Angel's Wing 4
「エドワード君。コーヒー飲む?」
「あ…ああ。サンキュ。」
「ミルクと砂糖は?」
「入れる。」
トレーに一式のせて、俺が本を読んでいた書斎へ入ってくる。
「大佐は?」
「もう、寝ちゃった。明日早いんだって。」
「そっか。」
錬金術の話が出来ないのはちょっと残念だった。自分と同等かそれ以上の術師と錬金術の話がじっくりと出来る機会はそれほど多くはない。
多分、『錬金術』というものに対しての考え方が、俺たちは似ているんだと思う。
話をしていると時間を忘れる議論になる。
やな奴だけど、そういう部分では認めている。
「すっげ。このコーヒー、うめえ。」
「本当?嬉しいな。コーヒーと紅茶の入れ方は徹底的に叩き込まれたから。」
「誰に?」
「兄さん。」
「へー。何でだろう。」
「そりゃあ……「自分が入れてもらいたいから。」」
ふふふ。へへへ。と二人で笑い合う。
「それ、錬金術の本?」
「ああ。お前は分かるのか?錬金術。」
「うーん。何となく? 兄さんが大学の頃、そんな本ばっかり読んでたの。私も隣で眺めてたのね。なんとな〜く書いてあることは分かるんだけど、自分でやってみようとは思わなかった。」
「ふーん?」
「ただ、兄さんが。『中途半端に何となく分かるのはかえって危ないかもしれないから』って基本中の基本みたいのは押さえておけって言われて、何冊か本は読んだわ。それっきり。」
「へー。俺もそういや、子供の頃は何となく書いてあることが分かってたんだよな。師匠について、ちゃんと勉強してからはあんな感覚なくしちまったな。」
「ふーん。不思議ね。」
「なあ、ジュディ。」
「なあに?」
「アルをどう思う?」
「アルフォンス君?何で?」
「良いから。」
「んー。アルフォンス君はねえ。『可愛い』!」
「あ゙、そうでなくて。」
「うん?だって、可愛いよ。」
「あ〜、う〜、ん〜。…そう…だな、…可愛いな。」
「でしょう!」
ジュディはにっこりと笑った。
「エドワード、くーん。」
ジュディの呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、音として鼓膜を通過しただけで消えてしまった。
「エ・ド・ワー・ド・くーん。」
耳元で呼ばれる。
あれ?と心のどこかが反応するが、本を読むのを止めようとは思わなかった。…と。
「ぐ、ぐえ〜〜っ!」
背中から、ぎゅっと押さえられる。
「エドワード君。お〜ひ〜る〜。」
体重をかけて押さえ込まれているために、本と一緒に机に突っ伏す。
「お…重っ。」
「あら、失礼ね。女の子に『重い』だなんて。」
「違うだろ!」
「お昼ご飯。食べに行こうよ。」
身体を起してにっこりと笑う。
「ハボさんに新しく出来たランチの美味しいお店を教えてもらったの。」
ほら、ここ。と簡単に書かれた地図を見せてくれる。
「あー、ああ。何となく分かった。あの辺な。」
「行こ。」
「ああ。…って、もう昼?」
「そうよ。」
「お前、何してたんだ?」
資料室に入って、資料を読み始めてからはその存在をすっかり忘れていた。
「将軍とチェス。」
「…あ…そ。」
あのじいちゃんね。
街へ出て、地図の通りに行くと若者向けの、おしゃれな店だった。
ちなみに、今日は家を出るときから『変装』させられている。
「あ。美味い。」
「本当ね。」
一口食べて、二人で目を合わせてにこっと(俺はニヤっと)笑う。
「…エドワード君は…。」
「エド、で良いよ。」
「エドは、…よく食べるね。」
ガツガツと食べる俺を見て、ジュディの手はすっかり止まっていた。
「ああ。だって、美味いもんよ。」
「うん。見てて気持ち良いよね、いっぱい食べる男の子って。」
「……そうかあ?」
「うん。」
「…良く食べる割には、大きくならないって言われるんだけど。」
って、何言ってんだ!俺! 人に言われていやなことを自分で言っちまうなんて。
「エドは15歳でしょ?背が伸びるのは、これからだと思うわ。」
「へ?」
「うん?」
俺の周りには、俺の背をからかう奴しか居なかったのに。(その反応が面白くてからかわれているのだと言う自覚は本人にはない)
「男の子の成長期は、10代後半って世の常識じゃないの?」
ジュディも食事を再開する。
「世の常識?」
「うん。兄さんだって、16か17か、その位の頃に凄く伸びたみたいだもの。『関節が痛い』って顔をしかめてたわ。」
「あいつにも成長期があったのか。」
「そりゃ、あるよ。」
おかしそうにクスクス笑う。
「後は、カルシウム?…ぎゅう…。」
「牛乳は飲まねー!」
言葉をさえぎった俺にびっくりして目が丸くなる。
「…キライなの?」
「人間の飲むもんじゃねー。」
「ふうん?…じゃあ、後は運動…かな。後、姿勢を良くすること。伸びをすること。」
「へ?伸び?」
「うん。骨と骨の間の軟骨が伸びるらしいよ。…後、良く噛んで食べること…?」
「ふんふん。」
「後は…そうね。悩まない。」
「…悩まない?何で?」
「悩んでると下向いちゃうでしょう?下向いてると上に伸びづらくなりそうな気がしない?」
「あー、かもなー。」
だとしたら、しょっちゅう行き詰ってる俺は、伸びなくても仕方が無いってことなのか?
