扉の向こうの青い空 43
雨の中。ノロノロと歩いて大通りのところまで来ると、時計台の下にエドとアルが座っているのが見えた。
落ち込んでいます。と主張するかのように二人共、肩ががっくりと落ちていた。
「兄さん。」
「ん?ああ…。何だかもう、いっぱいいっぱいでさ。何から考えていいか、分かんねーや。
…昨日の夜から、俺達の信じる錬金術って何だろう…って、ずっと考えてた。」
「…『錬金術とは、物質の内に存在する法則と流れを知り、分解し、再構築すること』」
「『この世界も法則に従って流れ、循環している。人が死ぬのも、その流れの内』『流れを受け入れろ』師匠にくどいくらいに言われたっけな。
分かってるつもりだった。でも、分かっていなかったから、あの時…母さんを…。」
「………。」
「そして、今も。どうにもならない事をどうにかできないかと考えている。
俺はバカだ。…あの時から少しも成長しちゃいない。」
俺とアルが大通りにある時計台の下で落ち込んでいると、グリーンの傘を差したチヒロが歩いてくるのが見えた。
「……おはよ。」
「チヒロ…。」
「チヒロさん。どうして、ここに?」
「これから、司令部へ行くところなの。」
「遅刻じゃねーの?」
「うん。…へへ。」
そして、次の瞬間。俺達3人の口から漏れたのは…溜め息だった。
「…知ってるんだ?」
「うん。今朝、ジャンさんが呼び出されて慌てて出て行ったし。」
「そっか…。」
「本当言うとね。ちょっとピンと来ないの。キメラの話も、今朝のことも、話で聞いただけだから。」
「…うん。」
「…ねえ。錬金術って何なのかなあ?」
「チヒロさん?」
「…『物質の内に存在する…』。」
「あ…うん。それは知ってるわ。大佐に教わったし…。そうじゃなくてね。」
そう言って、チヒロは俺とアルの間に並ぶようにして座った。
「濡れるぞ。」
「ん。もう、今更だし。」
傘もたたんでしまう。
「あのね。私、人体練成は出来ないって聞いて、安心したと思うの。」
「安心?」
「うん。二人には悪いけど、死んだ人間は錬金術で生き返ったりしない。錬金術は科学。科学で人間は作れない。 それは私の理解の範囲内だったの。」
「うん。」
「でも、人間と他の動物をキメラとして合成することは出来てしまう。」
「……うん。」
「これは科学なの?」
「………。」
昨日見た、ニーナとアレキサンダーのキメラを思い出す。
「タッカーは、『人類の進歩は無数の人体実験の賜物だろう』と言いやがった。」
「………。ダメね。私、色々考えたのよ?…だって、娘を可愛がってたって聞いたから。」
国家資格を剥奪されて、生活が儘ならなくなったら娘と離れ離れになってしまうから…とか…。と、いくつか上げるチヒロ。
「でも、その人がやってしまったことを正当化するだけの理由なんて、一つも思いつかなかった…。」
「ああ。」
「……ねえ。今、その子のために何とかしたいとかって思ってる?」
「……ああ。」
「…でも、…やらないよね。」
「ああ。」
「やらないよ。」
「良かった。」
小さく笑うチヒロを見る。
「良かった。エドもアルも…ちゃんと成長してる。」
「え?」
「やっちゃいけないことを、深く考えないでやってしまった頃の二人じゃないね。」
それが一番心配だったの。と、ほっとしたように言われる。
「……っでもっ。…でも、何もしてやれない自分も嫌なんだ。なんて無力なんだろう…って…。」
「…そうね。…本当…人間って…無力よね。」
「………。」
ザーザーと雨の振る音が響く。
「は〜あ。…外に出れば雨と一緒に心の中のもやもやした物も少しは流れるかなと思ったけど。顔に当たる一粒すらも、今はうっとうしいや。」
「でも、…肉体が無い僕には雨が肌を打つ感覚も無い。それはやっぱり淋しいし、辛い。
兄さん、チヒロさん。僕はやっぱり元の身体に…人間に戻りたい。たとえそれが世の流れに逆らうどうにもならない事だとしても。」
「うん。…アルは?…金髪?」
「そう。」
「エドと顔、似てる?」
