Angel's Wing 8

 セントラルに着いた途端スタジオに連れて行かれてしまった僕達は、宿を取っていなかった。

「じゃ、ウチ来る?」

「へ?」

「い…良いんですか?」

「良いよ。兄さんのところ程じゃないけど、部屋あるし。」

 その前に、と。近くのレストランで夕食を取る。

 …個室…なんだけど。

「…豪勢だな。」

「そんなんじゃないのよ。だって食事はゆっくり取りたいじゃない?」

 顔がばれるとまずいのよ。と苦笑するジュディに、色々と不便なんだねと同情したり…。

 その後、事務所の運転手付きの高級車でジュディの部屋へと向かう。

「…わあ〜。」

「………。」

「一応、言っておくけど。安全のためだからね。」

 窓は防弾ガラスで、車のボディもなにやら特殊な材質なのだとか。

 そして着いたのは、セントラル郊外の高級住宅街にある超高級マンション。

「………。」

「………。」

「さらに、言っておくと…。」

「…安全のためなんだろ。」

 何か、もう言葉もない。

 外装なんかもとっても高級感があふれていて、入口には管理人さんとは別に警備員さんが居る。

「本当に、別にこんなに高いところじゃなくたっていいのよ。ただ。セキュリティーがね。」

「そんなに、危ない目に会ったことがあるのか?」

「いわゆる『危険』って言う訳ではないんだけど。普通のマンションに居て、ファンの人が集まってしまうと他の人に迷惑になっちゃうし。」

「ああ、成る程。」

「それに、少し変わった人って世の中にはいるのね。私に危害を加えようという気はなくても、部屋に入り込みたいとか自分だけの何かが欲しいとか。」

「ふーん?」

「自宅を知ってる時点で変でしょ?事務所に来るのならともかく。」

「あ、そうか。」

 ジュディの部屋があるフロアに着く。

「どうぞ。 あ、靴を脱いでね。」

 と招き入れられる。

 兄さんにはスリッパを。僕のはサイズが無いからと足の裏を綺麗に拭いて入った。

 ほお〜っと、あたりを見回す。

 …凄い、綺麗。…なんだけど、あれ?何か変?

