隣同士の距離 8
「そうだ、山崎。こいつに合う服があればちょっと調達してきてくれ。洋装の方がいいな。」
「は?服…ですか?」
「ああ、とりあえずは2〜3着で良い。後帽子か眼鏡か…何か顔を隠せるものを。」
「はい。門までお持ちします。先に行っていてください。」
そう言って山崎は部屋を出て行った。
「あの、服って…。」
屯所の廊下を歩きながら『土方』に尋ねる。
「毎日そればっかり着てる訳にゃいかねえだろ。それに、外を歩くなら何か顔を隠せるものがあったほうが良い。」
「そりゃ、そうですけど。」
「ああ、少し金を渡しておく。入用なものがあれば自分で買え。」
「あ、ありがとうございます。でも。」
「万事屋は金を持ってないからな。団子1つ喰うのに苦労してんだから…呆れる。」
「そりゃ呆れますね、じゃ無くて!」
「テメーの財布にゃ大して入ってなかったじゃねえか。」
それはそうだけど。(所持品検査は昨日のうちにされていた)
どうしてそこまでしてくれるのか?
銀時のところに『仕事の依頼』をしたのもこの人だ。当然代金を払うのもこの人で…。
突然降ってわいた同じ顔の人間に…。
や、ある意味自分自身なのかも知れないが。それにしても…。
「そういや、お前携帯持ってたな。」
「はい。」
「見せてみろ。………圏外…じゃ、ねえんだな。」
「それはそうなんですけど。…昨日から何の着信も入らないんです。」
近藤さんや総悟。姉貴や両親。………後銀八とか…。
毎日誰かしらから、メールにしろ通話にしろ着信があったのに…。
仮にそういった周りの人間から総スカンを喰らっていたとしても。無料コンテンツとかの情報は1日に何通かは必ず入って来てたのに…。
それらが一切無い。
やはりここが違う世界だからなのだろうか?
「副長。服持って来ました。」
「ああ、悪いな。」
山崎が持ってきたものは、風呂敷に包まれていた。何となく時代を感じるような…。
「番号を教えろ。圏外じゃねえんなら通じるだろ。」
「あ、はい。」
屯所の門の傍まで来て、二人で互いの携帯を見ながら番号やメルアドを登録する。
すると。
「そうしてると、お宅等兄弟みたいね。」
門のところにだるそうに寄りかかりながら、銀時が言った。
俺が山崎から荷物を受け取ったりしている間に、銀時が『土方』の耳元に口を寄せて小声で話している。
難しい顔をしたまま『土方』が腕時計で時間を確認したりしているところを見ると、仕事関係の話か?…そうなると、俺がらみ?
何となく二人を見ていてふと気付く。
この二人、ほとんど体格が一緒?
そのことが、銀時と『土方』は対等であることの証明のように感じさせる。
自分はまだ少し背が足りなくて、この二人をわずかに見上げるような感じになる。
それはつまり銀八に対してもそうで。
やはり自分はまだ子供で、大人である銀八にも銀時にも『土方』にも叶わないところがたくさんある。
それが悔しい。
「ねえ、君?」
山崎が話しかけてきた。
「副長のご親戚なんだってね。名前はなんて言うんです?」
「あ、土方…。」
普通に名前を名乗りそうになって、ふと考える。
皆がみんな『へえ、同じなんだ』で納得してくれるとは思えない。
ここがあいつの世界だというのなら、遠慮するのは俺の方であるべきだろう。
「土方 …トシ…ヤ、です。」
「「………。」」
銀時と『土方』がこちらを見ていた。
「へえ、トシヤ君って言うんだ。」
「服、有難うございました。」
「良いよ。仕事用だから、俺個人のじゃないし。」
にっこり笑う笑みは、人の良さを表しているようだった。
きっとこの山崎も、自分の知る山崎と同じように良い奴なんだろう。
「帽子、被って行けよ。」
『土方』に、そんな言葉で見送られて、万事屋に帰ることとなった。
万事屋へ帰ってから。
俺は謝って謝って謝りたおした。
かろうじて神楽のとび蹴りを交わした俺は、『おお、さすが土方属性』とか訳の分からない感心のされ方をしたけど。
とにかく、謝った!!!
新八に、半分泣かれながら『もう勝手にどっかへ行かないでくださいよ!』と釘を刺されて、『はい』と頷いた。
今もって何でこんなことになったのかは全く分からないけれど。
多分、この万事屋の3人に出会えた事はラッキーだったのだろうと思う。
改めて思えば、あの河原で。
もしも攘夷浪士たちに先に見つかっていたら…。俺の命は無かったかも知れないのだ…。
………アレ?そうすると…。
『多串くんと同じ顔』ってだけで、俺をここに連れてきてくれた銀時は。口では何だかんだ言いながら、喧嘩をしながらも『土方』寄り…というか『真選組』寄りの人間なんだろうか?
