隣同士の距離 23
注:『土方』は、女性経験の無い童○よ!と思われる方は『遊郭』という文字が出てきたら、
じっくり読まずさらりと読み流してください。
「ちょっと待って下せえよ。その、小っさい土方さんは使えるんじゃねえですか?」
「は?」
「ちょっと総悟くん?」
「あいつらの爆発物で、間抜けにも土方のヤローが怪我したのは相手も知ってますからねィ。けど、あんたのことだ。どうせ突入のときは行くんでしょう?飛んだ間抜けヤローなくせに通り名だけは『鬼』とか言われてんですしね。
突入の時に、この本部にその小っさい土方さんに隊服着て座っててもらえばいいんでさあ。」
「何言ってんの?危険でしょうが。」
「や、ちょっとまて近藤さん。…つまり、『俺』が本部にいることで、奴らに『突入はまだ』って思わせるんだな。…どうやってそれを相手に知らせる?…ああ、マスコミか。」
「そうでさあ。どうせ奴ら、中にあるモニターかなんかでTVつけて外の様子を伺ってんでしょう。」
「情報を得るのにはそれが一番手っ取り早いからな。」
「マスコミの奴らどうせ邪魔ばっかりしてんだから、こういうときに位役にやってもらいましょうや。」
「けど、それじゃトシヤくんが危険じゃないか…?」
「ここなら、後十何メートルか走れば外に出れまさあ。何かあったら、一目散に逃げてもらえばいいでしょう。」
「あの、俺やります。危ないと思ったらすぐに逃げます。…だから…。」
手伝わせて欲しい。
俺の必死の気持ちが伝わったのか、『土方』はしばらくじっと考え込んでいた。
多分、俺を使うことのメリットとそれによって俺に降りかかる危険とを秤に掛けているのだろう。
『土方』の出す結論を俺は息を詰めて待った。
「…頼めるか?」
「はい。」
搾り出すように言われたその声に、勢い込んで頷いた。
「突入の時はこの本部をもっと外へのドアに近い場所に移す。隊士も一人付ける。事が始まったらお前は必ずそいつの指示に従え。無茶は絶対にするな。」
「はい。」
「トシちゃんだけズルイアル。」
神楽は不満そうにぶつぶつ文句を言っていた。
逆に新八には散々心配され、俺は何度も『無茶はしない』と約束させられる事になった。
銀時は複雑そうな顔をしていたが、結局は特に何も言わずにため息をついていた。
そして、3人と1匹はターミナルの外へと出て行った。
「ふう。」
「ほら、トシ。座れ。」
「ああ、悪い。」
近藤さんに支えられて椅子に座った『土方』の顔色は、まさに蒼白だった。
「『土方』さん!?」
「全く軟弱なヤローですぜ。」
「うるせえ、手前も自分の持ち場に戻りやがれ。」
「へいへい。」
面倒くせえな、土方コノヤローとか言いながら総悟は本部から出て行った。
「あの、大丈夫ですか…?」
「ああ。」
頷く『土方』。
けど、肩で息をしている様子は本当に苦しそうで。
こんなに酷いのに、銀時たちがいるうちは必死に気力で抑えていたんだろう。
こんな『土方』を見たら、たとえ近藤さんに諭されたって銀時は絶対に引かなかっただろうから。
俺は慌てて山崎の所へ走った。
「あの、お水。ありませんか?『土方』さんが本当に辛そうで。」
「トシヤくん。じゃ、副長の面倒も頼める?」
「え?」
「俺たち部下相手じゃ、あの人は絶対に苦しいところは見せないからね。」
「…けど、俺だって…。」
「大丈夫。トシヤくんのことは気に入ってるみたいだから。お水と、鎮痛剤も持ってってあげて。絶対に飲ませてね。『飲まなかったら突入のとき参加させません』って言っておいて。」
「分かりました。」
コップに汲んだ水と錠剤をもって『土方』のところに戻る。
すると、近藤さんはいなくて。『土方』は何かを報告に来た隊士に頷き、指示を出していた。
一見すると、それほど具合が悪いようには見えなくて。少しは良くなったのかなあとほっとした。
けれど、その隊士がその場を離れた途端辛そうな息を吐く。
ああ、弱味が見せられないってこういうことなのか…と納得する。
この人がなんでもない顔をしているから、他の隊士たちはいつ爆発物が爆発するか分からない状況でも平静を保って行動が出来るのだ。
『真選組の頭脳』でもあるのだろう。けれど、それ以上に精神的な支えでもあるのだ。
「『土方』さん。お水。それと鎮痛剤です。飲まないと突入のとき参加させませんって。」
「山崎だな。アノヤロー。」
「…本当に、突入、するんですか?」
「ああ。」
『土方』は鎮痛剤を水で流し込むと、低い声で頷いた。
「…大丈夫なんですか?」
聞きながら、俺は隣の椅子に並んで座った。
「…さっき、言ったろ。相手は馬鹿ばっかりなんだ。何をやらかすか先が読めねえ。俺が現場から一番遠い場所にいるわけにはいかねえんだよ。」
「…そうなんですか?」
