扉の向こうの青い空 48
「弁当。」
「………はい。」
憮然として言う俺に、仕方がないなあという風に。その上同情たっぷりの目で苦笑して、チヒロはこくんと頷いた。
大佐からスカーが破壊したと思われる瓦礫の撤去作業を命じられた。
ごっそりと壊れているから、放置しておくのは危険だ。だから撤去作業が必要なのは分かる。
けど、昼も夜も休み無くって!!スカーの死体を捜しながらって!!何ヶ月もかかるだろう、どう考えたって!!
しかも、その理由が。『おちおちデートも出来ない』と来たもんだ。
そりゃあね。タッカーは殺されたし、エドワードはリゼンブールからセントラルへ行ったらしいし、この辺で国家錬金術師といえばもう大佐しか残ってないさ。
もし、スカーがこの街に潜んでいるとしたら、次に狙うのは大佐だろうよ。
けど、だからって、何で、俺が!?
道路の通行止めの書類だとか、作業の段取りだとか、隊員のローテーションだとか、作業に使う道具の調達だとか。そんなのを済ませて、家に帰り着いたのは深夜に近かったと思う。
もう、俺の明日からの作業の話は誰かにきいたのか。チヒロは『お疲れ様』と夕食を温めなおしてくれる。
そして、冒頭の言葉を吐いた俺に、頷いてくれたのだった。
そして、作業が始まった。
本当は機械を使ってやってしまえば、大分楽になるのだけれど。それじゃ、スカーがどうなったのか分からないと手作業がメインとなる。
信じらんねーよ。いつ終わるんだよ。
昼休みを終え(チヒロの弁当は実に美味かった)、午後の作業を始めて少しした頃。
「あの〜、すみません〜〜。」
女性の声が掛かる。
「………。はあ?」
対応している憲兵の声が聞こえてきた。
あ゙あ゙、また苦情だろうか?
うんざりしつつ傍へ行くと、大きな荷物を抱えた20代前半といった感じの女性が立っていた。
「どうした?」
憲兵に聞くと。
「あの、道に迷ったんだそうです。」
「へ?」
「あ、あの〜。本日付で東方司令部の事務方へ配属になりました。メアリー・ライトです。」
「事務方?」
「はい。受付の方に。…あ、これ辞令です〜。」
バッグの中から書類を出してくる。
「ああ、本当だ。…で?」
「あ、あのですね〜。道に迷ってしまって…その司令部に辿り着かないんです〜〜ぅ。」
おいおい。恐らく駅から来たのだろうけど…方向違うだろう。
士官クラスなら駅まで迎えも来るが、事務方クラスじゃ自力で司令部へ来いということになる。が、街の殆どの場所から見える司令部にたどり着けなかったという話は聞いたことが無い。
「…司令部って、あれなんだけど…。」
ここからも少し見える建物を指す。
「そ、そうなんですよね〜。道を聞いた方皆さん『あれだよ』と教えてくださるんですけど〜…どうしてたどりつけないんでしょうかあ〜〜〜ぁ。」
その場にいた数人の隊員たちと顔を見合わせた。
大丈夫か?こいつ。
はあ、…仕方ねえな。
「あんた、ちょっと待ってろ。車で送ってやる。」
「え?」
「おい、司令部へ連絡しておいてくれ。で、後、頼む。」
どの道、水やらなにやら追加するために一度司令部へ戻るか、残っている奴に持ってこさせるかと考えていたところだったから。副官も『行ってらっしゃい』と苦笑する。
「すっ、すいません〜〜。」
「ああ、良いって。ついでだから。」
真夏じゃないから良いかと、飲み水の準備はあまりしていなかった。が、ホコリがひどくてすぐに口をすすぎたくなる。
明日からはタンク車がいるな。…そうなるとその手配もしなくちゃならない。
全く、やることが山積みで嫌になる。
「受付っていや、1人退職する子が居たな。」
「あ、はい。その後任です〜。」
車に乗り込んで話す。
確か、リリーって名前で美人で明るくて良く気の付くいい子だった。結婚による退職だという話で、泣いたヤローは1人や2人じゃないはずだ。
…勤まるんだろうか?この子に…。
とにかく一服と煙草に火を付け、車をスタートさせた。
少し話しをしたところによると、セントラルでの研修を終えたばかりの新人だという。
中央からの嫌がらせなのか?何もいきなり司令部付にしなくったって…。普通、支部や付属の施設から始めるもんだろう?
