隣同士の距離 26




 

「………あ。」

「?…どうした?」

「思い…出した。」

 そうだ、俺。

「あの時、銀八に『死ね』って言ったんだ。『手前なんか、死んじまえ。このクソ天パ』って。」

「俺に言ったんじゃないよね!違うよね!何気に傷つくんですけど!」

「銀さんにじゃない、銀八に…。喧嘩して…ってか、俺が勝手にキレたんだけど…。そん時に…そう言って、教室飛び出した。」

 あれが、俺が銀八に言った最後の言葉…。

「んで、多分そのあとすぐ事故った。」

「あ〜〜〜。」

 銀時が、力なく声を上げて天井を見上げた。

 俺も自分が情けなくなって一緒に天井を見上げる。

 馬鹿か俺は。

 『死ね』って言っておいて、自分が死に掛けるなんて…。

「俺、思うんだけどさ。」

 しばらく二人で呆けた後、銀時がおもむろに言った。

「『死ね』って言葉はさ、相手が『死なない』と思ってるから言えるんだよね。」

「…あ…あ、そうかも。」

「もしくは『死んで欲しくない』って思ってるから…ってか、信じたいから…。」

「そうですね。

 俺の世界は、一見ここよりずっと安全みたいに見えるけど…。でも、事故や事件が全く無いわけじゃない。気が付かないだけで、一瞬先に何があるかなんて誰にも分からない。」

「うん。だから、大切な人には生きていて欲しい。」

 天井を見上げていた顔を戻して、銀時は『土方』を見た。

「幸せに、笑ってて欲しいです。」

 『土方』も銀時も。神楽も新八も、真選組の皆も。

 そして勿論、元の世界で俺を取り巻く人たちや、銀八も。

「学生の多串くんもさ、元の世界に戻ったら大切にしなよね。」

「え?」

「そりゃ何にも無いわけじゃないだろうけどさ。テロだの爆発物だの刀だの…そんなんが身近じゃない、『ここより安全な世界』って奴をさ。大切にしなよ。」

「銀さん…。」

「うっし。がんばるかあ。」

「はい。」

 銀時みたいに、直ぐ傍に付いてあの人を守るなんて出来ないけれど。

 俺に出来ることをする。

 俺がここで『副長』の振りをしていることで、テロリスト達を騙せるなら。それは『土方』だけじゃなく、銀時や真選組の皆を守ることになると思うから。

 『土方』には生きていて欲しい。

 生きて、銀時の隣で幸せに笑っていれば良いと思う。

 そしていつか、『土方』自身の口から銀時に過去や想いを全て話すことが出来ればいいのに。と、そう思う。




 

「準備が整った。」

 『土方』が本部へ戻ってきた。

 先ほどまで羽織っていた上着をきっちり着込んでいる。

 俺は、差し出された隊服に着替えた。ダミーらしい刀も腰に差す。…いよいよだ。

 『土方』の説明によると作戦はこうだ。

 まず、排気ダクトからテロリストたちの立てこもってる部屋へ、爆発する危険の無い発煙筒を放り込む。

 おそらくテロリストたちは爆発と勘違いして部屋から飛び出してくる。

自分達が持ち込んだ大量の爆発物が次々爆発すれば、自分達が一番危険だという自覚くらいはあるだろう。というのが『土方』の読みだった。もしも、動かないほど馬鹿だったら隊士が『爆発する!逃げろ!』と誘導するらしい。

実に親切な作戦だろうと苦笑していた。

 そして、テロリストたちが部屋を出たらダクトから隊士が出て、内側から部屋の鍵を閉めてしまい爆発物に近寄れなくする。

 そして、ドアの前で待ち構えていた隊士たちでテロリストを捕縛するという作戦だ。

 ダクトへ潜入する隊士たちはもう行動を開始しているという。

「こちらも動く。俺がここを離れたら、この本部を移動させる。そのとき、お前はマスコミに背中を見せる位置で立っていろ。」

「はい。」

 さすがに正面から撮られたら、別人だと分かってしまうだろう。

「偉そうに、指示していいですゼィ。」

 その方がリアリティがある。とか総悟が笑う。

「はあ…。」

 周りでは隊士たちがまだ、うろうろと仕事をしている風だった。

 多分突入を悟らせないように、少しずつ現場へ向かうのだろう。

 突入路は吹き抜けの隅にある非常階段だと言っていた。何かでモニターされるのを防ぐために、すでに(普段は防犯用の)監視カメラも切ってあるという。

「そんな知恵があるとも思えねえがな、まあ保険だ。」

 そう笑う『土方』は変装用なのだろう、野暮ったい黒ぶちメガネをかけていた。

 鋭利な目元が隠れるだけで、確かに印象がものすごく変わる。

 遠目に見たら、『土方』だとは分からないだろう。俺が上手く代理を務められれば、ばれる確率はさらに低くなるわけだ。

「トシヤ。無理はするな。危険だと思ったら直ぐに逃げろ。」

「はい。」

 はじめて『トシヤ』と呼んだ『土方』を「お。」という顔で見た銀時は、『土方』の心の中の葛藤を分かっていたんだろう。

 二人が並んで立っているのを見るだけで、大丈夫だと安心できる。

 だから、俺もがんばろう。

 そして、この件が終わったら俺を呼ぶ声の話とかを『土方』に聞いてもらって、帰る方法を一緒に考えよう。

 