 僕より先に中へ入っていた兄さんが、呆れたように言った。

「お前、ちゃんとここで生活してんの?」

「えー?…あ…まあ…。」

 あいまいなジュディの返事が実態を明らかにする。

 そう、綺麗に整えられているけれど生活感が無いんだよ。

 キッチンは綺麗過ぎるし。

リビングにあるものと言えば、可愛い小さめのソファとローテーブルにラジオ・レコードプレーヤー位。ぬいぐるみも可愛い小物も一つもない。

くつろげるんだろうか?モデルルームみたいなこの部屋で。

「ったく。」

「だって、あんまり家に居ないんだもの。寝に帰るだけだから…。」

「じゃあ、風呂に何時間も入るんじゃねーよ。」

「えー。」

「『えー』じゃねー。」

「それは、別ー。」

「別じゃねーって。」

 二人でわいわい始まる。何だかんだ言って二人とも仲良いよね。

「あ、ねえ。ジュディ。」

「なあに?」

「これって、ジュディの?」

「うん、そう。」

 ラックに入っているのは、ジュディのレコードと写真集や雑誌だった。

「見てもいい?」

「良いよ。レコードも掛けようか?」

「うん。」

 程なくしてジュディの歌声が流れてくる。

「わー、可愛いー。」

 写真集の中の少女。

「あ、デビュー当時のだ。11歳?12歳?そのくらいだわ。」

「へエ。」

「…恥ずかしいなあ。」

 ジュディは照れて笑っているけれど。

こんな小さな女の子が、行ったんだ。イシュバールに。

僕と兄さんは複雑な気持ちで、写真の中で笑う少女を見つめた。

部屋の中が温まってきたのか、ジュディが兄さんに上着を脱ぐように言っている。

僕にはそういう感覚が分からなくて、それがちょっと悲しい。

上着を持って別の部屋へ行ったジュディは(多分上着をハンガーに掛けてくれたのだと思うが)自分もラフな部屋着に着替えて戻ってきた。

「エド、何か飲む?」

「あ、サンキュ。」

「何がいい?色々あるよ。」

 二人でキッチンへと向かう。

「げっ!何だこの冷蔵庫は!酒とジュースしか入ってねーじゃねーか。」

「うん。」

「『うん』じゃねーよ。もう。」

「種類は色々あるよ。」

「威張るな。そういう問題じゃねぇ。」

 溜め息交じりの兄さんの力無い声。

 又暫く、料理はどうしてるんだとか、二人でわきわきやっている。

 何だかんだ言ったって、兄さんは長男気質って言うの?世話焼きしないで居られないんだよね。自分だって今は相当不健康な生活をしてると思うのに。

 で、ジュディはジュディでそういうのを上手いこと流して、適当に自分のやりたいようにやっちゃう末っ子タイプ?

 あれだけ兄さんにあれこれ言われても、嫌な顔したこと無いもんなあ。

 大佐とジュディって二人で暮らしていたときはどんなだったんだろう?年が離れているから、僕らとは又違った関係だったんだろうな…。

そんなことをぼんやり考えていると、キッチンの方では二人が飲み物をコップに注いでいる音が聞こえてきた。

…そして…。

何やってんの?あんた達っ…。

ジュースだかお酒だか分からないけれど、冷蔵庫の中の飲み物をあれこれ混ぜているらしい。

そして、『色がキレイ』だの『げっ、マズ!』だの『…おお!!(思ったより美味しかったらしい)』だのと楽しみ始めた。

あのねえ、そういうもので遊んじゃダメでしょう!もう!

暫くして、二人は結局ミックスを断念したのか普通のオレンジジュースと頂き物だと言うお菓子の箱を持って戻ってきた。

「あー、楽しかった!」

「…口の中がおかしい…。」

 にっこりと笑うジュディと、複雑な表情で口元を押さえている兄さん。

 怒るべきなのか笑うべきなのか呆れるべきなのか分からなくて、何の反応も返せない僕に。

「今度はアルも一緒にやろうね。」

 とジュディが言った。

「え?」

「ね。」

「あ…うん。」

 兄さんも小さく笑っている。

 そうだね。元の身体に戻ったら。一生に一度位は、この世に二つと無い飲み物を飲んでみてもいいかも…。

 そして、ソファの前にあるガラスのローテーブルの上にお菓子を広げ、絨毯の上にじかに座って3人で色々と話をした。

 僕達の旅の話や、ジュディの仕事の裏話など。

「今日も、一日がかりだったもんな。」

「今日は衣装が1種類だけだったから、楽な方よ?」

「へえ?」

「何種類か変えるときは、もっと大変だし。何日も掛かる時もあるわ。」

「へー。大変なんですねー。」

「楽しいけどね。」

 にっこり笑うジュディ。

 彼女は、気分によってその辺で座ったり転がったりするのだそうで、そのためにこの部屋の中は土足禁止なのだと言う。

 途中、ピアノのある部屋って言うのを見たいと僕が言ったらあっさりOKで、勝手に中を見て回った。

 うわー、ピンクのグランドピアノだよ。

 びっくりした!…でも、とってもキレイな色の淡いピンク。

 ピアノの上には書きかけの楽譜や詩のような物を書き溜めたノートが置いてある。

 何度も推敲した後が見られて、『やっぱり何かを作り出すのって、大変なんだなー』何て思ったりして。

 『散らかってるよ』ジュディがそう言っていた通り、この部屋だけは室内がごちゃごちゃだった。

 他の部屋のよそよそしさとは全然違う部屋の雰囲気。

 きっとこの部屋はジュディの頭の中なんだろうな。

ジュディにとって一番大切な部分。

高級レストランや高級車。超高級マンションなんて、きっと彼女にとっては何の価値も無いもの。

この部屋を守るためのアイテムでしかない。

そんな大切な部屋に、会って間もない僕達を入れてくれた。それだけ、僕らを信用してくれてるんだ。そう思うと嬉しかった。

ピアノの部屋を出て、元居たリビングへ戻ると室内はシーンと静かだった。

「…あれ?」

「おう、アル。」

 ソファの本来座る部分に腕をかけ背もたれにして、床に座っている兄さん。

 その兄さんの足を枕にして、ジュディが寝ていた。いや、…枕って言うより抱き枕?身体を乗り上げるようにして、寝てるし…。オートメイルの方の足だよ。痛くないのかなあ?

