隣同士の距離 10

 

「コルァァァァァア!家を揺らすんじゃねーよ!」

 銀時が外に向かって叫んでいる。

 恐らくは総悟が重機か何かで、家をミシミシと揺らしているのだろう。

「あ………。」

 俺は…。

 床に着いた自分の手を見る。

 アスファルトの道路に、鞄が吹っ飛んだのが見える。

 それを見ている角度が低い。立って見れる位置じゃない。

 霞む視界。叫ぶ声。

『「大丈夫か!?」』

 俺の顔を覗き込むのは銀時。

 けど…『あの時』は………。

「…銀、八…。」

「?多串くん?」

「土方君?大丈夫ですか?真っ青ですよ。」

「………。」

 ふと気付けば、揺れは収まっていた。

 外からは『あっちだ』『追え!』とか聞こえるから、総悟たちは桂を追って行ったのだろう。

 俺は震える手で、携帯を取り出した。

『どうした?』

 かけた先は『土方』のところ。

「俺、鞄を………。」

『おい?』

「学校から出るときは確かに鞄を持っていたんだ。」

「多串くん?」

「けど、何でかそれを落とした。 見えた。 それを見てる俺の視線は低くて…。倒れてるんだか、座り込んでんだかわかんねーけど…。」

『場所がどこか、分かるか?』

「わかんねー。けど、河原じゃない。 アスファルトの道路だった。 多分、いや確証はねえけど、 学校の近くの道路かもしんねえ。」

『そうか。他に、何か思い出した事は?』

「声が………。」

『声?』

「俺を呼ぶ声。  銀八が、呼ぶ声が………。」

「「………。」」

 銀時と新八が顔を見合わせているのが気配で分かった。

「『多串くん』………って………いや、違う。『土方』って………。」

「………。」

「俺 に、何かあったんだ。………そうでもなきゃ、銀八が俺の名前をまともに呼ぶなんて…。あんな、切羽詰った声で…。 俺、どうしたんだろう? 何で、俺こんなところに来ちまったんだ!!」

「落ち着いて、多串くん。」

 銀時が背中をさすってくれる。

 その声が、その手が。まるで銀八のもののようで、すがりつきたくなる。

「はい、土方君。お水です。」

 新八がコップに水を汲んできてくれた。

 震える手で、水を飲んでいる間に。俺の携帯を持って銀時が『土方』と話している。

「………はァ?地図?…まあ、一応あるけど。   へ? 場所を?   ああ、うん。

家の場所と学校の場所ね。   お〜い、新八。机の上に地図広げて。」

「地図、ですか?」

「そう、江戸の地図。机の引き出しにあんだろ。」

「土方さんが言ってんですか?…ちょっと待ってくださいね。  ああ。あった、あった。」

 ガサゴソと新八が広げる地図を見る。

 地形は俺が知っている東京の地形とほとんど変わらなかった。

「ほれ、学生の多串くん。この地図の中で、君の家の場所と学校の場所を指せる?」

「………はい。」

 まず家の場所を指すと、銀時がその町名を電話で『土方』に伝える。

「で、学校が…。」

 あれ、なんかそこだけ道路とか無いんだけど…。

 なんか大きく円が書いてある一角。正に学校の位置はそこなんだけど…。戸惑いつつも俺がそこを指すと。

「「え?」」

 銀時と新八の驚いたような声。

「あ………いや、あのね。学校の位置がさあ……。  ターミナル、なんだけど。」

 電話の向こうでも『土方』が戸惑っているのだろう。

「ターミナル…って…宇宙船の?」

「ええ。」

 俺が新八とぼそぼそと話していると、銀時が二言三言『土方』と言葉を交わして通話を切った。

「場所がターミナルって事は、天人が何か実験とか事故とか起した可能性もあるから、そっちも調べてみるって。」

 銀時が携帯を返してくれながら言う。

「そう、ですか。」

 帰れるのだろうか?本当に?その手段はあるのだろうか?

 間もなく神楽が帰ってきて、沈みがちな俺も3人の明るく脱力するような会話で幾分気分が上昇し。

 夕食も済んだので、さて、志村宅へ帰ろうかという頃になって『土方』と山崎がやってきた。

 襲われたばかりなので、パトカーで送ってくれるという。

 ありがたくその後部座席に、新八と並んで座る。

 ………そうだ。桂のこと、言わなくて良いんだろうか?

 新八は当たり前のように親しく話をしながら、桂のかの字も出さない。

 それとももう、総悟あたりから報告を受けているのだろうか?

 ああ、それよりも。

 銀時が攘夷戦争に参加していたようだということを教えたほうが良いのか?

 あれ?…けど、あの時4人の名前を並べたという事は、………知っているのか?銀時が攘夷戦争に参加していたことも、桂と知り合いだということも?

