隣同士の距離 25
「解熱剤か鎮痛剤は飲んだ?」
「ああ…。」
本当か?と探るような表情を見せたので、確かに飲みましたと俺が太鼓判を押す。
と、そのとき。
「副長、ちょっと良いですか?」
山崎が『土方』を呼びに来た。
「何だ。」
椅子を立って、『土方』が衝立の向こうに行く。
そこでは、数名の隊士と近藤さんがいて情報の刷り合わせなんかを始めたようだった。
「…俺たちがすっかり本部を占拠しちゃいましたね。」
「ああ、まあなあ。俺もお前もTVに映るわけにゃいかねえしな。」
「え、俺も?」
「そうだろ。後で多串くんの代役をやるんだろ?」
あ、そうか。
今は俺の存在がバレちゃいけないのか。
銀時は、ふうとため息をつくと今まで『土方』が座っていた椅子にドスンと腰掛けた。
「何で、あの子はこんなに面倒くさいんだかねえ。」
「………。それだけ銀さんのことが好きってことでしょう?」
「『土方属性』なのに、学生の多串くんは良い子だね。」
「その前提条件が良く分からねえよ…。」
「もっと自分のこと考えりゃあいいのに、俺のことばっかり気にしてねえでさ。好きなら好き。で、じゃあ付き合おう。でいいじゃねえか。」
「え、『土方』さんは自分のこともちゃんと考えてると思いますよ。…って言うか、自分のことしか考えてないと思いますけど…。」
「へ?そう?」
「そうですよ。好きな人が苦しむのを見るのは、自分が辛いでしょ?『土方』さんは、銀さんが辛い思いをするとそれを見ていることしか出来ない自分が辛いから、銀さんの気持ちに応えてこなかったんだと思いますけど…。」
「ああああ、もう。」
銀さんはがあっと自分の髪をかき回した。
「どこまで、分かり難い子なんだよ。全く〜〜。」
わかり難いだろうか…?俺にしてみたらものすごく分かりやすかったんだけど…。
確かにそれは『土方』が、らしくもなく心情を全て話してくれたからなのだけど…。
そう考えて、一瞬背筋が震えた。
『らしくもなく』?
そうだ、らしくない。
俺はあの人の多くを知っているわけでは無いけど、こんな風に人に自分の思いや過去を話して聞かせるなんて…。
だって、一番傍にいた近藤さんですら『土方』の過去をほとんど知らなかったのだ。
まさか。
俺が『きちんと話せるのは最後かも』と思ったのと一緒で、あの人も誰かに話せるのはこれが最後かも…とか思っていたんだろうか?
だから俺に尋ねられるままに、いろいろと話してくれたのか?
だとしたら、俺は聞いてしまったこの内容をどうすれば良い?
だって『土方』にもしものことがあって、そして俺も元の世界に帰れたら…。この世界に、『土方』の気持ちや彼の家族の最後を知る人はいなくなってしまう。
それを承知で俺に話したのか?
それとも俺から銀時に伝わることを願って…?
ああ、分からないよ。
本当だね、銀さん。なんて分かり難い人なんだろう。
きっと銀時への気持ちだって自分ひとりの胸に収めて持って行くつもりだったんだ。
…だから、最後に抱かれた。
きっとそうだ。
『最後かも知れないから』…それは銀時のためではなく『土方』のための理由だったんだ。
気持ちを伝えるつもりは微塵も無いけれど、けどせめて『最後』に1度。
好きな人の腕の中で、彼は何を思ったんだろう。
ふう、と隣からため息が聞こえてきた。
見ると、銀時が足を組んでだらりと椅子に座っていた。
少し困ったように、心配そうに衝立の向こうの『土方』の様子を伺っている。
その表情には見覚えがあった。
銀八が時々俺をそんな目で見ていたっけ。
それはいつだって俺が焦って俺らしくないときで…。
心配されてた。大切に思われていた。
馬鹿だな、俺。どうして気付けなかったんだろう?
ああ、帰りたい。
帰ってちゃんと俺の気持ちを伝えて、銀八の考えも聞いて…。
そこからもう一度やり直さなきゃ…。
『………おいで……』
あれ?
『帰って……おいで……。』
「…声……が…。」
「どうした?」
銀時が俺の顔を覗き込む。
銀時の…声…じゃない。
…じゃあ、銀八の声…?
銀八が俺を呼んでる?
