隣同士の距離 18

 

 『車で送らせる』と言ってくれた『土方』に、『少し外の空気を吸いたいから』と断って。俺と銀時は万事屋への道を辿っていた。

「………。」

「静かだね。…まあ、気分悪いときにべらべらとは喋れないか。」

「ねえ、銀さん。」

「うん?」

「戦争…ってどうだった?」

「どう………って言われても…。」

「人を、殺した?」

「………。うん、たくさんね。」

「天人をだろう?」

「人間も、だよ。天人側についた奴もいたし、中には敵と内通する奴とかいたし。」

「………。そう、何だ。」

「戦争なんてさ、やじろべえの上にいるようなもんよ。『デッド オア アライヴ』いつどっちに振り子が触れるか分からねえ。今日を生き延びられても明日はどうか分からない。」

「銀さん…。」

「まあ、だからさ。そんな状況に耐え切れなくなる奴も中にはいる訳ね。自分の恐怖を誤魔化すために、自分より弱いものを襲って『俺は強い』って自分に言いきかせんだよな。」

「銀さんは…。」

「だから、俺はしてねえって。」

「強かったから?」

「どうかなあ?強いからとか弱いから…とかってんじゃ無くて、まあ、あん時は仲間もいたし。冗談言いあって笑って、それで気が済んじゃってたっていうかね。」

「桂…たち…?」

「うん?…うん、そう。」

「もう、一緒にはやらないんだ?」

「それぞれ、選ぶ道が違ったって事かな。

例えばさ、多串くんは学生でしょう?クラスメイトってのは何人もいるだろ?けど、卒業したらそれぞれ自分が選んだ道へバラバラに進んでいく訳で…。俺達もそんな感じよ。……戦場が学校ってのも変だけど。元々ヅラや高杉は寺子屋からの付き合いだし、その延長みたいな感じだったかな。」

「そっか。」

「だから、まあ。一緒に攘夷活動に参加する気はこれっぽっちもねえけど。かと言って、警察に売る気にもならねえんだよな。」

「ああ、それもそうですね。」

クラスメイトの方の神楽は中国マフィアの後取りだって噂もある。卒業して、例えば彼女が警察に追われる存在となっていたとしても、俺はわざわざ警察にその居場所を言ったりはしないだろう。

銀時も一緒で、わざわざ警察に言ったりはしないけど。だからと言ってその活動に賛同しているわけではないのだ。

「散々殺して、戦争が終わって。俺には何にも残ってなくて。もう、嫌になった。攘夷だのどうでも良い。もう、人は殺さないって決めた。」

「だから、木刀なんだ。」

「まあな。 そうそう、いつも思い通りってわけにもいかねえけど………。」

「ふうん?」

「………だから、まあ。碌な死に方もしねえだろうけどよ。」

「銀さんが?糖尿以外で死ぬわけ無いだろ?」

「あははは。…ってコラ!まあ先の事は分からねえけど、世の中因果応報ってことになってるらしいからさ。」

「そんな。」

「………。なあんか不思議だねえ。多串くんと同じ顔相手にこんな話するなんて。」

「え?」

「だって、あいつも多分同じように思ってると思うから。」

「『土方』さんが?」

「テロリストと対峙してんだ、いつもいつも殺さないでお縄に…なんて無理だろう。あいつだって派手な喧嘩は好きらしいが、人殺しが好きな訳じゃねえ。立場上それが必要だからやってるだけだろうさ。だから、死ぬ時は碌な死に方しねえって思ってる。」

「ふうん?」

「多分な。」

「って予想かよ。」

「そんな話したことねえもん。けどさ、言動の端々にそういうのって出るじゃん?だから、ああ、こいつも俺と同じように考えてんのかなあ…とかって思うわけ。」

 だから好きになったのか?

 思わず、そう口から出そうになった。

 

 

 それから数日は、丁度万事屋に仕事が入っていたりして何かとバタバタしていて。

その上俺はやっぱりちょっと落ち込み気味で、体動かして汗をかくという気分にはどうしてもなれなかったので、稽古には行っていなかった。

「今日は焼肉にすっかなあ?」

 銀時が言った。

「うわあ、銀ちゃん。焼肉アルか〜〜!」

「どうしたんですか?銀さん。そんなお金あるんですか?」

「ホラ土方からのお金もあるじゃん?それに、このところ割と頻繁に仕事入ってるしさ。ここらでどんと焼肉も良いかなあ…って。」

「やったあ!」

「新八、お前んとこにホットプレートあったよなあ。」

「ああ、ありますよ。姉上も今日は休みなんで一緒させていただいて良いですか?」

「おう、多串くんがお世話になってるしな。」

「じゃあ、早速買い出しネ。」

 万事屋総出でスーパーへ行く。

 多分、このところ元気のない俺の事を気遣ってくれているのだと思う。

 自分が交通事故にあったらしいこと。そして、その感触をリアルに思い出してしまったために、ちょっと恐怖とか痛みとか(実際に体に怪我は無いのだけれど)そんなものにもメゲていた。

