Angel's Wing 2

東方司令部。

 何時ものように、ずかずかと中へ入る。

「よう、大将。」

「ハボック少尉。…久しぶり。」

「あ、こんにちは。」

 よっと手を上げただけの俺と、丁寧に頭を下げたアル。

「久しぶりだなぁ。2ヶ月振りくらいか?」

「だな。」

「今回はどれ位居るんだ?」

「…?」

 この人がこんなことを聞いてくるのは珍しい。

「何で?」

「ま、良いから。」

「うーん。まだはっきりとは決めてないけど…。今手がかりが尽きた状態だから、ちょっと腰をすえて情報収集しようかとは思っているけど…。」

 セントラルの図書館も良いけど、大抵の本は『見たい』と言えば大佐が中佐経由で取り寄せてくれるし、アルの行動を制限しなくていい分効率も良い。

 それに俺たちが出入りするようになってから、東方司令部の図書館や資料室に錬金術のものが増えた。『ここを統括しているのが国家錬金術師だから』と他人が納得できるくらいのさりげない増え方だけど。

その上荒れ放題のぐっちゃぐっちゃだった書庫内が来るたびに整理されていくのも、恐らくは大佐のお陰だろう。

 普段、子供みたいに軽口叩いて俺と同じレベルで喧嘩を仕掛けてくるような奴なのに、何も言わずさり気なくこんな気の使い方が出来るなんてのは、悔しいけど大人だからなんだろう。

 絶対に口には出さないけど(態度にも出さないけど)感謝している。いつか必ず借りを返すぞと思っている。…遠い道のりか?いや、体を取り戻したら必ず!!

 とにかく。そんなわけで『行き詰って仕切り直すときは東方司令部』というのが俺たちの行動パターンになっていた。

「じゃ、暫く居るんだ?」

「あ…うん。多分。」

 そうかそうか。と頷いている。

「少尉?」

「あー、いや。なんでもない。大佐の部屋にすっげえお客さんが来てるから、行ってみ。」

「客?じゃ、まずいんじゃねえ?」

「平気。軍の人間じゃないから。アルフォンスもほら、せっかくだから。」

「え?僕も?」

「そう、ほら。行った、行った。」

「う…うん。」

 兄弟で顔を見合わせる。誰だ?客って?せっかくって?

「誰だろうね、兄さん。」

「お前も、心当たりはないか?」

「うん。全く。」

 考えながら歩くうち、大佐の執務室の前に着いた。

 ガツンと一発ノックして、返事も待たずに入る。

「もう、兄さん。又、そんなノック。」

「良いだろ。…あ、やべ。客いたんだっけ。」

 けど、勢いのままに扉は開けてしまっていて…。

「おや。鋼の。」

 変わりない様子の大佐の机の前には、女の子が一人立っていた。

 

 

 一番初めに目に入ってきたのは(ヤラシイと自分でも思うが)ミニスカートの下の細くて綺麗な足だった。

 視線を上げていくと、タンクトップから出る白い綺麗な腕、長い黒髪に黒い瞳。ほっそりと綺麗な人がこちらを振り返っていた。

「『鋼の』?」

 大佐の言葉を受けて、首を傾げる。その声もびっくりするくらい綺麗だった。

「…『鋼の錬金術師。エドワード・エルリック』?」

 言葉にした途端くるりと体も振り返り、こちらへと歩いてくる。モデルのように綺麗な歩き方だ。

「えーと。」

 俺とアルと見比べて…(大抵の人はここでアルと俺を間違える)俺の方へ右手を差し出した。

「始めまして。よろしく。」

「あ…ああ。」

 ほんのわずかに(と言っておこう)俺より高い身長。つられて右手を出してしまう。

 あっと思ったときにはきゅっと握手をされてしまった。硬いオートメイルの手をどう思っただろう?ピクとも表情を変えることなく笑顔のまま。

「私、ジュディ・マスタング。」

「マスタング?」

「私の妹だよ。」

 大佐の声。

「えええ?」

 確かに言われてみれば、この辺では珍しい黒い髪と瞳。整った面差しはどこか似ているようにも思う。

「……いつまで、握っている気かね?鋼の。」

「え?あっ、悪りい。」

「いいのよ。えっと、こちらが弟さんの…。」

「アルフォンスです。アルフォンス・エルリック。」

「よろしく、アルフォンス君。」

「はい、よろしく。」

 にこりと握手を交わす。鎧の体に対して何も言わない。大佐から聞いてるんだろうか?

