扉の向こうの青い空 51
今は、夜間位しか司令部へは行っていないから、その後どうなっているのか分からない。
何が?って、あの女の事だ。
人の話を聞かず、何をどう勘違いしたのか勝手に俺と付き合ってるつもりになっている受付の女。
噂になってないんだろうか?チヒロは何も聞いていないのかな?
誰も、何も、言って来ないんだよな。
告白してきた当の本人さえだ。
普通、付き合い出して(本当は付き合ってないが)すぐに全く会わなくなったらおかしいと思わないか?
何か言ってきたらちゃんと断ろうと思っているのに、全く姿を見せない。
そうかと言って、こっちから追いかけまわすのも変だろう?
そんなことをして返って変な噂が立っても困るし。(例えば、俺があの子を狙ってる。とか)
ブレダか誰かに伝言するってことも考えなくもなかったけど、相手は曲がりなりにも自分の気持ちを自分の口で伝えてくれたのだ。
結果として俺にとっては迷惑なことになっちまったが。
やはり断るなら断るで、自分の口から伝えるのが一応の礼儀と言うものだろう。
そうなると、ほとんど司令部にいない俺には彼女と接触する場などほとんど無く…。
やっぱり向こうが何か言ってくるのを待つという、思いっきり受身な状態。
仕事がタダでさえきついってのに、心の中で一人悶々と気を揉む日々が続いていたのだった。
そろそろ午後の休憩に入ろうかと思っていたとき、隊員の一人が声を上げた。
「チヒロさん!?」
…チヒロ?…幻聴…?
「隊長!チヒロさんですよ!」
…本物だった。
「…チヒロ?…どうした?」
「ジャンさん。差し入れです。あ〜、重かった。」
大荷物を抱えて現場までやってきたチヒロは、それを隊員に手渡すとほ〜おとしゃがみこんだ。
「大丈夫か?…にしても、何だこの大荷物は。…差し入れだって?」
「はい。ラスクとレモンのはちみつ漬けです。皆さんの分。足りると思うんですけど。」
「え…、俺らの分もあるんですか?」
聞きつけた隊員が嬉しそうに声を上げた。
「ようし!休憩にしよう!」
俺が声を上げると、皆作業の手を止め集まってくる。
「あ、チヒロさん。」
「えっ、これ。差し入れっスか?」
「あっ、うめえ。」
早速口にした隊員が嬉しそうに声をあげ、皆どっと差し入れに群がる。
チヒロは持ってきたものを配ったり、何人かいる女性隊員と笑い合ったりしている。
そのうち、持ってきたものが余ったのが分かると、現場の入口のところで警備をしている憲兵のところにまで持って行ったりした。
一通り配り終えると、煙草をふかす俺のところへ戻ってきて『味はどうですか?はちみつ、多すぎちゃったかな?』なんて聞いてくる。
『そんなことねえよ。美味いよ』なんて返しながら。
こんなにゆっくりと話しをするなんて久しぶりだと思った。
いつも、疲れて帰って飯を食って、その合間に少し話をするだけ。
朝はやっと起きて、半分寝ぼけたまま用意してもらった朝食を食うだけで。
現場に直行する俺は、チヒロとは別に家を出る。
ああ、昼間にチヒロの顔を見るのさえ久しぶりだ。
なんだか嬉しくなって、ほっとして。後ろからぎゅっとチヒロを抱きしめた。
周りの隊員からは『ヒュー』とからかうような声が掛けられる。
チヒロは『仕方ないなあ』と言う表情で笑っている。
「あ〜、癒されるなあ〜。」
半分冗談みたいな口調で、でも内心はかなり本気で言うと。
「隊長だけずるいっスよ。」
「俺らにもチヒロさんを貸してくださいー。」
「ダメに決まってるだろー。隊長の特権だ。」
「うわー、ずりー。」
わはは、と皆が笑い声を上げた。
ふと、空を見上げた。
このところずっと地面ばっかり見ていたような気がする。
みんなの笑い声が晴れ上がった空に吸い込まれていくのを感じて、久しぶりに自然に自分が笑っているのを感じた。
私はハボック少尉と付き合い始めたはずだった。
なのに、ふと気付けば告白したとき以来全く会っていない。
…おかしくない?