「突入する先頭で何か異変が起こったとき、どれほど早く俺のところへ報告が届いたってタイムラグは当然ある。それから俺が新たな対処を先頭へ伝えてそれを実行して…なんてことをしているうちに又事態は変わっていくんだ。」
『土方』の突入参加は、きっと『無茶』ではなく『必要』なことなんだろう。そうでなければ、近藤さんが止めているはずだ。
「凄いんですね。」
「うん?」
「だって、ある意味命がけじゃないですか。」
「本当に大切なもののために命張るのは、多分そんなに大変なことじゃねえ。」
「そうなんでしょうか?」
「ああ。辛いのは、何も出来ないことだ。」
「何も…出来ないこと…?」
「自分の手から、大切なものが零れていく…なのに、それを止めるすべがねえ。それは、本当に辛れえよ。」
「………。」
「あの時。村が襲われたとき。家には火を掛けられた。家だけじゃねえ、村中火の粉が舞ってた。
家族みんなで慌てて家から飛び出した。父親はあっという間に切り捨てられた。そして母親は男たちにどっかへ連れて行かれた。…餓鬼の頃は何が起こったのか分からなかったが、…まあ、子供の目から見ても綺麗な人だったからな…。」
「『土方』さん…。」
「俺は、一番下の弟を背負って妹の手を引いて、上の弟には俺の服の裾を掴ませてとにかく走って逃げた。
村中から皆が一斉に逃げ出したんだ。道も田んぼも畑も、逃げる奴追いかける奴入り乱れて、まともに真っ直ぐになんか走れなかった。たくさんの人にぶつかったし、目の前で刀振り上げる奴に遭遇して慌てて方向転換したり…。
そうやって、逃げている途中で上の弟とははぐれた。妹とは無理矢理引き剥がされた。『高く売れる』とか言っていたから、多分遊郭かどっかに売り飛ばされたんだろうと思う。そして、気がつけば下の弟もいなくなってた。振り落としちまったのか、取り上げられたのかは覚えてねえ。」
「………。」
「ようやく追っ手の来ない場所に逃げ延びたとき、俺には何も残っちゃいなかった。あの時弟が転ばなければ、握っていた妹の手を離さなければ、俺にもっと力があったら…俺は大切なものを守れたかも知れねえのに…、そう何度悔やんか分からねえよ。」
そして、口の端だけ吊り上げて小さく笑った。
「江戸に出てきて落ち着いてから。俺は金の続く限り遊郭に通いまくった。どこかに妹はいないか…と。
江戸にいるって言う保障があったわけじゃねえが、何もしないではいられなかった。
…けどなあ。分かんねえんだよ。俺の中で妹は小さいときのまんまで、化粧を施して媚を売る女の中にその面影を見つけることが出来なかったんだ。
話を聞いたって、身の上なんて皆似たり寄ったりだ。村の名前や両親の名前を覚えて無い子もたくさんいた。中には自分の本当の名前を覚えてねえ子もいた。」
「え?自分の名前なのに?」
「物心つくかつかないうちに家族と引き剥がされたんだろう。名前なんて、家族に呼んでもらって覚えるもんだろうが。」
そうか、小さいうちは特に親が呼ぶ音で自分の名前を覚えるのだ。
「…そして、あるとき俺は怖くなった。本当は、俺が気付かなかっただけで今までに買った女の中に妹がいたんじゃないか。もしかして俺は実の妹を抱いちまったんじゃないか…そう思ったらもう遊郭にも行けなくなった。」
「………。」
村が襲われて、火を掛けられて。そんな場面に遭遇したら、大人だってパニックになる。なのに、両親を奪われても何とか兄弟たちを守ろうとした。たった10歳の子供が…だ。
力及ばずに、助けられなかったとしてもそれは仕方のない事だったと思う。
なのに、忘れずにいた。
きっと他の兄弟だって出来うる限りの手段を使って探したんだろう。
自分が無力で、助けられなかったからと自分を責めて。
「………。だから、俺にお金を…?」
「そんなことをして何になるわけでもねえのにな。今頃何やってんだ…って。あの時助けてくれなかったくせに、一人生き残ったくせに。そんなことでお前の罪は消えないんだ…って声が聞こえてきそうだ。」
「そんなこと無い。」
俺はとっさに叫んでいた。
「そんなことない。絶対に。だって、俺には分かるよ。あんたは自慢の兄だったはずなんだ。格好よくって強くて優しくて大好きだったはずなんだ。あんただけでも生き残ってくれたことを、皆喜んでるに決まってる。」
「お前…。」
驚いたように俺をじっと見ていた『土方』は、ついで小さく笑った。
さっきの笑みとは違う、やわらかい表情だった。
「…そうか。」
「はい、絶対です。」
20071209UP
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だんだん『学生の多串くん』がかわいくなってきちゃったよ…。
ちなみに、総悟の方が『土方』より知略に長けているのではなく。
『土方』は隊士以外を作戦に組み込まないのを前提で考えていたので、土方に自分の身代わりを頼むという選択肢が最初から頭の中に無かったのです。
(07、12、19)