隣同士の距離 27
「あ、トシヤさん!?」
「そっちは危険です!」
慌てる隊士を振り切って、俺は現場の方へ駆け出していた。
マスコミが邪魔してる正面ではなく、奥の階段へと向かう。
俺なんかが行って、どうにかなるなんて思ってない。
かえって足手まといかもしれない。
けど、このまま外へ逃げて…なんて出来なかった。
隊士たちはもう上の階へ行っているのだろう、離れた場所から人の声や刀の音が聞こえてくる。
駆け上がろうとすると、追いかけてきた隊士に止められる。
「危険です!」
「でも、皆戦ってるんだろ? 離せよ!!」
叫ぶと、ビクっと隊士が手を離した。
その隙に俺は上の階へ駆け上がった。
「ちょ、トシヤさん!」
追いかけてくる気配は感じるけれど、無視して走る。
と、俺は何かに足を取られて転んでしまった。
恐る恐る足元を見ると…。
「うわあ。」
そこに転がっていたのは人間だった。
和装だから、テロリストだろう。
背中を切られており、そこからドクドクと血が出ている。
死んで…いるのか?
「トシヤさん。」
追いついてきた隊士が、立ち上がれない俺を引き上げてくれる。
「戻りましょう。」
「…死んで…るのか?」
「……いえ、今はまだ。けど、処置が遅くなればもしかしたら…。」
「………。」
ものすごく怖かった。
これ以上先へすすんだら、もっと怖いものを見ることになるかも知れない。
足がすくむ、心臓がドキドキとする。
けれど。
「い、行く。」
「トシヤさん!」
「一番後ろにいるなんて嫌だ。『土方』さんだって、あんな怪我してるのに行ったんだ。俺だけ守られているのなんて嫌だ。」
「………トシヤさん…。」
多分真っ青な顔をしているんだろう。手も震えている。認めたくないけど、声だって…。
「…分かりました。その代わり、俺の傍を離れないでくださいね。」
「…っ。」
改めて、俺についてくれた隊士の顔を見上げる。
あ。
去年卒業した先輩だった。
周りと衝突しがちな俺や、先輩を先輩とも思わない態度の総悟をいつも笑って認めてくれていた先輩。
俺の知る姿よりもずっと大人の姿だったけれど…。
「あなたに何かあったら、俺、副長に殺されちゃうんで。」
そう言って笑う表情は、変わらない。
真選組の隊士たちの半分くらいは知った顔だった、けれどもしかしたら知らない連中も将来俺が出会う人間かも知れないのだ。
皆を守りたい。
そんな力、俺には無いと分かっているけれど…。
多分『土方』が怪我を押して立ち上がるのも、同じ想いだ。
ここへ来て、ようやく俺は『土方』と自分はやっぱり同一人物なんだと実感した。
「もしかして、名前『篠田』?」
「そうです。副長から聞いたんですか?」
「ああ、まあ。」
先輩の名前を出せば当たりで、やっぱりと頷く。
けれど、のんびり話していられたのはそこまでだった。
足元にはごろごろと人間が転がり始め、中には起き出してこちらへ襲い掛かってくる者もいた。
そのたび篠田が刀を振るう。
血が飛び散る。
どさりと人間が崩れる重い音がする。
そして、鉄臭い、生臭い匂いが漂う。
その中を進むうち、多くの人間が戦う気配が近づいてきた。
「絶対に傍を離れないように。」
「分かった。」
ターミナルは1階分の高さが結構あるので、3階とはいえかなり階段を上らなければならない。
篠田と並んで階段の踊り場を曲がる。
「っ。」
階段の先の少し広くなったところは、敵味方入り乱れて物凄いことになっていた。
「っ、トシヤ!?」
『土方』が俺を見て声を上げた。
その隙に、刀を振り上げるテロリスト。
「っと、あぶねえ。」
銀時がその刀をなぎ払う。
「篠田!何してんだ手前!」
「俺が、無理やり来るって言ったんだ。」
「トシヤ!逃げろって言ったろうが。」
「嫌だ。みんな戦ってるのに。あんただって戦ってるのに。俺だけ後ろで守られてるなんて!」
