隣同士の距離 24

 


 俺の言葉が何の役に立つのかなんて分からない。

 けれど、この人がこれ以上自分を責めることなんかないんだって、それだけは分かる。

 『当時は無力な子供だったんだから仕方がない』と逃げてしまわずに、ずっと自分の責任だと思い続けた。もう十分だろう?

「…そういえば…。」

「はい?」

 少し黙っていた『土方』が思いついたように言った。

「俺もお前に聞きたいことがあったんだった。」

「何ですか?」

「お前、どうして『トシヤ』って名乗ったんだ?」

「皆が皆、『同じ名前なんだ』で納得してくれるとも思えなかったので…。」

「ああ、いや。そうじゃなくて、どうして『トシヤ』って名前にしたんだ?」

「別に意味なんてないです。とっさに思いついただけで…。」

「弟の名前だ。」

「はい?」

「一番下の弟の名前だ。…生きてたらお前と同じくらいの年だったろうな。」

 村が襲われたとき『土方』が10歳。背負って逃げたって言うんだから、弟は多分3歳か4歳くらい?年齢差が7歳位か…。

 この人が今25歳位で俺が18歳だから…、ああ本当だ。

「どうしてもお前を『トシヤ』って呼べなくてな。本当は『十四郎』だって知ってるから…ってのもあるが。『トシヤ』って呼んじまったら本当に弟の代わりにしてしまいそうだった…。」

 そういえばこの人から名前を呼ばれたことはなかった。

 いつも『お前』とか『こいつ』とかで…。

「『トシヤ』って呼んでいいんですよ。この世界での俺は『土方トシヤ』ですから。それに、言ったじゃないですか。俺兄貴欲しかったんです。」

 そういうと、『土方』は俺の頭の上にポンと手を置いた。

 『ありがとう』という小さな声が聞こえた気がした。

 


 俺は、何故この世界に来たのか…?

 原因はともかく、理由が分からなかった。

 この数日もんもんと考え込んでいるときは、その理由が少し分かりかけた気がしていたのだけど…。

 多分、いつもの環境を離れて自分を見つめなおすのが俺には必要だったから。

『土方』や銀時たちと係わって、この人たちの生き方や考え方を知るにつけ自分は子供なんだと思い知らされた。

 自分ひとりで悩んでたって駄目なんだ。

 二人のことなんだから、ちゃんと銀八と話し合ってこれからどうしていくのが自分たちにとって一番良いのか、決めていかなくちゃ先に進めない。

 俺が冷静になるために、きちんと銀八の気持ちを確かめる勇気を持つために俺はここに来た。…多分、間違ってない。

 じゃあ、こっちの世界にとっての俺の役割は?

 世界を変えられる。そんな大それたことなんか考えてない。

 けど、『弟たちに何もしてやれなかった』と悔やむこの人が、俺に何かをしてやろうとすることで、少しでも楽になるのなら。

俺が弟代わりになって、この人がやってくれようとすることをただ素直に受けるだけで、今まで苦しみ続けたこの人が過去から開放されるというのなら。

俺が、この世界に来たことにも何らかの意義を見出せる気がした。

 過去から開放されたら、この人は銀時の気持ちを受け取るのだろうか?

「あの『土方』さん。銀さんだけでもいてもらった方が本当は良かったんじゃないですか?」

「駄目だ。」

「でも、銀さんは強いし…。」

「確かに単純に戦力増強だけを考えれば、それも有りなんだろうがな。」

そういって『土方』はため息をついた。

先ほどよりはずっと顔色がよくなっている、鎮痛剤が効いてきたのだろうか?

「あいつは攘夷戦争に参加していた。『白夜叉』と呼ばれていてな。そりゃあ強かったらしいぜ。俺は想像するしかねえが、敗色の濃くなった陣内でその名前は攘夷志士達の心の支えだったと思う。」

「…はい。」

「そんな『白夜叉』が終戦と共に姿を消した。市井にまぎれているうちはいい。担ぎ出そうとする者もいるにはいるが、そういう生き方もあると納得は出来る。

けれど、真選組に与しているのを知ったら…。攘夷浪士たちにとってその姿は『裏切り』とは取れないか?」

「あ…。」

「浪士たちの中には、一緒に戦った者もいるだろう。万事屋がチラとでもTVに映ればすぐに誰だかわかる位傍にいた奴だっているかもしれない。」

 身元を捜すまでも無い…ってことか。そうだよな、桂は知ってるんだし。

 過去に心の支えだったからこそ、その『裏切り』を絶対に許さないだろう。

そして、テロ活動を常とする攘夷浪士たちが銀時を消そうと思ったら…。

「分かるか?奴ら、手段を選ばないと思う。」

「それで、3人を帰したんですか?」

「それに…。」

 何だ、まだ何かあるのか?

