隣同士の距離 13

 

「あ。」

「よう。」

 屯所の門のところで、『土方』が待っていた。

「………多串くん。」

「多串じゃねえ。」

 ………。だから、この二人は何なんだ?毎度この会話をやってんのか?

「徹夜、何日目?」

「………、まだ、そんなんじゃねえよ。」

「そう?じゃあ、メシちゃんと食ってる?マヨだけ吸うのは食事じゃないからね。」

「う、るせ。」

「ホラァ、また痩せちゃって…。」

 隊服の上から、所持品検査をするようにパンパンと体を叩く。

「アホ、こら。やめろって。」

 避ける『土方』。そういえば、幾分線が細くなったような気がする。

 普段の真選組の仕事の上に、俺の事まで色々と調べてくれているからきっと相当忙しいのだろう。

「なんか、すみません。」

「「は?」」

 同時にハモる。や、あんたら結局仲が良いのか悪いのかハッキリしろ。

「俺のせいで、忙しいんでしょう?」

「あ、いや、そうじゃねえよ。」

「そ、こいつワーカーホリックっての?仕事人間だからさ、ほっとくと寝食忘れて無茶すんのよ。今までも何度ぶっ倒れたことか。」

「そんなじゃねえ。」

「そんなだろうが。」

 二人がまた言い合いを始めそうになったところに。

「よう、坂田。悪いな、わざわざ。」

 近藤さんがやってきた。…………オッサンだ。

「ゴリラ。」

「ナチュラルにゴリラとか呼ばないでくれる?で、トシにそっくりな子って………おお、その子か!」

 高いところから覗き込まれる。

 オッサンだ、オッサン。オッサンな近藤さんに、何気にショックを受けていると。

 おっきくて温かい手がポンと頭の上に乗った。

「本当にトシにそっくりだなあ。丁度出合った頃のトシくらいかなあ?エエと、名前は…。」

「土方トシヤです。」

「そうそう、トシヤ君ね。俺は近藤勲。よろしくな。」

 よろしくお願いします。と頭を下げる。

 まあ、ここじゃ何だから中に入れ。と言われて庭の方へと歩いていった。

 連れられたのはこの間と同じ建物だった。

 ただ、この間とは違ってガランと広い部屋へと通される。

 会議室みたいな部屋だろうか?隅の方に床の間がある他は、幾つかの長いテーブルが置いてあるだけの畳の部屋だ。

「ああ、トシヤ君。服のサイズはどうだった?」

 山崎が声をかけてくる。

「はい、丁度でした。有難う御座いました。」

「良いって、じゃ、副長。お茶入れてきますね。」

「ああ、頼む。」

「ジミーくん。俺にはお茶菓子ね。」

「ずうずうしいんだよ!テメーは!」

「まあまあ、トシ。………おお、総悟。こっち来い。トシヤ君だぞ。」

「………へえ、本当に土方さんにクリソツじゃねえですかぃ。」

 総悟。こっちは高校生の総悟とほとんど変わらない。

「はじめ、まして。」

「土方さんと違って随分可愛げがあるお人じゃねぇですか。」

「可愛げって何だよ。」

 『土方』が総悟とそんな話をしている間にも、部屋の前には何人もの隊士が入れ替わり立ち代り押し寄せて、『うわー、そっくり』『スゲエ、小さい副長だ』とかやっている。

 何だよ、『小さい副長』って。

 それにしても、『鬼』とか言って隊士たちからも怖がられてるんじゃなかったっけ?この人。

 本当に恐れられてんだったら、そっくりな身内が来たとして、こんなに覗きに来るもんだろうか?

 始めの騒ぎが収まると、隊士たちはそれぞれ自分の仕事へと戻っていった。その時は、確かに『鬼』の副長に怒鳴られて戻ったんだけど…。

それを見ていて思った。なんか生活指導の先生みてえ。

 多分1人くらい、皆の細かい所までを見ていて口うるさく言うものが居ないと、統制が取れなくなってしまうのだろう。

 局長である近藤さんがそんな皆を『まあいいじゃねえか』と笑って見ているから尚更だ。

 夜勤だとかで総悟まで追い出され(出て行くまでにはすったもんだあったけど)室内には、俺と銀時、『土方』、近藤さん、山崎の5人だけとなった。

「実はさ、さっき学生の多串くんとちょっと話をしたんだけどね。」

 銀時がそう切り出した。

「俺、剣術を習いたいんだ。」

 俺がそう言うと、『土方』はふむと考え込んだ。

「トシヤ君。剣術の経験はあるのか?」

 近藤さんが聞く。

「真剣は持ったこと無いです。剣道を…学校の部活で…。」

「………そうか…。」

「あんた、ちょっと見てやれよ。」

 『土方』が近藤さんに言う。

「普通真選組の身内だなんて看板掲げてなきゃ分からないもんだけど、こいつの場合この顔だ。ただ歩いているだけで俺の身内だと触れ回っているようなもんだ。最低限身を護るすべは持っていたほうが良い。」

