扉の向こうの青い空 55
散らばった書類を二人で拾い集め、チヒロも少し持ってくれて指令室へと戻る。
「なあ。」
「はい?」
「受付の子の事。いつから知ってた?」
「え…と、次の日の朝。」
「へ?んな早くから?」
「ブレダ少尉が現場を見かけたらしくて…。」
「あいつ。」
ふふと笑うチヒロは、そのことについては何も思っていないようで…。
ヒューズ中佐…じゃなく准将が亡くなった時の落ち込みようといったら無かったけど。移動の話が出て、大忙しになると多少気が紛れたようで。このところ笑顔も戻ってきててほっとする。
「…にしても、見事な手形ですね。手相まで見れそうです。」
「…『テソウ』?」
「はい。こっちには無いんですか?手のひらの皺で占いをするんです。」
「へー。」
指令室に着き、書類を所定のダンボール箱に詰める。
「何だ、ハボ。その顔。」
ブレダに聞かれ渋々事情を説明すると、大爆笑となる。
…ったく!ファルマンにフュリーまで、笑うな!
「……そういや『テソウ』って…。」
自分の手のひらをマジマジと見つめる。
「『テソウ』?」
首を傾げたブレダに。
「『手相』。手筋に現れる相。手筋で吉凶・運命などを占うこと。」
と、ファルマンの解説が入る。へー、知ってんだ。
「私も詳しくは分かりませんし、色々と流派もあるみたいなんですけど。
…私が聞いたのは男の人は左手で見て、女の人は右手で見るんですって。」
それぞれが自分の左手を見る。
「で?なんだって?」
「だから、詳しくは分からないんです。ただこの親指と人差し指の間から手首の方へ伸びるシワを『生命線』といって、これが長いと長生きするらしいですよ。」
「ふーむ。」
「この線かな?」
「おっ、俺こっちまで伸びてる。」
「わー。ブレダ少尉、長いですね。きっと長生きしますよ。」
「えーと、僕は……。」
「ああ、フュリー曹長、大体このくらいが普通みたいですよ。ファルマン准尉も。」
「そうですか。」
「ジャンさんは?」
「んーと、これかなあ?手首の方までって?」
「…あ…。なんか短い……かも……。」
「お。ハボは早死にか?」
「え゙? こっちにあるのは違うのか?」
「だってここで明らかに切れてるだろ。」
ブレダが得意そうにいう。
ま、占いなんて大して信じていないし。当たるか当たらないかも分からないけど。良くない結果が出れば、あまり良い気分じゃないのは確かだ。
「うーんと。…ちょっと、待っててくださいね。」
「「「?」」」
チヒロはしばらく俺の手をじっと眺めていたけど、そう言うと自分の机の引き出しを開けた。
まだ少し中身の残っている引き出しの中から『ボールペン』を出してきた。
「…何?」
なんとなーくいやな予感がしつつチヒロを見ていると、おもむろに俺の途切れた『生命線』の先を書き足し始めた。
「いってててっ。」
とっさに引っ込めようとした手を、ブレダとファルマンに押さえつけられる。
「うわ、止めろって。いててて、チヒロっ。」
ただ書き足してるだけじゃなく、ボールペンの先の尖ったところでギリギリやられる。
「……こんなもんですかね?」
しばらくして、満足したのかチヒロが顔を上げた。
見ると、『ボールペン』のインクの黒と皮膚が赤くなった色とが混じって赤黒いとっても嫌な色の線が書き込まれていた。
「………。…痛てえよ。」
なんだか怒る気力も無い。
「……もうちょっと、長いほうがいいかな?」
「いやっ、これで良い!」
その調子で手首までやられたら、きっと血管がぶち切れる!そうなったら、寿命を待つまでも無くあの世へ行ってしまうかも。
俺の情けない顔がおかしかったのか、ブレダたちは大笑いだ。
それとは又別に、妙に満足そうにチヒロも笑っている。
ハア、と内心溜め息を付いた。
叩かれた頬はジンジンするし、手はズキズキするし。
俺は、今日。厄日なのに違いない。
翌日。俺たちは大量の荷物と一緒に列車へと乗り込んだ。
家の荷物は昨日のうちに送ってある。
先に向こうへ行っているマスタング大佐やホークアイ中尉。それに、アームストロング少佐が上手く処理してくれているだろう。
「…チヒロ。…家、良かったのか?」
「はい。もう、大丈夫ですよ。」
にっこりと笑う。
