シリウス 3
「あいつは市井に紛れていていいような奴じゃねえ。」
「………ああ、そうか。つまりお前は『白夜叉』のファンなんだな。」
「な!!?」
「性格はともかく、確かにあの剣の腕は別格だな。」
「…っ。」
「剣を持つものなら、誰もが焦がれるだろうな。」
戦場で、あいつと同じだけの腕が俺にもあれば…。何度そう思っただろう。
俺にそれだけの才があれば、失わずに済んだ仲間がどれだけいたことか…。
「…お前ら、道場かなんかが一緒だったのか?」
少し迷う風の土方が突然そんなことを尋ねてきた。
「何だと?」
「太刀筋が似てる。」
ああ、それで先ほどから上手いこと受けられているのか…。
『道場』といわれて、ふいにガキの頃を思い出した。
と、そこへ。
「土方副長〜〜。どこですか〜。」
「副長〜、ご無事ですか〜?」
土方を探しているらしい、声が聞こえてきた。
「ほら、お仲間が来たぜ、助けを求めねえのか?」
「…かまうな。」
そうか、内通者の存在に気づいたか。
副長を張るだけのことはある。それほどバカでもないらしい。
ガキン。
ぶつかる刀が嫌な音を立てる。
「っ。」
また、受けられた。
何だこいつは。
打ち合うたびに、こちらへ上手く合わせてくるような気がする。
動きを読まれ始めている…?
それに引き換え土方の太刀筋は、ほとんど全くの我流なのだろう。とんでもない所から、とんでもない向きで飛んでくる。
我流でこれだけの腕か。
ガキの頃からきちんと基礎を習っていたら、いったいどれほどの腕前になったか…。
思った以上に時間をとってしまった。
惜しい才だとは思うが、討ち取らせてもらう。
「っ、ち。」
本気で打ち込み始めた俺に、小さく舌打ちを漏らす。
お前だって分かっているだろう。まっとうに打ち合えばお前に勝ち目はないことを。
何度か切っ先が土方の腕や足を掠る。
「副長!」
路地の向こうから隊士が声を上げ、駆け寄ってきた。
「ち、タイムリミットか。」
「そうでもねえぜ。」
背を向けて走り出した俺の後を、土方が追ってくる。
な!?
この期に及んで、まだ俺と打ち合う気か?助かった、と引くのが普通だろう。
初めに受けた傷だけではなくて、全身のあちこちに刀を受けているはずだ。
夜ではあるし、服も黒いので一見しては分からないが、おそらくかなりの出血をしているだろう。
荒い息をつきながら、尚も追ってくる土方。…何を考えている?
「あっちだ!」
「追え!」
真選組の声も追ってくる。
「ち。」
捲いてやろうとすっと路地へはいりこむ。
「ん?」
ふ、と背後の土方の気配が消えた。
そっと後ろを窺うと、やはりついてきてはいないようだ。
諦めたのか…?
違和感を感じつつ、今は自分が逃げることを最優先する。
駅には他の仲間が張っている。
あのまま駅へ行くようなら、奴らが捕まえるかもしれない。
怪我をしているようだから、今夜は京都支部へ戻って明日改めて帰ることになるのかもしれない。それならばまだチャンスはある。
いずれにしても、それほど待たずして土方には死が訪れるだろう。
だが、数時間してどうやら俺は読み違えていたようだと思い知る。
駅を張っていた仲間がなんの収穫も持たずに戻ってきた。
土方は駅には現れなかったのだ。
もう最終列車も出てしまっている。今日中の帰京は諦めたのか?
そう思って真選組に潜り込ませた仲間に探らせれば、土方は京都支部にも戻っていないという。
忽然と姿を消した土方。
隠れ家とした宿の前の通りは、時折隊士たちが土方の名前を呼んで捜索していた。
いったいどこへ行ったんだ?
