Angel's Wing 7

『セントラルに来る時は連絡して!絶対よ!』

 イーストシティを離れる時に、何度も念を押されたので。

「やっぱ、連絡しとかないと…後で、何を言われるか分かんねーよな。」

「だよね。」

 あの、大佐の妹さんだし。

 兄さんは近くの公衆電話を使い、手帳に無理矢理書き込まれた電話番号に電話をする。

 暫く待って、一旦受話器を置いて再び掛ける。

 自宅と事務所の二つの電話番号を教えてもらってあるので、そのどちらかが出なかったのだろう。

 そして、今度は暫く話をして。戻ってきた。

「どうだった?」

「…2番のバス乗り場から巡回バスに乗って3つ目の停留所で降りてくれって。」

 そこへ迎えに来てくれるらしい。

「…なんかさ。すっげー意気込んでんだよな。…なんだろ?」

「忙しいんじゃないの?やっぱり。」

「…かなあ?」

 いわれたとおりにバスを降りると、バス停のすぐ傍に1台の大きな車が止まっていた。

「二人ともー、こっちー。」

 車の助手席の窓から、そっとジュディが呼ぶ。

 近付くとジュディが飛び出してきて、まるで攫われるかのような勢いで後部座席に押し込まれる。…ジュディのどこにこんな力が…?

