隣同士の距離 17

 

「銀さん。どうしたんだ?」

「………。」

 銀時は俺の問いかけには答えずに、廊下をずんずんと歩いていく。

 この先にあるのは…『土方』の部屋だ。

「多串くん!」

 タンと障子をあけて部屋へと乗り込む。

「………んだ?…来てたのか?…ってか多串じゃねえ。」

 部屋は煙草の煙で心なしか白く煙っていた。

「うお、くせっ!」

 銀時が慌てて障子という障子をあけて空気を入れ替える。

「バカ、風で書類が飛ぶだろうが!」

「バカはどっちだ。煙草吸った上に副流煙まで吸い込んでたら、あっという間に肺がんでポックリ逝っちまうぞ。」

「大丈夫だ、テメーが糖尿病で目が見えなくなるほうが先だ。」

「何がどう大丈夫なんだよ!!!」

 途端に言い合いが始まる。

 だから………何度も言うが、あんたら仲が良いのか悪いのかハッキリしろ。

 それにしても。

 この人、又痩せたんじゃないだろうか?

「………今度こそ、ちゃんと寝てんの?」

 銀時も同じ事を思ったのだろう、幾分トーンを下げて聞く。

「………仮眠は取ってる。」

「仮眠じゃなくて睡眠は?」

「………。」

「忙しい…んだ?」

「まあな。………この間言ったろ。こいつが襲われた攘夷浪士の中に活動が活発になってきたグループのメンバーがいるって。」

「ああ、そういえば。」

「あのグループがな、火薬を大量に集めてんだ。」

「へえ?」

「メンバーの中にお偉いさんの親戚が混じっててな。先にそれなりの証拠を集めてから出ないとおいそれとは踏み込めねえ。」

「お偉いさんの親戚ねえ。」

「今の情勢で天人を排除したら、恐らく幕府は総崩れになる。その下で恩恵を受けている家族や親戚がどうなるか、ちょっと考えれば分かりそうなもんだけどな。」

「バカだねえ。」

「…まあ、中には親に反抗して攘夷活動に参加する奴もいるからな。」

「攘夷派って暴走族なんだ…?」

「まあ、ある意味暴走してるっちゃあしてるが。それより…、稽古してきたんだろう?どうだった?」

 と、後半は俺の方を向いて言う。

「あ、はい。色々と勉強になりました。」

 そうかと『土方』が穏やかな表情で頷いた時、「あ」と銀時が大声を上げた。

「和んでる場合じゃなかった!多串くん!」

「多串じゃねえって言ってんだろうが。」

 …だから、あんたら。

「君の故郷。………攘夷戦争に巻き込まれた…って……本当?」

 『土方』の視線が俺の方へ流れてきた。

「学生の多串くんが俺に言ったわけじゃないよ。ゴリラと話してるのを聞いただけ。」

「ゴリラじゃねえ、近藤さん。」

「ああ、もう。だから…。」

「そうだよ。俺がガキの頃住んでた村は、戦争に巻き込まれた。家族ともそこで別れ別れになった。」

「………。」

 銀時は、苦しそうな表情で項垂れた。

「………。ごめん。」

「何でお前が謝る?」

「当時、天人たちは地球人との融和政策が取られていた。だから、絶対に一般の人間は襲わねエように通達が出てた。」

「………え?」

 俺は思わず声を上げてしまったが、『土方』は表情も変えずに銀時を見つめていた。

「あの当時。一般の人間を襲ったのは…、むしろ敗戦が色濃くなってきて精神的に追い詰められ血に酔った攘夷志士達のほうだった。」

「人間、同士で…?」

「協力的でない村を焼き討ちしたり、面白半分で弱いものを殺したり。ちょっと見目のいい娘なんかいたら………。」

 なん……?

 『巻き込まれた』…って、そういうことなのか?もう、明らかに『襲って』るじゃないか!

「…テメーもやったのか?」

「やっちゃいねえ!俺はやらねえよ!!俺はそういう発散の仕方は嫌だったから!」

「だったら、謝るな。大体、俺の村が無くなった頃はテメーだってただのクソガキだったろうが。」

「そりゃそうだけど。」

「俺が当時いくらガキだからって言ったって、自分の村を襲ったのが天人なのか人間なのかくらい区別は付く。」

「………。」

「やった奴を憎いとは思うが、攘夷戦争に参加していた全員を憎いとは思わねえよ。それに、いくら通達が出ていたって天人の一部も人間を襲ったりしてた。襲ってきたのが人間だろうが天人だろうが襲われたほうに取っちゃ『襲われた』と言う事実が変わるわけじゃねえ。同じ事だ。」

「多串くん。」

「多串じゃねえって。」

「本当に同じ事…なんですか?」

「まあ、天人に襲われた村には後からきちんと保障がされたらしいが、だからといって殺されちまった人間はもどらねえだろ。」

「それは、そうですが。」

「例えば交通事故にあったとして。こっちの車に撥ねられようがそっちの車に撥ねられようが『撥ねられた』と言う事実は変わらねえ。犯人の誠意や財力によってその後の対応は変わるかも知れねえがな。」

「ああ、………そう、ですね。」

 交通事故…。あれ、何が引っかかるんだろう?

