Angel's Wing 6
それから、暫く。二人でポツポツと話をしていて…。
何か明るくなってきたなあと思っているうちに、アルがひょっこり顔を出した。
「……二人とも……。まーさーかーてーつーやーぁ?」
「お…おう。」
「……アル、怖い…。」
「ちゃんと、寝なくちゃ駄目でしょう!」
「「はい!」」
「今から寝る!すぐに寝る!お昼まで寝てること!」
「「はい!」」
「僕、これから司令部へ行ってくるから。兄さん、返す本ある?…ジュディ、大佐に伝言とかは?…ない?分かった。
お昼に電話を入れるから、それまで寝てること!良いね!分かったね!」
「「はい!」」
「ほら、行って!」
物凄い剣幕で、二階の寝室へと追い立てられる。
「あ。アル。」
ジュディが何かを思いついたように振り返った。
「何!?」
「行ってらっしゃい。気をつけて。」
「あ…うん。行ってきます。」
それまでの怒りがふっと消えて、アルは静かに扉を開けて出て行った。
「アルってやっぱり可愛い。」
「さっきは、怖いって言ったじゃねーか。」
「うん。でも可愛い。…こう…むぎゅってしたい。」
抱きしめる手振りをする。
「ぬいぐるみじゃねーって。」
「ふふ。元に戻ったら、私にもむぎゅってさせてね。」
「アルが良いって言ったらな。」
「楽しみー。じゃ、おやすみなさい。」
「おう、おやすみ。」
それぞれの寝室のドアを開けた。
心の真ん中にあった黒い塊が取れたような気がした。
『俺のせいだ』が取り除かれたせいだろうか?
…話をしたことで、ジュディの心も軽くなっていたら良いと思った。
昼にアルからかかってきた電話によると、今日から祭りは始まっているからジュディと二人で見に行ってきたらどうかというのが、司令部の意見だということだった。
「…明日でも良いんじゃねえ?」
『ジュディ、何か予定があるらしいよ。明後日はコンサートで無理だし…ね。じゃあ。』
そう言って電話は切れた。
「アル、何だって?」
ジュディが二階から降りてきた。
「お前、明日予定あんの?」
「うん。コンサートのリハーサル。…何で?」
「今日、これから祭りに行ったらどうかって…ア…ル…が…。」
「行く!」
「はいはい。」
俺の言葉を聞きながら、ジュディの表情が変わったので返事なんか聞かなくても分かった。
そこで、二人で簡単に朝食っつーか昼食(ブランチですらない)をとる。
「♪ へんそう、へんそう。」
節をつけて、ジュディが部屋へと戻っていく。
…俺も…なんだろうな…又。
「これ、着て。」
と、差し出された服。
上半身裸になると、フッとジュディの手が伸びてきて後ろからオートメイルの肩に触る。
「…どうした?」
「…傷だらけだなあ…と、思って…。」
「ああ…。」
そっと、その手が肌と機械の結合部をさする。
「…痛い?…」
「当時はな。もう、痛みはないよ。」
全く。という訳にはいかないけれど。
「…でも……でも、痛い…わ。」
「………。」
『痛々しい』と言った人は居たように思う。多分俺を見て、言わないまでもそう思った人は沢山居るだろう。
けど、こんな風に。まるで、自分自身がその痛みを感じているかのように言った人は初めてだった。
「そうだな…。少し…痛む時もある。」
「うん。」
だから、素直にそう言えた。
ジュディの前では我慢しなくて良いんだ…って、思ったら。凄く楽になった。
今回、俺の服は青いTシャツにグリーンのジャンパーだった。
髪は後ろで一つにまとめて青いキャップを被る。
で、ジュディも似たような感じだった。色合いは大分女の子らしいが、細身のGパンで髪をきっちりと編みこんでキャップの中に入れてしまうと、さすがに一見しただけでジュディとは分からない。
「なんか、気合入ってないか?」
「お祭り、始まったんでしょ?そろそろ私の顔を知ってる人が、増えてきてるかも知れないから…。」
「そんなもん?」
「何も無いんならそれで良いの。」
にっこりと笑ったジュディ。
けど、いざ街に出てみて『はぁ』と溜め息が出た。
メインの通りは歩行者天国となっているが、とにかく凄い人なのだ。
「前に、一度見たときはこんなに凄い人じゃなかったぞ。」
「ん。ほら、今回は超人気アイドルが来るから。」
「お前ね…。」
「ふふふ。…あ、エド。あれ、あれ見たい!」
「道の反対側じゃねーかよ。」
そう言いつつも、目はルートを探している。
「…はぐれんなよ。」
「うん。」
自然と手を繋いでいた。本当に余りにも自然で、自分でも驚く。
普通女の子と手を繋いだら、もっとドキドキするもんじゃねえ?
