隣同士の距離 5
「万事屋。」
「なに?」
「仕事の依頼をしたいんだが…。」
「………。ふう、仕方ねえなあ。いつまでだ。」
「取り敢えずは『当面』、としか言えねえ。」
「…はいよ。」
仕方無いよねエ。ここんところまともな仕事無かったしさ、依頼料が入ればババアに取り上げられるしさ。
銀時がブツブツ行っている。
「それは家賃を溜めるのがいけねえんだろ。」
「なんかもう、習慣って言うの?全部きっちり払うなんて気持ち悪くて。」
「どこまでテキトウに出来てんだよ、全く。」
『土方』は溜め息をついて立ち上がった。
「とりあえず帰る。見回りの途中なんでな。又近いうちに連絡する。」
「へえへえ。」
ヒラヒラと銀時が手を振り、新八に見送られて『土方』は出て行った。
マヨラ、今度は酢昆布ね!と神楽が窓の外へ叫んでいる。
「あ……、あの。何がどうなって…。」
「当面、君の面倒はウチで見ることになったから。」
「………は?」
「さっきの話な。」
「………テロリストの…。」
「そう、アレは何も脅しじゃねえんだ。実際土方は『真選組の頭脳』といわれている。真選組を憎く思う者たちにとっては格好のターゲットなんだよ。」
「………。」
「本人もそれは分かってる。いや、むしろ進んでそういう行動をしている。自分をエサに潜んでいる攘夷浪士たちを釣れたらラッキーってなもんでな。」
「え?土方さん…そんな事を?……だってあの人、護衛なんてほとんど連れてないじゃないですか。見回りだって平気で一人でしてるし、誰かと一緒に居たとしたってせいぜい1人連れてるくらいで…。」
「だから、エサになり得るんだろう。武装警察の『副長』だぜ。これがもしも同じくらいの地位の幕吏だったら、ボディーガード山ほどつけて家から出てこねえよ。あいつだって伊達や酔狂で帯刀してんじゃねえ。そのくらいのこと覚悟の上だろうさ。」
帯刀?…そういえば、腰から刀を下げていた。
始めに見たのが銀時の木刀だったものだから、あの刀もどこか本物じゃない気がしていた。けど、アレは『真剣』だったのか?
「……そういう土方とお前はそっくりなんだ。それがどれだけ危険なことか分かるか?」
「………。」
「ヅラは確かに穏健派といわれているけど、常に自分を護る武器は持ち歩いてる。真選組の関係者に爆弾投げつけるくらいの事は平気でするよ。」
「桂が?」
変な生き物を飼っている変な奴だとばっかり思っていたのに…。
「高杉はさらに危険だ。あいつは全てを壊したがってるんだ。その邪魔になるものがあるのならためらい無く排除するだろう。『真選組』然り『土方』然り、な。」
「………。」
「そこまで大物じゃなくても、潜伏している攘夷浪士はうじゃうじゃいる。そういう奴らに、お前の存在は出来うる限り隠したい。土方としてはお前が屯所へ出入りしない方が安全だと判断したんだ。だから、お前はウチで預かる。当分は絶対に一人になっちゃだめだよ。」
「………。」
「…新八、お妙は今日はいるか?」
「え~と、ああ、まだいますね。けど、もうすぐ仕事に出かける時間ですよ。」
「じゃ、これからお前んちへ行こう。しばらくの間お前の家に泊めてやってくれ。で、外出する時は絶対に一人にはさせない事。」
「はい。……けど、護衛なら銀さんがしたほうが良いんじゃないですか?」
ご、護衛?
「昼間は…ってか、ウチにいる間は俺がするよ。…けど、ここには神楽もいるしな。余分な布団は無いし…。1晩位ならともかく、いつまでいるのか分からないのに毎日ソファじゃ可哀想だろうが。」
「ああ、そうですね。」
「それに、お前んち。すでに要塞と化してんじゃん。充分安全だって。」
よ、要塞?
