隣同士の距離 21




 

 ターミナルへ近づくにつれて、付近はマスコミや野次馬などでごった返してきた。

 バイクは途中で降りなければならなくなり、置いて行く。

 人ごみを掻き分けてターミナル前の『立入禁止』の黄色いテープまでようやくたどり着いた。

「おい、お前!」

 銀時が見張りに立っている黒い制服を見つけて呼び止めた。

「あ…万事屋の旦那。」

 こちらは知らない下っ端の隊士だったが、相手は銀時の顔を知っていたらしい。

「どうなってるんだ?怪我人が出たって言ってたけど…。」

「や、部外者には口外できません。」

「ああん?何だって!?」

 銀時が凄むと、あたりを憚るように見回して声を潜めた。

「…他言無用で願いますよ。」

「分かったから、早く言え。」

「ターミナルの関係者や利用者に負傷者が多数出ました。けど、避難は完了してます。今、外で治療中です。」

 隊士の視線の先を見ると、負傷した関係者が救急車の傍で何十人も手当てを受けていた。

「特に重傷者はいません。逃げる際に怪我をしたとか、爆風で飛んできたものがぶつかったとか、煙を吸い込んだとかその程度で…。」

「人質とかは?取られてんの?」

「いえ。ただ、ターミナルのあちこちにまだ爆発物が仕掛けられている可能性があるので、現在捜索中です。」

「お宅らの中にも負傷者が出たって…。」

「ええ、まあ。」

「死んだ奴は?」

「居ません。今のところは一人も…。」

 外から見たターミナルは特にどこか壊れたようには見えない。ただ、数箇所から不気味な黒い煙を上げていた。

 死者が出てない…ってのは、きっと不幸中の幸いなのだろう。

「そっか。」

 ほっとしたように肩の力を抜いた銀時は、それからいくつか質問したがテレビで報道している以上のことは分からなかった。

「んじゃ、通してもらうから。」

「ええ!?だめですよ!旦那!危険です!!」

 その隊士が思わず大声を上げたため、何事かとマスコミや野次馬までもがわっと殺到してきてしまった。

駆けつけた数名の隊士がそれを抑えようとして、もみくちゃになる。

 そんな中。

 どうしてだか、俺だけがするりと人ごみを抜けてしまった。

 あれ?

 後ろを振り返れば、人ごみの中でもみ合う万事屋のみんな。

 ごめん。と心の中で謝って、俺はそのままターミナルの中へと駆け込んだ。

 入ってすぐの広いロビーのようなところでは、隊士たちがあわただしく駆け回っていた。

 少しはなれたところにマスコミと思しき人間も数名いた。

 外の喧騒に比べると、ここはなんだか不気味に静かだった。

 けれど、それは緊張をはらんだ静けさで。これが『嵐の前の静けさ』って奴なんだろうと思いながら、俺は『土方』を探した。

 そして、不思議な感覚にとらわれる。

 何だろうこれは?

 ターミナルの敷地に入ってからずっとだ。

 誰かが俺を呼んでいるような…?

 『おいで』…と。

『帰っておいで…』と。

 『土方』の話では、この場所は俺の通う高校の位置に当たるらしい。何か関係しているのだろうか?

 帰るための手掛かりになる?

 後で『土方』にも話しておかなければならないだろう。

 うろうろしていると、原田が俺を見つけた。

「トシヤさん?どうしたんですか、こんなところまで。」

「『土方』さんは…?」

「副長に会うために、わざわざ現場まで?」

 原田は少し呆れたようだったけど、俺を『土方』の所へ案内してくれた。

 こちらに背を向けて立つ彼を見つけた。

 いつもはきっちりと着ている隊服の上着をなぜか肩に羽織るようにかけている。刀を腰に下げるのではなく、自身の前で立ててその上に手を置いている『土方』は司令官然としていて。やっぱり凄い人だと思う。

 近づいていくと、傍でなにやら報告をしていた山崎が先にこちらに気がついた。

「トシヤくん!?」

「?」

 『土方』も肩越しに振り返るようにこちらを見る。

「お前…。帰れ!ここは危険だ!」

 驚いたように見開かれた目がすぐに険しくなり、そう怒鳴られる。

「俺、あなたに聞きたいことがあって…。」

 俺の必死の顔をしばらく見ていた『土方』は、小さくため息をつくと山崎にふと視線をやった。

「はいよ。…近くにいますんで。」

 そう言って山崎は離れていった。

 全てを言わなくても互いに分かり合う。そんな様子を見せられて、少し気後れする。

 ああ、やっぱり自分は子供だ。

 『土方』は広い吹き抜けのロビーの向こう。3階あたりを見ていた。

 そこには急ごしらえのバリケードのようなものが見える。犯人たちはあそこに居るのだろうか?