けど思い返してみれば、初めて会って握手をしたときにはオートメイルの方だったのに、すっげえドキドキしたっけ…。
この数日で、お互いのことを知って。昨夜、夜通し話をしたことで。ずっと距離は近くなったんだろうと思う。
たった数日しかたってないのに、すでに会ったばかりの女の子じゃ無くなってるって事なのか?
翌々日。
『ジュディ・M』のコンサートが始まった。
大音響の音楽。派手なステージ衣装。趣向を凝らした舞台装置。熱狂する観客の歓声。
そして、のんびりおっとりまったりの普段のジュディはどこへやら。マイクを持って気持ち良さそうに歌って踊る歌姫。
確かに、歌は上手いし曲も凄く良いと思う。
普通に偶然このコンサートを見れたのなら『ラッキー』と喜んだだろう。
けれど、普段のジュディを知っている為、余りのギャップに思わずくらりと眩暈がしそうだった。
『警備本部』と称して会場内にテントが設けられ、将軍や大佐はそこでコンサートを見ている。
大佐なんか、見る目の真剣さが違う。
俺やアルの席も用意してくれたけど、余りの居心地の悪さにアルと共に早々に抜け出し(一応護衛についているホークアイ中尉にはきちんとことわって…じゃないと後が怖い)付近をうろつく。
…と。
この会場の警備を担当しているハボック少尉に行き会った。
部下や憲兵の人たちにあれこれと指示を出している。
「…よう。大将。」
こっちに気付いて気さくに笑う。
「どうだった?特等席は。」
「居心地悪かった!」
むっとして言うと、ニヤニヤと笑われる。
「…に、してもさ。…何か、皆気合入ってない?」
「うん。僕も思った。」
警備にあたる軍人達の真剣さはちょっと凄いものがある。
要人警護なんて、そりゃ大変なんだろうけど。むしろ、普段はどこかイヤイヤというか『面倒くせー感』が漂うのに…。
「ああ。ジュディは特別だから。」
「へえ?」
「俺らより上の年代は特にな。」
「?普通、逆じゃねえ?」
詳しくは知らないけれど、ジュディの年齢や歌う曲を考えればファン層は若い年代が中心だと思うのが普通だ。
「…軍人にとっちゃな。ジュディは女神様なんだよ。」
「え?」
「どうしてですか?」
「…イシュバールに、来たんだ。」
「…は?」
「…誰が?」
「『ジュディ・M』が。」
「…イ…シュバール…って、…内戦のさなか?」
「そう。最後の殲滅作戦の寸前くらいかな…。」
「…って、幾つん時だよ。」
「11歳…だったかな。何しろ、デビュー間もない頃だった。やー、可愛かったぜー。人形みたいでな。」
「エ?何で知って…、ってかもちょっと分かりやすく!」
悪ィ悪ィと笑いながら、少尉は当時の話をしてくれた。
「俺、士官学校卒業寸前にイシュバールに召集されたんだよ。人手不足ってんでな。
まあ、正式に卒業して無かったから、やることなんて雑用がほとんどで戦闘に参加することはあんま無かったんだけどな。
それでも、いやなもんだぜ。戦場にいるってのはさ。」
「………。」
「ましてや、相手はイシュバール人だろ。戦闘員に女性や子供も混じってる訳。
実際に戦ってる軍人なんて、相当参ってる奴も多かったようなんだ。軍内で自殺者とかも出たらしいし。
…で、お偉いさんは考えたわけ。『そうだ。芸能人に慰問に来てもらおう』ってな。」
「『慰問』?」
「そ。歌手、大道芸人、漫才師。候補は色々上がったけど、どれも中々実現しなかったんだ。
あの戦いは市街戦だったから、最前線と安全な地域との線引きは難しい。
慰問の会場を離れた場所に設置して、軍人が大量に移動すれば手薄になった最前線が奇襲に遭う可能性は高かった。
ここは、芸人のほうに最前線に近い場所まで来てもらおうってことになったけど、そうなると今度は来るほうがしり込みする。」
それはそうだろう。戦争の最前線なんて、出来うる限り近付きたくない場所だ。
