扉の向こうの青い空 57

『可愛いんだよ。ちっちゃくって。』

 お見合いのお相手をそう評したジャンさん。

 もしかしたら少し位その気になったのかも。…でも、仕方ないと思う。

 少佐の家はとっても有名で、お金持ちな名家で。お近付きになっておいて損はないのだそうで…。これは大佐が自己弁護のために力説していたこと。

 田舎出身のジャンさんにも悪いばかりの話じゃないはずだと言っていた。

 今回は話が駄目になったけど、いつ又そんな話が出るかは分からないし。街で素敵な女性に出会わないとも限らない。

 地に足が付いている感じのイーストシティに比べると、やっぱりセントラルは華やかで、華美におしゃれをしている女の人が多いように思う。

『お前セントラルでも、目立つな。』

 一緒に買い物に出たときに、ジャンさんは何でもない事のようにそう言ってたけど…。

 私はたまたま違う世界から来た人間が私しか居ないから、皆と少し違うだけで。私自身が磨いたセンスじゃない。

 それに私はこの世界に来て、まだ何も出来ていない。

 『ビニールハウス』だって、結局あの大きな農園だけで使われるみたいだし。『ボールペン』は何本か持ってきたもののうちの1本を提供しただけ。(そろそろ実用化されるらしい)

 今は、『エレベータ』や『エスカレータ』などの研究がされているようだけど、これらだって向こうにこういうものがありますと紹介しただけで、それ以上の知識は私には無い。

 しかも、電力供給を安定させる事の方が先決らしくて。もはや私には『何の話ですか?』って感じなのだ。

 多少は知っておいたほうが良いといわれて、一通り銃の使い方と護身術を教えてもらった。

 教えてくれたジャンさん曰く『まあまあだな』。

 そう、私はいつだって、そんな感じ。

 すっごく悪くはないけれど、決して良くもない。勉強もスポーツもいつも真ん中辺り。

 そんな私が、いつまでも好きな人を引き止めておけるとも思えないし。引き止めるためにどんな努力をしたらいいのかも分からない。

 自分を磨く?どうやって?

 おしゃれを頑張ってみる?

 勉強を頑張る?

 忙しい皆のお手伝い?

 ジャンさんの身の回りのお世話?

 ………それって……私自身を磨くことになっているのかな?

 頑張ってるんだけど…。

 毎日私なりに頑張ってるつもりなんだけど…。

 『これで大丈夫』なんて自身は私にはこれっぽっちもないのだった。

 

 