 キキキキーっと耳にのこるブレーキ音。

 どんと何かがぶつかった感覚。

 吹っ飛んだ鞄。

 地面がすぐ目の前にあって、銀八の声がした。

 視線を上げたら…空が、見えた。

「あ………れ。」

「どうしたの?」

「おい?真っ青だぞ。」

 俺の顔を覗き込む、銀八。

 『ああ、良かった』って俺は思ったんだった。

『事故ったのが、銀八じゃなくて良かった』って………。

 

 

 すぐ傍でぼそぼそと小さな声で話し声がする。

 内容は良く分からなかったけど、声は銀時と『土方』だった。

「ずいぶん、………になって………。」

「まあな。ガラでもない………が。………が一人、弟が二人いた………。」

「ふうん。」

「俺の………だがな、まるで………気分………。」

「……んじゃねえ。………がふえる………もんよ?」

「テメーみたいな、マ……でも……。」

「ひでえ。」

 どうやら俺は気を失ったようだった。

 布団に寝かされていて、二人はその布団のすぐ傍で話しているようだ。

「それ……。さっきは、悪かった。」

「さっき?」

「俺の村が襲われたこと、………教える……無かった。」

「何で…。」

「知ればお前は、………みたいに頭を下げるだろう。…自分がやった事でもないのに。」

「っ、だって。」

「テメーが殊勝に頭を下げるなんて、気持ちが悪りぃんだよ。ましてや、自分の非じゃねえ事で。」

「………。」

「俺が攘夷浪士を追ってるのは、別に敵討ちのためじゃない。近藤さんが作ってくれた居場所がたまたま『真選組』と言う組織だったというだけだ。もしも、近藤さんが攘夷浪士に付くと言ったとしても俺は迷わず付いていっただろう。…その程度のもんだ。」

「多串くん。」

「多串じゃねえって。お前は攘夷戦争に参加したことを後悔してるのか?」

「したところで始まらねえよ。あの頃はあそこにしか俺の居場所は無かった、多分昔に戻ってもう1回やり直せるとしてもきっと俺は同じ道を辿る。」

「だったら謝るんじゃねえ、胸を張っていろ。大体、普段自分が悪くたって平気で他人のせいにするお前が、何で関係ねえことで謝るんだよ。」

「ああ、多串くん。」

「だから、多串じゃねえって。」

「抱きしめて良い?」

「アホか!こっち来んじゃねえぞ。来たら蹴り飛ばす。」

「え〜、その足どけてよ。」

「だったら近づくな。」

 ………。

「あ、れ。学生の多串くん。目ぇ醒めた?」

「お、気が付いたか。気分はどうだ?」

 二人が俺の顔を覗き込む。

「稽古がきつかったか?」

「いえ、ちょっと思い出して。…俺、交通事故にあったみたいです。」

「交通事故…かあ。」

「それも、再現するには危険が伴うな。」

 二人は溜め息を付いた。

 俺も内心溜め息を付いた。

 銀時の好きな人って『土方』だったんだ………。

 なかなか上手く行かない…って言ってたよね、今も近付くなとか言われてたし。

 けど、『土方』の方だって銀時を嫌いではないはずだ。

 銀時に対して色々と配慮をしていたような話だったし。家計の心配までしてた。

 銀時だって『嫌われちゃいないと思う』って言っていたし…。

 ああ、そうか。俺もそうなのかも。

 銀八に嫌われてるわけじゃない。生徒としてちゃんと愛されてる。

 けど、俺は(銀時も)それだけじゃ、足りない。………そういうことなんだ。

 

 

 

 

 

20070913UP
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月子はどこまで交通事故を便利に使うんだ…って感じですが…。
現在の日本で思いもかけず巻き込まれてしまう確立の一番高いのは交通事故かなあ…と。
原作を読むと、なんか土方は上に兄弟がいるような気がするんですが。
このお話では一番上の長男です。
ちなみに、学生の多串くんが聞き取れなかった銀時と土方の会話を知りたい方は
こちら
(07、10、03)

 

 

 

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