扉の向こうの青い空 56

「は?お見合い?ジャンさんがですか?」

「そうだよ。」

 ふっふっふっとご満悦な様子で笑う大佐。

 何と言うこと?お見合いか、その手があったか。考えもしなかったわ。

「…それで、お相手はどういう方なんですか?」

「ふっふっふっ。なんとあのアームストロング少佐の妹さんなのだよ。」

「………。は?」

 その楽しそうな様子に、やっと。『ああ、大佐はジャンさんで遊んだのね。』と分かる。

「何でも、少佐に良く似たかわいらしいお嬢さんなのだそうだよ?」

「はあ。」

 何か、頭の中にモヤモヤと凄い想像が広がりそうで、慌てて打ち消した。

「…それで…?」

「ああ、それでね。」

 と一旦言葉を切って、大佐は溜め息をついた。

「ちょっと、様子を見に行ってやってはくれないか?」

「は?様子…ですか?」

「そう。ちょっとショックを受けてしまってね。」

「はあ…。」

「その妹さんにね。『お兄様のような人が好きなので、お断りします』と断られたらしい。」

「『お兄様』って言うと…少佐…ですか?」

「そうなるな。」

 人の好みは色々だ。

「まったく!無理やり見合いさせたことを怒っているのか、少佐と比べられて負けたことがショックなのかは分からんが。以来、休んでるんだ。」

「両方なんじゃないですか?……って、じゃあ。この数日ジャンさんが居なかったのって、ローテーションだったんじゃないんですか?」

 私は元々きちんと出勤する必要がないので、こちらへついた次の日から3日間お休みを貰った。

 部屋の片付けも済んだし、必要なものを買い足す時間もあった。

 その休みを終えてでてきたら、ジャンさんが休みだったので。てっきり同じようにまとまって休みを貰ったものだと思っていたのに。

「この忙しい中そうそう休まれたら困るんだ。中尉にも怒られたし。」

「リザさんに?」

「部下をおもちゃにするな、そんなに見てみたいのなら自分が見合いをして下さい!と。」

「はあ。」

「という訳で。今夜、チヒロは私と夕食だからね。」

「え?私はジャンさんの様子を見に行くんじゃないんですか?」

「それは明日でいい。」

 大佐の机の上にはいつもより大量の書類が積みあがっていた。

 ああ、きっとジャンさんの分もリザさんに押し付けられたんだわ。

 それで、張り合いがないとどうにもやる気が出ないから私と夕食って。…てことは、ここで断ってもきっと後からリザさんに頼まれるようになるだろう。

 ジャンさんのところへ行くのは、やっぱり明日かな。

「分かりました。おいしいお店を教えてくださいね。」

 そう言うと、勿論だとも。と笑った大佐は、猛然と書類を処理し始めた。

 

 

「ジャンさーん。」

 少し押さえた声が聞こえる。幻聴か?