「大佐の妹って…随分年が離れてるんだな。」

「13歳違い?今16歳だから。」

「え、1コ年上?」

「あ、そうなの?アルフォンス君はいくつなの?」

「あ…の…14歳です。」

「そう。」

 …変…だと、思わないんだろうか?相変わらずニコニコと穏やかな笑顔。

「暫くこちらに居るので、よろしく頼むよ。」

「え?」

 大佐の言葉に思わず声を上げてしまう。

「こちら…って?」

「家に。」

「え、なんだよ。じゃ、俺たち宿を取るよ。」

 イーストシティに居る間は大佐の家に泊まる。

 泊めてもらう代わりにアルは掃除を俺は食事作りを担当する。大佐が俺の後見人となってからずっとそうだった。

 が、兄妹水入らずを邪魔しちゃ悪い。

「あ、エドワード君。それ、多分無理。」

 ジュディが言った。

「何で?」

「もうすぐ、イーストシティでお祭りがあるのよ。」

「祭り…あっ、もうそんな時季か。」

「今年はね、人気アイドル歌手がセントラルから来るから、何時もより人が多いんですって。宿はどこもいっぱいらしいわよ。」

「ジュディ、お前ねえ。」

 大佐の溜め息が聞こえる。

「じゃ、ここも忙しいんだ?」

「ああ。私も祭りが終わるまで、どれ位家に帰れるか分からん。むしろ君たちが居てくれた方が助かる。」

 妹を家で一人にしなくて良いから。

「みんな一緒の方が楽しいわ。」

 ジュディがにこりと笑う。

「そ…そうだな。」

 こんな美人と同じ家!?

「鋼の。」

「な、何?」

「私は君を信じているよ。まさか私の妹に手を出したりしないだろうとね。」

「なっ!何、言ってんだよ!俺たち、今、それどころじゃないんだぞ!」

「はっ、はっ、はっ。」

 目が笑ってない。もし何かあったら、どれほど抵抗しようとケシズミにされること間違いなしだ。

「『それどころじゃない』?……?何かあるの?」

「?俺らのこと、大佐から聞いてないのか?」

「?兄さんからは何も。ただ、最年少で国家錬金術師になったって。」

 人の噂で。って。

 じゃあ、これまでの余りにも分かった風な態度って何?

「私は何も話してないよ。」

 大佐の目は、『話すも話さないも自分で判断しろ』と言っていた。

「や……まあ、そのうち。」

「うん。そのうちね。」

 にこりと笑う。

 なんだか、不思議な人だなあ。そう思った。

 

 

