扉の向こうの青い空 44
「…冗談だろ…?」
半ば唖然としたようにエドが言う。
「あんた何者だ。何で俺達を狙う?」
「貴様ら『創る者』がいれば『壊す者』もいるということだ。」
「………。」
壊す…者?…そういえばこの人、さっきから物を壊してばかりだわ。
エドの手が私から離れた。
「やるしかねえ…ってか。」
パンと両手を合わせたエドは瓦礫の中のパイプから、剣を練成する。
そして、アルは体術の構えを取った。
「チヒロ。隅の方に隠れていろ。」
「…うん。」
隠れられる場所なんて無かったけど、せめて二人の邪魔にならないようにぎくしゃくと隅のほうへ移動する。
「いい、度胸だ。」
低い声がうなる。
「いくぞっ。」
エドとアルがだっと走り出した。
「だが、遅い!」
大男がそう言った瞬間、アルのわき腹のあたりに手が伸びて。アルの身体に大穴が開く。
「…!!」
「アル!!!」
「アル!」
「野郎オオオ。」
エドが必死の形相で男へ向かっていったけど、腕を掴まれた。
「遅い、と言っている!」
バチィンと変な光が光った。
「…?」
今のは、何?…まさか、錬金術…なの?
「エド!!」
倒れたエドがコートを脱いで立ち上がった。
「…っくそ!!」
「オートメイル…。なるほど『人体破壊』では壊せぬはずだ。」
『人体破壊』?…やっぱり壊すのね。
「あっちはあっちで、鎧をはがしてから中身を破壊してやろうと思ったが、肝心の中身が無い。変わった奴らよ。
お陰で余計な時間を食ってしまったではないか。」
…つまり、二人の体が普通の生身だったら、もうとっくに『破壊』されているということ?自分で考えたことにぞっとする。
「てめえの予定に付き合ってやる程、お人好しじゃないんだよ!」
エドはそう言って、オートメイルを刃物のように練成する。
「兄さん、ダメだ。…逃げた方が…。」
「ばかやろう。お前ら置いて逃げられっか。」
「ふむ。…両の手を合わせることで輪を作り、循環させた力を持って練成する訳か…ならば。」
大男はそう言うと、飛び掛っていったエドのオートメイルをがっちりと掴んだ。
「まずは、このうっとうしい右腕を破壊させてもらう。」
また、あのバチバチッという光がして、エドのオートメイルが粉々に砕け散った。
「エド!」
「に…兄さん!」
ダメよダメ。このままじゃ、殺されちゃうわ。…何か…武器は…。
ううん。ダメ。だって、何を使っても壊されてしまう。例え目の前にある瓦礫を投げつけたとしたって、粉々にされて終わりだわ。
「神に、祈る間をやろう。」
「あいにくだけど、祈りたい神サマがいないんでね。」
考えるのよ!チヒロ!
「あんたが狙ってるのは俺だけか?弟…アルやチヒロも殺す気か?」
「邪魔するものがあれば排除するが、今用があるのは、鋼の錬金術師…貴様だけだ。」
「そうか、じゃあ約束しろ。弟とその女の子には手を出さないと。」
「エド!」
「兄…」
ダメよ!たった15歳の男の子に、何守ってもらってるのよ!
考えて!私にも出来ることがあるはずよ。
そうよ。あの男は何を作っても破壊してしまう。多分錬金術で…。
じゃあ、壊れた時に武器になれば…良いのよね。何?何か、有る?そんなもの?
慌てて周りをキョロキョロと見回して…。
…………雨………?
「約束は守ろう。」
「何…言ってんだよ…兄さん、何してる!逃げろよ!!」
一瞬で頭の中を『雨→水→水素+酸素』の図式が浮かぶ。ナントカの一つ覚えじゃあるまいし、この期に及んで何で水よ…。
…いえ、待って。水素も酸素もよく燃える!後は何か火種さえあれば…。
ライター1個、ううん、火花1つあれば良い。
私はとっさに手を打ち鳴らしていた。そして、雨の水をあの男の周りに集める。
「チヒロ!何やってる!!」
今まで大佐に教えてもらったのは錬金術の基本中の基本だけ。しかも、きちんと練成陣を書いて行うものだけだった。
だから、手を合わせての練成は初めて。でも、雨を動かす練成陣なんてまだ分からないから…。(真理の扉を通っているから、頭のどこかには入っているのかも知れないけど)
「チヒロさん!?」
降り続ける雨が、男の顔の周りに集まっていた。
「ム…。」
水で囲んで窒息させようともくろんでいると思ったのかも知れない。集まりつつある水を払いのけるように、水素と酸素に『破壊』していく。
後は火種。どうしたら良い?
