Angel's Wing 3
結局、空いている会議室で二人。『変装』することとなった。
「上、脱いで。」
「あ?」
「上半身。ぬ・い・で。」
にっこりと笑う。
とりあえずコートを脱ぐ。
「色を変えるだけで、結構印象って変わるのよ。あなた、いっつもそれ着ているんでしょう?」
「ああ、…まあ。…何で分かるんだ?」
「だって、トランク小さすぎ。」
そりゃ、あんたに比べればね。俺のトランクの3倍以上はあろうかという巨大トランクが3つもある。
「よし、これにしよう。」
1つの巨大トランクの中から出してきたのは、長袖の白いレイヤードのトレーナー。袖の部分が黒くて、前にはグレーで文字ともいたずら書きの線ともつかない模様が入っている。案外まともで、ちょっと拍子抜けする。
「早く脱いで、これ着て。サイズは大丈夫だと思う。男物って訳じゃないけど、フリーサイズのだから。」
催促されて渋々と上着を脱ぐ。オートメイルが露わになるが、ジュディは何も言わない。ただ、目が『早く』と催促しているだけだ。
「あ、似合うよー。」
着てみると少しダブつくものの、そういう着方だと言われればそれまでという程度で、ピッタリだった。
「んで、これね。」
腰にシルバーの3連のチェーンを巻かれる。ごつくないそれは、丁度懐中時計のチェーンと同じくらいの太さで違和感が無い。
「下は良いのか?」
「良いよ。さすがにサイズ合わないと思うもん。せいぜいスカート?女装する?」
「止めろ!」
ふふふと笑いながら、左手の手袋だけ外される。
「…何で?」
「ファッション!」
言い切られて、反論できず。
「ちょっと待っててね。次、私ー。」
「お前もするのか?」
「うん。それに合わす。」
『それ』といって、俺を指差す。
別に今のだって充分可愛いと思うけど…。…って、俺!何考えてんだ!?
「後ろ、向いてて。」
と、言われて。何となく気まずく背を向けて待っていると、暫くして『良いよ』と声が掛かる。
振り向いてみれば、色も柄も違うけどやっぱりレイヤードのトレーナーに、膝より少し上位のひだの沢山ついた黒いスカート。足元はスニーカーで(なるほど、靴も入っていたからトランクがでかいのか)ウエストバッグをつけていた。ぐっと普段着っぽくなった。
「後、頭だね。」
そう言って、三つ網を解かれて少し崩したポニーテールに変えられる。
自分の髪も後ろで纏め、高い位置で少し三つ網にして尻尾の方は長く残した。同じ三つ網でも、編み方で随分女の子らしい雰囲気が出るものだと感心して眺める。
「はい、サングラス。」
「え、掛けんの?」
「ここに挿しておいても良いよ。」
とトレーナーの首のところを示される。俺がトレーナーに掛けるのを見て、自分もそうしてキャップを目深に被った。俺の頭にもグイとキャップをかぶせる。
先程までのどこか洗礼された都会的なおしゃれな感じとは違い、地元の街で買い物をする女の子の服になっている。
そして、俺も。国家錬金術師ではなく、この辺の15歳と変わらない感じになっているのだろう。
なるほど、『変装』か…。
こんなさり気ない変装なんて、あるんだ。
ジュディは出していた道具などをしまって、荷物を整理する。
「よし、OK。行こう、買い物。」
荷物はアルに頼み、(アルは、結局ハボック少尉の運転で荷物と共に大佐の家へ行くこととなった)あれこれと大人たちに冷やかされながら、街へ出た。
さすがに祭りの前。
どこか何時もより華やいだ感じだ。
何時もと違うディスプレイや大きな垂れ幕。
始めのうちこそ、早く買い物を済ませて帰ろうと思っていたのに、はしゃぐジュディについつられ、スタンドでアイスを買ったり、ウィンドウを覗いたりと寄り道ばかりをしてしまう。
「あ、中央公園ってここ?」
「そう。」
駅前から広がる商業地区の東側にある大きな公園。
噴水やベンチ、小道に沿った並木などもあるが、園内の3分の1は広大な芝生の広場となっている。
普段なら、シートを広げて昼食をとるカップルや、キャッチボールなどで遊ぶ子供たちが居るが、今日はやけにざわついている。
「何か作ってるな…?ステージ?」
「そう。お祭りの最後の日に来るアイドルのコンサート、ここでやるみたいよ。」
さっきポスターに書いてあった。とジュディが言う。
辺りを見回すと、ナルホドあちこちにポスターが貼ってある。遠目で写真を見ると女性アイドルのようだ。
「俺、あんまり詳しくないからなぁ。」
「そうなの?」
「ああ、旅をしてるとな。流行ってる曲なんかは、行く先々の食堂や店で掛かってるのを聞いたりしてるから、幾つか耳で覚えて知ってるけど。名前と顔はなあ…。」
「ふーん。最近ではどんな曲が好きなの?」
「んー。そうだなあ。女の人の声で…。」
調子っぱずれの歌い方で分かるだろうか?歌い始めだかサビの部分だかも良く分からない、ふと思いついた歌詞を歌う。
「そう!」
なにやら嬉しそうに笑う。
何とはなしにポスターに近付いていって眺めた。
「……あれ?」
黒い髪と瞳。ほっそりした綺麗な顔はどっかで……。
「………おい!?」
「うん?」
笑みを含んだ声。
「お前っ!?」
慌てて、ポスターをよく見ると…『ジュディ・M』…ジュディ・マスタング!!