程なくして、司令部へ着く。
連絡は入っていたらしく、入口には事務方を総括する少佐とリリーとチヒロが立っていた。
「お、遅れまして〜、申し訳ありませ〜ん。」
「本当に心配しましたよ。ここはそれほど治安がよくないのでね。」
「は、はい。すみません。」
「遅れた分は今後取り戻してもらいます。ハボック少尉、お世話を掛けました。」
「いいえ、ついでだったんで。」
少佐は穏やかだけど、厳しい人なので。ビシビシしごいてくれるだろう。
「チヒロちゃん。ありがとうね。」
「いいえ。こちらこそ。色々とありがとうございました。」
リリーの手には、チヒロの部屋で見覚えのある紙袋が下げられてる。
このところ何かミシンでガタガタやっていたのは、彼女へのプレゼントだったのか。
そういやチヒロも、このリリーって子には懐いてたっけ。
「では、ライトさん。こちらへ。」
少佐とリリーとメアリーは建物の中へ入っていった。
「ジャンさん。お水、持って行くんですよね。」
「ああ。」
「隊の人がさっき用意してましたよ。こっちです。」
「オウ。…で、お前は何でここにいるんだ?」
「私からも、ジャンさんに持っていって欲しいものがあって…。」
「?」
「りんごです。」
「りんご?」
「大きな木箱で3箱も貰ったんです。2箱は司令部内で分けたの。お昼に付け合せで付けてもらって。もう1箱はジャンさん達で食べてくださいね。」
「良いのか?」
「はい。りんごなら…まあ、皮剥かないでも食べられるし。夏じゃないから、置いといても夜からの人にもあげられるでしょ?」
「うー、サンキュ。」
「いえいえ。こんなことしか出来ないし…頑張ってくださいね。」
なあんて、可愛いんだ!チヒロ!
いつもの調子で、ガシッと抱き寄せてチュッと米神にキスをする。
チヒロは慣れたもので、『もう』と苦笑する。周りで見ている者も、『隊長、セクハラですよ〜』との笑みを含んだ声が飛ぶ。
車両課へ行って、明日のタンク車の手配を済ませる。
「大佐のサインは貰っておきますね。」
と言うチヒロに書類を預け、部下達とりんごや水を車に積み込む。
「…にしても、凄いな。どうしたんだ?」
「冬頃に『ビニールハウス』の話しがあったでしょう?覚えてますか?」
「『ビニールハウス』?…ああ、農園の。」
「はい。なんか結構順調なんですって。…で、お礼にって。」
「じゃ、これもその『ビニールハウス』で作ったりんごか?」
「これは違います。今年の初物ですって。だから、甘味より少し酸味のほうが強かったかなぁ。…でも、美味しかったですよ。」
「そっか、楽しみだ。」
昨年の冬、チヒロの元に軍からの初仕事が舞い込んだ。
東部と北部の境目くらいのところに広大な農園を持っている豪農がいる。軍にも多額の寄付をしてくれている有力者らしい。
本当かどうかは知らないが、農作物の価格はそいつが決めるという噂もあるくらいなのだ。
そのオーナーが、軍で懇意にしている将軍に農産物の生産量アップの技術について、相談を持ちかけ。その将軍が大総統府で勤務する男だったためチヒロの存在を知っており依頼がきたのだ。
大総統も、チヒロの知識の確かさを確かめるのには丁度良いと思ったのだろう。
中央からお目付け役の軍人が数名と。チヒロと俺とフュリー曹長とで、農園まで出張したのだった。
元々農園の方でも人を雇って色々と研究はしていたらしく、チヒロのアイデアをフュリー曹長がフォローする形で提案し、割りとあっさりと『ビニールハウス』の開発が出来たのだった。
「良かったな。認められて。」
「一人じゃ無理でしたよ。」
と、チヒロはにっこりと笑う。
「実際『ビニールハウス』では、何を作ってるんだ?」
「えーと、イチゴ…と、後メロンが実験中だそうです。」
「へー。」
「そのうち、冬でも甘い果物がたくさん食べられるようになるんじゃないかな?」
「そりゃスゲエな。」
「…ただ、やりすぎると季節感全く無しになっちゃうんですよね。元の世界では、1年中何でもあって。どの野菜や果物がどの季節のものなのか、分からなくなりつつありますからね。何しろ、冬でもスイカがあるんですよ。」
「へー。」
「そういうの、分かってくれる人だといいんですけど…。」
「どうかな…。金になると分かりゃあ、他へ技術を広めたりはしないだろ。当分、あの農園だけの技術になるんじゃないか?」
「あ…それも、微妙ですね。」
難しいな…と呟く。
「けど、今日のりんごはチヒロのお陰だな。心して食うことにしよう。」
「ふふふ。…早く作業終わると良いですね。」
「当分無理だなあ。…また、弁当頼むよ。」
車に積んできた、空になった弁当箱を渡す。
「はい。」
「じゃ、その書類頼むわ。」
「はーい。一番にサインさせますからね。」
手を振って見送ってくれるチヒロを後に、再び現場へと戻った。
20060314UP
NEXT
ハボの土木作業が始まりました。
そしてまたしてもオリキャラ登場。…そういうのが好きでない方ごめんなさい。
今度の女の子はちょっと困ったチャンです。
そして、チヒロもこっちの世界で頑張っています。
『ビニールハウス』を作りました(実際に使用したのはビニールではないという設定ですが)。
(06、04、05)