シリウス 2
はあ、はあ、はあ、
身を潜めた木々の間。
切りつけられた腕がジンジンと痛む。
包帯がわりに巻いていたスカーフをいったん外し、隅を咥えて巻きなおす。
さっきよりギュッときつく巻けば、少しだけ痛みが誤魔化せたような気がした。
襲ってきたのは高杉晋助。
今、この国にいるテロリストの中で一番危ない奴だろう。
とっさに持って逃げたのが、愛刀と、生八つ橋だなんて…俺はバカか…。
京都でのすべての日程を終えて、帰る時になって土産のことを思い出した。
ついてくれていた隊士に土産物屋に案内してもらい急遽の予定変更。
屯所のみんなへは日持ちするものを送ってもらうよう手配し、生八つ橋だけを手荷物として持ち帰ることにし。
後は列車に乗って帰るだけだと駅へ向かう途中で、襲われた。
数名の攘夷浪士の後ろにいたのは、片目に包帯を巻いた男。
高杉だろう、あれは。
急遽変更した予定に合わせて襲われたということは…。
ずっと付けられていたか。…あるいは…信じたくねえが、真選組の京都支部内に敵と内通しているやつがいるのかもしれない。
こっちを仕切っているのは俺を目の敵にしている伊東だ。
怪しいと言や怪しいが、あいつならこんな自分に疑いがかかる方法はとらないだろう。
もっと確実に俺を貶め、誰の目から見ても明らかな俺の失脚を狙うはずだ。
数名で襲ってきて、たった2人しか護衛をつけていなかった俺を仕留め損ねるような…そんなものと手を組むとは思えない。
おそらく今回のことに伊東は無関係だろう。
だが、内部にこっそりと裏切りものが入り込んでいる可能性は…ある、な。
「ち。」
京都支部へ連絡を入れようかと取り出した携帯電話をパタリと閉じた。
内通者がいるのかいないのか?
わざと連絡を入れ、試すなんてことが出来るほどこちらには余裕はなかった。
襲ってきた奴らは大した剣の腕じゃなかったが、高杉の腕は破格だった。
剣の勝負をしようと踏みとどまっていたら、俺は確実に死んでいただろう。
とっさに逃げたから、何とか今、生きている。
「………はあ。」
知りたくなかった、こんなことで。
高杉の剣の型は、あいつのと似ていた。
多分、きちんと道場なんかで習ったんだろう、奇麗な高杉の太刀筋。
あいつのは、それを我流で崩したような感じだったが、たぶん大本は一緒だ。
聞いたことはないし、あいつも言わないけれど。おそらくあいつは攘夷戦争に参加していた。
当時『白夜叉』と敵からも見方からも異怖されていた者の容姿と酷似している。
攘夷浪士の桂小太郎との親交もあるようだし、本人と思って間違いないだろう。
だったら、高杉と知り合いでもおかしくない。
しかも太刀筋が同じとなると、同じ道場へ通っていたのかも…。そうするとかなり長い付き合いってことになる。
なんだかんだいって、甘いあいつのことだ。
自分は今、攘夷活動をしていないからと言って、昔の仲間と無関係を貫き通せるのだろうか?
ふと、あたりを見回せば、だいぶ日が傾き薄暗くなってきた。
この闇に乗じて移動をしようと、隠れていた茂みから体を起こした。
さて、これからどこへ行くか…?
一番楽な方法は、駅へ向かい列車に乗ることだ。
多分乗ってしまえば何とかなるような気がする。
まさか列車を襲ってまで俺を追いかけてこないだろう。
そこまで考えているのなら、先ほどの襲撃のときに俺を取り逃がすようなヘマはしないはずだ。
だが。駅へ向かう主要な道路は抑えられているような気がする。
もう少し土地勘があれば、裏をかいて駅へ近づけるのだろうが、いかんせんここは江戸ではない。
大まかな方角がわかる程度では、恐らくすぐに見つけられてしまうだろう。
………となると。
選べる手段は……。
「いたぞ!」
少し離れた場所から声がした。
「ち。」
茂みを飛び出した。
「土方ァ、逃がさねえぜ。」
半笑いの声は、高杉か。
面倒くせえな。
予定変更、やっぱり駅だ。
京都の駅にある夜目にも鮮やかなタワーに向かって脱兎の如く駈け出した。
「あっちへ行ったぞ。」
「追え!」
他の仲間が土方を追って駆け出す。
「駅か。」
列車に乗ってしまえば、あちらの勝ち。その前に討ち取れればこちらの勝ち…だな。
なあ、土方。
京都の街は碁盤の目のように道が通ってるんだぜ。
お前は迷わずに駅に着けるだろうが、追うこっちだって検討がつけやすいんだ。
先日まで行っていた江戸の町を思い出す。
ゴミゴミとしていて、入り組んだ町並み。
裏道を把握してうまく利用すれば、逃げるのに都合の好さそうな町だった。
残念だったな。ここが江戸の町じゃなくて。
「そっちだ」
「追い詰めたぞ。」
「いや、いない!」
存外手こずっている仲間にイライラと舌うちをする。
そして土方は、徐々に駅へと近付いているようだった。
「駅で待ち伏せした方がいいんじゃないのか。」
「もう少し駅よりの場所へ先回りしよう。」
そういう仲間たち。
自分も後に続こうと思い、ふと違和感を感じる。
本当にそうか?あいつの目的地は駅なのか?