けど、…なんか昨日気になる言葉を聞いたような……なんだっけ?
「はい、万事屋です。」
ジリリリとなる黒い受話器をあげて電話に出た。
あれから数日たった。
俺がどうしてここへ来たのか?その手がかりは全く見つからず。ついでに学校用の鞄も見つからないらしい。
『悪いな』と、言う『土方』に慌てて首を振ったのは昨日のことだった。
世話になりっぱなしなのはこっちの方なのに。謝られては居心地が悪い。
「え?猫が居なくなった?」
仕事の依頼だ!!
「はい。窺います。」
そう返事する俺に、銀時が目を剥いた。
受話器を置いて、メモした住所を銀時に見せる。
「はい。ここ。」
「え〜〜、昨日だって仕事したじゃん。」
「普通は、毎日仕事すんだよ!」
「え〜〜。」
「『え〜〜』じゃねえ。……仕方ねえなあ。志村、行こうか。」
「ああ、うん。じゃ、銀さんは留守番していてくださいね。」
「うおっ!!ちょっと待った!学生の多串くん。君が出かけると俺も出かけなきゃなんねえじゃん。」
「『え〜〜』別に良いです〜〜。『土方』さんには、銀さんは護衛してくれませんでしたって報告しときますから。」
「ああ、クソっ。分かったよ、行くよ、行きゃあいいんだろーが。」
この人に仕事をさせたいという思いは新八も一緒で、『土方』から言われていた俺はとにかく二人で銀時を家から引き摺りだそうと話していたのだ。
『呼び方?別に普通に「銀さん」で良いんじゃないですか?』新八にあっけらかんと言われてから、銀時のことを銀さんと呼ぶようになった。
銀八と被るような被らないような変な感じだ。
呼び方と言えば…。アレだけ大騒ぎして決めたのに、決めたとおりに『トシちゃん』と呼ぶのは神楽だけだ。新八は『土方君』だし、銀時に至っては最初の通り『学生の多串くん』が多い。決めたって、結局意味なかったじゃねえか。
「そういや神楽は?」
「定春と遊びに行ってますよ。」
そうだ、定春。
最初の日は、押入れの下段で寝ていて出てこなかったらしいが。次の日に万事屋に戻った時に見て驚いた。あんなにでかい犬もいるんだ?
けど、何度か出た街中で他にあんなにでかい犬は見たこと無い。どうやらでかいのは定春だけのようだ。
やっぱり変な所だよな。
顔を隠す用のキャップと黒縁眼鏡を付けて万事屋を出た。
依頼主のところへ行って、猫の写真を貰い。特徴を聞いて。
行動範囲と思われるところを探す。
「ミルク〜。」
真っ白の綺麗な猫はそう名付けられていた。
路地裏のゴミ置き場。塀伝いに裏へ行ったか?どこかの食べ物屋の裏口だろうか?
3人であれやこれやと可能性を考えながら探す。
「じゃ、僕はこっちの方を探してみます。」
途中新八が別方向へ分かれ、銀時と二人になった。
俺を護衛するという仕事も兼ねているため、別々に分かれるわけにはいかないからだ。
『あのネ、学生の多串くん。命を狙われるかも知れないんだから。ウチに篭ってたほうが安全だとは思わない?』
初めて万事屋の仕事の為に一緒に外へ出た時。銀時に言われた。
確かにそれはそうだ。
安全だけを考えるなら、息はつまるだろうが家に篭っているのが一番良い。
だったら、なぜ『土方』は万事屋に仕事をさせてくれ何て言ったのだろう?何か考えがあったのだろうか?
視線は猫を探しながらも、ぼんやりとそんな事を考えていると…。
目の前にざざざと数人の男達が立ちはだかった。
時代劇か?…着物を着て、髷を結い。刀を構えるその姿に、なんだか現実味が無くて…。
けど、次の瞬間はっとした。
攘夷浪士!?
「間違いないな、その容姿。真選組副長、土方十四郎とそっくりだ。」
「身内の者だな。」
「我等同士が大勢奴等にやられている。その痛みを身を持って知るが良い!!」
男達が刀を振り上げ駆け寄ってきた。
う…わ…。
思わず体を硬くして目を閉じると。
「目え、瞑ってちゃよけらんないでしょうが。」
がっしりと抱きかかえられ、同時にうわあああと男達の声がした。
20070814UP
NEXT
考えてみれば、土方さんって結構どんくさいんだっけ?
『土方属性』だったら、神楽のけりは避けられないかも…?
まあ、すらりとではなく『ギリギリのところで何とか避けた感』が『土方属性』ってことで。
いよいよ、あの世界での生活が始まりました。
(07、08、29)