隣同士の距離 19
冗談を言い合い、肉を取り合い、焼き加減で議論を交わし…。
銀時を欠いたものの、皆で囲んだ食卓は楽しいものだった。
それでも、俺の心の中には何かずっしりと重たいものが巣食っているようだ。
あの二人はあの後どうしたのだろう?
時々一緒に飲むようなことを言っていたから、飲み屋で語りあったのだろうか?
多少食いすぎたのと、気になるのとでなかなか眠れなかった。
翌朝。
神楽と新八と一緒に万事屋へ向かう。
神楽が途中、公園で友達を見つけてそのまま行ってしまい。結局万事屋へは新八と二人で到着した。
「お早う御座います。銀さん?起きてます?」
新八はいっつも同じ台詞で戸を開ける。
「どうせ、寝てんだろ。」
「そうですね。昨夜飲んだんならきっと二日酔いでしょうね。」
二人で溜め息を付いて中に入る。
玄関には銀時のブーツだけ。『土方』はいないようだった。
新八はいつもの通り、台所の方へ。
俺は銀時をたたき起こすために和室のふすまを開けた。
「銀さん。寝てんのか?起きろよ!」
「………んあ〜〜〜。」
「………っ。」
いつもと同じ光景のはずだった。
ほぼ万年床と化している煎餅布団に、胡坐をかく。幾分着崩れた甚平。爆発寸前の天パの銀髪。
ガシガシと髪をかき混ぜ、ボリボリと腹をかく寝起きのだらしない姿もいつもどおり。
………なのに、纏う空気が違った。
多分俺だから気付いた。銀八に抱かれたことのある俺だから…。
情事の後の銀八と同じ空気だ。
まさか、『土方』と………?
けど、銀時の片思いだったんじゃないのか?
『土方』の方は、銀時に好感を持ってはいてもこういう関係にはなるつもりは無いように見えた。
それに…。
銀時の様子も普段以上にぼおっとしている。
片思いが成就して喜んだり浮かれたりしている風ではない。
「ん〜〜?どうした?学生の多串くん?」
俺は不自然に銀時を凝視していたらしい。
「いえ。……『土方』さんは…?」
「ああ、多串くんなら屯所へ帰ったよ。」
「そう…ですか。」
銀時に近付くとわずかに煙草の匂いがする。
「………うわ。」
銀時に腕を引っ張られ、抱き込まれる。
ななななん、何だ…?
「………やめて欲しいんだけどさあ………そいつは、言えねえんだよなあ………。…そんなのあいつじゃねえんだもん………。」
「………銀さん?」
まるで『土方』本人に言えない事を。でも、本心では言いたかった事を暴露するかの用に呟く。
その切ない声に、動けないでいると。
「何やってんだ、あんたら!」
新八が部屋の前で仁王立ちになっていた。
「銀さん!とっとと起きて、朝食食べちゃってください!片付かないじゃないですか!全くもう、土方君を抱き枕にして2度寝しようったってそうは行きませんからね!」
「うるせえなあ、このアイドルオタク。」
「だ〜〜、まともに朝一人で起きらんないマダオに言われたかねえよ!」
言い合いをしながらも、銀時は俺を離してのっそりと起き上がった。
居間のソファで新八が簡単に作った朝食をもっさりと食べる。
「おい、テレビつけろ。」
「はいはい。」
銀時に言われて新八がテレビのスイッチを入れる。
テレビではニュースをやっていて、そのうち天気予報のコーナーが始まった。それから、なにやら信じたくないような占いが始まる。
いつもと同じだった。
けど、銀時は大好きな結野アナが出ても、自分の星座の運勢が良くても何の反応も示さず、ただ黙々とメシをかっ込んでいた。
どうしたんだろう?
…わかんねえ。
新八と目で会話する。
銀時の朝食が終わって、新八が入れたお茶をズズズっとすする。
「土方さんの話、なんだったんですか?」
聞くべきか聞かざるべきか、恐らく散々悩んだ末に。新八が言った。
「ん〜〜。」
ぼんやりと茶をすすって、フウと溜め息を付いて。
俺達とは全く視線を合わさずに、銀時はまるで独り言のように話し始めた。
「前に多串くんと約束したんだよねエ。
………まあ、約束って言っても俺が無理言って承諾させたような一方的なもんだったんだけどね。
あの子、何だかんだ言ったって律儀だからさあ。
昨日は約束を護りに来てくれたんだよねエ。
ほら、武装警察の副長なんて仕事してんじゃん。
毎日命がけなんだよね、何気に。
学生の多串くんを襲ってきた奴なんて、ハナから多串くんには叶わないからってんで家族を襲うような奴だからさあ、たいしたこと無いんだけど。
腕に覚えがある奴なんて、多串くんをどうにか出来ればそれこそ名前も上がるしね。
あいつ狙われるのなんか日常茶飯事な訳よ。
………いつだったかなあ?