「ジャンさーん。元気ですかー?生きてますかー?」

 徐々に声が大きくなった。

「うわあ、荷物そのまんま…。ジャンさーん。」

 ガチャリと寝室のドアが開く。

「…生きてます?」

 そっと、チヒロが顔を覗かせた。

「……チヒロ。」

「ジャンさん?具合悪いんですか?」

 ベッドの上に転がってる俺を見て、慌てて駆け寄ってくる。

「……不貞寝。」

 ボソリと言うと、なんともいえない表情になる。

 そして、そっと俺の顔に手を伸ばしてきた。

「ジャンさんの無精ひげなんて始めて見たかも。」

 そう言ってさわさわと俺の顔を触る。

「ちゃんと、食べてました?」

「んー。」

 ぐぐぐっと腹がなる。

「食料品買ってきたので、何か作りますね。その間にシャワー浴びてきたらどうですか?」

「………臭いか?」

「あ…はは、少し?」

「ゔー。」

「…お見合いしたんですってね。」

「……ああ、半分は怖いもの見たさで。」

「………はあ。」

「やっぱ、ちゃんと断っとけば良かった。」

「少佐のお宅って凄いんですって?」

「ああ。でっけえしな。通された部屋も凄いし。すんげえ長ーいテーブルで、向こうの端ーの方に親父さんが座ってんの。」

「へー。」

「いかにも少佐の父ちゃんって感じ。」

「へ、へえ。」

「で、後からお袋さんも来て。上品な感じなんだけど、でっけえ人でやっぱり少佐のおふくろさんって感じで…。」

「………。」

「どんな妹かと思ったらすんげえ可愛いんだよ。ちっちゃくって。」

「へー。」

「絶対突然変異だと思ったね、俺は。」

「ふふ。」

「ところがさ、趣味がピアノ…って。」

「良いじゃないですか。」

「いいもんか。ピアノ片手で持ち上げるんだぜ!」

「は?」

「グランドピアノをひょいって。」

「〜〜〜〜〜っ。」

「俺だって持ち上がんねーよ。」

「や。普通は持ち上がりませんから。(凄い、さすがマンガだわ)」

「しかもさ、あの少佐が好みのタイプなんだってさ。人の好みなんてそれぞれなのは分かってるけどよー。だったら人に薦めんなよ。」

 困ったようにチヒロが首を傾げる。

「結局ジャンさんは、何に一番ショックを受けてるんですか?」

「あー、分かんね。…チヒロがなかなか来てくんないのも、あったかも。」

「えー?」

 ベッドに腰掛けているチヒロの腰の辺りに腕を回して、抱きつく。

「私、ジャンさんもローテーションのお休みなんだと思ってたんですよ。誰もお見合いの話を教えてくれなかったし。昨日になって様子を見に行ってやってくれって言われて…。」

「大佐に?」

「そうですよ。ジャンさんの分の仕事。全部回されて、さすがに困ってるようでしたよ。」

「少しは困ればいいんだ。」

「ふふ。リザさんにも怒られてたので、許してあげてくださいね。」

「うー。」

「明日まで休んで言いそうですから。」

「明日?俺、何日休んでた?」

「今日で6日ですって。」

「あー。皆に迷惑掛けちまったかな。」

「心配も、ですよ。」

「……なあ。」

「はい?」

「怒ってるか?」

「?どうしてですか?」

「見合いしたから。」

「大佐に無理やり決められちゃったんでしょ?」

「まあ、そうだけど…。」

 一瞬その気にもなっちまったんだけど…。

 『出世街道まっしぐら』と言う大佐のことばに少なからず心が動いたし。

 でも、良く考えてみれば。少佐の妹と結婚したら出世は出来てチヒロのことを守れるようにはなるかも知れないが、チヒロとは一緒にいられなくなるわけで…。

 到底両立しないものだったんだよな。断られて良かったのかも。

「別に、怒ってませんけど?」

「何で?」

「何で…って…。」

「お前、怒る権利あるだろう。」

「?どうしてですか?」

「だって、お前。俺の彼女だろ。」

「?え?」

 きょとんとした顔が徐々に赤くなっていく。

「えええええっ!?」

 そして、真っ赤になっておろおろと視線が彷徨う。赤くなった頬を両手で押さえて。

「や…やだ、ジャンさん!何、言って…!?」

 挙動不審だぞ、お前。

「じゃ、今までなんだと思ってたんだよ。」

「え?えーと。…や、…何でしょう…?」

 何となくあっさり感が強いなあと思っていたら。

「俺はなあ。セントラルへ来たのを期に一緒に暮らしてもいいかなとも思ってたくらいなんだよ。」

 たった一ブロックとはいえ、今までよりも離れてしまったのに全然平気な顔のチヒロ。少しだけ意地になって見合いをしてみたのもあるかも…。

「ああ、でも。そう聞くと何となく腹が立ってきたような気がします。」

「う。」

「ふふ、冗談です。」

 穏やかないつもの表情に戻る。

「とにかく、ジャンさんはシャワー!」

「はい。」

 今はちょっぴり立場の弱い俺は、頷いてまだ使い慣れないシャワールームへと向かった。

 その後、手早くチヒロが作ってくれた食事を取って。

 さっぱりして腹も一杯になってそれこそもう一度ベッドへともどって眠ってしまいたいくらいだったが、ずっとほったらかしになっていた部屋の整理に取り掛かった。

 元々の俺の部屋を知っているチヒロは、俺がそう並べようと思っていたように物を並べて行ってくれる。

「明日には終わりそうですね。時間が出来たら近所も回ってみましょう?」

「ああ、そうだな。」

 こうして、俺のセントラルでの生活は皆より1週間送れて始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

20060521UP
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お見合い。
セントラルに来たばかりで、まだ気持ち的にバタバタしているチヒロは気付いてませんが。
イーストシティに居た頃よりも、少し離れてしまった距離に(物理的距離、ね)ハボは相当不安がっている様子。
だって、イーストシティに居た頃にはお互いの予定なんて完全に把握していたんですから。
ハボが仕事を休んだのに、その理由をチヒロが知らないなんて事。なかったんですから。
(06、05、22)

 

 

 

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