隣同士の距離 22




「あ〜、良かった。生きてた。」

 ようやく駆けつけてきた銀時が『土方』の身体を後ろから抱きしめていた。

 ほっとしたような嬉しそうな銀時の声。

 振り返って見ると、新八も神楽も定春もターミナルの中に入ってきていて、少し離れた場所で山崎となにやら話をしている。

 ああ、みんな抜け出せてきたんだ。

「………。多串くん?」

嬉しそうな声から一転して、銀時の声が訝しげに低められる。

「………血の匂いがする。」

「え?」

「返り血…って訳じゃなさそうだな。」

 銀時が『土方』の肩をつかみ身体を無理やりこちらへ向かせる。

 すると、羽織った隊服の上着の下は包帯でぐるぐる巻きになっていた。

「っ!?『土方』さん!?」

「怪我したのって…多串くんもだったんだ…。」

「ちっ。」

「あれからまた無理したんだろ。さらに痩せてんじゃん。顔色だって悪くなってるし…。寝てんのか?ちゃんと食べてんのか?こんな状態で怪我して血ィ出したってんなら、貧血もおこしてんだろ。」

「『土方』さん!?」

「刀を杖替わりにしてるなんて…まともに自力で立ってられねえんだろ!」

 え?杖替わり…だったのか?

「うるさい。」

「この後、どうせ突入とかすんだろ?おとなしく後ろで待ってれば?」

「テメ、誰に言ってる。」

「………。ああ、はいはい。ったく副長さんは血の気が多くて困りますねえ。貧血の癖に。」

 あきれたようにそう言った銀時の言葉。けど、何故だか声は嬉しそうに弾んでいた。

「多分、そう言うんじゃないかなあって思ってたよ。…俺も、手伝うからね。」

「はあ?」

「大丈夫。ちゃんと多串くんを守るから。」

「駄目だ!」

「え〜〜。」

「『え〜〜』じゃねえ。」

「今、いろいろ大変なんだろ。人手もない訳だし。この際便利に使っとけば?」

「駄目だ。とにかく出て行け、ここは危険なんだ。」

「やだね。」

「あの『土方』さん。人手が足りないんなら、俺たちはともかく銀さんだけでも連れて行ったほうが…。」

「ほら、学生の多串くんもこう言ってくれてることだし。」

「…ったく。向こうにマスコミがいるだろうが。」

 『土方』が視線で指した先には、確かに数名のスタッフと思しき人間がカメラやマイクなどを調整している。

「今は待機中だからおとなしくしてるが、いざ突入となれば撮影を始めるだろう。そんなときに隊服じゃねえ奴がいたら目立つ。」

「ええ?銀さん、有名人の仲間入り!?」

「馬鹿。真選組に与すると分かったら、手前だってテロの対象にならないとも限らないんだぞ。」

「そんなの、なんでもない。」

「手前だけならどうとでもなるかも知れんが。子供たちまで危険にさらす気か?四十六時中、引っ付いて守ってなんて無理だろうが。」

「そりゃそうかも知んねえけどさ。チラッと映ったくらいで、俺の身元まで分かりゃしねえだろ。」

「お前な、自分の容姿が珍しいんだっていう自覚くらいはあんだろ。」

「あ…そうか。ち、面倒くせえなあ。」

「分かったんなら、おとなしく外に出てろ。」

「あの、副長。」

 山崎が近寄ってきた。

「とにかくここは目立ちます。本部の方へ移動しませんか?」

 人間だけならまだしも、定春まで来ているのだ。

 マスコミの方も何事かとこちらを見ている。

 『土方』さんが頷いて俺たちはぞろぞろと『本部』へ移動することとなった。

 『本部』とは言っても、そこは急ごしらえのもの。

 おそらくは普段ターミナル内で使われていると思われる衝立をいくつも立て、ぐるりと囲ったその中にテーブルや椅子をそろえただけの簡素なものだった。

「あれ、万事屋御一行じゃねえですかィ。」

 来てたんですかぃ。と総悟が手を上げた。

「総悟、テメェ。持ち場離れんなよ。」

「ちょっと休憩でさあ。」

「休憩ってお前なあ。」

 呆れたように、ちょっとむっとしたようにため息をつく『土方』。

 …総悟…、こんな現場でもこいつはこんなんなのか…。

「なあ、こんなテロは今までいくらでもあっただろ。…何で、今回に限ってみんなそうピリピリしてんだよ。」

 銀時が『土方』に聞いた。

 すると、ため息を一つ付いた『土方』が低い声で唸るように言った。

「…あいつら。馬鹿なんだ。」

「は…い?」

「すっげえ馬鹿なんだ。もう、救いようもなく。」

「もしもし?俺、真面目に聞いてんですけど。」

「俺だって真面目だ。あいつら、やることなすこと計画性の欠片もねえ。爆発物を買う金があったから買ってみた。うまいこと手に入れたから使ってみたい。

 むしろ、テロのターゲットにターミナルを選んだ事に驚いたわ。そんな知恵もあったんだってな。」

「………。」

「…ったく、馬鹿ってのがこんなに手ごわいとは思わなかったぜ。次の行動が読めねえ。」

 つまり相手の行動を先読みして作戦を立てる、ということが出来ないんだろう。

 それは、参謀という立場にいるこの人にとって、何より強い敵に映るのかもかも知れなかった。

「爆発物を仕掛ける場所だって適当だ。ある意味そのおかげで死者までは出なかったのかもしれんがな。」

「ああ、つまり効率が悪いって事?」

「普通テロ活動ってのは、どうやったら最小の行動で相手に大きな衝撃を与えられるかってのがポイントになる。自分たちを危険視させて、無視できないと思わせなければ要求を通すことは出来無いんだから。」