『…お前ら、道場かなんかが一緒だったのか?』
土方に聞かれたせいだろうか、久し振りにガキの頃を思い出した。
身寄りのなかったあいつ。珍しい容姿も相まって村中の大人から敬遠されていた。
そして親が嫌えば大体その子供も同じような態度をとる。
いじめられたり、いやみを言われたり。
そのたびに何を考えているのか分からない飄々とした顔で、鼻糞をほじっていたあいつ。
むしろ俺や桂の方が、怒り、仕返しをして回っていた。
近所の庭に生えている柿の木から勝手に柿をもいで、盗み食いをしたり。入っていはいけないといわれていた山に入って迷子になってみたり…。
そういう悪戯は一緒にやったけれど。
そういえば人を傷つけるような悪さは絶対にしなかった。
道場で剣を習い始めたあいつは、めきめきと力をつけ、そのうち片時も刀を放さなくなった。
村中のどのガキよりも(もちろん少し年長の者たちよりも)飛びぬけて強かったのに、その剣を誰かに向けることはしなかった。
誰よりも他人に傷つけられる痛みを知っていたからかもしれない…。と、今になってはじめて思った。
そして、時折姿の見えなくなったあいつを探せば、いつも縁側だの草原だので昼寝をしていた。
いったいどんな嗅覚なのか?あいつが昼寝をしている場所は、本当に気持ちが良くって。
桂と3人で、一緒に昼寝をしたり、他愛もない話で盛り上がったりした。
今でも昼寝が好きだというのなら、あいつは昔と全く変わっていないのか…?
ならば、あの戦争にあいつは何を思って参加していたのだろう。
俺たちは同じなのだと思っていた。
同じものを愛し、同じ痛みを感じ、同じものを守り、同じものを壊そうとしていたのだと、そう思っていたけれど…。
俺の見ていた世界と、あいつの見ていた世界は。もしかしたら全く違うものだったのだろうか?
開けた窓から夜空を見上げれば、青く白く光る星。
へ、空の高みから、足掻く俺を笑ってんじゃねえよ。 銀時。
夜中を過ぎたころ。
また、宿の前の道を土方を探す声。
どこかで野たれ死んでいるのだろうか?
いや、傷の数は多かったけど、それほど深い傷は与えられていない。せいぜい最初の一太刀で負わせた傷が大きいくらいか。
それでも出血が多ければ、貧血にくらいはなるだろう。
どこかに隠れていて、始発列車に乗るつもりだろうか?
ならば早朝に、また誰かに駅を張らせて…。
そんなことをつらつらと考えていて、ふと気付いた。
駅、じゃない!!
「ち!」
我知らず大きな舌うちを打っていた。
「高杉さん、どうしたんですか?」
「土方のヤロー。車だ。車で江戸へ向かったんだ。」
「車!?」
そうだ、あのとき。土方の気配が消えたあの場所。
俺は逃げるために路地裏へはいったが、反対側へ抜ければ大きな幹線道路がある。
土方はそこへ出て、江戸へ向かうトラックの荷台かなんかにもぐりこんだのだ。
「そ、それじゃ、早速トラックの捜索を…。」
「今からでは無理だ。」
「けど。」
「あれから何時間たってると思っている?もう、相当江戸へ近づいているはずだ。」
「………では。」
「ああ、今回は失敗だな。」
「一応、真選組に潜り込ませた奴に連絡入れてみます。」
大した収穫はないだろうよ。そう思ったが、あえて止めなかった。
「………。おかしいです、高杉さん。」
「どうした?」
「連絡が取れません。」
「取れない?」
「…まさか、バレた…なんてことは…。」
「ち、そういうことか!」
土方。やってくれる。
隊士が俺たちを見つけた時、どうみても俺との切り合いで土方の方が押されているように見えただろう。
なのに、土方は隊に戻らず『逃げた』。
京都の真選組を任されているのは、確か伊東とか言う男。
『真選組の頭脳』といわれる土方の向こうを張る奴だと聞いた。
どう見ても助かったという状況で、隊士から逃げた土方の行動を不審に思ったはずだ。
隊内に内通者がいる。
それを土方は『逃げる』という行動で伊東に知らせたのだ。
過たずそのメッセージを受け取った伊東は、早急に隊内の調査を行い…。
「消されたな。」
「そんな…。」
剣の腕も経験も、全く大したことのない甘ちゃんだと思っていたが。
土方十四郎。
思ったよりも、やってくれるじゃねえか。
20081030UP
NEXT
3話目です。
高杉、語る語る。
高杉は、みんな一緒に同じものを目指してると思っていて。それは今でもみんなの心の奥底にあるのだと思っていたのではないか?
ただ、戦争というつらさから逃げるために、その志にふたをしてしまっているだけなのだ…と。
だから、説得したり、ちょっとつついたりすれば、もともと持っていた気持ちがまた蘇ってきて又みんなで一緒に出来る…と考えていたのではないか。
ところがここへきて、漸く。自分と他人とは違くて。
同じ気持ちだと思っていたけれど、本当は初めから違っていたのかもしれないと気づきます。
銀さん、出てきません。すみません。
その分土方を頑張らせてみましたので、お許しを。
次で終わりです。(そのはずです)
(20081031UP 月子)