「そうか?じゃあ、ちょっと見てみるか。ザキ、道場開けておいてくれ。」

「はいよ。」

 山崎が部屋を出て行った。

「?近藤さんが?何で…。」

「これでも近藤さんは道場主だったんだぜ。力量を測るのも教えるのも上手い。」

「へえ、ゴリラの意外な特技。」

「ゴリラって言うな。…って言うか特技って何?それが仕事だったんだろうが。」

「ああ、そうか。」

 そして胴着に着替え道場へと向かった。

 

 

 なんだか久々な気がする道場。

 勝手が違うから緊張もするが、体中がピシリと叩かれて気合が入るような感じが良い。

「じゃ、トシヤ君。体慣らしたら、始めようか。」

「はい。お願いします。」

 礼をして、竹刀を合わす。

 それからはもう必死だった。

 年齢の差なのか、経験の差なのか?

 俺の知る近藤さんとは全く違う感触に戸惑う。

 何度も打ち込まれて、こっちからは何も出来なくて。

 悔しさでギリギリと歯を食いしばっていると、不意に近藤さんの声がする。

「そう、そこで左。」

 無意識に言われたとおりに体の重心をずらすと、自分でも驚く速さで突きが出た。

「あ…。」

「良いぞ。ホラ、もう一度。」

「は、はい。」

 気がつけば、夢中で竹刀を振っていた。

 思い返してみれば、それはいつも自分の癖だと言われていたこと。

 総悟あたりにはその癖を見抜かれていて、いつも遅れる左側に打ち込まれていた。

 自分でも直さなければと思っていた癖だったけど、どうやれば直せるのかが分からなくて…。

 それが、今日初めてあった人に見抜かれた。

 悔しく感じないのはそれが近藤さんだからだろうか?それとも、癖をあげつらうのではなく、そっとアドバイスをくれるから?

 

 

 1時間ほどたったころ。

「この位にするか。」

 と近藤さんが面を外した。

「あ、有難う御座いました。」

「イヤイヤ、久々に楽しかったよ。こんな素直な太刀筋の相手は久しぶりだ。」

「そう、ですか…?」

「うん。ウチのやつらは一癖も二癖もあるやつらだからな。普通に『剣道』しようなんて輩は一人もいやしない。どうやって俺を討ち取るか。どうやったら足元を掬えるか。そんなんばっかりだから。」

「………。」

「トシヤ君。君は上手い方だと思う。けど、君のそれは『剣道』だ。」

「………はい。」

「勿論剣道を護身用に極めるのも良いだろう。けど、いざというときは何が何でも生き延びようという心の方が大事なんだ。」

「心…ですか。」

「そう。例え、木刀や竹刀を持っていなくたって。何とかして生き残ろうとする気概だな。手持ちの荷物や足元の石ころを投げつけるんでもいい。『助けてくれ』と大声で叫ぶんでも良い。不味いと思ったら間髪入れずに逃げ出すんでも良いんだ。」

「は…い。」

「相手を倒せる武器を持っているから、その技術を持っているから、生き残れるって言うもんでもないんだ。」

「はい。」

「うん。よし、良い子だ。とりあえず、今日は君の不味い癖を直しておいたから。もっと強くなりたいと思ったら、後は…嫌な話だけど実践だな。」

「実践?」

「実際の戦いの場所で、相手が自分が動くまで待ってくれるか?必ず正面に立って静止してくれるか?」

「い、え。」

「真後ろから襲われたらどうする?声も掛けられずに、すれ違いざまにやられたら?」

「う………。」

「そういうのはウチの隊士たちに教わると良いだろう。時間のある時はここへ来て良いぞ。手の空いている奴に相手するように言っておく。」

「あ、有難う御座います。」

 頭を下げると、頑張れよ。と頭をポンポンなぜられた。

「さて、と。ザキ、トシと坂田はどこへ行ったかな?」

 

 

 

 

 

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近藤さんはただのストーカーではなく。道場主として指導者として優秀だったらステキだなあ…と。
さらに、彼が言っていた事。『手持ちの荷物を〜』の下りは、本当に実際に要人警護などをされている方に教えていただいたことです。
ちなみに一番効果のあるのが『お金』特に『小銭』だそうです。
財布を自分と相手の中間くらいに投げるとか、小銭を逃げる方向とは別の方へ投げるとかするといいそうです。
人間っていうのはお金の音に反応します。と苦笑されていました。
そして、危ないと思ったら(腕を掴まれたりする前に)とにかく叫んで逃げる!…これだそうです。参考までに。
(07、09、17)

 

 

 

 

 

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