扉の向こうの青い空 49
「早とちりな上に思い込みの激しい方だそうですよ。」
「へ?」
「今日、ジャンさんが連れてきた方。」
「ああ、受付の。」
「はい。ヒューズ中佐がご存知で…って、あの人は何でも知ってますよね。
……時間になっても来ないので、大佐が中央へ電話を入れたんだそうです。きちんと列車に乗ったのかどうか…って。」
司令部内でも、来るはずの人間が来ないというので駅まで人をやったりして色々と探したらしい。
「で。中佐が言うには。『早とちりな上に、思い込みが激しくって。悪気は全く無いんだが、わりと人騒がせな子』なんだそうですよ。」
「あ〜〜。なんか、そんな感じだよなあ。」
家へ帰ってシャワーを浴びて、さっぱりとした後。ビールを飲み、チヒロの温めなおしてくれた夕食を食いながらそんな話をして。
………まさか。
『早とちりな上に、思い込みが激しくって』『悪気は無いのに人騒がせな』彼女に思いっきり係わり合う事になろうとは。
その時は全く考えもしなかった。
次の日。
日中の作業を終え、夜になって司令部へと戻った。
俺の普段の仕事はブレダや他のメンバーが分担してやってくれてはいるけれど、どうしても俺でなきゃならない事もいくつかある。
今日の日報だとかも上げなきゃいけなくて。ある程度の書類をこなす為に残業となる。
は〜あ。と溜め息を付きつつ指令室へ向かっていた。
この作業が始まってからはどうしても、帰ったら晩飯を食って寝るだけになってしまう。
チヒロとは朝と夜のわずかな時間に顔を合わせるだけで…。
うう…抱きしめたいな〜。キスしたいなあ〜。ぐるぐると考えながら廊下を歩いていると。
「あ。ハボック少尉。」
振り返ると、昨日のお騒がせな彼女がいて。
「昨日はありがとうございました〜。本当に助かりました〜。」
と元気良くペコリと頭を下げられる。
「ああ。ついでがあったんだから、いいよ。気にすんな。」
そう、軽く言うと『ありがとうございますう〜〜』と笑う。
本当に大丈夫なのか?この子は?
年下のはずのチヒロのほうが、よっぽどしっかりしているように見えるんだけど…。
「残業か?」
「はい。昨日遅れた分なんです〜。」
「ああ。」
少佐はそういうところは厳しいからな。さすがに昨日は初日だったから定時で帰したんだろうけど、今日は早速残業か。
「ま、頑張れよ。」
「はいっ!あのっ!ハボック少尉は〜、お付き合いしている方はいらっしゃるんですか〜?」
「は?」
おっと、思わず咥えていた煙草を落としそうになって慌てて手で受け止める。そんな風に俺がわたわたとしているうちに、彼女は一人で話を進めていた。
「いらっしゃらないんなら〜。」
いや、いないとは言ってないんだけど…。
「好きです。お付き合いして下さい〜」
「はい?」
「きゃー、OKですか〜!?嬉しいです〜。」
「や、おい。ちょっとっ。」
「昨日優しくしていただいてからずっと、素敵だなあって思ってたんです〜。きゃ〜、嬉しい〜。」
「ちょっと、…待て。」
『きゃ〜』じゃねーよ、お前。そんなことより、今は仕事…って言うか道覚えるほうが先だろって。そうじゃなく! おい!俺の話を聞け!!
「じゃ、私は今日はこれで上がりなので〜。これからよろしくお願いします〜。」
とか、元気良く走り去って言った。
ゔおい!どういうことだ!?
俺、付き合うって言ったか?言ってないよな!?