「中には来た奴もいたぜ。けど、ドッカンって爆発音一つで逃げ出す奴や。あの場にいる俺たちにはわからない臭い。…火薬や焦げた臭い、ものが腐った臭いや…不衛生になるからな、すえた臭いがするんだろう。そんなんで気分を悪くして何もせずに帰る奴もいた。」
「そこに、来たんだ。…ジュディが。」
「そう。あの当時は大佐が…あん時は少佐だったけど…あの人が最前線に召集されて随分立ってたし、ジュディはセントラルで一人だったから。…ああ、一応所属事務所の社長が面倒は見ていたらしいけど…。とにかく一目会いたかったんだろうな。
彼女は彼女なりに必死だったんだろうと思う。
並み居る大人たちが逃げ出した戦場で、ちゃんとやり遂げたぜ。コンサートをな。」
「へえ。」
「凄い。」
「皆、泣いてたよ。きっと、残してきた家族を思ったりしたんだろうな。…だから、特に年齢の高い軍人の間で『ジュディ・M』は、もう信仰に近い人気があるんだ。」
「…そうなんだ。」
「…あれで、皆の士気が上がって殲滅戦が短期間で終了したって意見もあるぜ。…良かったんだか悪かったんだか…。」
「………。」
「…そう、…なんだ…。」
「色々言う奴は、どこにでも居るしな。」
と言って少尉は煙草を取り出して火を付け、プカリとふかす。
「…まあ、俺もなあ。
何しろ、きちんと卒業せずに行ったもんだから、学生気分が抜けてなかったっつーかな。
仲間とカケをしてさ。『ジュディ・Mに会えるか?』なんて、立ち入り禁止の地域に潜り込んでな。上官に見つかって慌てて逃げまわってる時に偶然ジュディの控え室用のテントに逃げ込んでさ。助けてもらったわけ。」
「何やってるんだよ。」
「本当だよなぁ。
当日、ジュディの警護を担当したのはヒューズ中佐だったんだ。…当時は大尉だったかな…?人使い荒いっつーか。そのまま手伝えって感じで、1日ジュディに張り付いてたんだよ。
11歳だぜ。たった11歳の女の子がさ、それまで俺となんでもない会話をしてた子供がさ。衣装を変えてステージに上がる時になるとちゃんと『ジュディ・M』の顔になるんだよ。」
「………。」
「プロだなあって感心したよ。それを見て、俺も見習わなきゃと思ったんだ。いつまでも学生気分のままでいたら、俺はきっと死ぬんだろうなってさ。」
だから、ジュディは俺の命の恩人なんだよ。そう言って少尉はニッと笑った。
あれは、プロ根性の見せる技なんだろうか。
確かに凄いとは思うが…俺にしてみれば何か気恥ずかしいというか全身かゆいというか…。いたたまれない気分になるんだけど。
その時、曲が変わった。
「「あれ?」」
俺とハボック少尉の声がハモった。
この曲。この間俺が『好きだ』って言った曲だ。
ジュディの曲だったんだ。どうりで、イヤに嬉しそうな顔で笑ってたと思ったら…。
そんなことを思っていると、少尉がコンサートの進行表らしい紙をポケットから出して開く。
「この曲は、今回入ってなかったはずなんだけどな…。」
「え?」
「…ああ。昨日のリハーサルで、ジュディの意向で変更した曲ってこれか。」
「昨日…変更?」
ま…さか。俺が好きだって…言ったから…か…?
「どうかしたか?大将。」
「いや。」
「…兄さん?どうしたの?顔、真っ赤だよ?」
「うっ、うるせっ。何でもねー!」
「「?」」
顔を見合わせて首を傾げるアルと少尉。でも俺はそんなことにかまっちゃいられなかった。
…ジュディの奴、なんてことしやがる。
ジュディ・マスタングと『ジュディ・M』が重ならなくて戸惑ってる俺の気持ちなんか、全く気にもせずに。
どっちも一緒だと言ってきやがった。
20060107UP
NEXT
エドの肩はひどいよね。
事情が事情だからぐちゃぐちゃなのは分かるけど…。
ジュディは小さいころから頑張っていました。ハボとの出会いはイシュバールの頃。
このお話のジュディとハボは兄妹っぽく。仲良し。
これで、『出会い』編は終わりです。
次はセントラルで再会します。