「どうかな?」
「アルは母さん似だって、ピナコばっちゃんは言ってたな。」
「そっか。…どっちが、かっこいい?」
「そりゃ、俺だろう。」
「え、何言ってんのさ。僕だよ、兄さん。」
「ふふ。楽しみだね。早く戻れると良いね。」
「ああ。」
「うん。」
「ゴメンね。口で言うのは簡単だよね。…でも、…早く戻れたら…良い。…うん。」
「うん。サンキュ。」
人間って、本当に無力だな。
ううん。無力なのは私…なんだわ。
エドやアルのために、何かしてあげたいって思ったって、何も出来ない。
出来ることと言ったら、一緒に溜め息ついて雨に濡れることくらい。
死んでしまった女の子に対してだって、可哀想にと哀れむだけ。
平気な顔してるくせに、今頃物凄く嫌な思いをしているだろう、大佐やジャンさんやリザさんに対しても、大丈夫かなって心配してるだけで…。
周りの皆に私が出来ることは何も無い。
だったら、いつか役に立てる私になれるように。今、私がすべきことは『勉強』だよね。
よいしょ、と立ち上がって。
「私、司令部へ行くけど。…二人はどうする?」
「あ…うん。どうすっかな。」
「でも、チヒロさん。びしょ濡れだよ?」
「司令部へ行けば、着替えがあるから。…エドも、そのままじゃ風邪引くよ?司令部と宿と、どっちが近いの?着替えある?」
「ああ、着替えなら…。」
エドが答えようとしたとき。
「あ!いたいた。エドワードさん!!」
あら、憲兵さん?
「エドワード・エルリックさん!! ああ、チヒロさんもご一緒でしたか。
無事でよかった!探しましたよ!!」
「何?俺に用事?」
「至急本部に戻るようにとの事です。実は連続殺人犯が、この…。」
憲兵さんが話している途中で、ぬっとその後ろに立った額に傷の有る大きな人が低い声で呟いた。
「エドワード・エルリック…。」
何?何か、嫌な感じ。
「鋼の錬金術師!!」
「!!額に傷の…。」
「よせ!」
とっさに銃を出そうとした憲兵さんの、頭のところに大男が手をやった。
何か、バチリと光が出て憲兵さんが倒れる。
顔にピッと飛んできたのは…雨粒じゃなくて…血…?
何が…起こったの?
イーストシティの憲兵さんは優秀なんじゃなかったの!?
ただ呆然と立ち尽くしていると、ゴーンと時計台の鐘がなった。
その瞬間、私のすぐとなりに居たエドの体がビクンとして、驚いた弾みに私の手からバックと傘が落ちた。
「…っ、アル!!チヒロ!! 逃げろ!!」
エドに手をつかまれ引っ張られる。
もつれる足を賢明に動かして、走り出した。
「ちくしょー。なんだってんだ!!人に恨み買うようなことは…いっぱいしてるけど、命狙われるスジあいはねーぞ!」
「やだ、人に恨み買うようなことしてるの!? あなた達、どんな旅をしてるのよ!」
「兄さん。チヒロさんはあの場に残っても大丈夫だったんじゃ…?」
「いや、一人で置いとけないだろ。あいつ、憲兵を殺したんだぜ。」
そうだ、私。目の前で、殺人を見てしまったんだ。
じわじわと恐怖がこみ上げてくる。
足がさらにもつれて、上手く走れない。
エドが必死に腕を引っ張ってくれるけど、だんだん大男との距離は近付いてくるようだった。
「あ、兄さん。こっち!」
「?こんな路地に入ってどーすんだよ!?」
「いいから!」
サッと地面に錬成陣を書き、アルが壁を練成する。
「これなら追ってこれないだろ。」
「おお!」
「凄い!」
私の初心者な錬金術とはやっぱり違うなあ。
ほっとしたのもつかの間。ズズッと壁に亀裂が入り、ドカンと穴が開いて大男が物凄い形相で近付いてきた。
「でえええええええ!!!」
「きゃあああ!」
エドに手を引かれて逃げるものの、大男によって両側の建物の壁が壊され、退路がふさがれてしまった。
「…冗談だろ…?」
半ば唖然としたようなエドの声が、空しく響いた。
20060307UP
NEXT
はい。スカちゃん登場です。
いよいよチヒロも、ハガレンのメインストーリーに足を突っ込んでまいりました。
(06、03、17)