「っ、な。」
「俺、何にも出来ないことは分かってるけど!けど、俺だってあなたや皆を守りたいんだ!」
「っ。」
驚いてこちらを見る『土方』。
そりゃあ、馬鹿げているのは分かってる。
弱い俺が、強い皆を守るなんて普通に考えたらおかしすぎる。
けど…。
「はい、多串くんの負け。」
銀時がポンと『土方』の肩を叩いた。
「万事屋…。」
「もう大勢は決まってるだろ。向こうの残りは少ないし、部屋の鍵は掛けられたんだし。」
俺が階段でこけている間に、作戦は進行していたらしい。
「…チ。 一番後ろから付いて来い。」
「はい。」
俺が頷くと、肩をすくめて『土方』は上へと走り出した。
銀時が続き、俺達もその後を追う。
階段を上がり切ったところで、他のルートから来た隊と合流する。
それぞれ『土方』に現状の報告をしている。
いくらターミナルが広いからといっても、隊士とテロリストが一箇所に集結してしまったら身動きが取れなくなる。
いくつかの隊は、すでに討ち取られているテロリストの収容へと回された。
「あれ、小っさい副長。何してんですかぃ、こんなところで?」
「トシヤくん!?何してんの、怪我とかは!?してない?」
「大丈夫です。」
総悟や近藤さんとも合流する。
「後少しだ、気を抜くな!」
『土方』の激が飛ぶ。
『土方』は大分息が荒くなっている、又熱が上がっているのかもしれない。
その隣では、銀時がモノもいわずに木刀を振り回していた。
俺を守っていたときとは全く表情が違っていた。敵の数が違いすぎるからだろう。
それまで『武器』には見えなかった木刀が、紛れも無い『凶器』に見えた。
奴らが立てこもっていた、部屋の前に置かれたバリケードが見えた。
何人かは、逃げ出せず、かといって部屋にも戻れずそこに篭っているようだった。
急ごしらえのバリケードをなぎ倒す勢いで、隊士たちが突入する。
わっと、バリケードから出てきたテロリストと入り乱れての戦いとなる。
「トシヤさん、こっちへ。」
篠田に庇われつつ、後方からそんな様子を見守る。
素人目に見ても、『土方』や近藤さん、総悟たち幹部クラスの腕はさすがだと思えた。
けれど、銀時は別格だった。
持っているものは木刀なのに、『土方』を気にしつつ圧倒的な力で押し寄せるテロリストたちを打ち据えていく。
なるほど、『土方』がその力を認めるはずだ。
その銀時に俺の護衛を頼んだ。
出会ったばかりのあの時点で『土方』は俺を大切に思ってくれていた…。
すでに、『弟のようだ』と思ってくれていたのだろうか?
肩で息をする『土方』の背中を見守る。
敵の動きに反応が遅れた『土方』を銀時がかばい、よろける彼の腕を掴んで支える。
銀時の背後に忍び寄るテロリストを『土方』が討ち取る。
前を見て進んでいく二人。
俺も、そうなれるだろうか?
銀八が辛いときは支えられるように、守れるように…。
いつも一緒にいられなくたって、互いに想い合うあの二人のように…。
なれたらいい。
いや、そうなりたい。
それには、とにかく元の世界に帰らなくては…。
そして銀八に会わなければ…。
そう思ったとき、又あの声が聞こえてきた。
『…おいで、……帰って、おいで……。』
銀八の声だ。
銀八が俺を呼んでる。
帰らなくっちゃ。
この場を生き延びて、『土方』さんと帰る方法を考えないと…。
今度は『土方』さんにまかせっきりじゃなくて、俺もいろいろと模索してみよう。
そんなことを考えていたとき。
ふと、一人のテロリストが目に付いた。
手の平にちょうど乗るくらいの丸いものを持っていた。
何か操作をして、ボタンを押したようだった。
…まさか…爆弾……!?
20071218UP
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