扉の向こうの青い空 45
「雨の日は無能なんですから、下がっててください。大佐!」
「あ、そうか。こう湿ってちゃ火花出せないよな。」
無能といわれて落ち込む大佐を他所に、大男はニヤリと笑った。
「わざわざ出向いてきた上に、焔が出せぬとは好都合この上ない。
国家錬金術師!そして、我が使命を邪魔する者!この場の全員、滅ぼす!!」
「やってみるがよい。」
後ろからするりと近付いた大きな人が、こぶしを振り上げた。
大男が避けたので、ガンと壁に大きな穴が開く。
軍服を着ているから、軍人さんよね。それにしても大きな人。
「む…新手か…!!」
「ふうーむ、我輩の一撃をかわすとは、やりおるやりおる。」
…な…なんか…。
それからは、力任せ?っていうの?なんかガッツンガッツン始まって…。
「まあ、一段落かな。」
「中佐。」
「怪我は無いか、チヒロちゃん?」
「はい。…あの…。」
「ロイの焔…か?」
「はい。…本当に雨の日は使えないんですか?」
「発火布はな、普段と同じって訳にゃいかねーだろうな。」
「でも、ライターでもあれば…。」
「ああ。あの練成陣は、要は空気中の酸素濃度を調節して、焔をコントロールするものらしいからな。全く使えないってことはねーよ。」
「…じゃあ…?」
ガッツンガッツン。なんか凄い音が響いてあちこち壊れているらしい中。ジャンさんの『少佐!あんまり市街を破壊せんで下さい!!』なんて声も聞こえてくる。
ちょっと見るのが怖いので、ヒューズ中佐とのお話に集中することにする。
「ロイはイシュヴァールに行ってただろう?」
「はい。」
「こう…あいつが指を鳴らすだけで、どっかんどっかん焔が上がってな。…あいつ一人で、だぞ?」
「………。」
そこら中を焼き尽くしてたという、ジャンさんの言葉を思い出す。
「人手はかからないし、成果は上がるし。軍の上層部はウハウハだよ。もう、ロイをどう効率よく使うかって話が、連日なされたくらいだ。
やることをやってくれりゃあ多少の我儘は聞いてやるってんで、他の奴らより少し離れた場所にテント張らせてもらったり。俺みたいな部署も階級も釣り合わない者を、親友だってだけで護衛っつーか側近で使ったり…な。」
「我儘って…そんな程度…なんですか?」
「元々あいつは、物欲とかはねえ方だからな。
他にも何人か特別待遇を受けた錬金術師がいたけど。大量の酒だの豪勢な食事だの。…まあ、女…だのな。エゴ丸出しの奴も中にはいたよ。
そうやって、特別待遇を受ける代わりに、ロイは毎日戦場へ駆り出された。」
「はい。」
「もたねえよ。正直言って。…相手が軍人だっていうんなら、まあ多少割り切れもしただろうけどな。
あの内乱は『イシュヴァール人』が相手だった。時には女や子供が、顔を引きつらせて銃を向けてくる。ガチガチ震える手でな。あんなんじゃ、引き金引いたって当りゃしないさ。
けど、こっちは100発100中だ。指を鳴らせば、相手を確実に殺せる。」
「………。」
「…ある日、雨が降ったんだよ。」
「?」
口調の変わった中佐に目線を上げた。
「東部の国境線の向こうは砂漠地帯だからな。この辺はそうでもないが、もう少し東へ行くとわりと乾燥した大地が広がってる。ロイがイシュヴァールへいって…。あの日、初めての雨が降ったんだ。」
ニヤ、と中佐は笑う。
「これだ。と、思ったね。」
「これ?」
「俺は早速お偉いさんのテントへ言って進言した。『マスタング少佐の焔は雨の日は使えません』ってな。火は水に弱い。あんまりにも分かりやすい図式だったから、お偉いさん達はいっぺんで信じ込んだ。以来、ロイは雨の日だけは戦場へ出なくて良くなった。」
「…大佐をお休みさせるために?」
「……一人でも…あいつが殺す人間が減ればいいと思ったんだ…。」
「………はい。」
そんなのは今更の気休めでしかないけれど。大佐の罪が軽くなるわけでもないのだけれど。 でも、せめて。
「それにな。」
中佐は小さく苦笑した。
「あいつは優秀すぎた。何か1つくらいは公の欠点を示しておかなきゃ、今頃とっくに海千山千のタヌキ爺たちに潰されてたかもしれん。」
「…ハクロ将軍みたいな?」
「アレはたいしたことはない。中央にはもっと化け物みたいなおっさん達がうようよいる。『若手の台頭』なんて言葉はいいけど、面白くないと思う奴もいる。」
「はい。」
大総統府へ行った時の、突き刺さるような視線を思い出す。
「ハボック少尉がロイの護衛をしてたことは知ってるか?」
「はい。」
