隣同士の距離 11
「本当に遊園地だ。」
「だからそう言ったじゃん。」
唖然と見る俺に呆れたように銀時が言う。
一部確かに和風だけど、ジェットコースターやメリーゴーランドもある普通の遊園地だった。
ただ、客のほとんどが着物姿なのと、天人が混じっているのが何となく違和感。
「遊びで来るのは始めてだなあ。」
「?じゃあ、以前は何で来たんだよ?」
「仕事。着ぐるみ着てガキ共に風船配るのと、アトラクションの切符切り。」
大変な割りに報酬が安かったんだよねエ。と愚痴る。
「万事屋ってのは本当に万事屋なんだな。」
そういうと、まあね。と笑う。
「届け物だとか、家や店の掃除とか、引越しの手伝いだとか。順番取るために行列に並んだり、ビラ配りに、人手不足の左官の手伝いとかなあ。物騒な仕事は、土方がらみ…ってか真選組がらみが多いかもなあ。」
「え?前にも受けたことあんのか?」
「あるよ。」
「二人は仲が良いのか?」
「土方と?う〜ん?会えば喧嘩だよ。あいつ街中でも平気で抜刀しやがるからあぶねえのなんのって。」
「え!?って、刀?」
「うん。ここにあいつに切られた傷あるよ。」
左肩をポンと叩く。
「き、切られた!?」
「おおよ、あん時はびっくりしたなあ。」
あんな体勢から打ち込んで来んだもんよう。とか笑っている。
や、笑い事じゃねえだろ?
何だよ?こいつら。命がけで喧嘩してんのか?
「それはそうとさ、お宅らはどうなのよ?」
「どう、って?」
「高校生多串くんと担任の銀八先生は?仲良いの?」
「え…。」
一瞬ぎょっとする。自分達の仲がばれたのか…と。
「だって、良くね?先生と生徒だぜ、顎で使い放題?あの副長様を?」
「副長様…って言われても…俺なんだけど…。…一応、クラス委員は志村なんで…使われるのは志村の方が多いんじゃないかな…。」
「ふうん?」
「ただ………何やかやで言いつけられたり呼びつけられたりは結構あるけど。」
『何で俺なんですか?』『俺委員じゃないんですけど。』『生徒に仕事手伝わせる教師がどこにいるんですか!』
文句を言いつつも、一緒にいられるのが嬉しかった。
うん、俺は嬉しかったけど。あいつはどうだったんだろう?
ただ単に、俺が断らないって分かってて、それなりに要領良く手伝うから便利に使っていただけなのかも…。
そして、それだけこき使った生徒が告白なんてしてきたから。断りづらかったのか、適当に話を合わせただけなのか…。
「18歳かあ。ぴちぴちだよね。」
「オヤジくせえ。」
「ああ、いやホラ。土方がさあ、18歳くらいの時ってどんなだったかなあと思ってさ。」
「……ああ『土方』さん。」
「なんか総一郎くんの話だと、髪が長かったらしいんだよね。」
「へえ?」
「それをこう一つに結わいてたらしいんだけど…。で、黒の着流し。」
「ああ、この間屯所で着てた。」
「あれ、凄いよね。何つーの?フェロモン垂れ流し状態?」
「フ、フェ?」
「時々夜飲み屋とかで一緒になるんだよね。で、盛り上がると帰りとか一緒に帰ってくるんだけど。もう、そちこちから声掛かるんだぜ。花町の綺麗なお姉さんから次々と…。」
「へ、へえ…。」
「あ〜あ、学生の多串くんも後何年かしたら、スレちゃってあんなになるのかねえ?」
いやだいやだ、と首を竦める銀時は本当に保護者のようだ。
「やっぱあの胸のはだけ方かね?思いっきりこうガッと見せなきゃダメかね?」
「や〜、銀さんも結構開いてると思うけど?」
鍛えられた胸板がちらりと見えるし。
「え〜〜〜、多串くんってば銀さんの色気にクラクラしちゃってる〜?」
「ぎゃあ。」
言うなりがばっと抱きついてきた銀時。慌ててのけようとするが、何て馬鹿力だ!びくともしねえ。
じゃれ付く俺達を周りの客がクスクスと笑いながら見ていく。
多分兄弟とか、従兄弟とか。そんな親しげな感じに見えるのだろう。
けれど、俺の心臓は痛いくらいにドキドキしていた。
こいつは銀時であって銀八じゃない…のに…。
「さあて、まずは何に乗る?金の事は気にしなくて良いぜ。めったに無いほど財布が膨らんでるから。」
「『土方』さんからのお金でしょう?」
「でも、銀さんが働いたことへの報酬だから。」
何となく足はジェットコースターへと向かいながら、会話が続く。
「そういえば、銀さんって強かったんですね。」
「うん?まあ、そこそこにね。」
「なのに木刀なんだ。」
「廃刀令は知ってるだろ?刀なんて持ってたら逮捕されちゃうよ。」
「何?それ?『洞爺湖』?」
「ああ、これね。修学旅行の時に『洞爺湖』の仙人から貰ったんだ。」
「嘘だね。」
「げ、何で?」
「この間『土方』さんに聞いた。高校は高官の子息しか通えないって。」
「え〜、新八は一発で信じたのに…。」
信じるほうがどうかしている。
けど、あの強さだ。確かにただの木刀には見えない。仙人に貰ったなんて言われれば、そんなもんかも知れないと思ってしまっても仕方が無いのかも?