帰らなくっちゃ、俺は絶対に帰らなくっちゃ。
どうすればいいのか分からないけど絶対に…。
「帰…らなくっちゃ…。」
「多串くん?」
「おれ、絶対に帰らなくっちゃ。」
「…当たり前だろ、帰らないつもりだった?」
「そ…じゃ無いけど…。」
「この間、土方が言ってたよ。学生の多串くん、交通事故にあったんだろ?で、その弾みでこっちへ来た。」
「ええ、多分。」
「もしかしたら、身体は向こうにあるんじゃないか…って。」
「は?」
「だって、交通事故にあってるのに君にはそれらしい怪我が一つも無いだろ?だから、向こうで本体は昏睡状態とかになってるんじゃないか…ってさ。」
「じゃ、何で俺はここに…。」
「精神とか何か、そんなんだけが来たんじゃないか…って。それが、何か身体みたいのを纏ってここにいるんじゃないか…って言ってた。」
「………。」
「君、極端に厠に行かないでしょ?1日1回か2回くらいしか。」
「そ、そうですか?」
気がつかなかった…。
「それに、匂いが無いんだよね。」
「匂い?」
「人間の体臭…っていうの?そういうのがしないんだよね。」
「………。」
「だから、定春だって多串くんには近づかないでしょ?」
そう、それは以前も神楽や新八と話していたこと。
定春は俺に近づかない。
けど、吼えたり噛んだりもしない。
これは、懐いていると見るべきか、それとも嫌われているのか?…と。
俺が異質だったから?
「じゃ、俺半分死んでるようなもんなんですか?」
「仮定の話だよ。土方がそう言ってたってだけ。」
「じゃあ、このまま帰れなかったとしたら…。」
「向こうの本体はずっと寝たきりか…最悪……。」
「し、死んじゃうってことですか!?」
「分かんねえけどな。…そうじゃないと良いけど、土方の仮定は説得力あるからなあ…。」
別の世界があるとか。
その両方の世界で同じ時間同じ場所で異変があったから、俺がこの世界へ来たとか。
それら全ては確かに『土方』の仮定の話でしか無いのだけれど、その説得力ゆえに俺らは多分それが真実だろうと考えていた。
なら…今の俺が、本来の俺の身体じゃない…ってのも…本当なのか?
そういえば、さっきターミナルへ入るときも変だった。
皆がワッと押し寄せて揉み合ってる中で、俺だけが抜け出せた。
それは、俺の身体が所謂『普通の人体』じゃないから?
「…俺さあ。」
俺が頭の中でぐるぐる考えていると、銀時がため息と一緒に吐き出したような声で言った。
「あいつに『死ね』って言ったんだよね。」
「え?」
「喧嘩したときさ、『手前、死ね』って言ったんだ。」
ああ、『人として忸怩たるものがある』とか言っていた売り言葉に買い言葉で投げつけた言葉か。
「あいつも何か言い返そうとしたときに携帯で呼び出されてさ、そのまま仕事に行っちまったんだよね。
だから、俺の『死ね』って言葉だけがなんか宙に浮いちまった…っていうか。気まずい気分だけが残ってね。
で、呼び出されて行ったテロ現場で、すんげえ怪我してさ。即、入院。」
「…そうだったんですか…。」
「柄にも無くさあ『言霊って本当にあるのか』とか思ってあせっちゃったよ。
『真選組副長』が重症で入院なんて公表したら他のテロリストどもが躍起になって動き出すだろう?だから、あいつの入院も伏せられててね。俺はたまたまジミーとっ捕まえて聞き出せたから知ることが出来たけど。そうじゃなけりゃ、怪我したことも知らないままだった。」
「銀さん…。」
「俺はあいつの仕事の内容なんか全く知らねえよ。それってさ、あいつがいつ危険な仕事に突っ込んでいくかも知らねえってことだよな。
俺の知らねえ間に、大怪我してたりヘタしたら死んじゃってたりしても、最後までそれを知らされない…。それもありえる…ってことだよな。」
「だから、危険な仕事の前には会いに来るように…って言ったんですか?」
「それを知ってれば、その後不自然に姿をみなくなりゃ『これは、おかしい』って気付けるだろう?」
自分の大切な人が、自分の知らないところで怪我したり苦しんだり、もしかしたら死んでしまったりするのは確かに嫌だ。
ましてや、それを全く知らない自分が、相手が苦しんでるときに、笑って日常を過ごしていたのかと思うと…。自分で自分をどうにかしてやりたくなる。
それが無神経にも自分が『死ね』と言ってしまった後なら尚更そう感じるのだろう。
「………あ。」
俺は唐突に思い出した。
20071218UP
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原作でも良く『死ね』とか『死んでくんねーかな』とか言ってますが…。
あれって、絶対に『こいつは死なねえ』と思って言ってるよなあ…とか思ったり。
その筆頭は沖田だと思うね。
『土方死ね、コノヤロー』って『兄ちゃん、好き』って言ってるのと同じでしょう?
(07、12、28)