 セントラルに来て、落ち着いた頃。

 グレイシアさんにヒューズさんのお墓に連れてきてもらった。

 今日はエリシアちゃんは近所の方に見てもらっている。まだ、お墓に来ると興奮してしまうのだそうだ。

 ここも軍の施設の一部なのだそうだけど、広くて緑が多くて気持ちの良い場所だった。

 『お墓』だって考えなければ…。

 あまりに開けていて、日本のお墓とは少し感じが違ったせいか、涙は出なかったけど。

 ああ、もうヒューズさんには会えないんだなって思った。あれは、悪い冗談だったんじゃなかったんだな……って。

「大丈夫ですか?」

 むしろ心配なのはこの人の方。

「……ええ。」

「…すみません。」

「え?」

「大丈夫な訳、ないですよね。」

「チヒロちゃん。」

「私だったらって…。」

 そう、他人事じゃないのだ。

 もしかしたら、明日。ううん、下手したら今この瞬間にも。私の大切な人の身に危険が迫っているのかも知れない。

 大佐やリザさん。司令部の皆。

 そして、私を『彼女』だと言ってくれたジャンさん。

 彼らの身に、もしものことが起こったとき。平静でいられる自信なんてまったくない。

「ハボック少尉と。何かあった?」

 相変わらず、鋭い勘を働かせてグレイシアさんが小さく笑った。

「何かって…その。」

「ふふ。おめでとう。」

「〜〜〜〜〜〜っ。グレイシアさん?」

「見れば分かるのよ。チヒロちゃん、綺麗になったもの。」

「冗談ばっかり。」

「本当よ。」

「………。ジャンさん。この間、お見合いしたんです。」

「あら。」

「大佐に無理やりセッティングされたらしいんですけど。」

「え?じゃあ、ロイ君は知らないの?」

「………って言うか、誰も。」

「……ちょっと…、…いいの?それで?」

「確かに、何か曖昧かなあって思うときはあります。私のこと『彼女』だって言ってくれたのもついこの間だし。…ただ…。」

「ただ?」

「ほっとしてる自分も居るんです。このままなら、もしも駄目になってしまった時も誰にも知られなくて済むって。」

「…駄目になるの前提で付き合ってるの?」

「え?そんな訳…。」

「でも、今の言葉はそう聞こえたわ。」

「………。予防線…張ってるのかなあ?」

「別れても傷つかないように?」

「はい。」

「それは無理よ。」

「え?」

「どんな形であれ、好きな人と別れればとっても傷つくのよ。」

「…グレイシアさん。」

「たくさん傷ついて、たくさん後悔して、たくさん恨んで。そして、たくさんたくさん泣いて。…そして、やっと人は先に進めるのよ。」

 私はそう思うわ。と優しく笑うグレイシアさん。

 ああ、あの日から今日までどんな思いで過ごしてきたんだろう。

「…自信が…ないんです。」

「チヒロちゃん…。」

「シリルさんみたいに美人じゃないし、リザさんみたいに有能じゃないし。グレイシアさんみたいに素敵じゃないし。」

「あら、ありがとう。…けどね、…多分自信のある人なんていないわよ。」

「そうでしょうか?」

「どんな美人だって、自分の好きな人が他の女の人と仲良さげにしてればヤキモチを焼くと思うのよ。」

 確かにシリルさんはアーサーさん目当てのお客さんが来ると、途端に不機嫌になった。傍から見てればアーサーさんが余所見なんかするはずがないってすぐに分かるのに。

「私だってね。」

「え?」

「主人はああいう人だったでしょ? 気さくって言うか、気安いって言うか。」

「はい。」

「そうやって気軽に言葉を交わす誰かと…なんてことを考えなかった訳じゃないわ。」

「えええ!?」

「ふふ、おかしい?」

「だってだって、ヒューズさん。いっつもグレイシアさんやエリシアちゃんの自慢ばっかりしていたんですよ!ご存知なかったんですか?」

「知ってたわ。けど、そんなのカモフラージュかもって思った…り、もしたわ。」

「………。」

「疑い出すと、キリがないのよね。あるとき、疲れてしまったの。丁度エリシアが生まれてすぐの頃で、育児疲れとかも重なったんだと思うけど。」

「………。」

「離婚しましょうって言ったわ。」

「へ!?」

「そうしたら、マースったら。………ふふふふ。今でも笑えるわ。銅像みたいに動かなくなって…。」

「はあ。」

「1分…2分…5分位たったかしら…。呼吸まで止まってたらしくて、泡吹いてひっくり返っちゃって…。」

「ふふ。」

「びっくりして、救急車を呼ぼうとしたら。今度はむくっと起き上がって。『どうしたんだ!何があったんだ!俺の何が不満なんだ!』って喚き始めて。

 しばらくして二人共やっと落ち着いてから、色々と話をしたわ。私が不満に思っていたことも全部、ぶちまけた。」

「はい。」

「そうしたらね。あの人言ったの。『俺が人に優しく出来るのは、君が居るからだよ。』って。『家に帰れば、君の笑顔があって。大切な娘と家庭を守ってくれてると思ったら。幸せで幸せで。つい誰に対しても笑ってしまうし、優しい言葉も掛けてしまうんだ。』って。」

「幸せだから…。」

「皮肉よね。私が、いるから。私がヤキモチ妬くようなことしてたなんて。」

「そんな。」

「かといって。無愛想で不親切な人だったら好きにはならなかったと思うし。…難しいわね。」

「はあ…。」

「でもね、その時思ったの。私は私に自信が無いから、ヤキモチを妬いたけど。それって、結局彼自身の誠意とか、人間性まで疑ってたってことだったのよね。」

「………。」

「例えば本当に他に好きな人が出来たとしたって、あの人なら私に隠さずきちんと話してくれる。もしも別れることになっても、私のこともエリシアの将来の事もキチンと考えてくれる。…そう、思わない?」

「グレイシアさん…。」

「チヒロちゃんはチヒロちゃん自身を信用してないのかも知れないわ。でも、だからって1歩引いてしまうことは。ハボック少尉の事も信用してないってことなのよ?」

「そう…なんでしょうか?」

「ハボック少尉はチヒロちゃんが好きなんでしょ?彼が好きなのは、美人さんでも有能な人でも私でもない。チヒロちゃんでしょ?」

「そう、思えたらいいんですけど…。私のどこがいいのかさっぱり分からないんです。」

 途方に暮れたように私が言うと、グレイシアさんはおかしそうに笑った。

「そういうところじゃない?」

「……は…あ。」

「…そういえば、約束してたわね。お料理のレシピとか教えてあげるわ。こんなことで少しでもチヒロちゃんが自分に自信が持てるようになるのなら、協力は惜しまないから。」

「ありがとうございます!」

 本当は大佐にも頼まれていた。なるべくグレイシアさんを一人にしないでやって欲しいって。

 大佐もこの頃は、中央司令部の資料室に篭って調べ物をしていて私の勉強の相手をしてくれる時間が取れなくなりつつあった。

 ジャンさんは休んでた分仕事が溜まってるとかで、毎日ばたばたしているし。

「じゃ、今日早速お邪魔してもいいですか?」

「勿論よ。元々そのつもりだったわ。アップルパイ、用意してあるの。」

「わー、それも教えてください。」

 ヒューズさんにもう一度お別れをして、私たちはグレイシアさんのお宅へと並んで歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

20060608UP
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不思議と一気に書けたお話でした。
主婦の心理は任せておけって感じでしょうか?
補足を一つ。
チヒロは時々グレイシアと電話で話をしていて、シリルの事とかも話しています。
なので、グレイシアはシリルの事を名前とどんな人なのか位は知っています。
本当は本文の中で説明しようかとも思ったのですが、何か会話のテンポがダラリとしてしまいそうだったので割愛しました。
ので、ここで補足を。
(06、06、13)

 

 

 

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