それから俺達は、平日で空いているのを良い事にジェットコースターに3回乗って。他にもアトラクションやパレードを堪能して。
いろんなものを食べ、飲み。思う存分楽しんだ。
「あんまり暗くなってからってのも危ないから、次で最後にしよう。何に乗りたい?」
「後乗ってないのは…、…ああ、観覧車。」
「観覧車?構わないけど、…男二人で乗るのは微妙ね。」
「だって、瓦屋根があるぜ?」
「屋根くらいあるだろう。」
「ねえよ。」
そんな軽口をたたきながら列に並び、順番が回ってくる。
「観覧車って言ったらチュウだよね。チュウ。」
「ねずみか?」
「違うって。そういえば、前に仕事できて着ぐるみを着てたときにね。土方が来てたんだよね。なんか、お偉いさんのお嬢さんのお相手…って言うの?」
「ふうん?」
そんな話をしているうちに順番が来てゴンドラに乗り込む。
中は普通の観覧車だった。
「ちょっと離れた後ろの方を親父が付いて歩いてさあ。怪しいったらねえんだよ。あいつ見たことあんだよな、飲み屋で。確か松平とかって言ったっけ。」
「松平のとっつあん?…って事は、その娘ってのは栗子ちゃん。」
「知ってんのか?」
「ああ、うん。まあ。」
「あ〜〜、お宅も惚れられちゃってんだ。」
「ちゃんと断った。」
「土方はさあ、上司の娘だから無碍にも断れなかったらしいんだよな。溜め息付きながら後くっ付いて歩いてた。で、やっぱり最後に観覧車に乗ってたよ。」
「ふうん?」
「チュウとかしたのかな?」
「……あの人なら。多分、しねえ。おおっぴらには断れなくても、ちゃんと相手には分かるように断ると思う。」
「そう、かな。」
「うん。多分。」
「お役人も大変だよね。」
「だな。………けど銀八も公務員なんだよな、考えてみれば。やっぱり大変なのかな。」
「大変でも文句言いながらも、きっと楽しんでやってると思うけど?」
「そうかな?」
「そうだろ。受け持ちのクラスにこんな可愛い生徒がいたら、具合悪くたって俺だったら休まねえよ。」
「え?」
驚いて見返すと、随分と優しい眼で銀時がこっちを見ていた。
まるで銀八に見つめられているみたいだ。
心臓がドキドキした。
自分の中で銀八と銀時が重なっていくのがわかる。
始めは全然違うって思ったはずなのに…。いまだって違う部分はたくさんあると分かってるのに。
何で俺にそんなに優しいの?
銀八は、普段は軽口叩いてちゃらんぽらんでしょーのない人だと思ったけど。少なくとも生徒に対しては、それなりに愛情を持って目を配ってくれていたと思う。
他の教師に比べて話しやすいってのもあったとは思うけど、皆が気軽に相談事を持ちかけていた。
進路のこと、家庭のこと、友人関係のこと、勉強のこと、部活のこと…etc。
そういう一つ一つに、真摯に…とは行かないけれど銀八らしいアドバイスをしてやっていた。
『学校』と言う場で、銀八は曲がりなりにも『教師』であった。
だから、俺に向けられる目は、クラス人数分の1でしかなかった。
二人っきりでいるときは、まるで銀八の意識の全てが俺を向いてくれているかのように感じたりもしたけれど。きっとそれは錯覚でしかなかったのだろう。
二人っきりの時間にも入り込んできた銀八の仕事。
それは銀八がクラスメイトと言う俺以外の人間へ気持ちを配る…ということ。
それが嫌だった。
まるで自分が『恋人』ではなく、ただの『お気に入りの生徒』でしかないのを思い知らされるようで。
けど、銀時は。心を砕くとしても万事屋の子供達くらいで俺を入れても3人。
その心の3分の1は俺に向いている。
ましてや今は、俺を護るという仕事を請け負っている最中だから、外出時にはかなり心を砕いてくれている。
銀八じゃないって分かっているのに。
その声が、笑顔が銀八のものと変わらないから…。
その手が俺だけに伸ばされていたらいいと。そう、思ってしまう。
溜め息を付きつつ視線を観覧車の窓の外へむければ、昔ながらの家々と超近代的なビルが渾然一体となった不思議な町並みが広がっていた。
20070817UP
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遊園地デートです。わお。
今回は、『デート』が主体では無いので一つ一つのアトラクションでどうしたこうしたと詳しくは書きませんでした。
その辺を書いてたら、マジ。何話になるか分からないので…。
しかも、付き合ってる恋人同士なら甘くしたりしようもあるけど、この二人は違うし…。
(07、09、10)