 ジュディはホークアイ中尉に伴われて、将軍のところへ挨拶に行った。

 アルは指令室でハボック少尉たちと話をしている。

「ほい。報告書。」

「ああ、成果はどうだね。」

「ダメ。行き詰った。」

「そうか……。」

 報告書に目を通しながらの会話。

 これでこいつ、内容が頭に入っているらしいから嫌になる。

「暫くここで情報を集めさせてくれよ。……って、忙しいんだっけ。セントラルには頼めないか。」

「ヒューズを経由するなら、自分で頼みたまえ。」

「え。俺でも良いの?」

「下手に書類なんか残すなよ。」

「えっ!じゃあ、今までどうしてたんだよ。」

「奴の自宅に電話して頼んで、図書館からこっそりとってくる。」

「げっ、ばれたら不味いじゃん。」

「だから、証拠を残すなと言っている。」

「うっわー。」

 むちゃくちゃだよ、この人たち。

「ところで。」

 大佐はばさりと報告書を机の上に置き、顔を上げた。

「なんだよ?どこか不備でもあったか?」

「いや。」

「まさか又どっかへ調査に行けとか言うんじゃないだろうな。」

「違うよ。…ジュディのことだがな。」

「ああ、なんだ。何?」

「祭りが終わるまで居るから、出来れば君たちにもその位まで居てほしいんだが…。」

「祭りっていつまで?」

「1週間後までだな。多分あの子が帰るのは、その次の日くらいになるだろう。」

「帰るって?」

「セントラルに住んでいるんだよ。」

「あ…そうなんだ。親と?」

「いや、一人暮らしだ。」

「え……何か、大丈夫か?」

「…まあ、……時々ヒューズが見てくれているしな。」

 苦笑する。相当心配だろうと思う。

「何か…不思議な感じの人だよな。」

「ああ…何というか…。感受性が強いのかな…。」

「あんたが、そんなこと言うなんて珍しいじゃん。」

「13歳年が違うんだ。あの子が小さい頃は年齢の差が、見ているものの差なんだと思っていた。」

「うん。」

 ジュディが3歳のとき大佐が16歳?そりゃ意思の疎通は難しいだろう。

「一緒に暮らしている頃は何とか理解しようとしたが、分かったのは『違う』ということだった。」

 言葉だけ聞けば、冷たく突き放しているようだった。けどその声はあくまでも優しくて、『違う』ことを含めてジュディを認め、大切に思っているのだと良く分かる。

 俺やアルのような、規格外の兄弟を全く構えることなく受け入れてくれたのはこの人だった。もしかしてそれは、ジュディという妹がいたから?

この人がこんなんだから、東方司令部の皆は何時も俺たちを暖かく受け入れてくれる。

 何時も世話になってばかりだし、この辺で少し借りを返しておくのも良い。

「良いよ、分かった。祭りの次の日までは居る。…ただ、資料室使ったりしてる間までは面倒見れないぜ。」

「悪いな。鋼の。」

「良いって。」

「言っておくが、くれぐれも手は出さんようにな。」

「出さねえって!」

 すっげえシスコンだよ、この人。

 

 

「家まで車を出そう。」

 そう大佐は言ってくれたけど、俺が。

「や、食料を調達していかないといけないから、二人は先に行っててくれよ。俺、買い物していく…か……ら………え。」

「買い物!」

 ジュディが身を乗り出す。

「私も買い物したーい。」

「え……。」

「ジュディさん?」

「ジュディ。大人しく家に行って待ってなさい。」

「えー。兄さんズルイ~。」

「何がだ!」

「私も買い物したい。普通に買い物したーい!」

「ジュディ、ここはセントラルじゃないんだぞ。」

「だからしたいの!」

 ……で、折れたのが大佐だった。

「鋼のにちゃんとくっ付いていなさい。」

「ハーイ。」

「…あんた、弱えーのな。」

「うるさい!鋼の。目立つことはするなよ。」

「わーってるよ。俺を何だと思ってんだよ。」

「え?エドワード君、有名人?…あ、そうか。有名は有名だよね。」

「名前はな。」

 名前は知ってても、姿を知らない者は多い。

「この街では有名人?」

「…まあ、知ってる奴は知ってると思うけど。」

 何度も来ているし、軍の皆と一緒に行動したこともあるし。

「じゃあ、さ。」

 何か面白いことを思いついたかのように、ふふふと笑う。

ちょっと待て。その笑い方、大佐が何か企んでる時と一緒だぞ。

「変装しよう。変装!」

「ハア!?」

「変装していけば、エドワード君だって分からないよ。」

「何で、変装なんてっ!」

「その服、目立つと思う。」

「何でっ!」

「季節感が合ってないもの。」

「うっ。」

 秋とはいえ、天気の良い日はまだ汗ばむくらいの陽気だ。赤いロングコートが暑苦しく見えるのは分かっている…けど…。

「いいじゃん。大将、変装すれば?」

 ぷぷっと笑ってハボック少尉が言う。『車出すの、出さないの?』と憮然としていたさっきまでとは違い、目が楽しそうに輝いている。

「変装か。」

 大佐もニヤニヤ笑う。

「いっそ、女装でもするかね?」

「おい!」

「え…、でも。変装グッズなんてあるんですか?」

 アルが首を傾げた。

「大丈夫。私、持ってきたから。」

 にっこり笑って、ジュディが言う。

 …なんで、んなもん持ってきてんだよ!!

 

 

 

 

 

20051021UP
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不思議ちゃんの入った天然ヒロインと男の子エドのお話。
大佐の家に兄弟が泊まるってのはロイエド設定が残ってて、何か恥ずかしいなあ。
けど、これが前提なので変えられずにそのままに…。
再度。原作は無視の方向で…!
(05,11,05)

 

 

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