隣同士の距離 6
疲れていたのだろう、すぐに眠くなってしまって。夢も見ないほどぐっすり眠った。
けれど、その分早く目覚めてしまった。
並んで敷いてある布団では、新八も神楽もまだぐっすり眠っている。
昨日から起こった事を初めから整理してみようと思った。
順を追って思い出してみても、やはりどうしてこのいろいろと訳の分からない状態になってしまったのか、原因に心当たりは無かった。
あいつなら分かるのだろうか?
『新撰組の頭脳』と言われているらしい、自分とそっくりな男。
確か『屯所』とやらに居るという。
屯所と言うとアレだろう。きっと『新撰組の屯所』。
TVドラマで見たあんな感じだきっと。
思いついたら、居ても立っても居られなくなった。
銀時に指摘されたとおり、この訳の分からない状態が続くのが不快だった。少しでも早く、何かを掴みたかった。
「さすがに今夜は大丈夫だと思うんですよね。土方君の存在なんてほとんど知られてませんから。」
昨夜そう笑って、新八は『要塞モード』とやらをONにしなかった。
その要塞モードの時は建物の外には絶対に出てはいけないと言われていたけれど、今なら大丈夫だろう。
土方はそっと新八の家を出た。
門を出てはっとする。
『屯所ってどこにあんだよ…?』
自分の情けなさに愕然とする。
丁度通りがかった新聞配達員に聞くと、あっさりと教えてくれて少しだけほっとした。
言われた方向へ向かって歩くと、暫くして大きな壁が続く一角へやってきた。
『ここかあ?』
壁伝いに行くと暫くして、昨日見た制服と似たような服を着て帯刀している男達が二人門の前に立っていた。
見上げた大きな看板には『真選組屯所』の文字。
…当て字?漢字が違うじゃねーか。
それでもここだろうと1歩近付けば、男達の鋭い視線が飛んできた。
「あの…。」
声をかけると、相手は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ふふふふ、副長!?」
「い、いや。お身内の方ですか?」
本当は違うのだが、そうです。と頷けば恭しく門の中へ入れてくれた。
「今、副長に取り次いでまいりますので。」
待つ間あたりを見回せば、志村宅よりも広い敷地に幾つかの建物が建っていた。
隊士なのか門番なのか?男が駆け込んだのは奥の方の建物で、きっとあそこが住居になるのだろうとあたりをつける。
「副長のご親戚の方だそうで。大変失礼をいたしました。どうぞ、こちらへ。」
大柄な男が、汗だくで愛想笑いを浮かべるのがなにやら可哀想になってくる。
『鬼の副長』とも呼ばれているらしいが、そんなに怖いのか?
通されたのは、建物の随分奥まった部屋だった。
「………。」
「……朝早く、すみません。」
「………。っつったく。」
昨日着ていたのは制服なのだろう。けど、今は黒い着流し姿だった。
恐らくは寝起き。
「オイ、山崎を呼べ。」
「はい。」
土方を案内してきた隊士にそういいつけると、ガシガシと頭をかきながら煙草に火を付けた。
「普通ここに来るか?」
「他に話の通じそうな相手が居ませんでしたので。」
「………昨夜は、メガネの家に泊まったらしいな。」
「はい。……何で…。」
「万事屋から連絡があった。」
「そう、ですか。」
そこへ、障子の向こうから山崎です。と声が掛かる。
「入れ。」
失礼しますと入ってきた山崎は、土方を見てぎょっとする。
「暫く人払いをしておけ。それから、こいつの事は誰にも言うな。見張りの隊士たちにも口止めをしておけ。……特に、総悟には絶対に漏らすな。」
「はあ…。副長のご親戚ですか?」
「そんなところだ。ああ、後茶を2つ。」
「はいよ。」
山崎が出て行くと、『土方』は小さく溜め息を付いた。
「あいつも居るんだったな、クラスメイトに。そっくりか?」
「もう少し若い感じですが、そっくりです。」
「………。」
「分からない事が多すぎて…不快なんです。」
「俺もだ。……で、一応昨夜いろいろと調べてみた。」
そう言って何やら台帳のようなものを取り出してきた。
「この国の…そうだな。郵便番号簿のようなものだ。一般に出回っているものよりも細かく細分してあるが。」