「何だ、こりゃ!?」
「ふふふ。内緒…ね。」
大声を上げそうな俺ににこりと笑いかけて、自分の口の前に人差し指を立てて『しーっ』のポーズを取る。
『変装』が必要だったのはこいつの方だったんだ!
いくら本人が変装したところで、一緒にいる俺が注目されたら連鎖的にばれるかも知れないから、俺も変装させられただけで…。
考えてみれば、はしゃいでいながらも目深に被ったキャップを外すことはなかったし、目立つ行動をすることも無かった。
「…やられた…。」
「ふふふふ…。コンサートのときはアルフォンス君と見に来てねー。」
それから、大佐の家で共同生活が始まった。
食事をジュディと一緒に作る。…といっても、主に作るのは俺だ。ジュディも手伝ってくれたけど。
「エドワード君は、お料理が上手ね。」
「あんたは出来ねーの?」
「うーん。」
少し考え込む。
「一人では出来ないかも。」
「ああー。」
何となく分かる気がする。
勝手知ったる他人の家。何度か泊まりに来ているし、料理もしているから、この家のどこに何があるかは俺の方が知っている…と夕食の支度を始めると、ジュディが『手伝う』とやってきた。
ラフな部屋着にエプロンを着けた姿は実にかわいらしい。
野菜の皮を剥いてもらったり、下ごしらえをしてもらったり。頼めば、実に上手にやってのけるのだけれど。その作業を順序立てて続けていって、一つの料理に仕上げるのは出来ないらしい。
「料理できる男の人って、かっこいいよね。兄さんも上手いんだ。」
「大佐?」
確か1・2度、作ったことがあったっけ。そういえば上手かった。
「あいつ凝り性だから、作るとなるとすげぇ本格的なんだよな。」
「そうそう。私の誕生日の時、一回朝から作ってて、フルコース出てきた事あったもん。」
私は手伝っただけー、と笑う。
「へー。親とか作ってくれなかったのか?」
「あれ?聞いてない?家の両親。とっくに死んじゃったよ。」
「え?」
「えーとね。私が5歳の時。…で、兄さんが18歳の時。それ以来二人暮らしだったの。兄さんがここへ配属になるまで。」
「そっか、悪ぃ。」
「ううん、良いの。あんまり良く覚えてないし。うちの家族、あんまり仲良くなかったみたいだし。」
「…そうなんだ?」
「うん。父親は他所に愛人が居たみたいだし。母親は私が男の子じゃなかった時点で、子供なんてどうでも良くなっちゃったみたいだし。弟のことは溺愛してたって聞くけど…。兄さんは早くから全寮制の学校に入っちゃって、休みの時くらいしか帰ってこなかったし。…だから、二人だけになって、兄さんと一緒に暮らせるようになってからの方が楽しかったかな。」
「ふーん。…で、今はセントラルで一人暮らし?」
「うん。仕事があるからね。」
「ああ、そうか。…大佐が、こっちへ来る時に一緒について来ようとは思わなかったのか?」
「うーん。少し悩んだけど…。丁度色々軌道に乗ってきた頃で、なんていうか…。
自分を表現する方法やっと見つけたって言うか…。歌を諦められなかったのね。淋しかったし…ていうか今も一人暮らしは淋しいけど。…でも、やっぱり歌は捨てられないの。もう、私の身体の一部で、なくてはならないものなの。」
「うん。」
食事が出来て、食卓へつく。
食事をしないアルに何を言うこともなく、二人分の食事を三人で囲む。
どう思っているんだろう?アルのこと。
聞かれないと、『実は…』とも言いにくいしな…。
「…あ、そういや。大佐の書斎にあんたのレコードあったぜ。」
「本当?…一応、新しいレコードや写真集が出ると、兄さんには送ってるんだ。」
「そうなんだ。何となく大佐の趣味っぽくないから覚えてたんだ。」
「でも、凄いですよねー。歌手なんて。」
「…そうかな。そんなに凄くもないと、思うけど…。」
「いいえ!凄いです。…だって僕、時々歌を聴くんですよ。素敵なのばっかりで!」
「あは…ありがと。」
「後で、レコード聞いてみるか?」
「あ、聞きたい聞きたい。後、サインも貰っちゃおうかな〜。」
「ふふ。アルフォンス君って、可愛いね。」
「「え゙?」」
「…ていうか、お前。風呂長すぎ!」
