆電話探して連絡してたら遅刻が10分になったと思うのよ!

 シリルさんの話は止まらない。

これは…もう、ノロケでしょう。

 何しろそれまで、門限なんてあってないようなものだったシリルさんが、きちんと門限を守って帰ろうとしているだけで凄い。

 『チヒロちゃんが頑張ってるから、私も頑張ろうと思ったのよ』そう言って始めたお仕事も、きちんと続けていて。今はお花屋さんで働いている。

お店で教えてもらった技術を使って、ご実家の宿屋の部屋を花で飾ったりなんてこともしているらしい。そんなのを始めたのも、アーサーさんが来てからで…。

 以前言っていた『私には、駄目だよと言ってくれる人がいい』というのに納得。

 アルコールのせいかテンションの高いシリルさんは、その勢いのままにクイクイ飲んで。大いに喋って。…眠ってしまった。

 泊まっていってもいいのだけれど、心配して待っている人がいるのだから。と連絡を入れる。

『分かりました。今仕事中なので、こちらを片付けたら迎えに行きます。すみません、ご迷惑をお掛けして。』

「い、いえ。こちらこそ、美味しいお料理をたくさん作って頂いて。」

 電話に出たのは、アーサーさんで。相手には見えないのに電話の前でぺこぺこしたりして。私の家の場所を教えて、目印なんかも教えて電話を切る。

 食べ切れなかったお料理はお皿にまとめて移しなおす。ああラップが欲しい…。

 シリルさんが持ってきたランチボックスをきれいに洗う。

そして、テーブルの上を片付けたりしていると、玄関のドアがごんごんとノックされた。早いなあ。

「はーい。すみません…、…あれ?ジャンさん?」

「おう。ただ今。喰うもん無いか?」

「お帰りなさい。…今日は残業だったんじゃないんですか?」

「残業だぜ。」

「わあ、もうこんな時間だったんだ。今シリルさんが来てて、飲んでたんです。」

「へえ。」

 部屋の中へ入って、ソファに転がっているシリルさんを見て呆れたように笑った。

「泊めるのか?又、送っていこうか?」

「あの、いえ。今お迎えが…。」

 ジャンさんが言う『又』って言うのは。

ついこの間、シリルさんと飲んでいて。それは、外のお店でだったんだけど。やっぱりシリルさんは酔っ払ってしまって、私がふらふらと支えて危なっかしく歩いているところで、司令部から帰る途中だったジャンさんと偶然会ったのだ。

場所がたまたま古着屋の近くだったので、私はおじさんの所で待っていることになり。ジャンさんはシリルさんを半ば抱えるようにして家まで送っていった。

その後ろ姿を見送って、二人はもう何でもないのに私は物凄くいやな気分になった。

いつでも誰にでも優しいジャンさん。しょーがねーなって顔で、元カノにだって普通に優しい。 私に、だけじゃない。…一番になれない自分が物凄く惨めだった。

あんな光景をもう見たくなかったから。シリルさんとは外のお店では飲まないと心に決めたのだ。

シリルさんもアーサーさんに散々怒られたらしく、『次はどっちかの家にしましょう』と言っていて、今回は私の家ということになったんだけど。

その時、再びドアが叩かれ。今度こそアーサーさん。

 きれいに洗ったランチボックスとシリルさんをお渡しする。

「………。」

 そんなアーサーさんをジャンさんは黙ってじーっと見ていた。あちらもちらりとジャンさんを見ていた。 なんだろう?

 外階段をシリルさんを背負って下りていくアーサーさんを見送った。

「ジャンさん。どうかしましたか?」

「いや、あいつ。この間シリルを送っていった時に会った奴だ。…そうか、シリルをねえ。」

 ニヤと笑うジャンさんに、シリルさんへの想いはもう無いようだった。

 ちょっぴりほっとする。

「え…と、お腹空いてるんですよね。ご馳走がありますよ。…残り物ですけど。」

 先程お皿へ移した料理を再びテーブルに出す。

「へえ、すげえ。」

「ね。アーサーさんが作ってくれたんです。…ああ、アーサーさんってさっきの方ですよ。」

「…へえ。」

「シリルさんのおうちのコックさんなんですって。」

「…本職か。」

「さすがですよね。」

 とっても美味しいお料理なのに、なんだかジャンさんはつまらなそうに食べていて…。冷めちゃったから美味しくなくなっちゃったかなとちょっと摘んでみたけど、やっぱり美味しかった。

「美味しくないですか?」

「や、美味いよ。」

 じゃあ、何故そんな顔…?

「あいつ、さあ。」

「『あいつ』?」

「アーサーって奴」

「ああ、はい。」

「あいつのこと、どう思う?」

「どう?…って、イケメンですよね。」

「は?『イケメン』?」

「顔が良いって事です。かっこいい上にお料理も上手で素敵ですよね。」

「………。」

 やっぱり変な顔をしてる。

 なんだろう?私とシリルさんが飲んでたのが気に入らないのかな?でもこの間も『飲みすぎんな』とは言われたけど、『飲むな』とは言われなかったし。

 それとも、本当は自分で送っていきたかったんだろうか?

「ジャンさん、あの。」「あのさ、チヒロ。」

 二人同時に相手を呼んだ。

「あ、どうぞ。」

「いや、チヒロから言え。」

「…じゃあ、あの。…ジャンさんは私のこと好きですか?」

「えっええ!!?」

「大佐は私のこと好きかしら? リザさんや他の皆は…。」

「な、なんだ?」

「シリルさんに言われたんです。『皆あんたのことが大好きよ』って。」

「…ああ、なんだそうか。……大佐に関しちゃ、もう疑いようが無いだろう?他の皆だってチヒロのことが好きだよ。 …俺もな。」

「そっか…。」

 『親切な人たち』だから優しくしてくれていたんじゃなくて、私のことが好きだから優しくしてくれていたんだ。

 私のことを好きじゃないのは私だけ? そうか、それはいけないかも。

「え…と、じゃあ今度はジャンさんどうぞ。」

「………。…いや、いい。なんか、どっと疲れた。」

「そうですか?」

 今日もお仕事大変だったんだろう。

「早くお風呂に入って、ゆっくりと寝たほうが良いですよ?」

 そういうとジャンさんは何故か大きな溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

20060131UP
NEXT

 

 

 

恋バナ。いいね、ドキドキは恋愛の醍醐味だね。
そして、ヤキモチもね。
邪気の無いチヒロには。ハボも翻弄されつつ、いよいよ…って感じになってきたか?
今回この話を書いていたら、なんか調子に乗って「○、5」話が出来てしまったので、次はそれ。
さて、背負われて帰ったシリルはどうなったか?
(06、02、03)

 

 

前 へ  目 次  次 へ