「はあ…。」
見てみろというように渡されて、パラリと捲る。
細かい文字がびっしりと書かれていた。
「これが…?」
「ああ。………いや、ちょっと待て。」
「?」
不意に障子の向こうから山崎の声がした。
「副長、お茶をお持ちしました。」
「ああ、入れ。」
スススと障子が開き、盆に湯飲みが二つ載せられたものをもって山崎が入ってきた。
「どうぞ。」
「あ、どうも。」
「副長。口止めと人払いはしました。さすがにこの時間では沖田隊長はまだ寝てますんで、暫くは大丈夫だと思います。」
「ああ、分かった。………そういや、近藤さんは?」
「先程戻られたようです。」
「相変わらずか。」
「はい、酔っ払って寝てます。」
「………はあ。今朝は特に連絡事項は無い、朝議は無しだ。今日のシフトはこれだ。伝えておいてくれ。」
「分かりました。…副長は昨夜遅くまで起きておられたようですけど…。」
「ああ?」
「このところ色々と立て込んでるんですから、寝られる時には寝て置いてくださいよ。」
「ああ、分かった分かった。」
「全くもう、又そういういい加減な返事をする!」
山崎は不満そうな顔をしていたが、客が居るということで特に言い募ることも無くそのまま退出していった。
「悪かったな。何か、俺のせいで。」
「いや、訳が分からなくて嫌なのは俺も一緒だからな。」
一口茶をすすって、『土方』は苦笑した。
「俺が、お前の話を聞いていて気になった点が幾つかあった。それについて昨夜は調べていた。」
「気になった点?」
「そう、まずその1つ目がお前の言った住所だ。」
「?何か、変でしたか?」
「この国にはお前の言った住所が無い。」
「はい?」
慌てて渡された番号簿を捲る。
自分が住むところと同じで北海道の方から0番が始まっているようだが、自宅の郵便番号に該当する住所は、似てはいるが違う町名が入っていた。
それでもその付近だろうと前後のページを捲ってみるが、確かに自分の住む住所は存在しなかった。
「そんな………。」
「それに、お前は高校生と言ったな。」
「はい。3年です。」
「この国には確かに『高校』はある。だから『高校生』も存在する。けれど、通えるのは高官の子息子女等の極一部の人間だけだ。」
「は?」
「普通は、寺子屋に通うのがせいぜいだ。それ以上に何かを勉強したかったら、特に師事したい者に付いて勉強する。だから在籍するものはすぐに調べが付く。『土方十四郎』なんて生徒はどこにもいなかった。」
「………。」
「それに…。お前の周りには俺達も知る人間がたくさん居るんだったよな。『そっくりだけどちょっと違う』人間が。」
「はい。」
「なのに、何で俺達だけ二人なんだ?」
「え?」
「俺の周りに同じ名前で同じ容姿の人間なんて一人も居ない。お前の周りだってそうだろう?なのに、何で俺達だけ二人いるんだ?」
「そ、…それは…。」
「俺の仮説を言って良いか?」
「は……い。」
「お前は、違う世界の人間なんじゃないのか?お前が今まで18年間生きてきた世界が別にあって、そこにはここに居る人間と『そっくりだけどちょっと違う』人たちが暮らしている。そこから、なんらかのアクシデントがあってお前だけこっちの世界に来た。お前が今まで暮らしていたのとは別の、俺が生きてきた世界へ。」
「………。」
「そうすれば、俺達だけが二人存在する理由やお前の言う住所が無い理由も、お前がこの国の事情を知らない理由も辻褄が合うように思うんだが…。」
「………そんな。」
土方の頭の中には『トリップ』と言う言葉が思い浮かんだ。
タイムスリップ、ではない。
時空?次元?そんなものを飛んでしまったというのか?
信じられないという思いと同時に、けれど確かにそれなら辻褄が合う…とも思った。
20070808UP
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土方が『真選組』の漢字を知ったのは、屯所の看板の前。
それ以前は『新撰組』だと思っていました。
わざとらしくも、ようやくトリップしたのだと判明。
(07、08、24)