扉の向こうの青い空 50

「新しく来た子。ハボック少尉と付き合ってるって本当?」

「あの子、言いふらしてるのよ。浮かれまくってね。」

「はあ。…私はジャンさんからは何も聞いていません。」

 間違いじゃないよね。告白されたことを教えてくれたのはブレダ少尉だし。告白を受けた訳ではないようだし。

「ほら、嘘なのよ。」

「そうよね。やっぱり。」

 何故か納得したムードになる。

「あの…。私が聞いてるかどうかが、どうして基準になるんですか?」

「だって、…ねえ。」

 『ねえ』といわれても…。

「過去に少尉の付き合ってた彼女とかって知ってる?」

「はい。知ってますけど。」

 というか、友達になっちゃってますけど。

「その人のこと教えてもらったのって、いつ?」

「えーと、ジャンさんと知り合ったその日。ですね。」

 初めてイーストシティに出て、買い物をしたときだから間違いない。

「でしょ?」

 …や、『でしょ』って。

「少尉なら、誰かと付き合うことになったらあなたにちゃんと言うと思うのよね。」

「そのあなたが聞いてないって事は、きっとあの子の勘違いよ。」

「普段から凄いもの。」

 『昨日だってさ…』と仕事中のあれこれに話は移っていく。

 噂どおり、あまり人の話を聞かず、自分独自の解釈をする人のようだ。

「皆さん、気にするって事はジャンさんって結構モテるんですか?」

「あー。」

「うーん。微妙ね。」

「?」

「少尉って親切で優しい良い人じゃない?背も高いし。だから、素敵なのは素敵なんだけど…ね。」

「うん。誰にでも、優しいのよね。だから彼女として付き合うのは、しんどいかもなあって。」

「はあ。ナルホド。」

「かと言って、良い人なのは知ってるからあんな子と付き合うのは納得がいかないのよ。」

「…そうですか。」

「ホークアイ中尉とか、チヒロちゃんとかなら。ま、しょうがないかって諦めるところなんだけど。」

「え。私も入ってるんですか?」

 驚いて聞くと、皆にっこりと笑っている。

「あら、チヒロちゃん、少尉とお似合いよ。二人とも背が高いから、逆にバランスが取れてるし。」

「うんうん。」

「はあ〜〜。そうなんだ。」

 本気で感心した私の声に皆クスクスと笑う。

「あ。いけない。時間!」

「きゃあ、遅刻する!」

 そう言って、皆はそれぞれの持ち場へと散っていった。

 お似合い、か。

『身長差が』と言うちっちゃい所だけど、嬉しくなる。

 さて、今日も頑張ろう。と気合を入れなおし、指令室へと向かった。

 必要な資料を取りに行ったり、足りない備品をそろえたり。

 本来は必ずしも私がする仕事じゃないけれど。

ジャンさんの分の仕事を皆で分担しているので、指令室内は1日中バタバタしている。

まさか書類の作成は出来ないから、普段は皆がしている仕事の中で私にも出来ることがあれば手伝おうと、建物の中をあちこち動いていた。

 そんなこんなで、丁度受付の傍を通った時。

「ちょっと、あなた。」

 と、呼ばれる。 …私?

