扉の向こうの青い空 47
ふと目が覚めて。窓から差し込む爽やかで眩しい朝の光に目を細めた。
身体を起そうとして違和感に気付く。
私っ!何も着てないし!
…って、ジャンさん!?
隣には大きな体。やっぱり何も着てなくて。
…本当、だったんだ…。
なんだか夢みたいで、現実味がなかったけど…。
間近にあるジャンさんの寝顔。改めて、まじまじと見つめる。
本当のところを言うと、自信は全くない。
でも、良く分からないけど多分。とっても大切にしてもらったと思うし。昨夜は二人ともちょっと普通じゃなかったし。
ずっと好きだったから…。
振り向いてなんてくれるはずがないと思ってたのに、振り向いてもらえた。例えばそれがいつまでも続かなかったとしても、やっぱり嬉しいし。
…それに…。
まぶしい朝日をもう一度仰いで、クスリと笑う。
あれだけどん底だった気分が浮上している。今日も頑張れる。ちゃんと笑える。
うん。大丈夫だよね。
……あ、そうだ。
今、何時だろう?
今朝はやることがあったんだった。
何となく身体はだるいけど、よいしょと起きる。
ジャンさんを起さないように、そっとベッドを抜け出してシャワーを浴びる。
鏡に映った自分の姿。ところどころに紅い跡がついていて…。これが噂に聞くキスマークと言うものなの!? うわあ、は…恥ずかしい。
部屋着に着替えてエプロンを着け、キッチンへ。
昨日買い物が出来なかったから、大した物は出来ないけれど。ありあわせの材料をありったけ使って急ぎ目に作業を進めていく。…と。
「チヒロ?早いな。」
ジャンさんが起きてきた。
着てるのはGパンだけで、シャツは肩に掛けている。
あの〜、目の毒です〜。
「あ…お…おはようございます。」
「はよ。……何してんだ?」
「エドにお弁当を…。列車の中で食べてもらおうと思って…。」
ドキドキしながら答える。やー、恥ずかしくってまともに顔を見れないよ。
「足りるか?ウチからも材料持ってくるか?」
「あ…りがとうございます。えっと、ハム…有りますか?」
「どうだったかなあ。見てくる。ついでにシャワーも浴びてくる。」
「はい。」
玄関のドアがガチャリと鳴って、ジャンさんが出て行……きかけて、戻ってきた。
「? 忘れ物ですか?」
こちらへずんずんと歩いてくる。
そしてくいっと顎をもちあげられて、チュッと触れるだけのキス。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
「おはようのキス、忘れるところだった。」
ニヤと笑って、今度こそ本当に出て行った。
何?何?何?何なの〜!!
今手に持っていたのが、バターナイフで良かったっ!!もし包丁だったりしたら、きっとありえないとこ切った気がする!!
心臓はバクバク言ってるし、顔が熱い。
絶対に真っ赤になってる。
な…なんか、もうー。恋人みたいなんですけどー。
はっと気付き、止まりかけていた手を慌てて動かす。
ジャンさんの出勤に間に合うように作らなくっちゃ。
エドたちは昼前の列車に乗るって言っていた。
だからお弁当はそれまでに間に合えばいいのだけれど、せっかく車で帰ってきてるし。昨日の今日だから司令部に顔出さなきゃ皆心配してるだろうし。
ジャンさんの出勤と一緒に、私も司令部へ行ってしまおう。
あ、そうだ。入れ物どうしよう。
バスケットはあるけど、荷物にならないように捨てられる物の方が良いよね。
戸棚の中をあちこち探る。何とか紙製の組み立て式のお弁当箱を見つけて引っ張り出した。後はデリバリーやお惣菜を買ったときの入れ物も。
…私、よく取っておいたなあ。
そんなものをもう一度洗いなおしているうちに、ジャンさんが戻ってきた。
ハムの他にもいくつか材料を持って来てくれている。
ジャンさんも手伝ってくれて、二人で並んでキッチンに立つ。
私なんかよりよっぽど料理が上手いジャンさん。てきぱきと作り上げていくうちにポツリともらした。
「何…やってんだ、俺?」
「?」
「チヒロが他の男に弁当作ってんの手伝ってる俺……って……。」
「…え?…他の男……って、エドとアームストロング少佐ですよ?」
「チヒロの中で、あの二人が『男』にカウントされてないっつーのは分かったけど…面白くない。」
「?…朝食の分も入ってますよ?」
ジャンさんの…。と言うと。はあ、と小さく溜め息をついて私を見る。
「どっちがついで?」
「え…ついでとかではなく…一石二鳥を狙ったんですけど…。横着しすぎですか?朝食は朝食。お弁当はお弁当って作るべきでした?」