実は、セントラルでは2軒続きの部屋は借りられなかったらしいのだ。
だから、俺達の部屋は1ブロック先に離れてしまった。アパートの前の交差点を斜めに渡ればいいだけなのだが、今までよりは離れているのでなんだか心配だし淋しい気がする。
フュリーは寮だが、ブレダもファルマンも今回はアパートに住む。
ホークアイ中尉は近場でまとめて探してくれたらしく、他のメンバーもせいぜい2ブロック位しか離れていないから。まあ、何かあって俺が家にいないときでも誰かに助けは求められるだろうが。
「何だ?その手形は。」
「マスタング大佐。セントラルに来て第一声がそれっスか?」
中央司令部の与えられた部屋に荷物を運び込んでいると、先に来ていた大佐がそう言う。
「チヒロや他の皆は?」
「チヒロは中尉と給湯室っス。他の皆はそれぞれ荷物を持ってくると思いますが。」
「そうか。………で?」
「はあ。『私と仕事とどっちが大事なのよ』…と。」
「ふー、情けない!」
と、アームストロング少佐。
「まったく!男なら仕事と恋人、両方をとって見せんか!」
……あんたね。
手形の理由を聞かれたからそれを言っただけなのに、勝手にそれは『恋人』がやったんだと勘違いをしてくれているらしい。まあ、恋人が出来たと言ったのは俺だけど。
かといって、叩いたのは恋人じゃありませんなんて言おうものなら。じゃあ恋人は誰なんだ…となりそうで。
情けないけど、俺にはまだ堂々とこの人に伝えて認めてもらえるだけの自信は無くて。
色々と考えて、チヒロが研修期間を終えて。きちんと身の振り方を決めるまで、このままにしておこうと思った。それまでに、俺ももう少し自分に自信を持ち、大佐にきちんとチヒロとのことを言えるようになろう。…そう決心した。
「ん?ハボック少尉。何だ?その手は?」
「ああ、チヒロに書かれたんですけどね。痛てーわ消えねーわで…。」
「ふむ?」
「何でも、『手相』ってのがあるそうで。」
「失礼しまーす。お茶持って来ましたよ。……ブレダ少尉たちはまだですか?」
トレーにお茶を載せて、チヒロが部屋に入ってきた。
「チヒロ。どうだね?中央司令部は。」
「広くて迷子になりそうです。」
と苦笑するチヒロ。
「チヒロ。大佐の手相も見てやれよ。」
「え?ああ、手相ですね。いいですよ。」
「何だ?」
「手の皺で占いをするんです。私もそう詳しいわけじゃないんですけど…。」
と、大佐と少佐に左手を見るように促す。
「ふむ。これですかな?」
「ああ、太くて立派な生命線ですね。」
「…どれだ?」
「これッスよ。………あれ?ここ、途切れてるんじゃ…?」
「何?」
「え?……あ、本当だ。」
「………チヒロ。」
「はい♪」
素早く大佐の手を押さえつけた。
「な、何をっ。…っつ!チヒロ!?」
「ほほう。」
少佐も一緒に押さえにかかる。
「いったたたた、こっこら、チヒロ。」
「んー、もう少しかな?えい。」
「痛っ!」
俺と同じようにギリギリとやられる。
「んー、この位かしら?」
「ああ、いい感じだ。」
「程よく伸びたようですな。」
「これで大丈夫ですよ。大佐。」
その根拠はどこにあるのか?大佐の手にも赤黒い嫌な色の線を書き込み、チヒロはにっこりと満足そうに笑った。
「チヒロさん。」
「あ、リザさん。」
「更衣室のロッカーを一つくれるらしいから、案内するわ。」
「はーい。」
「……二人とも。遊んでないで、仕事して下さいね。」
「うっす。」
「あ、ああ。」
女性2人は部屋を出て行った。
「……何なのだ?これは?」
「その線。短いと早死にするらしいっスよ。」
ふうと溜め息を一つついて、大佐は自分の手を眺めた。
思い描いているのは、あまりにも早く逝ってしまった親友の姿だろうか?
しかし、一瞬後に顔を上げた時。その目は悪戯に煌いていて…。
………。
少佐の妹と見合いすることになったし!!!や、何で!!!?
押さえつけた仕返しかっ!!?
…てか、今日も厄日か!!?
20060514UP
NEXT
とうとうセントラルへやってきました。
そしてハボ受難。サブタイトルは『手相』じゃなくて『受難』の方が良かったかな?
けど、ハボの受難はこれだけじゃないしね…。(わお)
さて、原作でもバタバタする時期に突入です。
(06、05、16)