「そうだな。」

「ところがあいつらそんなことはお構いなしだ。思想も何もあったもんじゃねえ。子供が爆発物っておもちゃを手に入れたようなもんだ。

何しろ、最初の爆発のとき『やった、本当に爆発した』って喜んでる奴らの声を聞いたって職員の証言があるくらいだからな。」

「何の役にも立たない場所にも仕掛けてあるんですぜ。おかげで探し出すのに苦労しやしたよ。」

「今までに発見した分については、今近藤さんが回収に回ってくれてるが…。」

「まあ、効率の悪い爆発のおかげでターミナルの職員とか客とかは逃げ出せたんで、それは良かったんですがねえ。」

「要人の被害がなくなったとなりゃ後はどんな手段を使っても殲滅すればいい。…ってんで上はもう事件解決した気分でいるぜ。」

「じゃ、簡単じゃねえの?人質取ってるとかじゃねえんだろ。」

「あの馬鹿ども、残った大量の爆発物と一緒に立て篭もってんだよ。おかげでこっちは銃器が使えねえ。」

「つまり?」

「刀振り回して突っ込んで行くしか、ねえってことでさあ。」

「そんなの、いつものことじゃねえの?」

「突入したときに、爆発させられたらあの馬鹿どもと心中だぜ。死んでも死に切れねえだろうが。」

「ついでに、今残ってる爆発物が全部爆発したらこのターミナルなんか吹っ飛んじまいますぜ。」

「…ちょっと待てよ。ターミナルの建物はともかく…。地下の動力炉までイカレちまったら…。」

「江戸中、火の海ですねぃ。」

「なっ!?」

「爆発物を無力化するのと、奴らの逮捕を同時に出来りゃいいんだが、そう上手くは行かねえだろうな。」

「少なくとも、やつらが簡単に爆発物に手を伸ばせねえようにしなきゃならねえってんで。今、突入寸前まで気付かれないルートを探ってんでさあ。」

「とにかく出て行けよ。外に出ていれば安全とは言い切れねえが、いつあの馬鹿どもが又動き出すか分かんねえんだ。」

 それこそ、愚かにも爆発物を一気に爆発させる可能性だって無いわけでは無いのだろう。

 『土方』がそう言った時、近藤さんが何名かの隊士を連れて本部へ戻ってきた。

「とりあえず、発見した分の爆発物は回収を終えたぞ。爆発物処理班に渡してきた。…坂田?皆…?どうしたんだ、こんなところまで。」

「だから、手伝うって言ってんだ。」

 銀時の言葉に、俺たちは大きく頷いた。

 これだけ大変そうな話を聞いて、外で待ってなんかいられない。

「そうアル。」

「そうですよ、僕たちにも何かできることありませんか?」

「いらねえっつってんだろーが!」

「まあまあ、トシ。…坂田。新八くん、チャイナさん。トシヤくん。ありがとうな。

けどな、俺らの仕事には一般市民を守るってのもあって、その一般市民の中には皆も入ってんだよ。もしも、皆に何かあったら、俺はお妙さんにも、海坊主さんにも顔向けが出来なくなる。…それにトシヤくん。君にだって両親やお姉さんがいるんだろ。家族の下に無事帰る。それも、大切なことだぞ。」

「近藤さん…。」

「確かに俺たちは人数が減っちまって、お前らから見たら頼りなく見えるかも知れねえが。大丈夫だ。相手だってそう大きなグループなわけじゃねえ。信じて外で待っていてくれよ。」

 穏やかに言われて、反論が出来なくなったらしい。

 珍しく銀時が次の言葉を言えずに、ぐうと押し黙った。

「………ああ〜〜、分かったよ。外に出てるわ。」

 銀時が諦めた様に頭をがしがしと掻きながらそう言い、俺たちを即してこの場を離れようと歩き出した。

 ものすごく後ろ髪は引かれたけれど、仕方なく俺もその後に続こうとした。

 その時。

「ちょっと待って下せえよ。その、小っさい土方さんは使えるんじゃねえですか?」

 

 

 




 

 

 

 

20071208UP

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緊張感無くてすみません。テロ現場です。
そのはずです。総悟くつろぎすぎです。
近藤さんは、言葉に説得力があればいいと思います。
「衝立」にするか「パーテーション」にするかすっごく悩んで、「衝立」の方がしっくりする様な気がしてこちらを採用。
(07、12、17)




 

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