 声のほうを振り返ると噂の彼女。

名前は確か、メアリー・ライトさん。

…ああ、名前を覚えることを頭が拒否してるかも…。

「はい?」

「この間も気になったんだけど、あなたどうして軍服を着てないの?」

「あ…えと。正規の軍人でも職員でもないので…。」

「じゃあ、どうしてここに出入りしてるの?」

「え…と。」

 又、『難民です』から始めなきゃいけないのかしら…。

 言いよどんでいると、メアリーさんがますます険しい顔で問い詰めてくる。

「ここは軍の施設なのよ!一般人が入っていいところじゃないの!」

「はい、それは…」

 『分かってますけど…』と続けようとしたけど、何か色々と責められて言わせてもらえない。

 ああ、もう。

 そこへ、他の受付のお姉さんが止めに来てくれた。

「ちょっと、何してるの!」

「だって、この子。」

「良いのよ、彼女は。…ゴメンね、チヒロちゃん。」

「いいえ。」

「でも!」

「いいんだって。ちゃんと説明するから。分からないことがあったら聞いてって言ったでしょ?黙って飛び出していかないでよ!」

「でも、ですね〜〜。」

 受付前のホールでわいわい始まってしまう。そこへ。

「何の騒ぎだね。」

 あ、大佐。

「「おはようございます。」」

 受付の二人がペコリと頭を下げる。

「おはよう。」

「おはようございます。大佐。」

 ちょっと、含むところはあるけど一応挨拶をする。

「やあ、おはよう。チヒロ。」

 にっこりと笑む。

 他の二人はなんだか赤くなっているけれど、それどころじゃない。

口を開こうとすると、その前に大佐が話し出した。

「何か、揉めているようだったが?」

「あの。……この子が…。」

 と、メアリーさんが私を指差す。

「チヒロが?」

「その、制服を着ていないので。」

「ああ、彼女は正規の軍人ではないからね。」

「そ…そうですか…。」

「不審人物に警戒するのは大切なことだが、制服を着ていないだけでここまで揉めるのはどういう訳だね?」

「あの、…すみません。」

「チヒロに限らず、司令部内には私服で出入りする者もいる。疑問に思うなら、責め立てるのではなくまず身元確認をすべきなのではないかな。」

 まだ、続きそうなので一応さえぎってみる。

「大佐。メアリーさんは、来たばっかりでまだ良く知らないんですから…。」

「だとしたら、監督する者の責任だな。」

 と、鋭い視線がお姉さんの方へ向く。だから助けてくれようとしたんだってば。

 こちらの言い訳なんか許さずに立て板に水のごとく、流暢に喋り続ける。

 こういうとき、頭の良い人って次から次へと言葉が出てくるんだなあ、と少し呆れる。

 後もう一つ。親バカ…?兄バカ…?私が言われたのが面白くないんだわ。

 責められて困ったようなお姉さんにそっと目配せ。

 このままじゃ、少佐が出てきちゃうし。そうなったら収まるのはいつになるか…。

「大佐。」

「…っと。なんだね、チヒロ?」

「遅刻です。」

「……ウ……。いや、そのな。」

「『遅刻』です。」

「だ、だからその…。」

 途端に顔色が悪くなり、オドオドと挙動不審になる。

「又、錬金術の本を読んで夜更かししたんですね。」

「っ……。」

 図星!

「朝食は食べてきたんですよね。」

「い…いやまだ…。」

 途端に声も小さくなる。

 もう!ほおっておくと、食事なんてそっちのけなんだから!

「じゃ、大佐はすぐに指令室へ行ってください。私は食堂へ行って、何か軽く用意してもらってきますから。」

「いや…その…。」

 大佐が心配しているのは、あの人だろう。

「リザさんがお待ちです。」

 だから、にっこり笑って言ってあげた。

「チ…チヒロ!」

「何ですか?」

「私に一人で指令室へ行けというのか!?」

「遅刻したのは大佐ですから。」

「そ、それは…そうだが…。怒っていたか?」

「先ほどはそうでも…。今は知りませんけど…。」

「一緒に来てくれ。」

「軽食の準備が遅くなっちゃいますよ。」

「良い。」

「………。しょうがないですねぇ。」

「よし、行こう。」

 それまでのトラブルを忘れたかのように、受付の二人を置いてすっと歩き出す大佐。

 まあ、大佐も。注意するのもこの辺が潮時だと思ったから引いてくれたんだろうけど。

 そして、こうして私の言うことを聞いて引いたように見せれば、私と他の人との関係が良くなるってこともきっと計算のうち。

 『ありがとう』

 お姉さんの口だけが動く。

 『いいえ』

 こちらも笑い返して、大佐の後に続いた。

 …なんか…あれね。さっきのあれが。

 『悪気がないのに人騒がせ』で『早とちりな上に思い込みが激しい』って奴なのね。

 どうか、係わり合いが少なくありますように。と祈りつつ。

 きりりと眦を吊り上げたリザさんに大佐を引き渡したのだった。

 『裏切り者』と大佐の恨めしそうな視線が私に向く。

 私のことを色々と気に掛けてくれるのには、とってもとっても感謝していますけど。

遅刻は遅刻ですから…。

 

 

 

 

 

 

20060405UP
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ハボや大佐は、自分が彼女になるのはしんどいけど、誰かのものになるのはいや…とか思われているのではないか…と。
今回で、メアリーさんはさらに嫌われそうだ…。
そのように作ったとはいえ、自分が生み出したキャラが嫌われるのは案外切ないものですな。
そして、チヒロは強くなりつつあります。
(06、04、10)

 

 

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