「やーあー。そうじゃなくてなあ。…つまり…。」
なんか口の中でもごもご言っている。
もれ聞こえてくる声によると、…エドワードと俺のどっちがついで……とか何とか…。
「その。なあ。」
「はい?」
「つまり、俺は。」
「はい。」
「俺を一番に優先して欲しいって言ってるんだけど。」
「え?…して、ませんでしたか?」
『一番お世話になってるから』口ではそう言いながら、ジャンさんだけは他の皆とは別格の特別扱いだったよね。
好きって気持ちに気付いてからはちょっと自分でもわざとらしいかな、なんて思ってたんだけど…。
案外、さり気なく出来てた?やった!良かった。
「ゔー。じゃあ、今度弁当作って。」
「は?…でも、いっつも司令部の食堂で食べてるじゃないですか?」
「や、そうだけど。」
「作るのはかまわないですけど。食堂の方が作りたてでホカホカだし、栄養のバランスも良いし、パンとか好きなだけおかわりできるし、あっちのほうが良いと思いますよ?」
「…いや、…そうでなく……。」
「?」
「あ゙〜もういい。 今度機会があったら弁当作って。」
「はい。良いですよ。好きなもの、いっぱい入れて作りますね。」
頷いて笑うと、ジャンさんは再び口の中でなにやらブツブツ言いながら顔を逸らす。…可愛い…とか何とか?何故かほっぺたが赤くなってるんですけど…?
ああ!!時間が!!
慌ててお弁当の分は箱につめ、朝食分はテーブルに並べる。
いつもの朝食より少し豪華なメニュー。
テーブルに二人で向かい合って座る。
「「いただきまーす。」」
ハモった声に目を合わせてクスッと笑いながら、出来立てのサンドイッチに手を伸ばした。
「なあ、なんで急に弁当なんて思いついたんだ?」
司令部へ向かう車の中。
助手席で、優に4人分はある大量の弁当(あの二人なら、ペロリと平らげるだろうが)が入っている紙袋を大事そうに抱えるチヒロに聞いた。
「食べるって生きて行く上で、とっても大切なことじゃないですか?」
「ああ…そうだな。」
「私は、おいしいものを食べると元気が出るんです。昨日は私もジャンさんもエドも…ちょっと元気が足りなかったから、いつもよりたくさんおいしいものを食べたら元気が出るかなって…。」
…まあ、私が作ったものより、ジャンさんが作ったものの方がおいしいですけどーお。と複雑そうに笑う。
そんなことねーよ。とか、しばらく話して…。
「…私、エドって凄いって思ってました。」
「うん?」
「まだ15歳なのに、ちゃんと目的を持ってて、そのために努力して。錬金術も凄くて、しっかりしてて、ちゃんとアルのお兄さんで。…凄いなあって。」
「それは…俺も、思うけど…。」
「昨日。…ジャンさんや大佐たちが来てくれる少し前。
あの、スカーって人の目的が自分…エドなら。アルや私に手を出さないと約束するなら…好きにしろ…って。」
「エドワードが?」
「うん。実際には『好きにしろ』とは言わなかったけど。そんなニュアンスの会話をしてて…。…それって、死んじゃっても良かったって事だったのかしら…。」
「………。」
「エドは凄いけど、でもやっぱり15歳で。持ちきれないものがいっぱいあると、それをどうしていいか分からなくなっちゃう時もあって…。」
「…うん。」
「…私、エドのどこを見てたのかなあ。」
「けど、アルフォンスと二人で生き残れたことを喜んでもいたよな。」
「…うん。」
「チヒロの弁当を腹いっぱい食って。で、オートメイルが直って体が元通りに動くようになったら。又、元気になるさ。」
「うん。…そうなるといいな。だって、私にはこれくらいしか出来ないし。」
弁当を見つめて言う。
「大丈夫。気持ちはちゃんと伝わるよ。」
「…そう、だといいな。だって、アルにはさらに何にもして上げられないのよ。」
「エドワードが元気なのがアルフォンスには一番だろう。」
「そっか。」
そう言って、チヒロはやっとにこりと笑った。
20060312UP
NEXT
チヒロにハボと恋人になったという自覚無し…!?
かと言って、ハボがいい加減な気持ちで手を出したとも思っていないのだ。
…チヒロ、あんたってどこまでややこしいんだ。
チヒロにとって、誰かと比べられて自分が選ばれないのは当たり前のこと。
だから、今ハボはこっちを振り向いてくれているけれど、それもいつまで続くか分からないわ。位に思っているようですが…。
恋愛をしていれば何かと欲が出てきますしね。いつまでもそんな考えではいられなくなるでしょう。
(06、03、27)