「今立て篭もってるあんな馬鹿どもは、戦争に参加するような気概なんかなかったろうが、いずれ見知った奴があいつの前に現れるかもしれない。」

「ええ。」

 多分、そういった個人的に知っているものの方が執念を燃やすはず。

「過去の仲間が、子供たちを襲ったら…。あいつは、今まで悔やんでなかった自分の過去まで悔やむかも知れない。『仲間』であった者たちを、憎むようになるかもしれない。」

 そういって『土方』は苦笑した。

「あいつを『裏切り者』だと言わせたくない。あいつを昔の仲間と戦わせたくない。そんなことになったらあいつは…平気な顔してるくせに、一人心の中で傷つくんだろう。」

「『土方』さん。」

「それが、嫌なんだ。俺が嫌だから。あいつには出来るだけ『真選組』の仕事の部分とはかかわらせたくない。」

 たとえば、道端で会って話をするのは顔見知りなら当たり前。

 『万事屋』に『依頼者』として仕事を頼むのも、まあ許容範囲内。

 けれど、攘夷浪士である『テロリスト』を逮捕する場には参加させたくない。

 それは、その後起きると予想させるさまざまな事態によって銀時が心を痛めるから。

 そこまで考えて、俺ははっとした。

 もしかして、この人が銀時の気持ちを受け入れないの…って…。

 『真選組副長』であり『鬼の副長』であり『真選組の頭脳』。

『土方十四郎』は、言ってみれば『真選組』を具現化したような存在だ。

そんな彼と恋人同士だなどと言うことになれば…。

それは『白夜叉』を知るものにとって、明らかな『裏切り行為』。

だからこの人は銀時の気持ちに応えないのか?

『友人』あるいは『知り合い』という距離を保つことが銀時のためだと思って…?

「…なあんか、多分そんなようなことを考えてるんじゃ無いかなあ、とは思ってたけどね。」

「万事屋!?」

「銀さん!?…戻ってきたんですか?」

「おうよ。」

 得意げに笑う銀時は、いつもの白い着物は脱いでいて手には黒い上着を持っていた。

「テメ、何しに来た!」

「大丈夫、心配しなくても。ちゃんと子供らと定春は外においてきたし、異変を感じたらすぐに逃げろって言い含めてきた。」

「おい!」

銀時は手に持っていた上着を羽織る。

「白い着物が目立つってんなら、こうしておそろいの服着るし。頭が目立つってんなら手ぬぐいでも巻いてるよ。」

「おい!!」

「…ああ、いっそ包帯でも巻くかな?そうしたら怪我でもしたんだろうって見た人は勝手に思ってくれるからね。」

「銀時!」

「あはっ、ようやく名前呼んだね。十四郎。」

「ち。」

「あれ、やだよ、この子。舌打ちしたぜ。」

 睨み付ける『土方』を銀時はものともせず、飄々と笑って見せた。

「守りたいものが目の前にあるんだよ?何もしないでいられると思う?」

「っ。」

「ゴリラにも話は通してきた。『トシを守ってやってくれ』ってさ。アレはもう、アレだよね。お義父さんの許可は出たよね!」

「何の許可だよ!大体近藤さんは父親じゃねえ。その上ゴリラでもねえ。」

 そう怒鳴る『土方』の前に、銀時はすっと腰を落としてしゃがみこんだ。

 椅子に座る『土方』を下から覗き込むように見上げた。

「昔も今も、俺は自分のやりたいようにやってるよ。守りたいもののために戦ってる。」

「………。銀、時…。」

「俺は、俺のやりたいことをやる。その後、何が起こっても、そりゃあ俺の責任だ。十四郎が気に病むことじゃない。」

「俺の責任だとかは思ってない。お前の人生はお前のものだ。どう転んだって自分の人生の責任は自分でしか取れない。そんなことは分かってる。…ただ、…俺が嫌なだけだ。」

「だったら、俺も言うよ。そんな怪我してんのにお前は突入のときには先頭切って突っ込んでいくんだろう?それがお前だ、俺に止める権利なんかねえよ。

けどな、お前がこれ以上怪我するのを見るのは嫌だ。俺の知らねえところで、もしかしたら死んじまうかも知れないのも嫌だ。だったら、お前の傍にくっついてってこいつを振るうしかねえだろう?」

 そういって、銀時は腰の木刀をぽんとたたいた。

「………っ。」

 『土方』は困ったように銀時を見つめた。

 ああ、俺は何で『土方』の方に恋愛感情は無いように思っていたんだろう。

 傍にいてくれるのは嬉しい。けれど、それによってその身が危険にさらされるのではないか…。心が傷つくのではないか…。

 そう、案じる『土方』の目は切なさで揺れていて、銀時への気持ちがあふれていた。

 銀時とこれ以上近づいてはいけないと思っていた『土方』は、普段はそういう気持ちを封印しているのだろう。

 けれど、多分。ほんの時々、その気持ちが零れる。

 銀時は、そんな『土方』の零れた気持ちの欠片を集めて、『嫌われちゃいない』と彼を想うことをやめなかった。

 たとえずっと一緒にいなくったって。

 それぞれ自分の大切にするフィールドが別にあったって。

 お互いを想いあうことは出来るんだ。

 床に膝を付いて『土方』の頬を両手で包み、そっとそのこめかみに唇を寄せる銀時。

 困ったように眉を寄せる『土方』に銀時が小さく苦笑した。

「…まだ、結構熱が高いな…。」

 




 

 

 

 

20071214UP

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銀時が『そんなようなことを思ってるんじゃないかと思った』という『そんなようなこと』って言うのは。
その前の『土方』の台詞に掛かっています。
つまり、『土方』が突入に銀時を参加させないのは、危険だからって言うことのほかにも、
何かごちゃごちゃ考えてるんだろうなあ…と思っていたということです。
『土方』が銀時のことを思って、その気持ちに応えない…というのはあくまでも学生の多串くんの考えなので、
銀時には聞こえていません。
分かりづらくてすみません。

(07、12、27)

 


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