後数時間で最終列車が出るだろう。
それまでに駅に着くには、もう少し積極的に駅へと向かう必要があるはずだ。
なのに、少し近づいては、また離れる。
また、少し近づいては、また少し離れる。
そんな動き方をしているような感じがする。
何だ?あいつの目的は?
途中、何名かの仲間が打ちすえられている。そうやってこちらの人数を減らすつもりか?
しかし剣の腕なら自分の方が上だ。まともに切り合えば、土方に勝ち目はないだろう。
駅へ先回りする気にはなれず、見当をつけて道をたどる。
「っ。」
「おっと、ビンゴだな。」
路地の向こうから駆け込んできたのは、目当ての土方だった。
「高杉。」
「ここで、死んでもらおうか。」
「は、冗談じゃねえよ。」
剣を抜いて切りかかる。
かろうじて、という感じで受けている土方。ああ、腕を怪我しているのか。
だからと言って手加減するつもりは毛頭ない。
しかし、弱っている今の方がさっきより的確に受けられているような気がするのは気のせいだろうか?
ガキンと剣のぶつかり合う音がして、切り結ぶ。
やはり…、受けられている…?
向こうから打ち込んでくるまでの余裕はないようだが、先ほどとは何か違う…。
「お前は、」
「………?」
「何で、あいつに付きまとう…?」
「………は?」
「お前ごときに牙を抜かれるなど…。」
「………言いたいことがよく分からねえが…。それがあいつのことを言ってるのなら一応反論させてもらう。」
幾分呆れたような表情を浮かべる土方。
「付きまとってきたのはあいつの方だ。巡回、メシや、居酒屋。果ては、映画館や、サウナにまで出没しやがって…。」
うっとおしいったらねえんだよ。吐き捨てるように言う。
「それに、『牙』ってのが分からねえが、あいつがやる気がないのは俺と会う前からだ。死んだ魚のような目をしやがって。『イザという時にはきらめくからいいんだ』とかぬかしやがるが。いつなんだよ?いざっていう時ってのは。」
きらめいた眼なんか見たことねえよ。と続く。
「仕事しろって言ったってのらりくらりと逃げやがって。子供らを飢えさせてんじゃねえってんだ。」
「自嘲しろって言ってんのに、甘いものばかり食べやがるし。ギリギリでまだ糖尿病にゃなってねえらしいが、どうしてそれを威張れるのか俺にはさっぱりわからねえよ。」
土方は愚痴るように言葉を重ねる。
それほどまでに愚痴るのなら、突き放せばいいのにと思うが。
そのほとんどがあいつのことを心配している内容であるのに気付く。
幾分毒気を抜かれる。
たぶん俺の気配が変わったのだろう、土方がいぶかしげに眉をひそめる。
「あいつは『白夜叉』だぜ。逮捕しなくていいのかよ?真選組の副長さん。」
爆弾を落としたつもりでそう言うと、小さくため息をついた。
「やっぱりか。」
「知っていたのか?」
「そりゃ分かるだろうが。銀髪で天パであの剣の腕で、他人だっつーほうがおかしいわ。…逮捕はしねえよ。」
「へえ?お前さんも情人にゃ甘めえんだな。」
「そうじゃねえよ。お前は何か勘違いしている。俺たち『真選組』は市民生活を脅かすテロリストを捕まえるのが仕事だ。だから、桂も追うし手前も追う。けど、白夜叉の手配書は回ってきてねえし、現在テロ活動をしていない者を逮捕するいわれもない。」
詭弁といえば詭弁だろう。
けど、うまいこと線を引いてグレイゾーンに手を出さないというのは、幕府の中で生き残るには良い方法だ。
「ならばあいつが、今後テロ活動をしたら、逮捕するのか。」
「まあ、そうだが。あいつはしねえよ。」
「ほう、ずいぶん信頼してるじゃねえか。」
「信頼?違げえよ。混乱を起こせばガキ共にも危険が及ぶだろうが。あいつは絶対にそんなことしねえ。それに、何より昼寝が好きな男だ。テロ活動なんて面倒臭いもの絶対にやらねえよ。」
「………。」
それはお前が知らないからだ。
あいつが戦場でどれだけ群を抜いた才を放っていたか。
皆が憧れ、そして恐れた。
戦場で光った『白夜叉』という光を知らないから、そんなことが言えるんだ。
20081030UP
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原作のあの話とはまた別に銀さんは猛烈アタックしたということで…。
後、説明不足かなと思い少し補足。
土方は車で駅へ向かう途中で襲われました。後部座席から飛び出したときにとっさに手にしていたのが愛刀と生八つ橋でした。
携帯はもともと服のポケットかなんかに入っていました。
そして。
すみません、どうやら4話になりそうです。
(20081030UP 月子)