 

 ことさらに、俺のことを『副長』と呼ぶ隊士たち。

「副長、この衝立はこの辺でいいですか?」

「副長、インカムの接続が完了しました。」

「副長、怪我は大丈夫ですか?こっちへ来て座っていてください。」

「副長。」

「副長。」

 うっとうしいと思いながらも、これは必要なことなのだといちいち頷いたり、どうでも良い指示を出したりする。

 本部の移動は直ぐに終わり、設置された機材の前に座る。

 その間、マスコミは『真選組に動きがありました。』とか言ってしばらくリポートしていたが、結局本部の移動だけで作業が終わったので『突入はまだのようです。』と中継を終了したようだ。

 多分、今のところ順調だろう。

 気が付けば、『土方』や銀時や近藤さん、総悟たちの姿は消えていた。

 本部には、俺と隊士がもう二人。

 一人は俺の護衛のようだった。

 そして、もう一人は通信機をいじくっている。

「…副長、聞こえますか?」

 マイクに向かって呼びかけている。

 しばらく雑音が入っていたが、ようやく『土方』の言葉が聞こえた。

『……い…お い…、聞こえてるか…?本部。』

「聞こえます、繋がりましたね。」

『どうだ、そっちの様子は?』

「マスコミは、上手いことトシヤさんを副長だと思って撮影してくれましたよ。」

『そうか。…ダクトの方は?まだ、繋がらねえのか?こっちには何の音も入ってこねえぞ。』

「調整は合ってると思うんですがね。…もう少しお待ちください。」

 しばらくして、ダクトをつたってる隊士からの声も入る。

 無事現場に近づいているらしい。

 その頃、『土方』の方もようやく三々五々集まった隊士たちをいくつかの階段に分けて現場へ近づけようと動き出した。

「あ、やべ。」

 ダクトの隊士からあせった声が漏れる。

『どうした!』

「気付かれたらしいっス。」

『ボケ!』

「…しょうがないじゃないですか!様子見に潜入したときと違って刀とか装備とかいろいろ持ってるんですから。音が響くんですよ。」

 ダクトの通信には、『誰だ』とかテロリストと思われる声が混ざりこんだ。

『いい、2度目は無いんだ。行っちまえ、発煙筒投げろ!』

「え、けど突入の準備は?」

『部屋から出せれば、その後はこっちで何とかする。お前らは爆発物を無効化することだけ考えろ。』

「分かりました!」

 その声の一瞬後に、ボウンという大きな音と共に3階のバリケードの向こうから煙が上がった。

 わあ、とテロリストたちの叫び声がマイクからも3階の方からも聞こえてくる。

 始まった。

 マスコミも色めき立って現場へ飛び出していく。

 …命知らずだ…。

『1番隊は奥の階段だ。近藤さんは2番隊をつれて右へ。3番隊!…』

 通信機の向こうでは『土方』が次々と指示を出していく。

 はじめの予定では、包囲網を完成させてから発煙筒を使うはずだったが、こうなったら出てきたものを順に捕らえていくしかないのだろう。

 テロリストたちが逃げると思われる経路を全てふさがなければならないので、広くくまなく配置しなければならない。

 ある隊は正面の動かないエスカレーターを駆け上がっていった。

 大丈夫だろうか?

 逃げ始めたテロリストたちと、隊士がどこかで戦いはじめたのだろう。

 ガチンと刀がぶつかる音や、叫ぶ声が聞こえてきた。

 ドキドキと様子を見守っていると。

『トシヤ、聞こえるか!』

「は、はい。」

 突然呼ばれて慌てて返事をする。

『逃げろ!』

「………っ。」

 それは、危険だということか?

 その声と同時に立ち上がった俺の護衛に付いた隊士に腕を取られた。

「こちらです、トシヤさん。」

「行ってください、トシヤさん。」

 機材の前に座る隊士もそう頷いた。

 隊士の指示に従えと言われていた。

 マスコミが行ってしまった今、俺の役割はもう終わりだ。

 絶対に無理をしないと、『土方』とも新八とも約束した。

 だけど。

 だけど…。

 

 




 

 

 

20071218UP

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相変わらず緊張感の欠片もないテロ現場ですみません。
けど、ようやくここまで来ました。あと、もう少し。
(07、12、30)




 



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