 多分、今は相手の出方を見ているのか、情報を集めて突入のタイミングを計っているのかだろう。

 それにしても、『土方』は数日前に見たときよりもまた痩せたように見える。

 顔色も色白では済まされないくらいに、悪い。

 それでも真っ直ぐに背筋を伸ばして立つ姿は、壮絶だ。

「…何だ、聞きたいことって言うのは?」

 前方を睨み付けながら、『土方』が尋ねた。

「はい、あの。」

 気後れがそのまま立ち位置にでて、俺は『土方』の斜め後ろに立ち止まった。

いざ本人を前にすると、何から聞いたら良いのかわからない。聞きたいことがたくさんあったはずなのに。

「お金のこと…聞きました。」

「…ああ。」

 ふと思い出して、そう切り出した。

「どうして俺に…?」

「もしも、帰れなかったとして。ここで生活していくには先立つものは必要だろう?あのまま万事屋に居座るのもかまわないが、何せ主があれだからな。」

「…はあ。」

「あそこを出てひとり立ちするもよし、真選組に入るのもよし、何か事業を始めるのも自由だが、何にしろ元手は必要だろう。」

「それは…そうですが…。」

「勿論元の世界に帰れるのならそれに越したことは無い。それは、分かっている。ただ、最悪の場合を考えちまう。俺はそういう性分なんだよ。」

「『土方』さんは俺のことを昔亡くなった弟さんのように思ってる…って。」

「ち、あいつ案外口が軽いんだな。…まあ、お前には迷惑かも知れんが…。」

「そんなこと!…俺、兄さん欲しかったし…。」

そういうと、少し照れたように小さく笑った。

「俺には身寄りが無い。俺が死んだときに払われる年金は、このまま放置しておけば国庫に入る。冗談じゃねえ。普段から散々迷惑をかけまくってきやがるくせに、死んだ後まで俺にたかる気かよ。それ位だったら、必要としている者のところへ払ったほうがよっぽど有意義ってもんだ。」

「…はあ。」

「それに…俺は村が襲われたとき、ちゃんと弟たちのことを守ることが出来なかった。その分…って言ったら変かも知れんが…。」

 俺には村が襲われるとかってよく分からない。

 それがどれだけ大変だったかなんて、想像するしかない。

 けど、たった10歳かそこらの子供が『生き残る』それだけでもきっと凄いことなんだろうと思う。

 なのに、この人にとってはそれは『弟たちを守れなかった』負い目でしか無いのだ。

 多分、一人生き残ってしまった罪悪感は常に心のどこかに持ち続けているんだろう。

 それが、俺に金を残すことで薄まるというのなら…。ただ、俺が頷くだけで少しは楽になるというのなら…。

「あの、お金。貰っておきます。」

「ああ、そうしてくれ。」

 幾分ほっとしたように見えたのは、俺の気のせいかも知れないが『土方』はうっすらと笑ったように見えた。

「気が済んだのなら、もう戻れ。ここは本当に危険なんだ。」

「あの。もう一つ。」

銀時のことをが話に出た弾みで、もうひとつの疑問も思い出した。

「どうして銀さんに桂と会うな…って言わないんですか?」

「は?そんなのはあいつの勝手だろう。」

「や、それはそうかもしれませんけど。指名手配犯と会えば銀さんだって疑われるわけだし…。」

「疑われたって会いたいと思うんなら仕方ねえじゃねえか。」

「あ…いや。そうじゃなくて…。」

 ああ、何だろう。言いたいことがうまく言葉にならない。

「それに、あいつは自由なのが一番似合うだろ。」

「は?」

「うん?」

「……自由?」

「ああ。テロリストだとか幕僚だとか、そんなものにとらわれない自由なのがあいつだろ。

細かいことは気にせずに、会いたい奴に会って、言いたいことを言って、やりたい事をやりたいようにやればいい。」

 言葉にはしないけれど、きっとフォローが必要なときはそっと手を貸す用意もあるのだろう。

 何だ、この人。ちゃんと銀時のことが好きなんじゃないか。

 あれ?だったらどうして、銀時の気持ちに応えてやら無いんだろう?

 俺には見えてない理由が、まだ何かあるのだろうか?

「もう、いいか?こっちも突入準備を整えてはいるが、向こうがそれまで待ってくれるとは限らん。早く外に出ろ。」

「あ…の。」

 こんな決心の仕方はしたくなかった。

 けど、もしかしたらこの人ときちんと話せるのが最後になるかも知れないんだ。

俺の中にあったたくさんの疑問。

 まだ、聞くべきことをちゃんと全て聞けてない気がする。

 そのとき、『土方』の体から腕がニョキッと生えたように見えてぎょっとした。

「あ〜、良かった。生きてた。」

 

 

 

 

 





 

 

 

20071206UP

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