ああ、エド、アル、気が付いて!
男は、ゆっくりとこちらへ体の向きを変えた。
「!!」
「チヒロ!」
「チヒロさん!逃げて!!」
アルが叫んだ時。
「そこまでだ。」
ズドンと銃声が響き、大佐の声がした。
見ると、広い通りの向こう側に大佐やジャンさん、リザさん。その他、軍人さんや憲兵さんがたくさんいた。
「危ないところだったな、鋼の。それに、チヒロ。時計台の前で君のバッグを見つけたときは肝を冷やしたぞ。」
「大佐…。」
「大佐!こいつは…。」
「その男は一連の国家錬金術師殺しの容疑者…だったが、この状況から見て確実になったな。 タッカー邸の殺害事件も貴様の犯行だな?」
「!!」
エドの肩が小さく強張り、男をギッと睨んだ。…この人が?
「…錬金術とは本来あるべき姿のものも異形のものへと変成するもの…それすなわち万物の想像主たる神への冒涜。 我は神の代行者として裁きを下す者なり!」
大男はぎゅっとこぶしを握った。
神の代行者…って…。誰がそんなことを決めたの?キメラになってしまった女の子だって、生きていれば元に戻る方法も見つけられたかもしれないのに…。
「それが分からない。世の中に錬金術師は数多いるが、国家資格を持つものばかり狙うというのはどういうことだ?」
「…どうあっても邪魔をするというのならば、貴様も排除するのみだ。」
「…面白い。」
「マスタング大佐!」
お、怒ってる?…ああ、エドやアル、それに私まで襲われたから…。そして、多分キメラの女の子も…。
持っていた銃をぽいっとリザさんに投げて、発火布の手袋をはめる。
「お前達は手を出すな。」
「マスタング…国家錬金術師の?」
「いかにも!『焔の錬金術師』ロイ・マスタングだ!」
「神の道に背きし者が裁きを受けに自ら出向いてくるとは…。今日はなんと佳き日よ!!」
大男の体から、又、さっきのような嫌な気配が吹き上がる。…殺気、というものなの?
「私を焔の錬金術師と知って、尚戦いを挑むか!!愚か者め!!」
大佐の方も普段の穏やかな感じじゃない。厳しい目つきと口調で、今にも指を擦りあわそうとしていた。
大男が大佐の方へ走り寄っていき、私から離れたとき。ぐいっと体が引かれ、抱えられるように運ばれる。
「…中佐。」
「ここは危ねーから、一時避難。な。」
ヒューズ中佐に建物の間の細い路地に引っ張り込まれた。
そういえば中央から来てるって、ジャンさんが言っていたっけ。
「大……。」
リザさんが大佐に足払いをかけ、がくんと大佐の体が崩れた。
「え?」
すかさずリザさんは大男に向かって発砲する。男はすんでのところでそれらを避けた。
「いきなり何をするんだ、君は!!」
「雨の日は無能なんですから、下がっててください。大佐!」
………は?
「あ、そうか。こう湿ってちゃ火花出せないよな。」
わざとらしくジャンさんが、雨を受けるように手のひらを広げた。
………?雨の日は焔が出ない?
確かに、発火布で火花を出すのは難しいかも知れないけど…。さっきの私じゃないけど、それこそ火種なんてライター1個あれば良いのに。
焔が使えないって事は無いはず…よねえ?
だってその理屈でいけば、雨の日は火事なんてない事になっちゃうわ。
無能といわれてショックを受け、へたり込んでいる大佐を。首を傾げてみていると、後ろから伸びた手がポンと肩に置かれる。
「中佐。」
「あいつら、…まだやってんだな。」
ひどく優しい声で、そう言った。
20060309UP
NEXT
チヒロがトリップして来て、最初に錬金術のことを聞いたとき『水=水素+酸素』を思い浮かべたのは、
実はこのシーンへつなげる伏線だったと言ったら…怒られるかな?
引っ張りすぎだよね。もう、忘れてるよね…。すみません。
そしてとうとう出ましたよ。『雨の日無能』。
(06、03、20)