扉の向こうの青い空 41

 駅の外で待っていると、ドカンと大佐の焔の音がした。

 犯人を拘束し、安全が確認されるまで車で待っているように言われていたけれど…。

 大佐の焔が出たのなら、もうきっと大丈夫だろうと思って私は車を出た。

 小走りに駅の構内へ行くと、数人の男達が縛られ連行されていくところだった。

「信じられんな。」

「人間じゃねえよ…。」

 憲兵さんたちが、ヒソヒソと話す声を通り過ぎる。

 多分大佐の焔のことだろうと思う。

 確かに見た目は何も無いところから魔法のように焔が出ているように見えるけど。ちゃんと理屈が分かれば、そんなに不思議なことじゃないのに。

 まあ、出来る人と出来ない人がいる訳だから。才能とか能力とか、そういうものが大きく作用するのだろうけど。

 でも、大佐もエドもアルも。…ちゃんと人間なのに…。

そう思うとちょっと悲しい気持ちになった。

 ホームの先に目指す姿を見つけて、私は声を上げた。

「エド!アル!」

「チヒロ。」

「チヒロさん。」

「久しぶり!元気だった?」

 笑って駆け寄ると、二人からも(きっとアルからも)笑顔が返ってきた。

「凄いね。二人で犯人捕まえちゃったんでしょ?」

「まあな!」

「怪我、無かった?」

「ああ、平気。」

 そこで、わいわいと話をしていると。

 大佐が黙るようにと小さく合図を送ってきた。

 何事かと振り返ると、耳に怪我をしたらしいおじさんとそのご家族のようだった。

 怪我の手当ては簡単にしてあるけれど、服に血がついていて痛々しい。

「マスタング大佐。」

「ハクロ将軍。ご家族の皆様もご無事で何よりでした。」

 …ハクロ将軍?…この人が?

 間抜けにも(大佐がそう言った)犯人達の人質になった将軍?

 将軍という地位にありながら。この情勢の安定しない東部でろくな護衛も付けずに、ご家族とバカンスに出かけたという…。

 それでも一応偉い人なので、姿勢を正す。

「東部は中々落ち着かんな。休暇もゆっくり過ごせん。」

「はっ。 先の内戦よりこちら。不安定な情勢が続いておりますから。」

「司令官の力不足ではないのかね。」

「不徳の致すところであります。」

 や…やな人。

 そりゃ、大佐はちょっと…って言うか割と…サボるけど。ほとんどお休みも取らずに仕事してるのに、そんな言い方って…。

 でも、なるべく顔に出ないように神妙にしていた。

 ジャンさんにも前に言われたことがある。

 大佐のように、部下の態度やしぐさにいちいち文句を付けない人のほうが珍しいんだって。

 普通の偉い人は、部下の態度がほんの少し横柄だったり上官の間違いを指摘したりなんてことを許さないものなのだそうだ。

 すると、将軍の目がジャンさんのところで止まる。

 煙草を咥えたままなのかしらと内心焦ったけど、ちゃんと消していた。

 ムッと顔をしかめた後、すぐ傍にいた私やエドやアルを順に見る。

「東方司令部は、いつから問題児の収容場所になったのかね。…まあ、司令官が司令官だから仕方が無いのかな。」

 はっはっはっと、つまらなそうに笑っていってしまった。

 な…何事?

「問題児って…私ですか?」

 そんなこと初めて言われた。自慢じゃないけど、ずっと「おとなしい子」で通ってきたのに。

「や、俺らじゃないか?」

 苦笑するように、エドが言う。

 そういえば将軍は、助けてもらったのにお礼の一つも言わなかった…。やっぱり嫌な人かも。

「この辺一帯まとめて…だろう。」

 そう言って、大佐がニヤリと笑う。

「間抜けな人間に『問題児』呼ばわりされたということは、逆にこちらは『まとも』と言うことだ。褒め言葉だと思って聞いておきたまえ。 さて、戻るぞ。」

「はい。」

 

 

 一度司令部へ戻った後、エドとアルはすぐにタッカーさんという国家錬金術師のところへ行ってしまった。

 そんな人がこのイーストシティに居るなんて全く知らなくて驚いたけど。大佐によると、軍人として働くよりは、家に篭って研究を主としてやっている人なのだそうだ。

 夜、エドとアルを宿に送り届けたジャンさんが帰ってきた。

 夕食を食べながら二人の様子を聞く。

「何か、犬と遊んでたぜ。…いや、あれは犬に遊ばれてたんだな…。」

「…は?…勉強に行ったんじゃないんですか?」

「息抜きなんて言ってたけど…。…小さい女の子もいてな。タッカーさんの娘なんだけど。奥さんが実家に帰っちまったとかで居ないから、タッカーさんが研究始めちまえば一人ぼっちになるんじゃないかな。 相手してやってたんだろ。もうすぐ査定らしいし。」