「…どうするよ、これ…。」

 とか言いながら、なんか自然にジュディの髪とか触ってるし!

 そういうのは恋人同士がするんじゃないのっ!?それともあんた達、もう『そう』なのっ!?

 何て、僕の心の中の叫びには全く気付かず、兄さんは『ベッドまで、運ぶかあ?』何てのんきに言っている。

 そんな兄さんが、いつに無く男っぽく見えて、ドキリとする。

 この鎧のせいで、随分視線が上になっちゃって。小柄な兄さんはさらに小さく見えて。

 何時もキャンキャン怒ってるイメージがあって。

 『もう、兄さんはいつまでたっても子供なんだから…』何て思ってて…。

 なのにそんな兄さんが、僕よりいくつも年上の男の人に見える。

「あ、あの、兄さん?」

 声を掛け、顔を近づけてみると、不意にジュディががばっと起きた。

「うわあ。」

 慌てて、身体を引く。

 ぶつかる所だったよ。僕は平気だけど、当たったらジュディの頭には大きなたんこぶが出来ていただろう。

「…あれ……エド…?」

「起きたか?」

 10cmと離れていない間近で、ぼんやりと兄さんの顔を見つめるジュディ。…寝ぼけてる?

「……アルは?」

「後ろ。」

「?」

 ぐりんと振り返る。

「あ、アル。」

 にこっと笑う。…寝ぼけてるね?

「お前、ベッドは?」

「…ベッド?」

「まさか、無いとは言わねーよな。」

「あ…るよ。…えーと。」

「お前、ちゃんとそこで寝てるのか?」

「う?うん。」

「寝てねーな!この辺で、転がってるんだろう!」

「ん?…あ〜、エドのベッド。」

「誤魔化すな。」

「誤魔化してないよぅ。」

「俺はいーよ、どこでも。」

「あるから、ソファベッド。ピアノの部屋。」

「あ、あのソファ、ベッドになるんだ。」

 確かに部屋の隅に大きなソファがあった。毛布がたたんで置いてあったのは、ベッドとしても使えるからだったんだ。

「じゃ、俺ら勝手に寝るから。お前は自分のベッドで寝ろ。」

 命令するように兄さんが言った。

「うー、アル。」

「何?」

「一緒に寝よっか。」

「「はあ?」」

 まだ、寝ぼけてるんだろうか?

「お前のベッド。ダブルなの?」

「ううん。んーと、セミダブルくらい。」

「…じゃ、アル入らないと思う。」

「入るでしょう?」

「お前と二人では、入らない。」

「………。」

 むっつりとジュディは黙り込む。

「…そっか。」

「そう。」

「アル〜。」

「な…何?」

「一緒に寝たかったのに〜。」

「あ…はははは…。」

「弟、欲しいのに〜。」

「「は?」」

「弟。…可愛い弟。」

「その前に、お前は自立しろ。」

「してるもん。」

「じゃ、ちゃんと生活しろ。」

「うー、でもアル欲しいー。」

「ダメ。」

「エドのケチ。」

「ケチじゃないだろ。」

 何?何なの?

「兄さん、上げるから。」

「いらん!」

「あ、すっごい拒否。」

「するだろう、普通。」

「お兄さんだよ〜。優しいよ〜。」

「それはお前にだけだ。」

「え〜?エドにだって愛情たっぷり…。」

「あるか!んなもん!」

「その上アルにも愛情たっぷり…。」

「無いっつーの!」

 

 …さらに続いていく妙な会話。

 あんた達二人。変だよ、変!

 微妙に会話おかしいのに、嫌に息が合ってるところが変だからね!絶対!!

 

 

 

 

 

 

20060118UP
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食べ物で(この場合は飲み物ですが)遊んではいけません!
なんかね、ジュディとエドのボケとツッコミも熟練の域に達してきたというか…。
この話の大佐とジュディ兄妹にとって、ソファベッドは必需品。
本読みふけってたり、曲を作ってったりすると没頭して寝食を忘れるタイプなので。
出ては来なかったけど、大佐の家の大きなソファは全てベッドになるのです。ほぼ全ての部屋で寝たいときに寝れるという…。
(06、01、23)

 

 

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