「出して!」

「はい!」

 ジュディが再び乗り込んだ途端、車が発車する。

「な、何だ、何だ?」

「ゴメンね。もう、本当に、時間が無いの!」

「な?…忙しいんなら又の機会に…。」

「ダメっ!今日しか…今しかないのよ。」

「ジュディ?」

 わずかに青ざめるほど、必死の形相だ。

 車はすぐに路地を1本曲がり、あるビルの前で止まった。

「着いたわ。急いで!」

「あ…ああ。」

 慌てて車から飛び降りて、小走りにビルの中へ入っていくジュディについていった。

「ジュディちゃん。」

 中から、20代半ばの女性が出てくる。

「連れて来たわ。…皆、揃ってる?」

「ええ。あなたの頼みとあれば。…でも、ちょっと大変だったわよ。」

「ありがとう。場所は?」

「第5スタジオで、今セット組んでるわ。」

「分かったわ。出来たらすぐに始められるように、こっちも準備するから。」

「ええ。」

 『5』とかかれた鉄の大きな扉を開けると、倉庫のような広い部屋に20人くらいの人間が居て、それぞれ忙しく働いていた。

「何だあ?」

「二人とも、こっち。」

 ジュディに呼ばれて付いて行くと、『おお』となにやら感心したような視線が集まる。

 少々居心地の悪い思いを抱えつつ、カーテンで仕切られた小部屋の中へと入った。

「何なんだよ?」

「どうなってるの?」

「え…と、あの。とりあえず『久しぶり』。」

「あ、…ああ。」

「二人とも、元気だった?」

 そういえば挨拶もまだだったっけ。

「こんにちは。ジュディは忙しそうだね。」

「あ…はは。…もう、ちょっとだけ我儘通したいと思って頑張っちゃったら…大変なことに…。」

「そうなんだ?」

「何か、忙しいんなら俺たち…。」

「あ!何!?今日、何か予定あるの!?」

「いや、図書館で調べ物しようかと思ってただけだから…別に明日だって良いんだけど…。そっちが忙しそうだから…。」

「うん、忙しいって言うか…。…エド!!」

「な、何?」

「お願い!」

「だ、だから…!…っ、ジュディ!?」

 じりじりとジュディが兄さんに近付いていく。

「今日一日。あなたの時間を頂戴!」

「や…あの…。」

 兄さんはその迫力に押され、じりじりと後ろへと後ずさる。

「おい。訳分かんねーし。」

「もう、もう、今日しか無いの!間に合わなくなっちゃうのっ!お願いっ!」

 ジュディが兄さんの手を取って、ぎゅっと握る。

「お願い!エド!私を助けると思って!」

 両手でぎゅっと手を握り込まれ、とうとう壁際まで追い詰められて。間近でうるうると見つめられる。

 あんな綺麗な人に、あんなふうに迫られたら、僕だったら断れないよ。…そう思っていると、案の定。

「だーっ!分かった、分かったから!!」

「本当?ありがとう!」

 今度は首の後ろに腕を回され、ぎゅーっと抱きつかれる。

「でーっ!」

 うわー。役得だねー、兄さん。

 ジュディはそっと兄さんから離れると。

「それじゃ、今日一日。よろしくお願いします。」

 と、きっかり90度に頭を下げた。

「お、おう。」

 そうやって、きちんと頭を下げられると兄さんは本当に弱い。

「い…良いけどさ。…で、何なの?」

「え?あら?…言ってなかったっけ?」

「聞いてない。」

 兄さんと一緒に僕まで首を振ると、『あらあ?』と彼女は首を傾げた。

「あのね。んー。写真を撮りたいの。」

「写真?」

「うん。ちょっと色々使いたくて。」

「…写真は…。」

「あ、顔は出ないから。」

「?」

「背中、貸して欲しいの。んーとね、この辺。」

 と、ジュディは兄さんの背中に回り、左半分を指でつつっとなぞった。

「くすぐってーよ。」

「後、髪の毛と後頭部くらいは写るかなあ。」

「ああ。まあ、そんくらいなら。」

 軍属として動く以上、顔が知られすぎるのも困るのだ。

 タダでさえ兄さんは行動が派手なんだから。もう。

「できれば、オートメイルも入れたいくらいなんだけど…。そうするとエドだって分かる人も多くなるかもしれないしね。」

 一応、ジュディはジュディなりにこちらの事情を考えてくれているようだ。

「…ということで。エド。 ぬ・い・で。」

「げっ。」

「あ。私も準備しなきゃ。」

 言った途端、ガバッと来ていたロングコートを脱ぎ捨てた。

「うわっ!」

「ジュディ?」

 その脱ぎっぷりがあんまりにも潔いので、一応青少年二人兄弟が焦っていると、その中は白いノースリーブのワンピースだった。

 飾り一つ無いシンプルなもので、身体のラインが綺麗に見える。

「よっと。」

 黒い革靴も脱ぎ捨てて、はだしになる。

「エドはこれ着て来て。私、先に行ってるから。」

「お…おう。」

 壁に掛けてあったハンガーにかけられた白い服一式を手渡し(押し付けて?)ジュディはカーテンの外へと出て行った。

 一気にカーテンの中は静かになり、『はあ』と二人同時に溜め息が出た。

「…着替えるか…。」

 ぽつりと兄さんが言い、自分の服を脱ぎ始めた。

「…何か…普通の服だね。」

 白いタンクトップのシャツに白いズボン。白いベルト。と白一色だ。

 …何故か、サイズはピッタリだったりする。

 ああそうか、イーストシティに居た時も『変装』だといって、兄さんに服を着せてたから大体分かるのか。

「これでいいのか?別に他につけるもんねーよな。」

「うん。さっきジュディの服も白かったから、合わせてあるのかなあ。」

「だろうな。…じゃ、行くか。」

 靴は無かったので、裸足のまま出る。

 サッとカーテンを開けると、皆の視線がこちらへと向いた。

 『おー』と又良く分からない声が上がるが、オートメイルを気持ち悪がったりしている感じでは無い。

「こっちー。」

 ジュディが手を振るので二人でそっちへ行く。

「カメラマンのラウルさん。」

「あ、ども。」

「君がエドワード君ね。よろしく〜。まあ、見事な金髪ねえ〜。しかも、顔はダメなんて残念だわ〜。」

 30代前半くらいのおじさんが握手を求めてくる。…何か口調が女性っぽい?

 世の中いろんな人が居る。握手をしている兄さんも、どこか苦笑気味だ。

 その後も数名のスタッフに紹介される。

 そして、いざ。撮影となった。

「ゴメンね。アル。ここで、待っててね。」

 少し大きめの椅子を用意してもらい、写りこまない位置で見させてもらう。

 スタイリストの人が、兄さんの三つ編みを解いて綺麗に解かし直したり。

 二人の身長差を丁度良くするために、兄さんの足の下に小さな台を置いたり。

 ライトや様々なものを調節しつつ、やっとカメラマンさんの声がかかる。

 『へー、写真を撮るってこんなに手がかかるんだあ』

 感心しながら見ていると、踏み台の上でむっつりとした表情の兄さんに(恐らく踏み台を用意されたのが気に入らないのだ。全くもう、仕方ないじゃん。ジュディの方が背が高いんだから)、ジュディが何か話しかけている。

 あ、そうか。喋ってもいいんだ。声は写らないし。

 次第に緊張も解けて機嫌も直ってきたらしい兄さんも、時々ジュディに笑ったりしながら撮影は進んでいった。

 僕は兄さんを小柄だと思っていたけど、ジュディと並ぶと意外にがっしりと見えるのにびっくりした。

 台でちょっと身長を高く見せているせいもあるのかも知れないけれど。肌の色、体の造りが、当たり前だけど全然違うのだ。

 時々、二人の位置や向きを変えたり。バックのライトの色を変えたり。二人の髪型を変えたり。と、様々なパターンをとっていく。

 途中、休憩を挟み、届けられたもので昼食を済ませたりしながら(僕は勿論何も食べられなかったけど、誰もそれを変には思わないようだった)撮影は続き、気が付けばもう夕方だ。

「は〜い。いいわよ〜。エドワード君、終わり〜。」

「でーっ。疲れた〜。」

 撮影中は立ちっぱなしだった兄さんが戻ってくる。

 この頃にはスタッフの皆さんとも随分打ち解け、『お疲れ〜』の声があちこちから掛かる。

「アール。」

 ライトの中からジュディが僕を呼んだ。

「次はアルだよ〜。」

 と手を振る。

「えっ?ボ、僕?」

「おいでー。」

 でも、としり込みする僕に、『行って来いよ』と兄さんが笑う。

 多分きっと、一日中待ちぼうけだった僕に気を使ってくれたんだ。

「うん。」

 と頷いてライトの中に入った。

「はい。パン。」

「?」

 両手の平をこちらに向けて言うので、思わず僕もパンとそこへ両手の平を合わせた。

「角度は?」

 ちょっと撮るには随分細かくポーズを決めるなあと、いぶかしく想いながらも言われたとおりにズリズリと動いて角度を変える。

「はい。じゃあ、撮りま〜す。」

 言われた途端にジュディの表情が変わる。

 愛おしいような切ないような、優しい表情。

 角度から言えば、メインは当然ジュディの表情だった。

 だけど、わざわざ僕って言ったんだから、この鎧が必要だったのかな。

 どんな写真が出来るんだろう。凄く楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

20060111UP
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業界のことは全く分かりません。
無謀なこと考えたよな、我ながら。
少しでもそれらしい雰囲気が出てるといいのですが…。
『あんた達、もう「そう」なのっ!?』編はアル視点です。
(06、01、20)

 

 

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