「査定?…ああ、年に1回あるっていう。」

「そう。…良くは分からないけど、研究が上手くいってるって感じじゃなかったし…。追い込みかけてんだろうな。」

「ふーん。…あ、そうだ。

 駅で、ハクロ将軍、ジャンさんの事を見てましたよね。」

 リザさんの事は『チラリ』だったのに、ジャンさんの事は『じーっ』と睨みつけていた。

「ああ、南方司令部からここへ来る前に、ほんの少しニューオプティンに居たんだ。」

「…ほんの少し?」

「1ヶ月…位かな…。」

「…そんなことってあるんですか?」

「あんまりねーな。たらいまわしって奴だ。元々南方司令部に居たときも、部署はチョコチョコ変わってたし。」

「たらいまわし?…何、やったんですか?」

「人聞きが悪いな、チヒロ。」

「だって…書類が回るだけでも結構かかるのに…。」

「まあな〜。」

 食事を終えたジャンさんは、早速灰皿を引き寄せて煙草に火をつけた。

「何つーか。不正を見つけちまった訳よ。」

「…それでどうして、たらいまわしなんですか?」

「俺のすぐ上の上官が、武器の横流しをしてたんだよ。ちょっと調べたらすぐに証拠が揃っちまう位、お粗末でさ。

 で、偉い人に報告した訳。…ハクロのおっさんのすぐ下位の人かな。…そしたら、まあ。」

 当時を思い出して呆れたように、ジャンさんは小さく笑った。

「ニューオプティンって縁故で軍人になったのがたくさん居てさ。つまり、家柄がいい奴とか、中央のナントカ将軍の遠縁だとかがゴロゴロいる訳。で、関係者のほとんどがそんな奴らだったんだよ。」

「はあ。」

「まさかそいつらが不正してました、とそのまま中央に報告する訳にはいかないし。…まあ、元々半分黙認状態だったところへ、俺が知らないでほじくり出しちまったんで大騒ぎになってさ。

 今度は逆に俺に罪擦り付けて退役させるか、口封じするかって話にまでなって…。」

「口封じ?」

「最前線へ放り込んだり、軍事法廷で処刑したりな。」

「……っ!?」

 きっとその法廷って言うのも、公正ではないのだろう。

「まあ、俺も勤務態度が良い方じゃなかったし。

数日中に処分が決まるって時に、マスタング大佐がたまたま用事で来てさ。イシュバールで顔は合わせててお互い知ってたから、『いらないんなら、貰って帰ります』ってんでその日のうちにお持ち帰りされた訳。」

「大丈夫、だったんですか?」

 だって、『大佐』よりも『将軍』の方が偉いのに。

「俺がそろえた証拠の束を持って帰ってきたから。『これはこちらで処分しておきます』ってさ。」

 つまり、文句があるならこれを公表しますよって事よね。

「あれが表に出れば、あのおっさんだって管理不行き届きで多少の減点は喰らうだろうからな。」

「ふーん。」

「ただでさえマスタング大佐が順調に出世してきて、下から追い上げられてるしな。ほんの少しの減点も喰らうわけには行かなかったんだろ。…だから、奴は俺が嫌いなんだよ。で、大佐は奴と会うときは必ず俺を連れて行くわけ。」

「…じゃあ、初めブレダ少尉が担当だったのに、結局駅に行ったのがジャンさんになったのって…。」

「そ。大佐が奴に当てこすりたくって、俺を連れて行った訳。」

「は…あ…。」

「…まあ、俺もあの頃はな…。」

「……?」

「イシュヴァールから、南方司令部へ行ったろ?ずっと戦闘の最前線…っていうか、そんな感じだったから…。」

 南方は確かテロリストの温床みたいになってるって言ってたっけ。

「下手に武器の横流しなんてしたら…。

昨日自分が売った武器で、今日撃たれて殺されかねないような場所だったからな。 結構必死に証拠そろえて告発しなきゃ…なんて思ってたけど…。」

でも、黙認状態だった…。

「いやあ、何だかんだ言ったって、東部は充分平和だと思ったね。」

 溜め息ついて、ジャンさんは苦笑いした。

 命のやり取りが日常にあるって、想像がつかない。

 この辺は治安が良くないと言われているけど、実感としてはあまり良く分からない。

 一度銀行強盗の犯人の人質にはなったけど、その後は特に怖い思いもしてないし…。

 けど、今日。将軍の護衛の人の何人かは殺されてしまっていた…。

 きっとこの国のどこかで、今も戦いで亡くなっている人がいるかも知れないのだ。

 それでも、どうか。

 命のやり取りなどと言うものを…私の周りの人達がしなくて済めばいい。

 その時私は、そう強く思った。

 

 

 

 

 

20060306UP
NEXT

 

 

 

一気に、軍の色が濃くなってきました。
ハボとハクロっちの因縁はこんな感じで。
次回、ブレダ少尉が語ります。
(06、03、13)

 

 

前 へ  目 次  次 へ