「えー。そうかなあ。」
「何で、1時間以上も入ってんだよ。」
「シャワーだから、こんくらいだったんだよ。お風呂にお湯張って入ってたらもっと…。」
「もっと!?」
「に、兄さんっ。女の子なんだから、少しくらいお風呂長くったって、良いじゃん。」
「そーよー。」
「『そーよー』じゃねえ!」
シャワーから出てきて、バスローブのままのジュディとわいわいやっていると。
「君らは、一体何をやっているんだね。」
呆れたような声が掛けられる。
「大佐?」
腕を組んで左肩で壁に寄りかかっている。帰ってきたのか。
「お帰り。兄さん。服着てくるね。」
「ああ、ただ今。…夕食はあるかね。」
「残念ながら、たっぷりあるね。」
「兄さんってば、もう。」
俺が大佐の分の食事をよそっていると、服を着て戻ってきたジュディが聞く。
「兄さん。セラー、どこ?」
全くもう、『兄さん』『兄さん』とややこしい。
「そっちの戸から入れるよ。すぐに段差があって下がっているから気をつけなさい。」
「はーい。」
「…一応言っとくけど、ジュディがバスローブだったのは、今さっきシャワーから出てきたからだぜ。」
「君が何かしたのではない…と?」
「当りめーだ。」
「…まあ、分かっていたがね。…今日は何もなかったかい?」
「ああ。畜生。ポスターの前で大騒ぎするところだった。」
「ははは。」
「『ははは』じゃねーよ。」
「上手くやっているようで、安心したよ。」
「あんた、すっげーシスコン!」
「ほほー。そんなことを言うのはこの口か。」
「うわっ。何すんだっ!」
「…何やってるの?」
逃げる俺のすぐ後ろからジュディがワインを手に戻ってくる。
「何?大佐、飲むんだ。」
「ま、せっかくだからね。」
夜中に本を読みながらウイスキーか何かを一人で飲んでいるのは見かけたことがあるけれど、食事の時に飲むのは珍しい。
けど、考えてみれば大人なんだし。一度大量の酒瓶がキッチンの奥に置いてあった事があって聞いてみたら『昨日、ヒューズが来ていた』なんてこともあったから、相当に強いんだろう。
そんなことを考えてるうちに、ジュディはワイングラスを一つ出してきてソムリエナイフで鮮やかに栓を開ける。余りの手際よさに唖然と見ていると、赤い綺麗な液体がグラスに注がれた。
「いーね、あのセラー。」
「そうだろう。あれでこの家に決めたようなものだからな。…ああ。美味いな。…飲むか?」
「んー。貰おうかな。…エドワード君は?」
「エ?俺、未成年だぜ。…って、あんたもだろ?」
「保護者の許可があったって事で。」
ふふふと笑ってグラスを2つ持ってくる。
「ま、味見味見。」
「マジかよ。」
グラスに半分位づつ注がれる。そっと、口へ運んだ。
「あ、本当だ。美味い、かも。」
今まで、飲む(と言うか飲まされる)時は、大騒ぎの中ガブ飲みすることばかりだったので、味なんて分からなかったのだ。
大佐が食事をする間、その1杯をチビチビと飲んで皆で話をする。
旅の話、仕事中の笑い話、芸能界の裏話。
ああ、そうか。
ジュディが酒を覚えたのは大佐の為なのかも。一人で飲んだってきっと美味くは無いんだろう。
そして、それは。食事はしないくせに、俺が食事をする時は何時も一緒に食卓につくアルと同じ気遣いなのだろう。
20051111UP
NEXT
久々、のエドです。
エヘヘ。上半身裸です!
え〜とですねえ。アイドル『ジュディ・M』の歌う曲のイメージは『浜崎あゆみ』女史でお願いします!
(ジュディのモデルじゃありませんよ。あくまでも曲のイメージです)
だから第1話のウィンリィがラジオで聞いた曲も、今回エドが調子っぱずれに歌った曲もみ〜んな女史の曲です。
今後出てくる『ジュディ・M』の歌う曲は全て『浜崎あゆみ』女史のお好きな曲を当てはめてお楽しみ下さい!
とにかく全編に流れる『浜崎あゆみ』の世界をお楽しみ下さい!(無理)
と言うのも、女史のCD聴いていて出来た話なので…。パソに打ち込む時もCD聞きながらだとはかどる。
そうなると、題名もどの曲名からつけたのかモロバレ…。
(05、12、07)