 そんな相手にどうして俺を預けたのか?

 ましてや仕事の心配や神楽や定春の食費の心配までしてるなんて。

 知っていながら、なぜこう自然に係わり合うことが出来るのか?敵じゃないのか?追う相手じゃないのか?

 銀時も銀時で、どうして『土方』と同じ顔の自分を家に連れ帰ったのか?

 しかも『真選組副長』からの仕事の依頼を受けたり…。

「何だ、疲れたのか?」

 俺を気遣って助手席から『土方』の声が掛けられる。

「はい、少し…。」

「家に帰ったら、お風呂に入って早めに寝ましょうね。」

 新八もいたわるように優しく笑う。

 それらをありがたいと思うのに、一方で何を信じれば良いのか分からなくなった。

 

 

「多串くん。元気ないね。」

 翌日。新八と一緒に万事屋へ来たけれど。

 今日は、仕事も無く。依頼の電話も来ない。

 神楽は相変わらず元気に外へ遊びに行ってしまったし、新八はアイドルのライブだとかで出かけてしまって。今ここには銀時と俺の二人しかいなかった。

「やっぱ、実際に命を狙われたのはショックだった?」

「え、ああ。それもそうなんだけど…。」

 それよりも『土方』や銀時の価値観や考え方が分からなくて不安だし。

 思い出した光景や、切羽詰った銀八の声も気になる。

「まあ、何だ。篭ってても仕方ねえし、どっか出かけるか?」

「?昨日までと言ってることが違うじゃねーか。」

「まあね、開き直ったというか…。土方から昨日までの分の報酬も貰ったし。」

「へ?」

「あいつ、ババアに1か月分の家賃払った後の残りを持って来やがったんだぜ。随分と目減りしちまった。」

 や、そこまで心配かけんなよ。と、むしろ言いたい。

「学生の多串くんも甘い物苦手なんだっけねえ。って事は甘味屋めぐりはダメかァ。ああ、そうだ。せっかくだから遊園地でも行かない?」

「遊園地?」

 あるんか、そんなもん。

 そう思ったが、言うからにはあるのだろう。この世界の遊園地ってのがどんなもんなのか興味もあったので、行くことにした。

 『一応多串くんに連絡しておいて。』銀時にそういわれて、『土方』に遊園地へ行く旨を伝えると。

小さく苦笑する気配が伝わってきて、『楽しんで来い』といわれた。

 やっぱり、この人が俺に対しては格段の配慮をしてくれるのを感じる。

 だとしたら、俺を銀時に預けたのは純粋にそれが一番良い事だと思ったからなのだろうと思う。

 ならば、その気持ちを踏みにじっているのは銀時?

 けど、旧知である桂に対しても堂々と『全力で阻止する』と言い切った。

 実際に襲ってきた攘夷浪士から護ってもくれた。

 それは、『仕事だから』と外聞を取り繕っただけのようには見えなかった。

 むしろ、仕事を口実に。この数日すっかり万事屋の一員のようになってしまった俺を見捨てられない人の良さを感じる。

 俺は銀時の事は良く知らないが、銀八のことは良く知っている。

 いい加減に見えて、やっぱりいい加減なんだけど。それだけじゃない。

 体面だけを取り繕う他の多くの教師と比べると、普段ほったらかしの癖に一番助けて欲しいと思う場面で、そっと手を貸してくれる。

 やりたいように勝手にやっているように見えるのに、思いのほか生徒達に好かれているのはそんなところをこっちが敏感に嗅ぎ分けているからだろう。

 まあ、その分PTAとかの受けは悪いようだけど………。

 良くは分からないけれど、きっと『土方』にしろ銀時にしろ。それぞれの価値観や善悪の判断基準って言うのがあって。それが互いに上手く摺りあっているのだろうと思う。

 この二人がそうなのだろうか?

 それとも、この世界の人は皆そうなのだろうか?

 全く。本当に良く分からない。

 それを知ろうと思ったら、きっとこの世界の常識とか日常の価値観とかを知らなければならないのだろう。

 ああ、もしかして『土方』が俺を外に出そうとするのは、そういう意図があるのかも知れない。

 もっと、良く見ろ。そして、知って、考えろ。

 そういうことなのだろうか?

 

 

 

 

 

20070816UP
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銀さんと土方を語る上で必ず出てくるのが、『元攘夷志士』と『幕吏』という立場の違いです。
立場は違うけど、お互いを認めている。
それが、原作では『腐れ縁』と言う言葉で表現されていましたが。
このお話を通して月子なりの捉え方を書いていけたら良いなあと思っています。
そして、次回は遊園地デート!
(07、09、04)

 

 

 

 

 

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