「3年後位、楽しみだね。きっとにょきにょき伸びて、今よりもっと格好良くなってるよ。」
ジュディがにっこりと笑った。
食事の後。腹ごなしにと近くの公園を散歩する。
そこは、中央公園のように広くはないが、木立が気持ちよい日陰を作っている。
秋に入って、葉が色づき始めた。
幾つかあるベンチには、昼寝をする者。友人同士で弁当を食べる者…とそれぞれの昼休みを過ごしているようだった。
「気持ち良いね。…あ、後もう1個思い出した。」
「何?」
「太陽の光を浴びると良いんだ。」
「?」
「カルシウム。」
「…ああ。」
「本も良いけど、時々はお日様にもあたっておかないとね。」
「はは、そうだなあ。」
「きっと、カビが生えちゃうよ。」
「生えねーって!」
確かにのんびり散歩をするなんて、随分と久しぶりだった。
「…なあ、お前。アルの事『可愛い』って言ったよなあ。」
「うん。」
あいつの身体の事、どう思ってる?俺のオートメイルは?俺たちが犯した罪は?
聞きたいことは、沢山あった。
けど、余りにも明るい太陽の光の中。オープンな空間の中で話すことじゃないか…と考え直す。
「…どうかした?」
「いや。…なあ、じゃ、俺は?俺のことはどう思う?」
ふと、思いついて試しに聞いてみた。
アルを可愛いと言ったジュディの目に、俺はどう映っているのだろう?
「…エド…?」
そう言って、じーっと俺を見つめ、首を傾げる。
「あ、良いよ。思いつかなきゃ。」
「ううん。イメージはあるの。…それを現す言葉が……う…んと…。」
首をひねって、暫く考え込んで…。
「…『命』…かなあ。」
「?」
「うーん。『生命力』…?こう、…内側からバーンと…。」
手振りを加えて説明してくれるが…。あのー…良く分からないんですけど………。
「ううん。むしろ『光』…うん。『光』。」
「……ひかり?」
「うん。色はぴかぴかの白!」
「ぴっ!?」
ぴかぴかって言や、金だろ?
「…って、金髪だから光なんじゃ…?」
「違う。身体の内側から、こう、バーンと。」
「だから、その『バーン』が分からねーって。」
「おかしいな。」
「おかしくない!」
「とにかくエドは。『ぴかぴかの白い光が内側からバーン』。」
………。分かんねー。
「あっはっはっはっ。」
「笑いすぎ!」
夕方、大佐の執務室で昼間の話をする。
大笑いする大佐。苦笑しながら『分からないわ』と首を傾げるホークアイ中尉。
「だから言ったろ、鋼の。表現する方法が違うと。」
「にしたってさあ。…で、アルが『可愛い』だって。2mを超える巨大鎧がだぜ。」
「君にとったら、アルフォンスは可愛い弟だろう。」
「そりゃそうだけど。俺はアルの元の姿を覚えてるし。」
「ああ、一度写真を見たな。…彼も金髪だった。」
「うん。」
早くその姿に戻れると良い。
「もう一度聞いてごらん。ジュディに。」
「何を?アルのことを?」
「そう。いまどきの女の子は何を見たって一度は『可愛い』と言う様だし。」
「良く知ってんじゃん。」
「さてね。」
「錬金術のこと。少しは知ってるんだろ。だから、アルのことどう思うか聞いてみたかったんだけど…。」
「…あの子の場合。私たちの知る錬金術とは違うからな。」
「?どういうことだ?」
「錬成陣が好きらしいぞ。」
「は?」
「デザイン的に。綺麗なんだそうだ。」
「…練成陣が?」
あんなの、理論構築していって、情報を盛り込んでいって書くもんだろう。
「…一度、ぞっとしたことがある。」
「何?」
「まだ、あの子がまともに錬金術なんて知らない頃だ。
私が学校から何冊か本を借りてきたんだが、その中の1冊が相当古くてな。前に借りた奴の使いも荒かったんだろう。破れているページがあったんだ。丁度、空気中から水を練成する練成陣が書いてあった。」
