隣同士の距離 16
真顔で「ウフ」とか言いやがった銀時は、その後も全く口を割らなかった。
結構頑張って食い下がったのだが…。
自分でもどうしてこんなに気になるのか。
やはり、銀八と似ているからだろうか?
銀八よりもずっと飄々としているように見える銀時が、好きになるのはどんな人なのかという興味もある。
けれど、好きな人のことを語っていたときの銀時の目が。本当に愛おしそうに細められていて。
ああ、本当にその人のことが好きなんだなあって思えたから。
ちょっとほのぼのとした気分。
そして、同じだけ心の中がモヤモヤする。
銀時もなのか?
銀時は3分の1の気持ちを俺に分けてくれていると思っていた。
なのに、あんなに優しい顔をして思い描く人がいるんだ…。
多分俺は、銀八にそっくりな(もしかしたら同一人物かも知れない)銀時に、想い人がいるのがショックなのだ。
勝手だが、銀時には誰かのものになってほしくなかった。
別に自分を『恋人』のように思ってくれなくていい。
『誰のものにもならない銀さん』で居てほしかったのだ。
あんなに優しい顔は、一体誰の為のものなんだ?
その翌日。
俺は張り切って屯所へ向かい、稽古をつけてもらう気満々だったのだが。
神楽に銀時と遊園地に言っていたのがばれて、思いっきりむくれられた。
こいつの場合、むくれるとそこに破壊活動が追加されるから厄介だ。
そんな訳で、俺は1日神楽のお相手をすることになった。
俺が出かければ銀時も付いてくる。
今日は仕事の依頼もないし、銀時が出払っている以上依頼が入っても受けられないし…っていうんで、新八も来て。万事屋総出で神楽のお供だ。
定春の散歩。近所の公園。神楽の行きつけの駄菓子屋。ゲームセンターでプリクラとって。なぜか河童みたいな天人のいる沼に行ったり。
特に何の予定も決めず。
行き当たりばったり。
時間にも追われずのんびり歩く。
買った駄菓子を時々ツマミながら、気になる店を冷やかしたり。
下らない冗談を言い合ったり。
ああ、何だ。
なんだろう?
時間がゆっくりと流れていく。
こんな風に、まるでそこに流れる空気のように過ごしたことなんて。今まであっただろうか?
いつも何かに追いかけられて、時間を無駄にしないことばかり気に掛けていた。
受験生と言うせいもあっただろうけど、最近は特に余裕が無かった。
銀八との付き合いだってそうだった。
以前は、銀八に用事を言いつけられて放課後に篭った教室で。夕焼けに染まった空や空気や教室を二人でただただ圧倒されて眺めていたこともあった。
それが最近じゃ、見つからないように、気付かれないように。そればっかりだった。
でも会いたいから必死で時間を作って、帰らなきゃならない夕方にはまるで何かに脅迫されているかのように銀八にしがみ付いた。
そんな俺を見て、銀八はどう思っていたのだろう?
秘密の恋愛を楽しむはずが、俺が必死になっていくにつれ引いたのかも知れない。
ウザいと、突き放そうと思っていたのかも。
だからきっと俺が教室を飛び出したって、追いかけてはくれなかったんだ。
いや、あそこで銀八が追いかけたとしたら…。
それを見た者の中で、聡い者は俺達の間に何かあると感付いたかも知れない。
俺にはそんな事を慮る余裕も無くて、けど。多分銀八にはそういう状況とかが見えていて…。
それが大人と子供の差なのかもしれない。
目の前に沈むでっかい太陽を見ながら、そんな事を考える。
俺達は万事屋からは少し離れた、大きめの公園に来ていた。
ジャングルジムのてっぺんで並んで夕日を眺めるのは俺と神楽。
銀時はすぐ傍のベンチに座って、『子供って元気だねえ』とオッサンくさいことを言っている。
新八は、ジャングルジムの下から『落ちないで下さいね〜』とか言って見上げている。
「綺麗アルね。トシちゃん。」
「ああ、そうだな。」
「なんか、おいしそうアル。」
「ん〜〜?そうかあ?」
「ホットケーキみたいアル。」
「ああ、そういやそうかなあ?バターとかメイプルシロップとかがトロトロに溶けた感じかなあ?」
「うおおおお!なんかすっげく食べたくなったアル。銀ちゃん!お腹空いた!」
「テメーはさっきも菓子食ったばっかりじゃねえか。」
「アレは、おやつネ。今度はホットーケーキ!」
夕日を指して叫んだ神楽に、つられたように銀時も夕日を見つめる。
「………ホットケーキかあ…。良いねえ、メイプルシロップ…。」
俺はむしろマヨネーズを掛けたいなあ。
そんな事を思っていると。
「いよっし!ファミレスに行こうぜ!」
「ええ、銀さん大丈夫ですか?」
「家賃は多串くんが払ってくれたから、今ある金は取っとかなくて良いし。」
や、それは不味いだろ。なんかのために取っとけよ。
「…って、あんた!1ヶ月分払ったって後2か月分残ってるじゃないですか!」
「どんだけ溜めてんだよ!」
