隣同士の距離 20
「何、何だよ!それは?」
だって本来は家族でも親戚でも何でも無いじゃないか!
そりゃあ、もしかしたら自分自身なのかも知れないが。それは別の世界と言うものがあって始めて成立する話であって…。
今の銀時の話では、『土方』は現在持っている全てを俺に残すと言っているのとほとんど変わらない。
「多串くんは…君を、昔助けられなかった自分の幼い妹や弟のように思ってるんだよ。それに元々天涯孤独で高額の年金を貰ったって仕方無いと思ってたみたいだし。」
組の運営費用にしてくれって言ったら係員に『それは出来ない』って言われたらしいし。とか話す銀時は、多分昨夜散々彼とその件について話し合ったのだろう。
「どうにかなると決まったわけじゃないしな。」
まるで自分自身に言い聞かせるように言う。
「けど、危険な捕り物があるから昨夜土方さんは来たんでしょう?ましてや、あの沖田さんまで…ってことになれば、相当組内の雰囲気もピリピリしてんじゃないですか?」
「言ってみよう!」
俺が言うと、銀時は首を横に振った。
「稽古は暫く休みだと。相手できる隊士達が居ないから。」
「………。」
屯所へ押しかける口実まで奪われて、俺達4人は暫く誰も口を聞くことが出来なかった。
それから数日。
仕事のある日もあったし、何の予定のない日もあった。
その間も俺達の心のどこかに真選組のことがあった。
銀時の気に入りの団子屋で、総悟と良く会ったと聞けば行ってみたが会う事は出来ず。
見回りの隊士たちに出くわしても、下っ端らしく銀時たちも知らない顔だと言う。
そのくせ、知った顔の隊士たちは街では全く見かけなくなった。
その間。俺はひたすらに考えた。
『土方』の気持ち。銀時の気持ち。そして、銀八の気持ちや自分の気持ちまで…。
それはジリジリともどかしかったけれど、俺には必要な時間だったのだと思う。
『土方』や銀時の気持ちや考え方を(想像でしかないけれど)思うにつれ。自分と銀八との関係にも答えが出るような気がした。
『土方』はなぜ銀時に抱かれたのだろう?
そりゃあ、彼も銀時のことを憎からず思っているようではあった。
けれどそれは。『銀時の腕を見込んで』とか、『好ましい人物だから』といった。…何というか、男同士の友情って言うとクサイけど。そんな相手を認めた上での好意のように見えた。『土方』の方に、『恋愛感情』があるようには見えなかったのだ。
なのに、彼の銀時への気遣いは限りなく優しさに溢れていた。
元攘夷戦争に参加していた者という、余りおおっぴらに言えない立場を慮った言動。過去を追及しないさま。同居する子供達への配慮。
それに、銀時が桂と会う事すら容認してしまう、甘いともいえる態度。
現在、権力を持っているのは真選組の方なのだ。
『疑われたくなかったら桂の居場所を言え』とか。そこまでは行かなくても『桂と会うな』と言う事は簡単なはずだ。
けれど、銀時があくまで古い友人として会うのならば、桂との親交すら許してしまう。
つまり、『現在、攘夷活動をしていないのならば』それで良し、と。
それはあまりにも許容範囲が広すぎるような気がする。
それでいて、銀時の口説きには一切応じない…というのは……?
表には出さなかったけど、銀時は本気で土方を心配している。
会うたびに、痩せた痩せたという銀時。
『土方』は仕事の事はほとんど話さないような気がする。だから、銀時は彼の顔色や体型など、ほんの少しの変化も見逃さず彼の仕事をおしはかる。
彼の身の安全を優先するならば。本当なら副長など辞めて欲しいと思っているのかも知れない。けれど、それは『土方』じゃない。
だから『やめろ』とは言えず。『土方』の負担になるから心配してるとも言えず。
ああ、けど。『良い言葉で送り出してやるから』そんな理由で危ない仕事の前に会いに来るようにと言った銀時の本心を、きっと『土方』は分かっていたのだろう。
だから、銀時に抱かれた。
最後かも知れないから…と。
好きな相手を抱きしめることが出来て、確かに銀時は嬉しかったかも知れない。
けれど、『気持ちが通じ合ったから』ではなく、『最後かも知れないから』抱くことが出来たのだとしたら。…いくらその身を手に入れることが出来たって、浮かれて喜ぶ気にはなれないのだろう。
しかし、銀時にも非はあるように思う。
真選組の副長を本気で口説き落とそうと思ったら、それこそ桂たちの情報を手土産にしてもいいはずだった。
そこまで打算的ではなくても、少なくとも会わないようにするとか。無関係無関心を貫くとか配慮は出来るはずだ。
現在もテロリストとして活動する桂と交流を持ちながら、それを捉える側の副長に横恋慕するなど。常識では考えられない。
いくら、昔馴染みだから。『警察に売る気にはならない』のだとしても。普通に家に上がりこんでいく関係なのはどうかと思う。
もしかしたら、いくら銀時が本気で口説いていてもそういう普段の銀時の姿勢が、『土方』には本気だと思えなかったのかも?
逆に。態度には表れていなかったけれど、もしも『土方』も銀時のことを好きだとしたらどうだろうか?