「さて、じゃ行こうか。」
銀時がソファから立ち上がり、次いで新八や神楽も立ち上がって。つられるように土方も立ち上がった。
自分の判断の付かないところで話が進んでいく。
それがとても不快だ。
「あのっ。」
「土方は『当面』と言った。」
土方の言葉をさえぎるように銀時がこちらを見つめる。
「お前は何でだか、ものを良く知らない。天人の事や、攘夷活動のこと、真選組のこと…、分からない事だらけなんじゃないのか?」
「そう、です。」
「だったら、これから知れば良い。そして知ったら自分で判断して行動すればいい。けど、それには時間が必要だ。だから『当面』は俺達で面倒を見る。」
その後は好きにしろ。…多分そういうことだろう。
優しいようで、冷たいようで。でも、ある意味本人の意思を最大限に尊重してくれるそのスタンスは銀八と似ているようにも思う。
「分かったら、出発だ。」
「……はい。」
すでに外に出ている新八や神楽を追いかけるように、外に出た。
「廃刀令のご時勢ですからね、門下生が全員辞めてしまって現在は開店休業状態です。」
剣道場をやっていたという新八の家へ向かいながら、並んで歩く。
「廃刀令?」
同年代のせいか、彼が一番話しやすかった。
「ええ。天人が来てからね、刀は許可のある人しか持っちゃいけないんです。」
「あいつは?」
話す二人の後ろから、鼻くそをほじくりながら我関せずと歩いてくる銀時を指す。
「木刀はギリギリセーフってとこですかね。土方さんのような警察官とか、幕府に雇われてる人とか…そういう極一部の人しか刀は持てないんですよ。」
「へえ。……それで、道場まで潰れてしまうのか?」
「だって剣道をやったって、使える場所が無いでしょう?」
「………。そう、か?」
「そうですねえ。使おうと思ったら……、道場破りにでも行かなきゃ行けないでしょうね。その代わり逮捕されるかも知れませんが。」
「道場破り!?逮捕?他流試合とかは?」
「道場自体が大きくて、幕府のお墨付き…とかなら又話は別なんでしょうね。そういう道場同士では他流試合なんかもあるかも知れません。アッと、そうだ。姉上の前では、道場が潰れたとか言わないでくださいね。殺されますから。あくまで『休業中』で…。」
「…分かった。」
ここにいる志村姉も、なにやら恐ろしい人のようだ。
新八の家は思ったより広かった。
平屋建ての昔ながらの(と、土方には見える)造りで。母屋の隣には立派な剣道場があった。
「こんなりっぱな道場があるのに、使ってないなんてもったいないな。」
「ええ。本当に。いつか、再興できれば良いんですけど…。」
小さく苦笑するように笑って、新八は家の奥に向かって声をかけた。
「姉上~、姉上~。いませんか~?」
「新ちゃん?丁度良かった、今から出かけるところよ………あら?」
土方を見て驚いたように目を丸くする。
土方も少しだけ驚いた。
制服姿では無いせいか、幾分大人っぽく見える。
「土方さん………ではないの?」
「え…えと、ちょっと事情がありまして…。」
新八が助けを求めるように銀時を見る。
「いやそれがさあ、何でも多串くんの親戚の子が江戸に出てきたらしくてね。」
「「………は?」」
「まあ、そうなの。」
「ところが、こんなにクリソツじゃん?屯所に出入りさせるのも心配だって言うんで、ウチに面倒見てくれ…って依頼が来たんだよね。」
「依頼…。」
「ウチは神楽が居るしさ。まあ、間違いなんか起こらないとは思うけど、こいつも青少年だし?夜はお宅に泊めてもらうように出来ないかな。」
「あら、銀さん。それを心配するなら、むしろ私の方を心配するのではなくて?」
「お妙は夜は仕事に出てんじゃん。」
「……それはそうですけど…。まあ、良いわ。仕事だって言うのなら協力します。そうでもないと新ちゃんのお給料が出ないんでしょ?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
内心、こんなおっかない女に手は出さない!とは思ったが、だからこそ尚更きちんと頭を下げると、それが思いのほか印象良く映ったらしい。
「良いのよ。私はこれから出かけるけど、家の中の事は新ちゃんに聞いてね。」
と、にっこり笑って出かけていった。
「すげえなあ、土方属性。」
「土方さんは、きちんとすべきところはしてますからね。あんたもモテたかったら、そのちゃらんぽらんなところを一番に直さなきゃいけないんじゃないですか?」
「うっせーな、俺だってこの髪がサラサラの無造作ヘアだったら…。」
「だから、問題点はそこじゃねーって言ってんだろーが!」
どこまで本気か分からない二人のやり取り。
こんなやり取り、自分と銀八の間にはなかったな…と思う。
ボケる銀八に突っ込む事はあるが、その辺は予定の会話…というか…そんな感じで。
嫌われるのが怖くて、感情をぶつけたことなんて無かったような気がする。
あるとすれば、最後に言った捨て台詞くらいで…。
感情のままに口走ってしまったけれど、決して『本音』でも『本気』でもない言葉。
しかも、その言葉も良く覚えていないなんて…。なんて情けない。
やはり自分は子供で、大人の銀八から見ると対等に相手をする必要すら感じない存在なのかも知れない。
土方と新八が家に入るのを見届けて、銀時は帰って言った。
神楽は一緒に泊まるのだと言ってここに残った。
これでは、青少年の間違いを避けた意味が無いんじゃないだろうか?とは思ったが、そこは多分適当に口にした口実だったのだろう。
自分を万屋で寝起きさせない理由はどこか別のところにありそうだと思ったが、それが何なのかは分からない。
神楽にせがまれるままに、Z組の話を聞かせて。
その夜は、3人で布団を並べて修学旅行のように眠りに付いた。
20070808UP
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子供達はすぐに仲良くなりました。
『土方』や銀さんそれぞれの思惑は追々。
今回のポイントは、何気にあうんの呼吸の『土方』と銀さん。うへ。
(07、08、20)