「あいつも、当時1枚かんでた訳だ。同じ錬金術師の中にも、ロイの台頭が気に入らないものもいる。そういう奴が襲うとしたら…。」
「雨の日…。」
「そうだ。賢いぞ、チヒロちゃん。」
「護衛って…敵から守るんじゃないんですか?」
「残念ながらな。…ところが、雨の日はロイは焔が使えないことになってるから…。」
ジャンさん達(何人いたのか分からないけど)護衛の人が撃退しなきゃいけなかったんだ。
「今でも、このイーストシティでは、雨の日のほうが犯罪率が高いし。大きな事件も雨の日に多い。司令官が焔を出せないと犯罪者が思っているからだ。…それでも。」
「大佐を守るために…?」
「イシュヴァールでは主に精神面な。ここでは…まだ不安定なあいつの立場を守るため…かな。」
「はい。」
「ホークアイ中尉もハボック少尉も…他の事情を知っている者は皆。雨の日にはあいつに絶対に焔は使わせない。 …まだ…続けててくれたんだな。」
ヒューズ中佐が雨を見て思いついたとっさの嘘。
大佐が大好きで、大佐を少しでも守りたいと思う人達はその嘘をずっとつき通す。
そのために犯罪率が上がろうと、自分達の身が危険にさらされようとも。
「分かりました。私も、誰にも言いません。」
「おう。…と、あっちも終わりかな。」
中佐の言葉に視線を通りの方へ戻す。
「褐色の肌に赤目の……!!」
襲ってきた大男のサングラスが壊れ、紅い目が露わになっていた。
「イシュヴァールの民か……!!」
大佐の絞り出すような声。
後ろでは中佐が『ちっ』と小さく舌打ちをしたようだった。
「…やはりこの人数を相手では分が悪い。」
「おっと!この包囲から逃れられると思っているのかね。」
大佐の合図で憲兵さん達が銃を構えた。
すると大男はバッと地面に手を突き、ガラガラと大きな音を立てて道路を崩して巨大な穴を開け、地下水道へ逃げ込んでしまった。
「すごっ。」
「全く無茶するよな。錬金術師って。」
呆れたように中佐が言って、私たちは路地から出た。
「ヒューズ中佐、今までどこに。」
「物陰に隠れてた!」
イエイと得意げに親指を立てた。
「お前なあ、援護とかしろよ!」
「うるせえ!!俺みたいな一般人を、お前らデタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むんじゃねえ!!」
「デタ…。」
「それに、ほら。チヒロちゃんを保護するという重要任務を遂行していたのだ!」
ぐいと肩を押され、大佐の方へ押しやられる。
「チヒロ!怪我は無いか?」
「あの…はい。」
周りでは中佐が支持を出したりして、事後処理が始まっていた。
「…この…バカ兄!! 何で僕が逃げろっていったときに逃げなかったんだよ!!」
「だから、アルやチヒロを置いて逃げるわけに…。」
エドとアルの言葉の応酬が続く。
「……兄弟…喧嘩…ですね。」
「「「………。」」」
「…私は姉と姉妹喧嘩なんてしたことなかったな…。」
「そっか。」
ジャンさんの手がポンポンと頭をなぜる。
「ハボック少尉。撤収作業を。」
「分かりました。」
「後、アルフォンスの鎧の破片も全て拾って回収しておいてやれ。」
「はい。」
「チヒロは、風邪を引く。車の中に入っていなさい。」
「はい。」
「…誰か、チヒロにタオルを。………大丈夫か?」
「……はい。」
でも大佐。
私、今日。
目の前で人が殺されるところを見てしまったんです。
エドやアルまで殺されそうになって。
…私は当たり前みたいに『武器』を探していた。
そして、水をあの男の周りに集めた時。
もしかしたらそれで、あの男が死んでしまってもいいとすら思ったのかも知れません。
そして、殺気に満ちたあの男は…私を見た。
私を殺してもいいとすら思ってた。
一段落してほっとしたら。足元からじわりと恐怖が這い上がってきた。
『漫画』の世界なの?…これが…。
私はなんて世界へ来てしまったの?
大佐専用の車の中で、タオルに包まった私は。
一人ガタガタと震えていた。
20060309UP
NEXT
月子のイメージの中の大佐はあくまでもかっこよく強い。…そして少し情けない。
大佐は本当に雨の日は無能なのか…?
原作者の荒川氏は本気でアレを書いたのか?何か伏線があるのか?と、いまだに疑っている私…。
とりあえず当サイトの大佐は雨の日も本当は焔を使える…ということで。
「うちのハボ」でこの辺の設定を載せてしまうと、このシーンのネタがバレてしまうので今まで隠しとおしてきました。へへ。
(06、03、22)