そこで大佐は一旦言葉を切った。
「…で?」
「私が破ったと思われちゃたまらんからな。直そうと思ってテープを探しているうちに、ジュディが傍に来てその練成陣を眺めていたんだ。そして、こう言った。『水色だ』」
「?水色で書かれてたのか?」
「いや。古い紙に黒インクで書かれていた。そして、まるで水に浸すかのように練成陣の上に手を当てたんだ。」
「…考えすぎじゃねえの?」
「その時まではな。私が水の練成陣だと分かっているからそう見えるんだと思った。けど、その後あの子はこう言ったんだ。『冷たくて気持ち良い。水がドンドン湧き出してくるね。』」
「………。」
「ぞっとするだろう。」
「そういや、『何となく分かる』…って。」
「そう。その『何となく』は理論も何もかもすっ飛ばして、現象が『見える』ってことなんだ。
これは全く知識が無いのはかえって危ないと思って、錬金術の基礎と『どうやったら練成陣が発動するのか』を徹底的に教えたよ。」
「『発動するのか』?」
「自分で良く練成陣を書いていたからね。」
「書く…って、…ああ、デザインとして?」
「そう。あの子は一度見た練成陣は忘れないんだよ。完璧に再現する。…けど、再現してしまったら発動してしまうだろう?」
「そっか。本人じゃなくたって…。」
「そう。誰が触るか、目にするか分からない。害が無いものなら良いが、相当複雑な錬成陣も簡単に再現してしまうからね。だから書くなら絶対に発動しない練成陣でなければならない。いちいち私がチェックするわけにはいかないから、本人に勉強させたんだ。」
「はーーー。」
「この頃、街で見かけないか?Tシャツやグッズに練成陣らしきデザインがされているものがあるだろう。」
「あ、時々見かける。すげー変な感じがするんだよな。」
何かがはまっていない感じ。
「そう。練成陣としてはありえない形になっているだろう?あれは、ジュディがデザインしているんだよ。」
「そうなんだ。…けど、服に練成陣なんて、その発火布の手袋みたいだよな。」
「ああ。これはあの子のアイディアだよ。」
「は?そうなの?」
「いや、元々はそんなつもりは無かったろうけどね。クリスマスのプレゼントに手袋をくれようとしたらしいんだ。」
と、とてもやさしい表情になる。
「ところが子供の小遣いじゃ、大した物は買えないだろう?…で、考えて無地の手袋に練成陣をデザインしたものを自分で刺繍したんだ。」
「その練成陣?」
「いや。物は全く違う。その当時本人が気に入っていたものだろう。勿論、発動しないように少し変えてあった。…ただ、それを見て私が自分で使いやすいようにアレンジしたんだ。」
たまたま貰ったもので、これを思いつくあたりこの人も大概普通の人じゃない。
……と。
コンコンコンと静かに扉がノックされて、大佐の返事を待たずに開かれる。
「あ、エドここに居た。アルー、エドこっちー。」
廊下に向かって声をかける。
『はーい』と遠くからアルの声も聞こえる。
「あ、何?探した?」
「ううん。そろそろ帰ろうと思って。」
「ああ。今、本を借りる手続きをしてるところ。」
大佐の許可が無いと、借りられない本もあるのだ。
「今夜。私は帰れないから、よろしく頼むよ。」
打ち解けた風の俺たちに安心したらしい。
このシスコン。
昨夜帰ってきたのは、ジュディが俺たちと上手くやっていけるかどうか心配だった為らしい。
20051130UP
NEXT
ジュディの不思議度UP?
この子、大体こんな感じだから…。
そして、世にも珍しい爆笑する大佐。ありか?
ハボックの小説ではあんなに原作を意識して書いてるのに…。どうしてエド小説ではこうも捏造が激しいんだろう?
次回は二人が互いに自分の過去を打ち明けます。
マスタング兄妹の捏造過去も明らかに…。
(05、12、09)