扉の向こうの青い空 47.5

 

 

 

でっかい男に。

 

 

 

「弁当、サンキュウな。」

「ううん。いっぱい食べて、元気になって?」

 てらいもなく言われて、『もう、すっかり元気だぞ』なんて強がりは必要ないのだと苦笑する。

「ねえ、エド。」

「うん?」

「…錬金術って…怖いね。」

「………。」

「使う時も、使い方も。…ほかにも色々…。考えて使わなきゃいけないね。」

「ああ、そうだな。」

 それを分かっていなかったからこそ、今こうして苦労している自分達を振り返りつつ溜め息をつく。

「私ね。科学の勉強は続けるけど…きっと錬金術師にはならない。」

「うん。」

 昨日見たチヒロの錬金術は的確だったと思う。やりたいことをイメージ通りに出来ていた。

 だから、きちんと勉強すれば…国家資格が取れるかどうかは別として…それなりの錬金術師にはなれるのではないかと思っていたのだけれど。

 きっちりと荷造りされたアルフォンスを、貨物室へと積み込むアームストロングを遠目で見ながら。でも、それでいいのかも…とも思う。

 チヒロの異世界の知識だけでも、ある意味爆弾だ。さらに手を合わせての錬金術が出来るなどと知れたら、中央での注目度が上がってしまう。

 そうなったら、軍は必ずチヒロの持つ能力の全てを利用し尽くすことを考えるだろう。

「いいんじゃねえ?…あ、けど。壊したものを元に戻せるくらいには使えたほうが便利だぜ。」

「ふふふ。そうね。」

 にこりと笑うチヒロは、いつもの柔らかい雰囲気で。

 昨日の落ち込みようは本当に酷かったから。どんな言葉を掛けて慰めようと気を揉んでいただけに、ほっとするやら物足りないやら。

「…っ。」

 な、何だ!?アレは。

 チヒロの首筋。髪に隠れたそこにある赤い痕は…。

 ………!

 思いついたカタカナ5文字の言葉に思わず赤面する。

「…?どうかした?」

 不思議そうに首を傾げるチヒロ。

 正面から見たら分からなかっただろう。下から見上げるエドワードの視線だからこそ気付いた、隠れたそれ。

「…なん……でもない…。」

 唸るように言って…。

 チヒロが浮上したのは、あいつのお陰か…?

 昨日チヒロと一緒に家に帰った長身の男を思い浮かべる。

 ただそこにいるだけで、エドワードのコンプレックスをびしびしと刺激してくれる男。

 兄貴のように気さくでいい奴だというのは分かっている。最初からチヒロが懐いたのも知っている。…けれど…。

 畜生!あのヤロー。

 チヒロに対する気持ちは、決して恋愛感情ではないけれど…。

 猛烈に悔しいことに変わりはない。

「チヒロ!」

「何?」

「俺、でっかい男になるからな!!」

「? うん。」

 拳を握って主張するエドワードに、きょとんと頷くチヒロ。

「ご飯いっぱい食べれば、すぐに大きくなるよ。」

 どこかずれたチヒロの言葉を聞きながら、気合を入れて列車に乗り込んだ。

 

『こんなところで立ち止まっちゃいられない!』

 

 

 

 

 

 

老後は安泰。

 

 

 

「さあて、と。俺もセントラルへ帰るか。」

 チヒロと共にエドワード達の乗った列車を見送ったヒューズが、反対側のホームに停まっている列車へと視線を移した。

「グレイシアさんやエリシアちゃんに、よろしくお伝え下さい。」

「おう。チヒロちゃんは相変わらず元気で可愛かったと伝えるよ。」

「ふふふ。」

 初めて会った日に、チヒロの事情を知ってから。

この家族自慢が身上の男がチヒロの前では決してそれをしない。

二度と自分の家族に会うことが出来ないチヒロを、そんな形で思いやってくれる。

「ヒューズ中佐。」

「おう、何だ?」

「大好きですよ?」

「………。」

 途端に真っ赤になったヒューズを珍しいわと見ていると。

「俺のお姫様はエリシアちゃんだけだったが、今日からチヒロちゃんも昇格だ!!」

 と、鼻息も荒く主張する。

「…お姫様…ですか?」

 おかしくてクスクスと笑っていると。

「ロイの事、よろしく頼むな。」

 幾分真面目な声で言われる。

「中佐?」

「…俺はさ、家族が幸せでいてくれるのが一番幸せなんだ。」

「はい。」

「ロイは…今は家族と言えるのはチヒロちゃんだろ。だからな、いつもチヒロちゃんが元気でいてくれれば、それがロイの幸せだ。」

「………。」

「だからな。ロイを幸せにしてやってくれ。」

 それはつまりいつも元気でいてくれよ。と言う事で…。

「はい。」

 チヒロが笑って頷くと。

「…まあ、あいつもな。嫁さんでも貰えば、チヒロちゃんの負担も減るんだろうが…。」

 冗談めかして言う。

「ミリアムさんがいらっしゃるでしょう?」

「ああああ、あいつらなあ。」

 じれってーよな、と一番傍で見てきた親友は苦笑する。

「でも、大丈夫です。」

「うん?」

「大佐がミリアムさんに捨てられて、淋しいお爺さんになってしまっても。私がちゃんと老後の面倒を見ますから。」

「ぶわっはっはっはっ!!」

 目に涙まで浮かべて大笑いするヒューズ。

「そりゃ、ロイの老後も安泰だ。」

 ヒーヒーと笑いながら『よろしく頼む』とチヒロの肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

20060330UP
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お見送りのシーン。
チヒロとハボの仲に1番に気付いたのはエド。
けど、彼の性格ならきっと誰にも(アルにも)言わないだろう。
そして、ヒューズ氏のお見送り。
『老後の面倒は私が見ます』はもっと後で言わせるつもりだったんですが…。
大佐に言うのはもっと後で。ヒューズ氏には一足先に。
次からは、ハボの土木作業が始まります。
(06、03、31)

 

 

 

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