「気にしねエ気にしねエ。宵越しの金は持たねエのが江戸っ子よ。」
「あんた、江戸っ子なんですか!」
「いんや。」
「うるさいアル。ごちゃごちゃ言ってないで、ホットケーキ食べるアル。」
すちゃっとジャングルジムから飛び降りた神楽を追って、俺もスルリと滑り降りた。
「よっし、行こうぜ。」
まだ新八がブツブツ言っていたけど、俺達はファミレスに向かった。
ホットケーキが見えなくなるまでマヨネーズをかけて、3人にアレコレ言われたけど。
思い返してみれば、ホットケーキなんて久しぶりで。
俺、こっちの世界へ来てから。
初めてのこととか久しぶりのこととか結構体験してんじゃねえ?とか思ったり。
この日は、攘夷浪士の襲撃も無く。
まったりのんびりして1日が終わった。
そして、翌日。
今日こそは、と勇んで真選組の屯所へ向かった。
付いてこなけりゃならない銀時には、ひとしきりぶつくさ言われたけど。強引に俺が外へ出てしまえば付いてくるしかないので、一緒に屯所の門をくぐる。
「ああ、トシヤさん。」
俺を見つけて声をかけてきたのは原田だった。
「稽古ですか?今、道場で15人くらいがやってるんで。どうぞ、混じってきてください。」
胴着やなんかはすでに俺の分として用意してくれていて、それを指示された部屋で着替えて道場へ向かう。
面倒臭せえ、の一言で居眠りを決め込んだ銀時は。屯所の長い廊下に横になって舟をこぎ始めていた。
全くもう。と思ったが、まさか屯所内で襲われる事は無いだろう。
道場では、すでに稽古が始まっていて俺の見たことの無いメンバーが半分位と元の世界で剣道部だと思われるメンバーが(記憶の中の姿より幾分年を食っていたけど)いた。
中に入っていくと本当に話は通っていたらしく、皆快く受け入れてくれる。
合間に、それぞれの武勇伝を聞いたり。『鬼の副長』に怒られた話を聞いたりしながら、2時間ばかり汗を流した。
原田が呼びに来てお開きとなり、俺は先程着替えた部屋へ戻った。
「おお、トシヤ君。早速来たのか?」
「近藤さん。」
「どうだった、為になったか?」
「はい。」
所謂『剣道』とは違う、実践さながらの稽古をつけてもらった。
1対複数だった時にどうすればいいか。こちらが剣を持っていなかったらどうしたらいいか。
俺が攘夷浪士に狙われているという話を聞いていたらしく、皆親身になって相手をしてくれたと思う。
「そうか、良かった。」
ニカっと笑う近藤さん。なんかもう、その顔を見ているだけで気持ちが落ち着く。
「トシの遠縁だそうだけど、ご家族は?」
「両親と姉がいます。」
「そうかあ。トシヤ君の姉上なら美人なんだろうなあ。」
「そう、ですか?俺には分かりませんが。」
「イヤイヤ、絶対に美人だって。総悟の姉上も美人さんだったしな。」
「へえ?」
元の世界じゃ、我儘を絵に描いたような一人っ子だが。
「トシにも妹さんが居たらしいんだが…、生きていれば相当な美人だったろうなあ。」
「………やっぱり亡くなったんですか?」
「うん?トシは、余りはっきりは言わないけどな。小さい頃に亡くなったらしい…。」
「近藤さんは、土方さんのご家族のことどこまで知ってるんですか?」
「え………。トシヤ君、親戚じゃないの?」
「え!や!あの!!………その、親戚と分かったのは最近で!ずっと会った事も無くて!」
「ふうん?」
「あの、俺の顔がそっくりって言うんで。で、苗字も一緒なので…。会って話をしたら、どうやら親戚らしいって………。」
「へえ。そうかあ、って事はトシの家族のことも他人事じゃないってことだもんなあ。」
「あ、はい。」
ああ、良かった。近藤さんが単純な人で助かった。
「俺もトシのご家族はトシが幼い頃に亡くなったって事しか聞いてねえんだ。」
「そう…なんですか。」
「トシヤ君は?何か聞いてるか?」
「あ、はい。攘夷戦争に村が巻き込まれた………ってことだけ…。」
「そうか。当時はそんな村幾つもあったからなあ。………おっと、俺はこれから城で会議なんだ。じゃあ、ゆっくりして行ってくれよ。」
「はい。有難う御座いました。」
近藤さんと別れて、『土方』がいるのなら挨拶をしておこうと部屋の方へ向かった。すぐ傍の廊下の角を曲がるとそこには銀時が立っていた。
「今の話、本当?」
「銀さん?…『今の話』?」
「土方の村が攘夷戦争に巻き込まれた…って話。」
「ああ、それで家族と別れたってこの間本人から聞いたけど………。」
「………。」
いつに無い真剣な表情で踵を返した銀時は足早に廊下を歩いて行ってしまった。
20070912UP
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のんびりとした1日を。
仕事の無い日の神楽は、どう過ごしているのかなあと。頑張って考えてみました。
ああ、ホットケーキ食べたくなってきたよ。
(07、09、27)