注意して司令部内を見てみると、朝も昼も夜も全く姿を見かけないのだ。
周りの先輩達に聞いてみると、呆れたように言われた。
「今頃何を言っているの?あなたが迷った時に居た現場があるでしょう。あそこで連日作業中よ?」
「そうだったんですか〜。」
「…本当に付き合ってるの?」
「はい。」
「彼女なのに、どうして知らないの?」
「何ででしょう〜?」
全くもう。呆れたように溜め息を付かれた。
だって全然会ってないんだから、仕方ないじゃない。
…でも…。作業中かあ。
彼女としては、差し入れの一つくらい持っていくべきよね。
明日は丁度休みだし。
いい事思いついちゃったわ。フフフと内心笑いが止まらない。
明日は早起きしてお弁当を作って持っていこう!
…と、意気込んでいたのに。
慣れない職場で疲れていたせいか、目が覚めたのは昼前で…。
今からじゃ、お弁当は間に合わないわ…。
で、考えた結果が『おやつ』。
まさか、お昼休みの後夕方まで休みなしなんてことは無いだろうから。その時に食べてもらおう。
唯一のお菓子のレパートリー、パウンドケーキを作る。(とにかく材料を混ぜて焼くだけだ)
あまり上手く膨らまなかったけど、いまさら作り直している時間は無い。おやつにも間に合わなくなっちゃう。
気合を入れておしゃれをして、ヒールの高い靴を履き。張り切って家を出た。
まだ、道順をよく覚えていないから街の人に聞きながらようやく現場の近くまでやってきた。
ふと、前方に大きな袋を提げよろよろと歩く女の人を発見。…重そうだわ。
華美な服装をしているわけでもないのに、なんだか目立つ人。…あ、あの人だ。チヒロとかいう人。
他国からの難民で、他国の技術などを軍に生かすということで東方司令部に出入りしているという。
この間は、大佐から庇ってくれた(らしい、先輩が言っていた)。
お礼を言うべきかしら?
声を掛けようと、足を早めかけてふと気付く。…この先って作業現場じゃないの…?
案の定、軍の車や交通整理をする憲兵の姿が見え始めた。
「チヒロさん!?」
彼女に気付いた隊員が声を上げて、彼女も差し入れに来たのだと分かった。
たくさんいる隊員みんなの分を抱えてきたチヒロさん。憲兵にまで声を掛けている。
それに引き換え、ハボック少尉のことしか考えていなくてその分しかもってこなかった私。なんだか物凄い差をつけられた気分。
何となく出るに出られないで物陰から見ていると。
少尉がチヒロさんに抱きついたっ!
驚いて言葉もなく見ていると、周りの人はいつものことだというように笑っている。
…何なの?
『ハボック少尉の妹みたいな存在よ』先輩はチヒロさんのことをそう教えてくれたけど。
声をかけづらい雰囲気だったけど、せっかく作ってきたのだし。私は彼女なんだし。
とにかくケーキを渡そうと、一歩前へ出たときに休憩時間が終わってしまった。
「あ、ジャンさん。」
「ん?」
「はい。お仕事。」
チヒロさんがにーっこり笑って、一つの紙袋を差し出した。
「うへえ!?」
少尉が変な声を上げる。
「隊長!ごしゅーしょーさまー。」
「頑張って下さいねー。」
「お前らっ、冷たいぞ!」
「えー。ちゃんと応援してますって。」
「そうそう、心の中でね〜。」
又しても笑いが起きて、皆笑顔で作業へと戻っていった。
「あー、車でやるか。」
「出来上がったら持って行きますね。」
そう言って、二人は私のいるすぐ傍の軍用車のほうへやってきた。
「お前も中で少し休め。重かったろ?」
少尉の優しい声。
「平気です。皆と話出来て楽しかったし。」
チヒロさんはそう答えたけど、促されて結局一緒に車の後部座席に乗り込んだ。
「はい。これとこれ。」
書類を示しているらしいチヒロさんの声。
どれ位あるのか、溜め息をつきつつ少尉が書類を確認する気配。
今は二人だけだし、こっそり渡すのは今かも。そう思ってさらに車に近付いた。
「チヒロ。」
「はい?」
「サンキューな。あいつら、良い気分転換になった。」
「ふふ。」
「作業が始まって随分たつし、そろそろ集中力が切れるとこだったし。怪我や事故が起きなきゃいいなと思ってたんだ。」
「多分。ジャンさん見ててそんな感じだったから来てみたの。」
「俺?」
「そうですよ。皆もそうだけどジャンさんだってここに付きっ切りなんですからね。」
結局、もう1歩が出ないまま、ボーっとこの場で立ち聞き状態となった。
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メアリーの空回り度UP。
そして、又出たハボのセクハラ(?)。
(06、04、24)