「よう。おはよう、チヒロ。」
「あ、ブレダ少尉。おはようございます。」
「…なあ、今、良いか?」
「はい。…あ、ブレダ少尉。夜勤明けですよね。コーヒー入れましょうか?」
「サンキュ。けど、今飲んできたばっかりだからいいよ。…ちょっと、こっちきて。」
「はい。」
休憩室へと向かう。
朝の出勤時間に当たっているのでそこには誰もいなかった。
「ハボックの奴さ、どんな様子だった?」
「ジャンさん…ですか?…あの…なんだか、昨夜はいつもにも増して疲労困憊していたようですけど…。」
「あ、…やっぱりな。」
「何かあったんですか?」
「いや、昨夜さ。」
と、ジャンさんが新しく来た受付の女性に告白された話をしてくれた。
「…はあ。」
「たまたま見かけてさ。からかってやろうかと思ったけど、タダでさえ疲れてる上にがっくり肩落として溜め息ついてるからあんまりにも哀れで声が掛けらんなかった訳。」
「…はあ…ジャンさん、モテるんですね。」
「いや。こんなことはめったに無い!」
「…そうなんですか?」
「だからとりあえず『ラッキー』って付き合うのかと思ったら、そういう風でもないからさ。あいつ好きな女でもいるのかなあ?」
知らない?と聞かれ、返事に困る。
「そう、言われても…。」
「…ま、良いか。しばらくほっとくか。…ただなあ。」
「?」
「向こうがどう出るかなあ?」
「向こう?」
「相手の女。…なあんかあの子。ここが職場だって自覚あんまり無さそうだろ?」
「………。」
「言いふらしたりしなきゃいいんだが…まいっか。」
「良いんですか?」
「『ハボックの不幸は蜜の味』だろ?」
「少尉…。」
この二人は本当に仲がいいんだか悪いんだか…。
いつも軽口悪口の応酬で…。でも、いざとなるとアイコンタクト一つで連携出来ちゃうんだから、仲は良いんだろうな。
「じゃ。俺、引き継ぎして帰るから。」
「はい。お疲れ様です…って、何で私に今の話をしたんですか?」
「ハボックの凹み具合を確かめるため。」
「………ハハ。」
「ついでに。まあ、ちょっとフォローしてやってほしいかなと思って。」
クスリと笑ってしまう。
「はい。分かりました。」
何だかんだ言ったって、心配はしてくれてるんだ。
…それにしても…。
先日少しあっただけの人。
エエと、確か名前はメアリー・ライトさん…だっけ。
私的にはちょっと苦手なタイプ。語尾がものすごおく伸びるところとか、迷惑掛けて謝っててもあんまり申し訳無さそうに見えないところも…。
…まあ私だってたいした人間じゃないから、人のことをどうこういえる立場じゃないのだけど…。
この間の夜に、思わずジャンさんにあの人の話をしてしまったときは随分と自己嫌悪に陥ったものだ。なんか悪口を言ってしまったみたいで…。
…にしても、告白かあ。
ああ、やだなあ。私って結構欲深かったんだなあ。
あの朝は、ずっと続かなくても良いなんて思っていたくせに。誰かに告白されたと聞けば不安になる。
ブレダ少尉の話では、その告白を受けた訳ではないようだけど。
は〜あ。溜め息一つついて、休憩室を出た。
私は正式な軍人じゃないから、出勤時間や休みなどがきちんと決まっているわけではない。
言ってみればエド達と似たような立場で、それこそ年に何回かしか司令部へ行かなくたってかまわないのだ。
けど、家で一人で勉強してたってはかどらないし。結局のところ大佐や他の皆に聞きながらでないと先へ進まないので毎日司令部へ『出勤』している。
軍服にも着替えなくていいので、はじめのうち更衣室に私のロッカーはなかった。
だから、他の女性職員の人達と壁が出来てしまうんじゃないかなあと心配していたのだけれど。途中からリザさんや受付のリリーさんが配慮してくれて、ロッカーを一つ提供してくれた。
女性職員の中のリーダー格の二人が私に良くしてくれたので、他の皆も仲良くしてくれている。
「あ。チヒロちゃん。」
何人かの女性職員が駆け寄ってきた。
「あ、おはようございます。」
「おはよ。」
「ね。ちょっとこっち来て。」
「早く、早く。」
「エ…ちょっと…あの…。」
女子更衣室へと連れ込まれる。な、何事?
「ちょっと聞いたんだけどさ。」
「はい?」
「新しく受付に来た子。ハボック少尉と付き合ってるって本当?」
「は?」
何て情報の早い…。
「あの、何で…。」
「あの子。言いふらしてるのよ。浮かれまくってね。」
「………。」
ブレダ少尉、…当りです…。
20060327UP
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ハボ受難。
今回、ハボとメアリーさんのかみ合わない会話を書いていて…なんだか、メアリーさんが月子と似ているような気が…。
月子も時々旦那に「お前は違う世界を生きている」と言われることがあります…。
しかし、さすがに勝手に付き合ってる気になるほどひどくはないと…思いたい…。
え…まさか、私。勘違いしたまま結婚してしまったんじゃ…?
(06、04、07)