 そして、銀時の想い人がどうやら『土方』らしいということ。

 別に『土方』にどうこう言うのがあるわけじゃない。むしろ凄い人だと思う。ただ、やっぱり銀時には誰のものでもあって欲しくないだけだ。

 4人でスーパーの袋を提げて、志村宅へと向かう。

 丁度門のところまで来た時だった。

 『土方』が居た。

 いつもの隊服ではなく、黒の着流し姿に刀を差している。

「あっれー、多串くん今日は非番なの?俺達これから焼肉するんだけど一緒する?」

 銀時が誘ったが、『土方』はいや、と首を振った。

 なんだかこの人又線が細くなったような…。

「ちゃんと食わねえと体もたねえぞ。」

「土方さん、なんか痩せたみたいですよ?」

 銀時の上に新八にまで言われて、『土方』は小さく苦笑いした。

「いや、ちょっと話があっただけなんだ。女将に聞いたら今夜はこっちだって聞いたから…。万事屋、少しいいか?」

「俺?」

 銀時が自分の持っていた袋を新八に持たせて、『土方』に近付いた。

「先に行ってるアルよ〜。」

 神楽が声をかけるのに銀時は、おう。と手を上げた。

 神楽と新八が二人から離れるのを幸いに俺も踵を返した。

 ………見たくない。

 この二人が一緒にいるところを見たくない。

 とっさにそう思ってしまった。

 俺達から少し離れたところで立ち止まった二人は、小声でぼそぼそと話している。

「え!?」

 銀時から驚いたような声が上がって、俺達は振り返った。

「ちょっ、多串くん!?」

「じゃ、そういうこったから。」

 そう話を切り上げたらしい『土方』が、俺達の方へ視線をよこす。

「邪魔して悪かったな。」

 俺達を…特に俺を見る。

「ゆっくり楽しめよ。」

「マヨラ、本当に焼肉食べないアルか?焼肉、アルよ?」

「ああ………そうだな、……そのうちな。」

 神楽の言葉に小さく笑って、じゃあと手を上げる『土方』。

 その間、銀時はじっと『土方』を凝視していた。

「………。銀さん?」

 新八が家の中へ入らないのかと即すように声をかけると、銀時は俺らに詫びるように手を上げた。

「悪ィ。焼肉はお前らでやってくれ、俺はちょっと多串くんと話があるからさ。」

「え〜〜、銀ちゃん?銀ちゃんがいないとつまらないアルよ。」

「悪ィな。」

「……しょうがないですね。土方さんにばっかり奢らせちゃダメですよ。」

「志村?」

「何か話があるんでしょ?ちゃんと済ませてきてくださいね。」

「しょうがないアルな。銀ちゃんの分は残しておかないアルよ。」

「あ、ああ…悪ぃ。」

 少しほっとしたように笑うと、銀時はもう大分小さくなった『土方』の背中を追いかけて言った。

 見ていると、『土方』に戻れとでも言われているのだろう。暫く二人で押し問答していたが諦めたように『土方』の肩が落ちて、二人で並んで歩いて行ってしまった。

「………。マヨラ、痩せてたアル。」

「うん。仕事、忙しいみたいだね。」

「……半人前が、この頃相手してくれないアル。」

「…沖田さん?」

「あんなにいっつもサボってる奴が、この間目を真っ赤にして『寝不足だ』って言ってたアル…。」

「このところ近藤さんも姉上のところにあんまり来ないみたいですよ。」

「どういうことだ?」

「もしかしたら、大きなテロの前兆とかがあって、その捜査とかしてるのかも知れません。」

「テロ………。」

「誰も、怪我をしないと良いアル。」

「そうだね、神楽ちゃん。」

「誰も、………。」

 死なないと良い………。神楽の声にならない声が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 

 

20070915UP
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不安が募る子供3人。
ちなみに、土方が言うところの『女将』はお登勢さんのことです。
そして、学生の土方のモヤモヤは『保護者を取られる』ような、そんな感じ。
(07、10、05)

 

 

 

 

 

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