『男同士』であるとか『武装警察の副長と元攘夷志士』と言う立場の違いとか…。躊躇する要因は確かにあるのかも知れなかった。
けれど、俺から言わせれば。気持ちが通じ合ってんだから付き合えばいいんじゃねえ?とも思う。
好きな人と気持ちが通じ合うってのはそれだけで凄いことだ。
ましてやそれが男同士ともなれば、めったに両想いになどなれないだろう。
なのに、銀時の気持ちをを受け入れないのはなぜなんだ?
まだ何か、俺には思いつかないような思惑があるのか?
元々は、俺と『土方』。銀八と銀時が(どうやら)同一人物であるらしい。
けど、一緒に居た時間が長かったせいか俺にとっては銀時の方の気持ちに同調できる部分が多いように思う。
いつだったか、銀時が言っていた。
『100%で俺を見てくれないあいつを確かに不満には思うけど。そういう根っこみたいな部分がなくなっちまったあいつに…、俺は魅力を感じるのかっていやあちょっと微妙なんだよね。』
あれは、『土方』のことだったんだ。…と言う事は、『土方』は100%で銀時を見ていないということ。大切なもの…多分真選組とか近藤さんとか自分の仕事とか…そういうものが根っこにある。それが不満だけれど、そうじゃない『土方』は自分が好きな『土方』じゃない。………そういうことなんだろう。
そして自分を振り返ってみれば。
100%で俺を見てくれない銀八に不満があった。
二人きりの時にも容赦なく忍び込んでくる銀八の仕事。
『ごめんね、ちょっと待ってて』申し訳無さそうにそういいながらも、アッサリと俺を放す銀八が嫌だった。
なんだか、俺の価値はその程度のものなのだと。1番が仕事で、2番が生徒達で、その次くらいなのだ…と思い知らされているようで。
けれど………。
もしも、銀八が生徒達の発するSOSを平気で無視するような奴だったら、俺は好きになっただろうか?
ちゃらんぽらんに見えても、教科書どおりの教師ではなくても。銀八なりに、生徒のことを考え、愛している。それが分かったから好きになったんじゃないのか?
矛盾しているのかも知れない。
俺を100%で見て欲しい。けれど、それが出来ない銀八だから…俺は………。
…ああ、俺は焦っていたな。
自分が子供なのは分かっている。だからこそ、大人である銀八を自分に繋ぎとめようと必死だった。
そしてそれは、少しでも長い時間を二人きりで過ごすことだと勘違いしていた。
銀八の時間を縛り、俺以外のことなど考えないようにするにはどうしたらいいか模索する毎日。
そして、その無茶な行動は俺自身を追い詰めていった。
俺から、銀八以外のことを考える時間を奪っていった。
よくよく考えてみれば、俺だって100%で銀八のことを考えていたわけじゃなかったはずなのだ。
勉強のこと、進路のこと。友達のこと、部活のこと。家族のこと、バイトのこと。
そういったたくさんの俺を構成する要素の中に、銀八が入っていたに過ぎない。
本気で好きだったから、他のものより大きく俺を占めていたかもしれないが。俺は銀八だけで出来ているわけじゃなかった。
銀八に対して必死になる余り、そのことを忘れていた。
だから、銀八は困っていたのかもしれない。
俺が俺自身を見失っていたから。
一緒にいることが俺のプラスにならないなら、少し離れたほうが言いと思ったのかもしれない。
俺の事を思って銀八がしてくれたことを、俺はマイナスにしか考えられなかった。
もう、俺に飽きたのか?とか、ただの興味本位だったのか?とか。
挙句の果てには、捨て台詞をはいて教室を飛び出した。(なんて言ったのかは、いまだに思い出せないが…)
あの時銀八はどう思っただろう。
これで清々すると肩の荷を降ろしただろうか?
それとも、自分の気遣いが俺に届かなかったことを悲しく思っただろうか?
俺は、それを確かめなければならない。
必ず元の世界へ戻って、銀八に会う。今度こそ、きっと冷静に話が出来ると思う。
この世界へ来て、『帰りたい』とこれほど強く思ったのは初めてだった。
いつもと変わらない朝だった。
新八が作った朝食を、銀時と神楽がもっさりと食べる。
天気が良かったので、俺は二人の布団を干したりして…。
テレビはいつものニュースをやっていた。
そのとき、画面がいきなり切り替わった。
『現場の花野アナです。ここはターミナルです。未明に起きた爆発事故は攘夷浪士たちのテロ活動であることが判明しました。
真選組が駆けつけ、現場の収拾に当たっていますが。先程から小規模の爆発が何度か起きていて、隊士たちに負傷者が出ている模様です。』
ガタリ!と銀時が立ち上がった。
『ああ、たった今、犯人達からの犯行声明が届きました………。』
テレビではまだリポートが続いていたけれど、銀八は木刀を持って部屋から駆け出していった。
「待て、俺も行く!」
「僕も!」
「私も行くアル。…定春!」
俺は走り出した銀時のスクーターの後ろに飛び乗った。新八と神楽は定春の背に乗っている。
無言の銀時は一直線にターミナルへと走って行った。
20070918UP
NEXT
今回は、ストーリーが進むというよりは。
悩み多き少年がぐるぐると深みにはまっております。
そして、事件が起きました。
(07、10、15)