ホラ。俺ら、しょっちゅう喧嘩してんじゃん?
その日も喧嘩して別れて、その後すぐにテロが起きて多串くんが物凄い怪我したことあったんだよねエ。
あん時思ってさ。
売り言葉に買い言葉で、投げつけた暴言が最後の言葉ってどうよ?
人として忸怩たるものがあるじゃない?
だからさあ、多串くんに言ったわけ。
不意に襲われたりしたときはしょうがないけど。
大きな捕り物がありそうで。んで、なんか命が危ないなあっていうような時は、前もってちゃんと挨拶しに来てね………って。
そうしたら、なんか良い言葉掛けて送り出してやるからねって。
それに、もしかしたらこれが最後かも…って覚悟もできるだろ?」
「な、な、な………。昨夜土方さんが来たのは………。」
なおも新八が言葉を続けようとしたとき、玄関の戸がガラガラと開いた。
タタタタ。と軽い足音がして神楽が駆け込んできた。
「神楽?どうした?」
入ってきた神楽は半べそをかいていた。
「今、半人前にあったアル。そんでこれくれたアル。」
神楽の手には、酢昆布がごっそりと入った大きなコンビニ袋が二つ握られていた。
「「「………。」」」
「しばらく、相手してやれないかも知れないから………って、言ってたアル!」
「「「………。」」」
「昨日のマヨラといい、半人前といい。あいつらに何かあるアルか?」
「「「………。」」」
「ねえ、銀ちゃん!」
「銀さん。僕ら、何か手伝えないですか?この間だって、あれだけ係わったのに…。」
「………。この間のは土方からの依頼だったからだろう。アレだって、土方本人が対処できる状況だったら俺らに依頼なんかしてこなかったさ。」
「けど!」
「それに、あん時は所謂『対テロ』って言う真選組の本来の仕事とは又別だった。アレは組内の内部抗争だったんだから…。」
この間?内部抗争?
「けど、今回のは多分あいつらの本来の仕事の領分だ。俺らが手出しして言いことじゃない。」
「だけど、この間の一件で真選組の隊士の数は半分近くに減ってんですよ!」
「だから…。」
「だから、俺はここに預けられたんだな。なんか事情はしらねえけど、組は今いっぱいいっぱいなんだな。」
「ああ、『学生の多串くんを預かる』これが今俺らの受けた仕事だ。」
「嫌なこと聞きますけど。その後はどうするんです?」
「後?」
「例えば、例えばですけど…。土方さんにもしものことがあったら…、土方君はどうなるんです?」
「………あ。」
数日で帰れればよし、と思っていたけれど。けど、もう1週間以上ここにいる。
『土方』は仕事のほかに個人的にいろいろと『きっかけ』を探してくれているようだけど、彼にもしものことがあったら…。その調査を継続するものがいなくなる。
どうしたら戻れるのかが分からない状況で、そのきっかけ探しまでしなくなってしまったら…帰れる確立はさらに低くなるのではないか?
「ああ、ううん。」
物凄く言いたくなさそうに銀時は唸った。
「言えよ。『土方』さんは何て言ったんだ?」
「勿論、君が居たいだけここにいて良いし。」
「そうじゃなくて!」
「それに、これは一応『依頼』なんでしょう?土方さんが居なくなったりしたらそれって成立するんですか?」
「………するんじゃねえ?」
はあと溜め息を付いて銀時が投げやりに言った。
「あいつにもしものことがあれば、お役人だからな。ましてや、真選組の副長だからな。相当高額の年金が支払われるんだそうだ。受取人は学生の多串くんにしてあるって言ってたから、金銭的には困らねエな。」
「はあ!?」
「んで、現在持ってる土方の預金は万事屋へ来るんだと。この間の依頼料もチビチビ貰うって事になってたし。それプラス、多串くんの用心棒としての代金だそうだ。金が尽きるまでやってくれってさ。」
「な!?」
『金が尽きるまで』とは言っても、きっと銀時のことだ。『もう、金がなくなったからお前出て行け』とは言わないだろう。
つまり『土方』は自分が死んだ後の俺の事を、全て銀時に頼んでいったって事なのか…。
20070916UP
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何気に沖神を絡めつつ…。
(07、10、09)